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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第一幕 亡国の王子編
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1話 「亡霊とエルフ」


 悔しくて、国を生き返らせる、ことにした。


◆◆◆


 第一幕 亡国の王子編


◆◆◆


 旧エスクード領――現マズール領直轄区。


「亡きエスクード王の善政も、あくまではエスクード国民にとっての善政であって……他国には悪政にしか見えなかったのかもな」


 マズール王国の監視が薄い田舎村の古びた家の中で、一人の青年が膝元に一冊の本をおきながら言葉を紡いでいた。

 日光を受けて(きら)めく銀髪が特徴的な青年だ。

 目元に掛かる前髪の隙間からは、深い真紅に彩られた瞳が覗いていた。

 青年は、目元に掛かる前髪を指でどかしながら、台所で家事に勤しむ一人の『同居人』に視線を送った。――少女だ。

 少女は彼の宙に浮いた言葉に気づいてか、視線に気づいてか、ゆっくりと振り返った。


「私の意見を聞きたいの?」

「――そんなところだよ」

「今ちょっと忙しいんだけどなあ」


 彼女は「ふん」と鼻で息を慣らすと、しかたないといった様子で首元から掛けていたエプロンをほどき、台所を離れて青年の座る椅子の傍までやってきた。

 青年以上に長く伸びた金糸の髪が、歩くたびに揺れている。

 少女は傍までやってくると、彼の手の中の本を目を細めて覗き込んだ。


「――またエスクード王国の本?」

「そうだよ」

「それも、政治の話?」

「そのとおり。難しいことはいってないけど――リリィにはまだ早かったか?」

「む、馬鹿にしてるね、ユーリ」


 彼女は目元に少し力を入れて、ありったけの鋭い視線を上目使いで彼に送った。


「はは、そう怒るなよ。それで、さっきの話だけど――」


 青年は微笑を浮かべ、本題の問いの答えをうながす。


「そんなの、わからないよ。私はみんなが笑ってるエスクードが好きだったけど、でも、マズール王国は――」

「うん」

「攻めてきたもん。だから、わからないの。私の意見が正しいのかどうかが」

 

 彼女の口から出たのは、結論を保留しているような答えだった。


「正しさなんて、どこにもないさ。なにものにとっても正義であるような一定の正しさがこの世界に存在するのなら、こうもいろんな戦争は起きないだろう」


 青年はいくらかの寂寥感を瞳に宿し、力無い微笑を浮かべた。

 少女は青年を心配そうな視線で見つめるが、青年の瞳は少女ではなく、自らの内側に向いているようだった。自分の内側に答えを模索しているような、微動すらしない、無動の瞳だ。

