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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第二幕 ヴェール皇国編
31/56

29話 「修羅になった者、ならなかった者」

 切り替えろ。

 今必要なのは、敵に対する殺害衝動のみだ。


◆◆◆


 ユーリの決意はその眼にも変化として表れていた。


 右眼が金色に変わる。


 瞳孔が縦に細長く割れた。まるで竜族のそれ。

 そしてあろうことか、その変化は紅の左眼にも影響を及ぼし、遂に両眼の瞳孔が縦に割れる。

 ユーリ自身がその変化を鮮明に感じていた。


 ――馴染んだ、か。


 イシュメルに言われた言葉が脳裏に蘇る。


 そんな内心の言葉を反芻していたところで、再びユーリは前を見据えた。

 ユーリの突撃に気付いたルシウル兵達がユーリを足止めしようと近づいてきていた。

 圧倒的な身体速力を保つユーリは、ある程度をその速さのみで振り切るが、遂には数の力によって進路をふさがれる。

 最短でこのルシウル前線兵の奥に守られるように控えているあの騎兵群に近づきたいが、当然そのルートは真っ先にふさがれる。


 だが、ユーリは進路を塞がれても速度を緩めない。

 むしろ身体に纏う威圧感を一層濃くしてルシウル兵達に突っ込んだ。


 竜眼の凝視を振りまく。

 うち数人はその異常な威圧感を放つ視線に、思わず一歩後ずさる。

 その隙間をユーリが風のように駆け抜けた。

 しかし、一旦はひるんだ他の兵たちも、すぐさま必死の形相でユーリに攻撃を仕掛けてくる。


 ――いちいち構ってられないんだよ。


 ユーリはその斬撃の嵐を掻い潜る。

 両の剣で斬撃をいなしつつ、異様な身体のバランスを見せつけながら、様々に身体を振って、剣を避けて走り行く。

 そんな中、ふとユーリの真正面に数人のルシウル兵が壁のように立ちはだかった。


「行かせるものかッ!」


 気合いの言葉と共に彼らは剣を振り下ろす。

 ユーリは黒剣の一閃でそれらの剣をすべて一発で弾き飛ばし、そして容赦なく彼ら腹部を斬り抜けた。

 殺す事を全く意に反さない者の太刀筋。

 ユーリは返り血を頬に垂らしながら敵の只中を駆け抜ける。

 ただひたすらに、遠くに映るあの騎兵群を目指して。


◆◆◆


 時折矢が頬を掠め、また兵士の剣も服を掠めたが、ユーリが足を止める事はなかった。

 次第にユーリを襲う攻撃の数も減り、さらにユーリの突撃速度は増す。

 それにはエンピオネ率いるヴェール兵達が奮起した事も関係していた。


 時折周りのルシウル兵たちの声の間に、エンピオネの怒号が混ざっていることをユーリの耳は微かに捉えていた。

 おそらく彼女も戦線に交じっているのだろう。

 やむなしとは思いつつも、ユーリは多少心配ではあった。

 だがそのおかげでルシウル兵達が徐々に自分以外の方へと視線を分散させていく。

 周りにヴェール兵が攻めてきていたのだろう。


 ――他のことを考えるな。駆け抜けろ。


 ユーリは自分を叱咤しつつ、走り抜ける。


 そして遂に、ユーリはルシウル兵の波を越え――その場所に辿りついた。

 あの騎兵群が立つ、ジュラール森林の入口へ。


◆◆◆


「よく見える」


 騎兵群の中に紛れた一際華美な鎧を着た男が。おそらくあれが隊長格だろう。


 ユーリがその場へ身を飛びこませた瞬間、騎兵群は緊張を敷いていた。

 なにごとか身体を強張らせ、手に持っていた槍を構える。

 そうしてそのうちの一人が、ユーリに向かって槍の切っ先を見せ、そして強い声を放った。


「曲者ッ!! 寄るな!!」


 馬に乗ってユーリに突っ込んでくる。

 しかしユーリはその騎兵の槍を小さな動きで完璧に避けきり、同時に槍の柄部分を掴んで騎兵を馬から引きずり下ろしていた。

