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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第二幕 ヴェール皇国編
23/56

21話 「密偵」

 ユーリはエンピオネが落ち着いたところで別れを告げ、皇城内を歩き周り始めた。


 目的は一つ。

 リングスに取り入る為。


◆◆◆


 イシュメルが考案した計画とは、リングスにエンピオネが暗殺されたと見せかける事に始まる。


 その上で、一度リングスを皇座に上げ、ヴェールの民の『総意』を使ってすぐにまた皇座から弾き飛ばす。


 国とは民。

 つまり民の総意がリングスへの『反意』であれば、リングスは否が応でも皇座から降りなければならない。


 口で説明するのは簡単だが、その実、下調べと準備が必要になってくる。


 一に皇国民の総意。

 万が一、その総意がリングスへの賛同に傾けば、今度はエンピオネが皇座を奪還しなければならない。

 攻勢に回ることになる。


 えてして戦とは守の方に一理があり、攻の方には常に最善の選択と時の運、そして犠牲が必要となる。

 敵の砦へ侵入するのは容易ではない。


 ユーリが一番最初に出した直線的なリングスの暗殺という計画は、もし国民の総意がリングスへの賛同に傾いていた場合、エンピオネの皇座剥奪に繋がる。

 民の反意によってエンピオネの方が弾き飛ばされるのだ。

 権力争いの事実が国民に知れ渡り、その話中でリングスが暗殺されたとなれば、普通は対抗する勢力――つまりエンピオネの差し金だろうという結論に行きつく。


 そうなったら取り返しがつかない。

 

 しかし、その点、イシュメルの編み出した計画はたとえ総意がリングスに傾いていても、手が残される。


 エンピオネが暗殺されるという事態は、エンピオネに対する反意を煽ったりはしない。むしろ、同情されるだろう。

 リングスが皇座に登るという事実がエンピオネへの同情には繋がれど、反意には繋がらない。


 危険が多い事に変わりはないが、少なくともただの暗殺よりは良策であった。


 加えて言えば、リリアーヌやアガサの尽力の甲斐あって、少なくともヴェール皇国の皇都デルサスの民はエンピオネを支持している事が分かった。

 皇都とは国の代表的な都である。

 国民の総意を測るには持って来いの場所であった。


 さらに、実行までまだ数日がある。

 そのほかの都の情報を多少ながら得る時間もあった。


 つまり、第一の条件はクリアしたと言っていい。



 そして第二に。

 暗殺されたと見せかけるための準備が必要だった。

 エンピオネを暗殺されたと見せかけるのは容易ではない。

 リングスにそう信じ込ませるには、必ず暗殺の場面にリングスが立ち会っていなければならず、そう仕向けるためにもエンピオネ派の誰かをリングス派に密偵として送り込まなければならない。


 さらに、肝心のエンピオネの『暗殺役』。

 殺したように見せかけておいて、殺さない。

 リングスが用心深くなければ方法はいくらでもある。

 だが、もし彼が用心深かったのなら、並の偽装では見破られる可能性が生まれてくる。

 リングスの前評判はまだ少し曖昧だった。

 中途半端な英才教育の片鱗も見えれば、どこか抜けたような噂も聞く。

 ともあれ、そうなれば用心に越したことはない。

 限りなく現実的に偽装しなければならなかった。


 血は必須。

 傷も必須。

 可能であるならば、心臓を止める事も――

 しかし、そうはいっても心臓を止める事に関しては壮絶なリスクを背負わなければならない。


 イシュメルは魔術に関して飛びぬけた才能を持っていた。

 エルフという種族の特権が、彼には惜しみなく宿っていた。

 そして彼の能力は、多少の傷ならば容易に治癒させることが出来る。

 されど、心臓の再起は試したことなど無い。

 ――論外だ。

 心臓の止まっている時間が、エンピオネに重大な後遺症を残すかもしれない。


 妥協案として、イシュメルが治癒出来るぎりぎりのラインまで彼女を傷つける事になった。

 致命傷は避けつつ、生々しい傷をつけ、あたかも死んでいるかのように思わせる状態まで追い込む。


 殺さずの致命傷。

 それを為すには尋常でない技術がいる。

 そしてさらに、現実味を醸し出すためにはエンピオネが不意の暗殺に抵抗しなければならない。


 『本気』で、だ。


 彼女の戦闘能力はその細い体からは考えられないほど高かった。

 皇城直属の兵士の誰よりも強い事がその証明。

 彼女は戦闘に際して肉弾戦を好むが、魔術も行使できるようで、総合すると並大抵の実力者ではない。

 皇城直属の兵士にはまずその大役は不可能だった。

 現に敵わないのだから。

 暗殺などもってのほか。


 イシュメルはエルフでありながら近接戦も並の兵士以上にはこなしたが、そこでまたエルフの特質が姿を現す。魔術に関する長所的特質ではなく、今度はエルフという種族の短所的な特質。


