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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第二幕 ヴェール皇国編
34/56

32話 「双極する想い人」

「それで――ユーリ達はこれからどうするのじゃ?」

「んー、そうだなぁ」


 ヴェール皇城、客間。

 豪奢な長テーブルに座って、ユーリたちは食事をとっていた。

 高級感のある整然とした盛り付けがなされた料理の数々が、長テーブルにずらりと並んでいた。

 ルシウルとの戦を経た後だが、意外にもヴェール皇城のシェフはタフである。

 ユーリはそのことに内心で感嘆しつつ、目の前に提示される数々の料理を、食べづらそうにフォークで掬い取っていた。


「おぬし本当に王族か? なんというか……下手じゃな……。いや、確かおぬしの父も似たようなお粗末ぶりじゃったか……」

「う、うるさいな……」

「わらわの父が大笑いしとったわ。『お前本当に王族かよ!』って、ずいぶん砕けた口調で騒いでおった」

「ハッ、時間を経て今度は俺が同じことをその娘に言われたわけか。皮肉にしてもタチが悪い」

「非が自分にあることは自覚しておろうな?」

「……」


 ユーリは居た堪れないように口元をキュっと結び、それ以上を言わなかった。


「おい、悪かった、わらわが悪かったよ、ユーリ。さきの質問の答えを聞かせてくれ」


 ユーリはエンピオネの言葉を受け、再び思考を回した。


 当面の身近な目標がヴェール皇国との同盟にあった。

 今、ヴェールが面していた危機は解決に向かい、とすればユーリとエンピオネの口上で行われた『交換条件』も成立することになる。

 ユーリの助力によって、ヴェールは当面の危難を回避した。同盟自体はそれがなくても成立していたようなものだったが、結果として建前の交換条件が現実に成立する。対価。

 エスクードがヴェールを助けたかわりに、今度はヴェールがエスクードを助ける。

 いまだ折れかけの脚で立ちあがったばかりのエスクードを、目ざとい外敵から守るために、ヴェールが身を挺する。


 ――まずは一枚、防壁は築けた。


 とはいえ、まだ一枚だ。

 ヴェールは大国だが、軍事力という観点ではやはりまだ心もとない。


 ――まだ通過点。


 ユーリは思い返す。

 当面の自分が目指す大きな目的。

 進む道の、最終地点。


「エスクード再建はまだ終わっていない。また――旅に出るさ。流浪の旅ではないけれど、結局似たようなものさ」

「――そうか。まあ、それが正しいじゃろうな。わらわとておぬしを守る意気は当然持っておるが、意気と現実は別じゃ。守りたくても守れないこともある。だから、おぬしがまた別の国に声をかけに行くのも、別段止めたりはせんよ」


 エンピオネは優雅な手つきで料理を口に持っていって、咀嚼して飲み込んだあとにまた訊ねた。


「で、次に向かうのは?」


 ユーリがエンピオネの言葉に答える。


「北は駄目だ。ルシウルとは実質的に敵対した」

「じゃろうな。ならば東か西か」

「ああ。でも北に関してもまったく全部を眼中から追い出すわけじゃない。ひとつだけ気がかりもある」

「ほう、それは?」

「もし存在するのなら――いや、もし再建するのなら、ぜひ同盟を結びたい国があるんだ。まだ希望さ。ただ、他人とは思えない国が北にあるらしくてね。しかもルシウルとは敵対しているときた。エスクードがルシウルと敵対していることを考慮しても、北の情勢を報せてくれる同盟国はぜひ欲しい。共通の敵を持つとなればなおさらだ」

「ふむ、そこまで言うとなると、嫌でも好奇心をそそられるな。なんという国じゃ?」

「――〈シーク公国〉」


 エンピオネはユーリの言葉を聞いて納得したように頷いた。


「ああ、かの没落した国か。……確かに、シーク公国の長とは気が合ったじゃろうな。しかし事実、公国は滅ぼされた。もはや存在しないぞ」

「違うんだ、エンピオネ。まだ完全に滅ぼされたわけじゃないんだよ。昨日、そのシーク公国の『末裔』と相対した」


 エンピオネの眼の色が変わる。

 まるで何か不穏を予想したような変わり方。

 表情もどことなく暗い。


「まさか、あの敵方の隊長格というのではあるまいな」


 エンピオネの予想は正しかった。

 だからこそ、ユーリは迷った。

 真実を言うべきか、言わざるべきか。


 ――そりゃあ、エンピオネはエンデに兵を殺されているわけだからな。


 今のエンピオネを見れば分かる。予想の時点で嫌悪を抱いているのだ。

 エンピオネにとっては因縁の敵であることに違いはない。


 ――……。


 だがそれでも、ユーリに退くつもりはない。

 たとえエンピオネに殴られようとも、復活したシーク公国と同盟を結ぶ覚悟を抱いていた。

 国家レベルの話。その利点があるから、というのも事実。


 ――まあ、少しも都合が良いのは理解している。


 だけど、


 ――あの〈エンデ〉とは……


 もし本当に彼がシーク公国を再建するほどの力強さを放ったのなら、同盟を結びたい。

 似た境遇。理性を防壁に立てても、どうしても伸びてしまう共感の念。


 結局ユーリは言った。


「――そうだ。あのルシウル軍の隊長格だった男だ。有能だったんだろう。たぶん、体の良い駒として使われたんだろうさ」


 エンデは諦めかけていたから。

 もしかしたらベルマールと同様に、何らかの制約魔術が掛けられていた可能性もあるが――


 そんなユーリの思考を、エンピオネの鋭い声が切り裂いた。


「……たとえシーク公国が再建しても、わらわの因縁の相手であるその者が統治する国と、このわらわが統治する国が相容れると思うか? もしおぬしがシーク公国と同盟を結べば、わらわのヴェールもエスクードを中継してシークと接することになるじゃろう。それが本当に可能だと思うか?」