 騎兵が地面に墜ちると同時、エスクード王剣が宙に閃き――騎兵の首元の鎧の隙間へ差しこまれる。

 噴き上がる鮮血。

 瞬く間に一人が死んだ。


 瞬間、その他の騎兵たちは理解する。彼我にある圧倒的な力量差を。


 一瞬怖気づく騎兵たち。

 だが、一人華美な鎧に身を包んでいた男は、決して狼狽えた様子を見せなかった。

 その男は兜をかぶっていなかったため、顔が露出していた。

 ユーリは再び観察の視線を投げる。


 肩の辺りで切りそろえられた少し捻じれた青白い髪。

 薄い青の瞳。

 整った顔立ちはどちらかと言えば幼子のようだった。


 そしてついに、その男が声を放つ。


「――いい、下がっていてくれ。僕が相手をする。たぶん皆で掛かっても無駄に死人が増えるだけだろう」


 男は馬から降りながらそんなことを言った。

 次いで、ユーリに青い視線が向けられる。


「君、名前は?」

「名乗る時は自分からと言うだろう?」

「は、余裕だな。囲まれているのに。――まあいい、その極まった無礼に逆に敬意を払おう」


 男は鎧の裏に装着されていたマントをはためかせ、腕を水平に振り抜きながら言った。


「僕の名は〈エンデ〉。〈エンデ・ファル・シーク〉。さあ、名乗ったぞ。君の名も聞こう」


 対するユーリがその声を受けて返す。


「――〈ユーリ〉。〈ユーリ・ロード・エスクード〉」


 直後。変化があった。

 ユーリとあと数歩というところで向かい合っていた隊長格の男――〈エンデ〉が、銀青色の髪を揺らしながら驚いたような表情を浮かべていた。

 そしてすぐに、エンデの口からとある台詞が紡がれる。


◆◆◆


「ああ、君は『あの』エスクードの王族か」


◆◆◆


 エンデの呟いた言葉に、ユーリは首を傾げた。


「まるでよく知っていると言わんばかりの物言いだな」

「知っている、知っているとも。――エスクード王国。マズール王国との〈レザール鉱山〉所有権を賭けた三度に渡る戦に敗れ、没落した王国。最後のレザール戦争は苛烈を極めたが、マズール王国の〈ヴァンガード協定連合〉加入に伴った圧倒的物量に敵わず亡国となった。領地も奪われ、もはや存在するはその名のみ――」

「ルシウルの軍人のわりにやたらと詳しいな」


 詳しいと言えばそのとおりだ。

 だがユーリには奇妙に思われるところもあった。

 エスクード王国は確かに近年の没落王国という意味では有名だが、ルシウル王国というミロワール運河を隔てて向こう側に存在する国にはそこまで関係がない。

 ルシウル王国はどちらかといえば北方諸国に分類される国家だ。

 そんな王国に仕える軍人が、たいして剣を交えたこともないエスクードのことをこうまでよく知るだろうか。

 知る者もいるだろうという一方で、少し奇妙な感じもユーリは得ていた。


「いろいろあってね。言ってしまえば――」


 エンデはそこで区切り、悩むような仕草を見せたが、すぐに柔和な笑みを浮かべてこう言った。


◆◆◆


「僕の国もエスクードと同じような末路を辿ったからだよ」


◆◆◆


 ――僕の国?


 今度はユーリが内心で首を傾げる。

 同じ末路を辿ったというのなら、このエンデという男の母国は没落したのだろう。

 しかしルシウルの鎧を着ている。辻褄が合わない。

 ルシウルはこうしてまだ生きているではないか。


「――というと?」


 ユーリは思わず訊ねてしまっていた。

 しかし、


「僕たちは今敵同士だよ。こんな悠長に会話している時間はないんじゃない?」

「――それもそうだな」


 エンデの声を受けて思考を戻す。


「はは、今この状況でこんなことを言うのもなんだけど――出会う場所が違ければ君とは良い『友人』になれたろうに。……いや、この際だから特別に一端を教えてあげよう。僕はルシウル王国左腕部の辺境に位置する『元シーク公国』の大公子息。大陸の北部に多く生息する小人〈ドワーフ〉と同盟を結んでいた数少ない国の次期当主だった男さ」