 もって生まれた肉体的強度の差。


 イシュメルは幼少時からの鍛錬により、少なくとも元いたエルフの森では武芸者の中で上位から三本指に入るほどの肉体的強度を持っていた。

 それでも、エルフ種の肉体的強度は人間種のおよそ半分程度。

 人間種でありながらイシュメルと同等の鍛錬を行ってきたエンピオネには、やはり及ばなかった。


 魔術戦に持ち込めばまず負ける事はないのだが、その場合加減が出来ないのが問題点だった。

 イシュメルの魔術は良い意味でも悪い意味でも強大過ぎたのだ。

 一度の攻撃で致命傷になる確率が高すぎる。

 また、イシュメル本人が攻撃系の魔術を使う事を忌避していた。


 人間種とエルフ種の溝もある。

 グラン聖戦の後により深くなった人間種とエルフ種の間の憎悪が、リングスに宿っていないとも限らない。

 エンピオネのような例外もいるが、リングスまでそうであるとは限らなかった。


 そうして多くの条件的な問題があって――


 結果、その大役は当たり前のようにユーリに回ってきた。


 戦闘能力は申し分なし。

 されど、問題が一つあった。


 ユーリの戦闘技術は、言い方を変えれば徹底された『殺人術』でもあった。


 本人もそう言っており、イシュメルもジュラール森林での賊との戦闘でその片鱗を垣間見ている。

 加減どころの話ではない。


 されど、他の適性人物が見当たらない。

 どうにかするしかなかった。

 ユーリの殺人術に手加減を組み込むしかない。

 一番適任となる可能性が高いのはユーリに間違いなかった。


 だから、ユーリは皇城に住み込み、合間を縫ってエンピオネと手合わせをした。


 どこをどう斬るか。

 どの程度の力で斬るのか。


 入念に、何度も、確かめるように――


◆◆◆


 ユーリがリングスの姿を見つけたのは次の日の昼頃だった。


 リングスは壁に掛けられた絵をじっと見つめていた。

 そんなリングスに、ユーリが躊躇いなく近寄っていく。

 ユーリの気配に気づいたリングスも首を回して視線を向けてきていた。


「――いつぞやの銀髪か。まだこの城にいたのか。今日も減らず口を叩きに来たのかね」

「いいや、今日は別件さ。少し――『皇座』の件でね」

「――ほう」


 リングスはユーリの言葉に少し驚いたように目を丸めた。


「ふむ、ここじゃあなんだ――人気のない所に行かないか?」


 ユーリが辺りを見回したあと、いくつか人の影が見えたのに気付いて、わざとらしくリングスに微笑んで見せた。

 親指を立てて自分の後方を差し、別の場所へ行こうと誘う。

 対するリングスはユーリの妖しい微笑に何かを見たのか、快くその要求を飲んで歩を進め始めた。


◆◆◆


 二人は人気のない城外の通路にまで移動する。

 そうしてたどり着いたところで、ユーリの前を歩いていたリングスが振り向いた。


「――それで?」

「ああ。先日散々軽口を叩いておいてなんだが――俺もあんたの『仲間』に入れてもらいたくてね」


 リングスはその言葉に含まれている意味を即座に察知する。


「ほう、貴様も反エンピオネか。まあ、こちらとしても駒が多いに越したことはないが……」

「何か障害でも?」

「障害……ではないな。もっと前提の話だ。――『貴様に何ができる』? 木偶なだけの駒などいらないぞ。空気を薄めるだけのクズはさすがに払下げた。いかに駒が欲しいとはいってもな」


 リングスの言葉がユーリの耳に入った瞬間、ユーリは心の内で「しめた」と思った。

 その言葉から、リングスが自分を引き入れることに肯定的だということを察したからだった。

 

 そう考えるのと同時、ユーリは『右掌』から剣を引き抜いて、リングスが反応出来ない程の速さで彼の首元に切っ先を突きつけた。

 『エスクード紋章』が刻まれている〈王剣〉はリングスの前では使えない。正体が判明する危険があった。

 リングスに取り入るのに、エスクード王族の末裔という事実は邪魔でしかなかった。

 だから、ユーリは兵卒が使う剣を一本調達してきて、右掌の収納術式の中に格納しておいた。左掌にはすでに王剣が入っていたので、逆の掌に同じ要領で剣を一本忍ばせておいたのだ。


 そしてユーリはそれを使ってリングスに瞬間の一撃を見せた。

 リングスの額からぶわっと冷や汗が噴き出し、頬を伝って通路に落ちる。

 いくらかの間があって、ついにリングスが大きな反応を見せた。

 高笑いをし始めたのだ。


「ハハ! ハハハハ! ――これはいい! 実にいいぞ銀髪の! いい力を持っている! 貴様に何ができるのかは良く分かった! 喜んで我らが同志に加えよう!」


 ユーリの加入申請に対するリングスの答えは是だった。

 ユーリは内心でほくそ笑みながらも、顔には優雅な微笑を浮かべ、リングスに軽く一礼する。


「これはこれは、恐縮です」


 演技ぶった物言いをしつつ、ユーリは右掌に剣を戻した。

 その間もリングスは高笑いを続けていた。


 ―――

 ――

 ―



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