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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第二幕 ヴェール皇国編
28/56

26話 「宝物庫と竜族の片眼」

 それから皆が戦場に出る前提で、その準備の話に移った。


「城を出る前に武具を調達しなければな」

「それもそうだね」


 ユーリの持つ武器はエスクード王剣とヴェール兵士に支給されている剣一本。

 イシュメルは使い慣れた弓と弓矢を持っているが、弓矢は補給しなければすぐなくなりそうであったし、アガサは使い慣れない剣を一本持っているだけだったので、ルシウルの軍隊に喧嘩を売る為に武装を整えなければならなかった。


「カージュにでも聞いてみようか」


 ユーリとイシュメルは城内の通路を行った。


 カージュを探すべくして。


◆◆◆


 思いのほか簡単にカージュは見つかった。

 彼はヴェール兵の訓練場で指示を出しているところだった。


「これはお二方、いかが致しました?」

「武具を調達したいんだが――」

「ああ、それなら〈ヨキ〉に訊くと良いでしょう。彼は武具商人の息子でもありますから、武具に関してなら人一倍詳しいはずです。――ヨキ!」


 カージュは兵士の群に声をかけると、その中からユーリの見慣れた一人の青年が姿を現した。


「はっ! お呼びでしょうか、カージュ様」

「ユーリ様達が武具を調達したいと言っている。手伝ってくれないかな?」

「お安いご用です!」

「城の宝物庫の物を見立ててもいい。宜しく頼んだよ」

「畏まりました!」


 相変わらずの威勢を保ちつつ、ヨキがユーリ達に歩み寄った。

 赤のツンツンとした髪がいつにもまして燃えているようだった。


「では行きましょう、ユーリ様!」

「ああ」

「元気な人だね」

「全くだ」


 イシュメルが笑顔で言う。

 ユーリもやれやれと肩を竦めてそれに答えた。


◆◆◆


 二人はヨキの案内で真っ先に城の宝物庫に連れて行かれた。


「いいのか? 俺たちはあくまで部外者だぞ? 宝物庫の物を貰うほどの事は――」

「いいえ、ユーリ様達はヴェールの為に最前線に立つおつもりなのでしょう。宝物庫の物を貰っていただく理由としては、それで十分です」

「そういうもんかね」

「そういうもんですよ」


 幾数にも掛けられた鍵をヨキが順に開けて行き、遂に宝物庫の扉を開けた。

 瞬間、中からただならぬ雰囲気が伝わる。

 明らかに普通の部屋ではないという確信。

 しかしそれはユーリとイシュメルにだけ感じられた確信だった。

 当のヨキはけろっとしていて、特段に何かに思い至った様子はない。

 ユーリとイシュメルの驚き方は、単純にヴェールの宝物庫を見たにしては大仰すぎた。


「――イシュメル」


 そんなユーリが、勘付いたようにイシュメルを呼ぶ。神妙な顔つきだ。

 イシュメルも同じような表情でそれに答えた。


「うん。――『何かいる』ね」


 ヨキは訳がわからないと言わんばかりに小首を傾げる。

 そうこうしているうちにユーリが一歩、宝物庫に足を踏み入れた。

 その瞬間――


「ああ――『同族』か」


 一言、そう呟いた。


「え? 何かありましたか?」


 ヨキがユーリを追って宝物庫に足を踏み入れようとする。

 それをイシュメルが制した。


「今は入らない方がいい」

「どうしてですか?」

「ユーリがそう言っているからさ。正確には、ユーリの『右眼』が――」


 そう言われて、ヨキはユーリの顔を見た。

 すると、ヨキはすぐにユーリの異変に気付く。


 さっきまで深紅だったユーリの右眼が、今は金色に輝いていた。


 ユーリはきょろきょろと辺りを見回すと、ある一点をじっと見つめるようになり、ついに足を動かした。

 近寄り、宝物庫に置かれている宝物を次々とどかし、目的の物を見つけたようだ。

 それを持ってユーリはヨキに訊ねた。


「これはいつからここにある?」


 ユーリが持っていた物は、容器に入れられた『金色の眼球』だった。


「えーと……」


 ヨキが考える仕草を見せるが、一向に答えが浮かぶ様子もない。

 武具には詳しいらしいが、それは明らかに武具ではなかった。

 そうして答えが浮かばぬまま、時間だけが過ぎていく。

 ユーリの方はどうしてもその眼について知りたいらしく、宝物庫から出ようとしない。

 さらにいくらか経つと、今度は宝物庫に近づく別の足音が三人の耳に入ってきた。


 そして現れたのは――


「――エンピオネ様!」

「うむ、ちゃんと仕事はしているか、ヨキ」

「いえ、ユーリ様の問いに答える事ができなくて……武具ならなんとか分かりそうなのですが……」

「まあ、お前は武具には確かに詳しいが宝物には詳しくないからな。いやかえって宝物庫の宝物に詳しくてもいかんともしがたいところがあるが。ともあれ、詳しいのは皇族くらいじゃ。よいぞ、下がっておれ」