 彼の手も足も、表情も止まり、それをみていた少女にとっては、まるで時間が止まったかのような感覚だった。

 少女は、青年がそのままどこかへ行ってしまうような気がして、とっさに彼の名を呼んだ。


「――『ユーリ』」


 青年はその言葉に反応して、一度瞬きをすると、自分の名を呼んだ少女の顔に視線を向けた。目が合う。

 ちょうどその頃、台所で炊きつけていた鍋がぐつぐつと大きな音を立てはじめて、少女はハッとした様子で焦燥を含んだ声をあげて、台所へと駆けていった。


「ああーっ! ――こ、焦げちゃったかも……!!」


 その様子を微笑ましげに後ろから眺めていた青年は、彼女が煮えたぎる鍋と格闘している間に本をたたみ、部屋の隅の本棚に戻した。

 そのままの足で、彼女の傍まで歩み、軽い動作で彼女の頭を撫でた。


「少し外を歩いて来るよ、『リリアーヌ』」

「うん、気をつけてね」


 「この平和な村で気をつける事なんかないよ」と青年は返して、煉瓦造りの家を出て行った。


◆◆◆


 村から少し離れた場所にある小高い丘を目指す。


 方々からは日中の仕事を終えた村人たちの声が聞こえ、活気に満ちていた。すれ違う村人たちに笑顔で挨拶をしつつ、ユーリは歩き続ける。


◆◆◆


 考え事があると、旧エスクード領がよく見えるこの丘に来るようになった。

 静かで、胸のうちを吹きさらすような心地よい風の吹くこの丘は、考え事をするには適しているのかもしれない。

 でも、


「いつまでたっても、考え事の答えは見つからない」


 丘の最上部まで登りきり、その場に腰を下ろした。

 沈みかけの日の光が眩しい。

 考え事の内容は、いつも変わらない。

 ある一つのことについて、ずっとずっと、考え続けていた。


◆◆◆


 日のほとんどが地平線の向こう側に隠れ、地に注ぐ日光もまばらになってきて、ようやくユーリは丘から立ち上がった。


 こんな一日を一体幾度、重ね続けてきたのだろうか。

 まとまらない考えと、定まらない決意に振り回されながら、この身を力なく風に漂わせる。


【いつまでも、思索にふけっていられるわけではないと、知っているのに】


 ふと脳裏に文字の羅列がよぎった。


「ああ、そのとおりだよ……」


 自分ではない『誰か』に語りかけるかのように、ユーリは帰り際に呟いた。


◆◆◆


 ユーリが村の中に戻ってきた頃には、辺りは真っ暗く、村の中に点々と立ち並ぶ街灯の光だけが静かに道を照らしていた。

 時間を長く費やしてしまった自分を少し叱咤し、足早にリリアーヌの待つ家へと歩んでいく。


 やっと家が見えると、それと同時に周辺から唾液をそそるような良い香りがしてきて、豪快な音で都合よく空腹を主張する胃袋をなだめながら、ユーリは家の扉を開けた。


「ただいま、リリィ」

「あ、おかえり、ユーリ。あんまり帰ってくるのが遅いから私が全部食べちゃおうかなって思ってたところだよ?」

「悪かった、悪かったよ」


 リリアーヌは少し頬を上気させてユーリの非を主張する。

 ユーリは大人しく彼女に謝罪の言葉を送り、そのまま食卓の傍の椅子に腰かけた。


 彼女の作る料理の数々は、商売品としてレストランに出しても遜色ないと思われるほどに美味で、いつものことながら、彼女の手腕に驚嘆を抱きつつも、止まらない手でその料理の数々を口元に持っていく。

