2話 「王子の決意」
一夜明け。次の日。
騎士に切り伏せられた村大工は死んだ。
あの傷は致命だった。
そして村大工と老婆の弔いが行われた。
◆◆◆
簡易的な墓の前に集まる村人。
そこにユーリとリリアーヌの姿もあった。
言葉数は少なく、無言に近い中、ただ鎮魂歌を謡う幼い子供たちの声がその場に残響した。
鎮魂歌が止み、ぽつりぽつりと村人が去って行く。
そこには何人かの村人だけが残り、同様にその場で立ちすくんでいたユーリとリリアーヌに声を掛けていた。
「『殿下』、これからどうなさるのですか?」
ユーリの正体を、村人たちは知っていた。なんといっても、この村は旧エスクード領の村なのだ。
「――リリアーヌと一緒に村を出るよ。俺たちがいる以上、この村は狙われ続ける」
――いや、
「もう……遅いのかもしれない。本当に、みんなには迷惑をかけた」
神妙な顔つきのユーリを見て、村人たちは首を振ってこたえた。
「私たちのことはお気になさらないでください。あなた様は私たちの――『過去に対する唯一の慰め』で、そして――『未来への希望』でもあるのです。だから、あなた様が生きてさえいれば、私たちはまた歩みだせます」
「……」
「殿下、殿下。あなた様は民を犠牲にするたびにいちいち悲しんではなりません。この戦乱の時代に、それでは身が持ちません。あなた様は――」
村人は一旦息をつめた。
そして、言うべきか言わぬべきかの逡巡を得たあと、言った。
「――私たちの『王』なのです。だから、悲しみに揺られない精神を持たねばなりません」
「俺は――」
ユーリはとっさに言葉をつむげなかった。
すると、村人たちの方がさきに言った。
「たとえ正式な戴冠を経ていなくても、あなた様は私たちの王なのです。私たちが、勝手にそう思っているのです。この私たちの一方的な思いはあなた様にとって重責でしょう。ですが、それでも言います」
私たちにとって、あなたこそが王なのです、と。
「――そうか。覚えておこう」
「はい。――それで、村をお出になるとおっしゃりましたが、どこへお向かいになるのですか?」
「――マズールだ。マズール王国の王都、『キール』に行く」
ユーリの返答を受けて、村人たちが目を見張った。
わざわざ敵国の本土に向かうとはどういう了見なのか、と。
しかし、鋭い決意に満ちたユーリの目を見たうえで、あえてそれに反対する気は起きなかった。
すると、ユーリの方がおもむろに懐から一枚の紙きれを出して、村人に手渡した。
「この地図の位置にエスクード先王の遺産が埋めてある。これを資金にして――逃げてくれ」
ユーリは言う。
「おそらく、このあとにマズールはさらなる騎士をこの村に送り込んでくるだろう。一旦本国に戻って報告に行っている間が、唯一の逃走の機会だ。だから――」
ユーリは強い眼差しを向けて、繰り返した。
「逃げてくれ」
「――わかりました。殿下がそこまでおっしゃるなら、そういたしましょう」
村人は紙切れを受け取り、ユーリに頭を下げた。
ユーリはその村人たちを見て、
――必ず、俺がみんなの場所を取り戻すから。
強い決意のこもった言葉を、胸中で紡いでいた。
◆◆◆
「ユーリ、村人のみんな――大丈夫かな……」
ユーリの「旅に出る」という言葉を受けて、ユーリとリリアーヌが家の旅荷をつくっていると、その途中でリリアーヌが言った。
「大丈夫だ。心配するな、リリィ」
――嘘だった。
ユーリには村人たちに危機が迫ることが明白だと分かっていた。
今から村人総出で村を発つ準備をしたところで――遅いのだ。
騎士は馬という迅速な移動手段を持ち、また、騎士である以上追跡の技術もあるだろう。
村人の方はユーリの了見のところ、おそらく村を発つのに三日は要する。どこに向かうかも定まらず、ゆえに廃墟に迷い込まぬように、長い間を生き抜けるようにと荷物は多く、老人が多いことも相まって移動速度はたいしたものにならない。
――確実に追いつかれる。
確信のない薄っぺらな言葉しか返せない自分が恨めしかった。
しかし、同時に、彼らを救う一つの方法も知っていた。
唯一の希望。それは、
――マズール騎士団が追走隊を放つより先に彼らの本拠地へ向かい、手を打つこと。そこにしかない。
――マズール王国の王都『キール』へ行くしかない。
ユーリは頭の中をめぐる思考をそこで一旦切り、再び旅荷を作り始めた。
それから幾分か経って、ユーリは自分より先に荷を作り終えていたリリアーヌの方を振り向いた。
彼女にこれ以上の不安は抱かせまいとあらんかぎりの理性を総動員して微笑を浮かべ、短い言葉を紡ぐ。
「行こう、リリィ」
対するリリアーヌは――賢かった。ゆえに、その微笑が含む意味にとっさに勘付いてしまっていた。
それでも、
「うん、行こう、ユーリ」
ユーリが逆にその様子に勘付かないようにと、彼女も優しげな微笑を顔に貼りつけて答える。
ユーリは微笑んだリリアーヌの手を取り、彼女の手をつかむ手に少し力を込めた。
この手だけは離すまいと、胸に刻みながら。
そして――
すべてを取り戻して見せると、決意を込めて。
最小限に抑えた荷物を背負い、風を防ぐ為の大きめのマントを体に巻き付け、リリアーヌと共に家を出た。
――さようなら。