「はい、失礼いたします」


 ヨキが一礼をしてその場を去る。

 そんなやりとりのあと、ユーリはエンピオネに対してまた訊ねた。

 その身体には妙な威圧感が漂っていた。


「これはいつからここにある」

「うむ、わらわが答えられるものなら答えよう。しばし待て、ちょちょいと思い出す」


 エンピオネは宝物庫には入らず、扉の前で立ったまま言葉を紡いだ。


「――確かそれは数代前のヴェール皇帝がどこかから持ってきた生物の眼球じゃな。十代前じゃったかな? ともあれ生身でそれに触れる事が出来たのはそのヴェール皇帝のみで、そのほかの者が触れようとしたらたちまち廃人と化した。以来、最も人が寄り付かない宝物庫に保管されたのじゃ。えーっと……これくらいかの? お主にはそれがどんなものだか分かるか?」


 そして一歩、ユーリに歩み寄ろうとする。


「エンピ姉、それ以上入って来るな」

「なぜじゃ?」

「その伝承通り、廃人になるぞ」

「――どういう意味じゃ」


 エンピオネが足を止める。同時にその美貌に険しい表情を浮かべた。

 対するユーリがまた言葉を紡ぐ。


「これは『竜族の片眼』だ」

「ほう。――なぜそれが分かるのじゃ。訊いてもよいか?」


 その問いに、ユーリは即座に答えた。


◆◆◆


 俺の右眼も『竜族の眼』だからだ。


◆◆◆


「なんじゃと……?」

「その右眼が訴えてくる。これは『同族の眼』であると。十代前のヴェール皇帝は〈竜族〉を侮ったな。眼球一つですら竜は生きる。むしろ竜族の力の大半はその眼に宿る。今、この眼は自分の支配領域を広げ、そこに入る生物の肉体を得ようとしている。だから近づくな」

「ならなぜ、ユーリは大丈夫なのじゃ?」


 ユーリは少し笑った。


「いや、大丈夫じゃなかったさ。こいつは俺の肉体を得ようとした。だが、俺の精神に触る寸前に手を止めた。もうすでに、そこには『別の竜族が棲み付いていたから』。そしてその竜族に怖気づいたから」


 ユーリは容器に入った金色の目を見つめ、話を続ける。


「生物としての本能。――弱肉強食。しかし生態系の頂点に位置する竜族は、常に喰らう側に居る。なのに、その竜族が怖気づいた。つまるところ、竜族にも竜族なりの同族における『序列』のようなものがあって、その序列が俺の片眼の方が上だった。――ってことらしい」