「正直に――簡単には相容れないだろうな」


 もし自分がそういう立場だったら。

 ユーリは考え、エンピオネの言わんとすることを当然の如く察知する。

 そして自分も、


「俺でも割り切れないだろう」

「なのに、おぬしはわらわにそれをやれと言うのか」

「言う。悪いと思ってる。それは本当だ。でも、エンピオネに殴られても、俺は言うよ。――頼む、って」


 エンピオネの顔に怪訝な色が混じる。

 だが、ユーリも一歩も譲らなかった。

 その様子をフォーク片手に唖然として見ていたイシュメル達は、心底肝を冷やしていた。

 同じくカージュはエンピオネを落ち着かせようと四苦八苦している。

 ユーリとエンピオネだけが、長い視線のやり取りを整然として行っていた。

 そして――


「――はあ。……分かった。ユーリがそこまで言うのなら、考えてみよう」


 意外にも、先に折れたのはエンピオネだった。


「その目はずるいぞ、ユーリ」

「どんな目のことだ」

「わらわはおぬしに惚れかけておるからな。そうなるともう、大体の目はわらわにとって『ずるい』ものになる」


 『ぶっ』とカージュが吹いたあとに咳き込む。

 イシュメルが「えっ? なにそれすごく面白そうだね――」と口走った直後、「イシュメル、茶化すのは無しだぞ。それにしても、王族同士の恋路か……やっぱりキラキラ――」とアガサが繋ぎ、「いやアガサはちょっとその偏見を頑張って取り払った方がいいよ」と最後にイシュメルが締めた。

 ただ一人、リリアーヌだけが、カラン、と料理皿の上にフォークを落として、悄然様にユーリとエンピオネを見ている。

 そんなリリアーヌに先に視線を向けたのは――エンピオネだった。

 

「負けないぞ、リリアーヌ」


 エンピオネの笑みは優しげだった。

 嫉妬も、怒りも、悲しみもない。

 どれかと言えば楽しげな、心からの笑顔。

 それを見たリリアーヌは、


「わ、私は別に――」


 とっさに身を引いていた。

 そこへエンピオネが、


「本当にいいのか? ――取ってしまうぞ。おぬしがボケっとしていると、わらわが攫って行ってしまうぞ。……それでいいのか?」

「それは――」


 リリアーヌは答えあぐねていた。


◆◆◆


 リリアーンの胸中には迷いがあった。


 ――私は、きっと……


 身を引くべきだ。

 自分がユーリの重荷になっていることは、これでいて理解しているつもりだった。

 ユーリが自分を守るのは、親愛の情もあるのだろうけれど、同時にとある約束のためでもある。それを知っている。

 その約束の内容的に、自分はユーリの重荷なのだ。

 立場的に、重荷にならざるを得ない。

 だから、自分がずっとユーリの傍にいると、ずっとユーリは重荷を背負うことになる。


 ――それは……


 ダメだ。

 ユーリには今まで十分すぎるほどに背負ってもらってきた。

 これ以上はダメだ。

 だから、新しい、重荷とならないエンピオネは、きっとユーリに相応しい。

 自分は弱いし、頼りない。

 こんな細いばかりの身体で、ユーリをどう助けるというのか。

 兄と違ってしっかりとした魔術の訓練も受けていない。

 すべてその『約束』のためだ。

 それを言い訳にすまいと思っていても、少し恨んでしまうところもある。

 でも、それを抜きにしても、自分よりエンピオネの方がふさわしいのではないか。

 そう思った。


◆◆◆


「それは――ダメ」


◆◆◆


 しかしリリアーヌの声は、ユーリを離さなかった。

 なんでそんな言葉が出たのかは分からないが、自分が紡いでしまった言葉は、ユーリにしがみつこうとする意気の表れを呈していた。


「そうか。ああ、それでいい。リリアーヌ、お前はそれでいいんだ」


 違う。違うのだ。

 リリアーヌはエンピオネが嬉しげに笑うのを見て、違うとは言えなくなった。


「おい、俺を抜きにして話すのはやめろよ」

「ハッ! おぬしがわらわとリリアーヌの間に入るとややこしくなる。というか、おぬしはこーんな美女に好むとか言われて何も言葉を返さんのか? んん?」

「返して欲しいのか」

「嫌じゃ」

「どっちなんだよ……」

「おぬしが今わらわの美貌に溺れると、エスクード再建が危うくなるからな。すべてが安定したら、その時答えを聞こう」

「自分で言ってて恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしいに決まっておろう! だから訊ね返すなんてのはタブーじゃ! この朴念仁めっ!」

「横暴だろっ! かなり!」


 そうして場が笑いに包まれて、リリアーヌは何も言えなくなった。

 ただ皆に合わせるように、少し眉尻を下げた笑みを浮かべることしか――できなかった。


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