「過去形か」

「君なら分かるはずだ。異種族との交流を持っていたことの意味が。それゆえの末路が」

「……」

「〈クドワ聖戦〉という戦の名前だけ教えておこう」

「聖戦……ね」


 たぶん、異種族〈ドワーフ〉と交流を持っていたシーク公国はルシウル王国と戦争をしたのだろう。ユーリには予想があった。

 原因が同じかどうかは分からないが、エンデの言いぶりからエスクードとの類似性を加味すると――それで滅びたのだ。

 だからシーク公国の大公子息だったエンデは今やルシウルの鎧を着ている。


「人間というのは存外愚かなもの。聖戦という言葉の傲慢さがまた鼻につく」


 エンデが語っている時、周りのルシウル兵の視線がえらく懐疑的だった事にユーリは気付いた。

 当然と言えば当然だろう。まだエンデがシーク公国に未練を持っていることは口ぶりから端的に感じられる。


「――そうだな」


 ユーリは共感していた。

 しかしあえてそれ以上言葉を紡がなかった。


「だがその位にしておけ。周りの兵が懐疑的な視線を向けているぞ」

「ああ――そうだね。……なら最後に一つだけ、僕も訊ねたいことがある」

「好きにすればいい」


 ユーリは間髪いれずに答えた。


「君はなぜ、今になってヴェール皇国に味方しているんだい? マズールとの戦に敗れたのなら捕虜にされていて然るべきだろう? そもそも殺されていないのが不思議ではあるけど。ともかく、ヴェール皇国とマズール王国には外交的な関係はないし、捕虜の扱いとしてはどうにも――」


 ユーリはエンデの言葉を受けて少し考えた。

 どう答えるべきか。

 安易に存在を知らせれば、四つん這いでようやく再起しはじめたエスクードに危難の種が撒かれる可能性もある。

 だが、エンデの言葉を聞いてしまった上で嘘を語る事はしたくなかった。


 どうしてか、そう思った。


 だから言った。ギリギリ言えるだけの『事実』を。


◆◆◆


「俺は今、エスクードの『王』としてここにいる。これが今の俺に言えるギリギリの言葉だ」


◆◆◆


 直後、エンデの目が見開かれ、その拳が力強く握られたことをユーリは見定める。


「再建……したのか」

「すべては言えない。今の言葉も俺のわがままだ。エンデ、お前に嘘をつきたくはなかった。なぜか――そう思った」

「……君は馬鹿だ。……君がそうしてヴェール皇国に荷担しているのは、立ち上がったばかりのエスクード王国に補助具を――いや、君が言わなかったのだから僕が変な予想を立ててしまうのはよそう」