 対するリリアーヌは一向に止まる気配がない彼のナイフとフォークに畏怖を抱きつつも、満足げに言葉を紡いだ。


「本当によく食べるよね……ユーリって。私としては作りがいがあるけど――ちょっとその底なしの胃袋が恐いなあ……」

「んむ? はらがふぇっふぇらはら――」

「食べながらしゃべらないの」

「――ふぁい」


 ユーリは「話しかけたのはリリィの方じゃないか」と心の中で言うが、ひとまず彼女の言葉に大人しく従って、口の中の物を飲みこんだ。


「ユーリってさ、貴族的には最上位の超高貴な家の出なのにさ、こう――」


 リリアーヌが悪戯気な笑みを浮かべ、


「――品行が貧相だよね!」


 続けた。

 対するユーリは、


「絶妙に傷つく表現だな、それ」


 リリアーヌの小言に少し傷ついた様子だったが、すぐにまた口に料理を運びはじめた。食欲が悲愴を打ち負かしたらしかった。


 しばらくして、ユーリが香草の風味のする鶏肉を口元にフォークでもってきていたところで、ふと、リリアーヌが些細な反応を見せた。

 リリアーヌの耳が、ピクリと一度だけ脈打った。

 ユーリは口元まで持ってきた鶏肉を口に含まずに料理皿に戻し、真剣な顔で彼女に問うた。


「どうした? なんか聞こえたのか?」

「うーん。なんか――聞きなれない音がしたような……」


 「なんだろう」とリリアーヌが首をかしげた。

 ユーリも耳をそばだてるが、特に変わった音は聞こえない。

 しかし、ユーリはリリアーヌの反応が気がかりだった。


「んー……なんか、金属がぶつかるみたいな音――」

「こんな夜に?」


 夜は村人はだいたいが自分の家に帰っている。そもそも、この小さな村には金属を扱うような鍛冶屋もない。厩すらないのに。

 ユーリも首をかしげ、「なんだろうか」と思考をめぐらせるが、


「一応、周りを見回ってくるか。リリィはここにいろよ」


 考えてもしかたないと思って、椅子から立ちあがった。

 リリアーヌのほうはいまだに目をつむって意識を聴覚に集中させているようだった。聞いた音を、より明確に聞き取るためだろう。

 「まあいいか」と思いつつ、ユーリは家の玄関扉に手をかけて、

 そして、次の瞬間――


 ユーリでさえも聞きとれるほどの『怒号』が村に響いた。


 人の声だった。さっきリリアーヌがいった金属音ではなく、人の肉声だ。

 ユーリの顔から穏やかさが消え失せた。

 怒号は明確な異変だった。


「――っ!」


 ユーリが家から飛び出そうとして、しかしそこで――引き留めるようにリリアーヌが声をあげていた。


「待って! 私も連れてって!」


 はじめユーリは断ろうと思った。

 しかし、彼女の怯えているような目を見て、


「――わかった、手をはなすなよ」


 彼女をここにおいていくべきではないと衝動的に判断し、その手をとった。


 ユーリはリリアーヌの手をとりながら、家の扉を開け、彼女の歩幅に合わせつつも、出来るだけ急いで怒号の出所をさがす。

 怒号はあれから何度か、一定の方向から響いてきていた。

 かすかだった肉声が、徐々にはっきりしていく。

 走っている最中、不意にユーリの脳裏にまた文字の羅列が浮かんだ。


【ほら、決意の時がきてしまった】


 怒号の発信地に近づけ近づくほどに、怒号は確かな言葉の繋がりとなってその意味をしらせていく。

 

「――近いな」

 

 いくばくかして、ついに二人はたどり着いた。『現場』へと。

 そして、


 ユーリとリリアーヌは愕然とした。


◆◆◆


「てめぇ!! よくも――!!」


 髭をたくわえた村大工の一人が、怒りのこもった声をあげている。怒声の主だ。

 その村大工にユーリは見覚えがあった。何度か家の修理で世話になったことがあった。

 しかし――

 もう一方。

 その村大工の正面に立って、怒声を受けている『相手』。


 見慣れぬ鎧姿の騎士がそこにいた。


 それも、騎士は一人ではない。その後ろのほうに、さらに十数人の騎士がひかえていた。


 ――多すぎる。まるで『騎士団』だ。


 そうユーリは心の中で呟いた。

 さらに騎士たちを観察し、ユーリはあることに気付く。


 騎士たちの鎧甲冑には『マズール王国』の紋章――『グリフォン』の肖像が彫られていた。


 ユーリの頭はその紋章を見て即座に、彼らが何者であるかを弾き出した。


 ――なぜ『マズール騎士団』がこんな田舎の村に。


 そう考えている最中――事態は急変した。

 怒声を放っていた村大工が、不意に剣を抜き去った騎士に――斬られた。

 ユーリはその光景を目の当たりにして、思わず動き出していた。

 倒れていく村大工の傍に走り寄っていく。

 剣を鞘にしまった騎士と、村大工の間に割り込み、村大工の身体を支えた。


「ユ……リ……さ…………!」

「もういい! しゃべるな!」


 口元から鮮血の泡を垂らしながら、村大工はなにかを言おうとしていた。ユーリの肩をつかみ、訴えかけるような視線を向けている。

 ユーリは村大工がしゃべろうとするのをを止めるが、村大工の方は一向に大人しくなる気配がなかった。

 しかし、傷の深さも相当で。

 徐々に声を出す事もつらくなってきたのか、その村大工はついにしゃべることをやめて、一挙手の行動を起こした。ある一点を指差したのだ。

 彼の指差したさきに、ユーリが視線を向ける。

 そこには、


 血に伏す老婆がいた。


 ぴくりとも動かない真っ赤な老婆が。

 ユーリがその姿を見つけたとき、村大工を斬り捨てた騎士が歩み寄ってきて、口を開いた。


「――我らは『マズール王国』よりこの村の管理をまかされたマズール騎士団の分隊だ。ここからでは少し遠いが、数キロ先に新たな鉱山が発掘された。そこの『労働奴隷』としてこの村の住人を使う予定だ」