「らしい?」

「もちろん、推測でしかないからな。少し自身のある推測ってところだ」

「ぬう……なんというか、わらわには理解できぬ世界じゃな。イシュメル、おぬしはさほど驚いていないように見えるが…」


 イシュメルは微笑を浮かべてエンピオネの問いに答えた。


「ええ、僕は幼少の頃、竜族とよく会話をしていましたから。ユーリの言葉は僕にとっては周知の事実ですよ」

「詳しく聞きたいが――今はそれどころではないしのう……」

「無事ヴェールに戻ってきたら思う存分話して差し上げますよ」


 イシュメルは微笑のままエンピオネに言った。


「それで、ユーリ、その〈竜〉はもうちょっかいを出して来ないのかい?」

「いや、少し時間が欲しい。聞きわけが悪くてな。どうしてもその十代前のヴェール皇帝と『再戦』したいらしい」

「それは本当か?」

「ああ。――エンピ姉、十代前のヴェール皇帝の名前は〈ハルキュリア・ヴェール〉だな?」


 ユーリが言った言葉に、エンピオネは目を見開いて頷くことしかできなかった。


◆◆◆


 ユーリが口を開いたのはそれから十数分後。


「やっと理解したか。疲れた……」


 やっとユーリが金色の眼の入った容器を床に置き、大きく息を吐いた。

 そんなユーリに対し、イシュメルとエンピオネが言葉を投げる。


「お疲れさま」

「理解、とな。言い聞かせる事など出来るものなのか」


 ユーリは凝りをほぐす様に肩を大きく回したあと、二人を手招きした。

 「もう入ってもいい」そう告げる仕草だ。


「言い聞かせるって言うよりも、こっちも怨念混じりに力づくで押し返しただけだよ。まあ、これであの竜は当分おとなしくしてるはずだ」

「うむ、だがあのままにしておくと言うのもなんだか悪いな」

「なんとかなるさ――そのうちな」

「そうか、ならその言葉を信じよう」


 ユーリが肩を竦め、エンピオネもそれを真似するように肩を竦めた。

 そうして一旦会話が切れる。

 話題は次に流れた。


「それで、武具を探しに来たのじゃったな」

「ああ、俺には剣を。イシュメルには弓矢を。丈夫なのがあれば、ぜひとも使わせてもらいたいんだけど」

「分かった。なら良い物がある。――確かこのへんに……」


 エンピオネが何かを探しまわり、しばし間を置いてから目的の物を持ち出してくる。


 エンピオネが持ち出してきたのは刀身が黒い剣と、矢じり部分が青い弓の矢だった。


「この剣は〈メルツェム鉱石〉を長い時間を掛けて研磨した業物じゃ。弓矢は矢じりに〈ルガール鉱石〉を使った物。特性は鉱石のままじゃな」

「メルツェム鉱石とルガール鉱石か。ずいぶんな代物だな。金貨十枚にはなる」

「当然じゃ。ヴェール皇国の宝物庫に入れられるほどの物じゃからな」


 〈メルツェム鉱石〉。

 大陸の遥か北方、雪原地域に位置する〈メルツェム鉱山〉から唯一採れる貴重な鉱石。

 メルツェム鉱山は現在北方王国『リッヒハイゼン』の所有物となっている。収穫量の少なさと、リッヒハイゼンの独占状態が相まって非常に高値で取引されている代物だった。

 その特性は頑強にして柔軟、そして重い。

 類まれな柔軟性により、加工のし易さは一級品であるのに、その頑強さは数ある鉱石の中でも上位に食い込む。

 吸い込まれるような深い黒色が人気でもあった。


 ユーリが与えられたメルツェム鉱石で作られた剣は、刀身の腹に文字が刻まれていた。


「古代文字か?」

「剣の名じゃ。――〈黒剣ゼムナール〉」

「いかにもって感じの名前じゃないか」

「武具の名前じゃ、少しも気取っていた方が箔がつく」

「そうかもな」


 ユーリは受け取った黒剣をぶんぶんと振りまわして見せた。


「よくもまぁ、そんな重い剣を楽々と振りまわすものじゃな。わらわでも持ってるのが結構いっぱいいっぱいじゃったんじゃが……」

「言うほど重くはないと思うけどね」

「城の騎士達に聞かせてやりたいわ……。さて、イシュメルにはルガール鉱石で作られた弓矢を」


 〈ルガール鉱石〉。

 南国〈パランティーヌ公国〉の所有物である〈ルガール鉱山〉から取れる鉱石。

 大陸でも最も異質な特性を持つ鉱石の一つだった。

 その特性とは『魔力吸収率』の高さにある。

 初期にて魔力含有量は微量であるものの、術師が魔力を注ぎ込めれば即座に驚異的な物質となる。

 一言で言えば変幻自在。

 上位魔術師たるイシュメルにはもってこいの鉱石で作られた弓矢だった。


「ありがとうございます。話には聞いていましたが、僕もお目に掛かる事はなかなかなくて。こうして手にすると、なんだか感動しますね」


 イシュメルはそう言って濃青色の矢じりを撫でた。


「さて、これでひとまず武器はいいか。俺は戦い方の関係で鎧が苦手だからいいとして――」

「僕も鎧はいらないよ。身を守るにも魔術があるから」

「じゃあ、これだけでいいか」

「戦争に出るのに鎧を必要としないのもまた、淡々というがやや異常な事態じゃな。まあ、あのエスクードの民とエルフが相手では、普通の会話とはいかぬか」


 エンピオネが笑いながら最後に締めて、三人は宝物庫から出た。

 ユーリ達は各々の心持で歩を進めていく。

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