「そうしてくれると助かるね」


 ユーリが肩を竦めると、エンデは苦笑した。


「『羨ましいよ』。そしてやっぱり、絡め取られているせいとは言えど、こうして敵同士であった運命を恨もう」


 エンデの声が途切れると、ついに周りの騎兵たちが我慢ならないという体でじりじりとユーリに近づいて行った。

 それを見たエンデが嘆息と共に言う。


「話は――ここまでだね」

「そうだな」


 ユーリもエンデの言葉の含む意味を理解する。


 もう――


 開戦だ。


 二人は各々の信念を抱えて、剣を構えた。


◆◆◆


 会話し始めた時には元に戻っていたユーリの瞳孔も、すぐにまた縦長に割れた状態に戻る。

 右眼は金色に輝き、とめどなく溢れる金色の魔力が常人の眼にも映るほどだった。

 その魔力を目にするだけで、周りのルシウル兵達はたじろぐ。

 魔術を齧っているものならば理解できたのだ。

 圧倒的魔力差というものが。

 魔力の差によって大枠で位階を分けられるという魔術師文化は、どの国でも基本的に変わらないようだった。

 それゆえに自分より圧倒的に魔力が多い存在に対して、魔術師は畏怖を抱く。


 だがエンデは怯まない。

 背中に携えていた身の丈程の『大剣』を抜き去り、正眼に構える。

 刀身の長さは片手剣たるエスクード王剣をはるかに凌ぎ、その刀身の幅は二倍ほどもある。

 エンデの身の丈はユーリよりも幾分か低く、その剣の巨大さはえらく不相応に見えた。


 が――


 初太刀。


 エンデから仕掛けた横一線の一振りで、ユーリは認識を改める。

 思いもよらぬ速度で迫った大剣を、かろうじて後退して避けた。

 切っ先が腹部の服をえぐる。

 不相応? ――否だ。

 その見てくれを補って余りある剣の技量を、エンデは持ち合わせていた。


「見事なもんだ」


 ユーリが思わず声を上げる。

 エンデは剣の重さを利用した遠心力で大剣を大きく振り回し、反転しながら今度は縦一線に大剣を振り下ろした。

 ユーリは半身になって寸前で避ける。

 頬を刃が掠めた。

 代わりに大剣は地面を抉る。


 今度はその振り抜きざまの隙を縫ってユーリが攻勢に転じた。

 たったの一歩で最高速に達し、勢いを保ったまま黒剣でエンデの心臓部に狙いを定める。――刺突。

 しかしその凄まじい速度で差しこまれる刺突に、エンデは容易く対応した。

 エンデは大剣を持ち上げることをやめ、その身だけで横に跳ぶ。ユーリの突きをかわすために大剣を置き去りにした。


「――それは悪手だ」


 エンデは得物を放した。

 大剣は地面に突き刺さったまま。

 その状態のエンデは無防備過ぎた。

 ユーリが即座に逆手の王剣で横に退いたエンデ目がけて二発目の刺突を繰り出す。


 ――入る。


 確信。

 そして――

 鳴ったのは『金属音』だった。


「なっ――」


 ユーリは目の前に展開された光景に思わず驚愕の声をあげる。

 エスクード王剣が、さっきまで隣で地面に刺さっていたはずの大剣に止められていた。

 ユーリはその光景がどうやって展開されたかを見ていた。


 地面に突き刺さっていた筈の大剣が、まるで生き物のように『勝手に』跳ね上がり、その場に身をすべり込ませてきたのだ。


 ――魔術か?


 大剣はそのまま宙に浮き、エンデの手元に戻っていく。

 当のエンデは大剣を握り直しながらユーリの内心を見越したかのように、薄い笑みを湛えて答えた。


「違うよ、僕は魔術を一切使えない。シーク人は魔の才に恵まれていないからね」

「――そんなところまで同じか。いっそ笑えてくる」


 エンデに聞かされた事実にユーリは自嘲のような笑みを浮かべる。


「君は魔力を持ち合わせているじゃないか。それも、僕でも認識出来るほどの異常な魔力を」

「これは俺の魔力じゃないんでな。――ともあれ、しかし、だ。ならなんで大剣が生き物の如くひとりでに動く」


 ユーリの前半の言葉にエンデも言葉を投げかけたいような仕草を見せた。口が一旦開くが、結局その部分を追求する事を諦めたのか、また閉じられる。

 そしてわずかの間をおいて、今度は口元が苦笑に彩られた。


「君の言を借りれば、これは僕の魔術じゃないんだよ。この剣自身の力さ。〈大剣エスパダ〉。ドワーフが打った剣でね。ドワーフは特殊な武具を作ることに長けていて、こんな風にちょっと変わった剣が作れるのさ。彼らの魔術と言ってもいい」

「ちょっと? 大分変わった剣だろ」

「そうかな? 僕は父上が二十二代目エスパダを使っているのを見ていたからあんまり実感がないなぁ」


 一時の停戦。

 しかし、


「珍しい物があるものだ」

「世界は広いからね。さて、僕達も戦闘に戻ろうか」

「そうだな」


 再びの臨戦態勢。

 二人を取り巻く緊張感が再度姿を現す。


 先に仕掛けたのはまたもエンデだった。

 離れた状態から大剣エスパダを振る。

 大剣はエンデの手元を離れ、勢いを保ったままユーリに向かっていった。

 見た事もない奇襲に反応が遅れるユーリ。

 とっさに王剣と黒剣を交差させて大剣を受け止める。

 ユーリは王剣がギシリと軋む音を聴いた。


 ――受け止め切れないか…!