 淡々と、騎士は言葉を並べていった。


「村にいるのはマズール領において納税すらしていない敗戦国エスクードの亡霊たち。ここでいままでのツケを払ってもらおうか」


 ああ、ちなみに、と騎士は続けた。

 その顔には少し笑みが見え隠れし始めていた。


「年老いた者は労働資源としても使い物にならないゆえ、斬り捨てることになっている。食糧もタダではないからな」


 鼻で笑っていた騎士が、ついにこらえきれないと言わんばかりに、侮蔑的な笑みを浮かべていた。


「ハハハ。――これは『報い』だ。エスクード王国などという幻想に囚われつづけ、新国家への忠誠を忘れた亡霊どもよ。せめていくばくかでも、マズールを想うがいい」


 ユーリはその言葉を聞いて、状況をつかむ。――つかまざるを得ない。

 その行動の結果を、目の前に提示されているのだから。


 だが、納得など出来ない。


 騎士の発した言葉はユーリにとってあまりに理解にたやすい言葉だった。

 エスクード王国とマズール王国。

 相容れない二つの国。

 そのたどってきた軌跡を、ユーリは理解しすぎていた。


【思索の日々は終わった。――選べ、亡霊よ。身体を取り戻すか、骸のままで終わるのかを】


 ユーリの頭の中に、また言葉が駆け巡っていた。


◆◆◆


 騒ぎに駆け付けた村人たちは、唖然として立ちつくしていた。

 続々と集まってくる村人たちに気付いて、騎士が周囲をぐるりと見回していく。

 すると、その視線がある一点で止まった。


 騎士はリリアーヌを見ていた。


 ほかの村人たちとは一線を画する派手さを醸す金髪が、目を引いたのだろう。

 そして、リリアーヌの姿に気付いた騎士は、


 驚愕の声を浮かべていた。


「――エルフ……っ! なぜこんなところに『エルフ』がいる!」


 騎士が物騒な目つきで腰の鞘から剣を再び抜きはなっていた。

 ずかずかと周りの村人たちをその剣で追いはらい、リリアーヌの眼前にまで早足に歩いていく。

 リリアーヌは騎士の視線にさらされて、一歩も動くことが出来なかった。


 騎士の目には殺意の光が輝いていた。


「あ――」


 きっと彼は私を殺すのだろうと、リリアーヌの中に確信が生まれる。

 それほどまでの殺意の視線。

 リリアーヌはただただ、言うことを聞かない手足に諦観を抱くしか出来なかった。


「貴様たちは!! なにを考えているのだ!!」


 騎士の怒声が響く。好き放題に当り散らす、狂気的な怒気が騎士を覆っていた。


「エルフだ!! ――『エルフ』だぞ!? エルフは人間の敵だ!! 一体どれほどの人間がエルフに殺されたと思っている!! なぜ殺さないのだッ!! 『グラン聖戦』を忘れたのか!! クソどもめ!!」


 騎士は歩を緩めることなくリリアーヌに近づき、彼女の目の前で止まった。

 村人たちはすぐに反応できない。

 しかし、ふいに一人の老人が騎士とリリアーヌの前に割り込んできて、強い視線を騎士にぶつけていた。

 それは明確な反抗の目だった。

 騎士はその目を見て、なにかに勘付いたように再び怒声を散らす。


「エスクード人め……!! やはり貴様らはエルフと繋がっていたのかッ!! ――重罪だ、重罪だ!! マズール領でエルフを生かしておくことなど、絶対にあってはならない!! 匿っていた貴様らも重罪だ!!」


 騎士が剣を振り上げていた。月光を反射する、その剣を。

 刀身をただ茫然と見つめるリリアーヌと老人。

 そして。

 騎士の振り下ろした剣が二人ともを切り裂くような、深い踏み込みにのって振り下ろされて――


◆◆◆


【――選べ。……死ぬぞ? 死ぬぞ? お前が選ばなければ、あの娘は死ぬぞ?】


 ――わかってる。


【あの娘が死ねば、お前は壊れるぞ? お前の理性のタガが、いなくなるぞ?】


 ――わかってる……!


【ハ、ハ、ハ。――ならば、行け、動け。行って、動いて――『殺せ』!! ユーリ!!】


◆◆◆


 騎士が振り下ろした剣は空を斬っていた。二人には当たらなかった。

 それは、剣が二人の身体に触れるより早く、すさまじい速度で横から突っ込んできたユーリがリリアーヌと老人の身体を抱きかかえてその場から離れたがゆえの空振りだった。

 自分の剣が空を切ったことに気付いた騎士は、リリアーヌをかばったユーリに対して怒りの視線と声を叩き付けた。


「貴様ァ!! なぜエルフを庇った!! けがらわしい、そのエルフを!! 忌まわしい『戦乱の記憶』を忘れたのか!! そのエルフを生かしておけばまた人間が殺されるんだぞ!! ――今すぐ殺せ! ――殺せ!! 殺さぬならばそこをどけ!!」

「――断る」

「ならば貴様ごと――!」


 ユーリは真っ向から騎士に反抗の意を示した。

 騎士はその言葉を受け、ユーリもろとも斬り捨てようと剣を大きく上段に構え、近づいていく。

 リリアーヌは怯え、ユーリの服の裾を握りしめたまま凍った。

 そうして、ユーリたちに近づいた騎士が再び剣を振り下ろさんと柄を握る両手に力を込め――


【やれ!! 殺せ!! それはお前の敵だ!! ハハハ、ハハハハハハ!!】


 ユーリにしか聞こえない誰かの哄笑が、響いた。


 そして、ユーリの身体が――動いた。


◆◆◆


 身に刻まれた『戦乱の記憶』が呼び覚まされる。


 不意に、ユーリの真紅の右眼が、『金色』に輝きを変えた。

 同時に、左の手のひらから光がもれだした。白く煌めく光だ。

 すると、ユーリが右手を左の手のひらに合わせ、その白い光の中に『なにかをつかむ』ように、握りこんだ。

 そして、


 ――右手が左手のひらから『なにかを引き抜いた』。


 それは『剣』だった。


 儀礼用と思えるまでの、美しい装飾が施された――剣だった。


「なにっ!?」


 驚愕の声。


 それが騎士の最期の言葉だった。


 振り下ろされる騎士の剣を、ユーリがすさまじい剣速の横一閃で弾き飛ばしていた。さらに、即座の上段刺突の構え。顔の横で刃が閃いた。

 その状態から、一寸も待たずして繰り出される猛烈な速度の刺突。

 一瞬の動作で剣を弾き飛ばされ、体勢を崩していた騎士に、その神速の刺突をさけきる力はなかった。


「――」


 騎士の心臓を貫く剣は流れ出る赤に染まり、なおも閃く。


 ユーリの手には『なじみ深い感触』が伝わって来ていた。


 死の感触。


 生気が枯渇していく――(いな)、生気を吸い取っていくかのような、そんな感触。

 嫌な感慨が思考をふさいでいく。

 ユーリは剣を騎士の体から引き抜いて一度振り、その刀身から血を払った。

 倒れた騎士を一瞥し、不気味な金と紅の三白眼を後列の騎士たちに向ける。

 突然の出来事に、他の騎士達は一瞬ひるんだが、すぐに状況を理解したようで――隊列を組んでユーリと相対した。


「リリィ、下がってろ」


 怯えきったリリアーヌをユーリが手でうながす。

 彼女はようやく、つかんでいたユーリの服を放して少し後ろへ下がった。


「――貴様、自分が何をしたか分かっているのか?」


 若干震えている声で、後列の騎士の一人がユーリに問うていた。

 ユーリはそれに対して何かを言おうと口を少し開いたが、しかし、すぐにそれを閉じた。言葉を発している騎士のさらに後ろから、剣を振りかざして走ってくる人影が三つあったからだ。