 エンデの大剣エスパダの一撃は重く、ユーリは内心にそんな判断を抱いた。

 そうして、真正面から斬撃を受け止めることを諦め、横に転げて大剣をいなす。

 大剣は勢い余ってユーリの後方に突き抜けて行ったが、ユーリは不意に嫌な予感がして後ろを振り向いた。


 大剣が宙で向きを変えて、再びユーリ目がけて飛翔していた。


「どうかしてる……!!」


 悪態の言葉を紡ぎながら、ユーリはまたも横に転げてそれを避ける。

 そんな信じがたい状況で数回大剣を避けていると、ユーリは唐突に背後に気配を感じた。


「大剣に気を取られ過ぎだよ」


 声の方に視線を向けると――エンデが右の拳を自分の横っ腹に打ちこむ寸前だった。


「っ――!」


 強烈な一撃が腹部にめり込む。

 衝撃で脳にまで揺れが達したかのような錯覚に陥るほどの、強い拳だった。

 ユーリの身体が飛ぶ。

 飛んだあとに地面に落ち、ごろごろと何回転もしたあとで、ようやくユーリの身体は止まった。


「くっ……重いな」

「魔術が使えない、だからその分体術には時間を割ける。さんざん父に体術を叩き込まれたさ」

「そんな……ところまで……一緒か」


 ユーリはすぐに身体を起こす。

 しかし立ち上がる時に肋骨辺りに違和感を感じて、冷や汗が噴き出た。

 拳を打ちこまれたあたりをさすり、


「――」


 ユーリは笑った。

 笑って、だが何も言わなかった。

 負傷なんてないと言わんばかりに、好戦的な笑みを浮かべて見せる。


「――やめだ。戦場に情念を持ち込むのはやめよう」

「情念なき戦は、理由なき戦の次に悲しいものだよ」

「生き残るには情念が邪魔な時もある」

「君はまるで修羅だね。戦うことそのものに意味を見出してしまっている修羅だ」


 エンデの言葉に、ユーリは笑みで答えた。


「俺とお前は近すぎた。知らなければ良かった。変な感情を抱いてしまった」


 親近感はやがて友情に近い何かに変容しようとしていた。

 たったそれだけでそうなってしまうほどの絶望を、二人は心の内に備えていた。不幸の共有が同類に対する好感を呼び起こす。

 おそらくエンデも同じだろう。

 だからこそ『会話』が多くなった。

 戦場でこんな会話の多い状況が生まれること滅多にない。


 だからユーリも運命を呪ったのだ。

 エンデと同じように、こういう出会い方でなければと、そう思った。

 しかし、


 ユーリはついにそれらの情念を切り離す。


 ――これでいい。


 ユーリは目を閉じる。


 ――切り替えろ。


 エンデが一歩を踏み、じゃりと地面を踏んだ音が聞こえる。


 ――切り替えるんだ。


 二歩目。向かってくる。


 ――今必要なのは……


 そしてユーリが目蓋を開けた。


◆◆◆


 ユーリの体がぶれた。


 少なくともエンデにはそう見えた。

 エンデは大剣をユーリに向かって真っすぐに突きだしていた。

 しかし、ユーリに突き刺したと思われた大剣には手ごたえがない。

 直後、ふと背後に足音が聞こえて、エンデは振り返った。

 振り向いて視線を向けた瞬間には、黒い剣の刀身がエンデの腹部間近のところに迫っていた。


「くっ!! エスパダ!!」


 エンデの頭の中に警報が鳴る。

 エンデは考えるよりも早く、手に握る大剣に声を投げかけていた。

 大剣エスパダは主の命令を受けて凄まじい速度で反応し、黒い剣とエンデとの間に金属の身体を滑り込ませる。

 甲高い音が鳴って、黒剣が振られた風圧がエンデの身体を打った。

 エンデの額から冷や汗が噴き出る。


 そして気付く。


 ユーリの纏った雰囲気の違いに。

 ピリピリと身体を撫でる嫌な感覚。

 寒気が背筋を昇っていく。

 ユーリの身体から発散されている異様な空気感の正体。


 自分に向けられている強烈な殺意の波動。


 先ほどまでとは別人のような雰囲気を醸すユーリの姿に、エンデは一瞬たじろいだ。

 そして知識に確信を得る。


 彼があの――近年で最も苛烈な戦争と言われた〈レザール戦争〉を生き抜いた――修羅であることに。


 これから相見えるだろう鬼神の姿を、その時目に刻んだ。


◆◆◆


 嗚呼、なるほど。

 おそらくその点に置いて、僕と彼は『違う道筋』を辿ったのだろう。


◆◆◆

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