 ユーリは即座に剣を構え直し、迎撃態勢に移る。


 まず一人、突っ込んできた騎士が剣を振り下ろすより速く、猛然とした加速で真正面から懐にもぐりこみ、袈裟に斬り払う。

 刀身を切り返し、裏にいた二人目を横になぎ払った。


 そのまま三人目に斬りかかろうとしたところで、ユーリの視界の端で奇妙な光が点滅する。

 後列で待機していた騎士の仕業だった。

 その騎士は両手で包み込むように――人の頭大の『炎の塊』を持っていた。

 ちかちかと明滅し、燃え盛る炎の塊。

 その騎士の足元には光り輝く幾何模様と、文字列――『魔術式』が描かれていた。


「『魔術師』か――」


 魔術師に視線を移し変えているうちに、眼前に迫っていた三人目の騎士の斬撃を、ユーリは軽業師のような軽快な後宙返りで避ける。

 そして着地と同時に加速し、斬り抜けた。

 背中で纏められた銀髪の一房が宙を舞う。

 そこで、ついに後列の魔術師が動いた。

 両手に包んでいた炎の塊は一気に巨大化し、魔術師が炎の塊を前方に打ち出した。

 ユーリに向かって飛翔していく炎弾は、その射程内の大気をちりちりと燃やしながら、ユーリの視界を遮る。

 ユーリに慌てる様子はなかった。

 剣を片手で握り、もう片方の手のひらを炎に向けて伸ばし――開く。


 ただ、その手のひらで受け止めるように。


 すると、炎に向けた掌から巨大な『魔法陣』が瞬時に広がり、飛んできた炎弾を――受け止めた。

 弾けるような音を放ちながら、ユーリの手のひらから広がる魔法陣と炎弾がぶつかり合う。

 鍔迫り合いのような衝突が少しの間で続くが、ついに炎弾の方が急激に推進力と火力を失い、分散消滅した。

 炎弾を飛ばした魔術師が驚愕の表情を浮かべた。


「無詠唱魔術で私の魔術を受け止めるなど――」


 ユーリは炎を受け止め終えると即座に走り出し、無防備な後列の魔術師に飛びかかる。

 他の騎士が剣を抜き、魔術師を守るように進路を変えていくが、すさまじい速力を誇るユーリに追いつくことが出来ない。

 そして、


 ユーリの剣が魔術師の首をたやすく斬り飛ばした。


◆◆◆


 たった数十秒の戦闘だった。


 一対多数の戦闘は、当初虐殺に近い物になるであろうと思われた。

 だが、あろうことか圧倒的な力量差を見せつけたのは一人の方で。

 驚愕の表情のまま宙を舞っている魔術師の首が、一秒のあとに無残に地面に落ちる。


 それ以上、ユーリに向かってくる者はいなかった。


 生き残った数人の騎士が、畏怖によって硬直した手足を必死に動かして撤退しはじめる。

 ユーリはそれを追う気配もなく、ただ視線を向けていた。

 そうして十秒ほどがすぎ、騎士たちが撤退しせいを整え終えたところで、


 ユーリが大声で彼らに言った。


 「聞け」と、鋭い声のあとに、言った。


「――刻め!! そしてお前らの王に伝えろっ!! 自分たちの――マズール王国の邪魔をした男の名を!!」


 ――「我が名は」、


◆◆◆


「『ユーリ・ロード・エスクード』!! ――マズールに滅ぼされたエスクード王国最後の王族だ!!」


◆◆◆


 亡国の亡霊は叫ぶ。


 その存在を世界に報せるように。


 必死に、力強く――


 ―――

 ――

 ―


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