17話 「王と皇」
青年は、雰囲気的にはベルマールに似ていて、物腰柔らかな表情が印象深かった。暗い茶色の長髪を後頭部で一本に縛っていて、髪と同じ色をした瞳をしている。雰囲気のわりに見た目は若く見えた。ユーリと同じくらいだろうか。
ゆったりとしたローブのような白服を揺らして、青年は言葉を紡いでいた。
「長らくお待たせをして申し訳ございません。私はエンピオネ陛下の側近をしております〈カージュ・ヴェスピオレ〉と申します。以後お見知りおきを」
「いえ、こちらこそ。いきなり参じて申し訳ありません」
ユーリは慣れない口調をなんとか維持しつつ、カージュを終始観察していた。探っているといってもいい。
それはカージュの方も同じようで、鋭い切れ目はユーリの表情を終始観察していた。
ユーリの観察は、ひとえにこのカージュという男が、エンピオネとリングスのどちら側についているかを見極めるためだった。
ユーリはそもそも〈リングス・ヴェール〉には興味がなかった。つまりは、エンピオネ派の内部者と話がしたかったのだ。
エンピオネに会うためには、間違ってもリングス側の人間と繋がってはならない。
「……カージュ卿、というべきでしょうか」
あくまで予想だが、カージュの細やかな仕草からは貴族独特の気品がと教養の深さが見て取れたようにユーリには思えた。
ゆえに、ユーリが先制してそう言葉を放つ。
「いえ、確かに私めは子爵位を所持しておりますが、私に先行する身分はあくまでエンピオネ様の従者という立場です」
「そうですか。――少し小耳にはさんだのですが、なにやら今ヴェール皇国は内部でいざこざがあるという話で――確か、リングス殿下、でしたっけ?」
「ああ、あれは豚ですので、敬称なんてつけなくてもいいですよ」
――探る必要なかった。
カージュの真っ直ぐな言葉に、ユーリは内心で嘆息していた。
カージュの露骨なまでの表現は、とてもではないが演技で出せるようなものには見えなくて、
「あっ、そ、そうですか……」
「はいっ!」
――なんて良い笑顔なんだ。
ユーリは思った。
「では、その、このエスクード王剣を証明にして、エンピオネ女帝陛下との謁見を申し入れてもよろしいでしょうか」
「少し、その剣を見せていただけますか?」
カージュがずいと近づいてきて言った。
ユーリはそれにうなずき、王剣をカージュに手渡す。
王剣の柄部分に描かれた竜のエスクード紋章を「ふむふむ」とうなりながら観察するカージュだったが、しばらくして、
「本物みたいですね。私、気品のある武具とか好きでして、結構詳しいのですが、その王剣は本物のようです。王の印を剣に置く武系国家の王剣の中でも、エスクード王剣は特に優れた剣ですからね。いやあ、本物を見れるとは、光栄の極みですよ」
――なかなか話のわかる男だ。
ユーリのカージュに対する評価はうなぎ上りだった。
「では、謁見の間へご案内します」
ユーリとイシュメルはカージュに案内され、ヴェール皇城へと足を踏み入れた。
◆◆◆
城に入って気付いたのはその張り詰めた空気感についてだ。
一見優雅な内装で、余裕と気品のある廊下に見えるが、警備をしている兵たちなにかに怯えるように背を縮こまらせていて、窺うような視線は警戒心を端的に表現していた。
見た目だけは優雅であるはずの城内なのに、異様な緊張感がそこには蔓延していた。
「嫌な空気だねぇ」
「言うなよ、イシュメル」
「いえ、そちらの方の言うとおりです。今や城内ですら油断が出来ない状況でありまして。ああ、胃が痛い……」
カージュはわりとあっけらかんとしてユーリたちに内政についてを喋った。
それはユーリたちがあの亡国エスクードの関係者であることに起因していた。
たとえ内政について少し喋ったくらいで、すでに滅んだ国の人間ではどうこうできはしない。
そうこうしている内に、カージュが一室の扉の前で止まって声を上げる。
「陛下、先代エスクード王の側近をしていたという者をお連れしました。入れてもよろしいでしょうか」
カージュが言うと、中から「よいぞ」という声が返ってきて、カージュが扉を開けた。
そうして開けた扉の向こうに、ユーリとイシュメルは視線を向ける。
ユーリの眼前に姿を現したのは、少しやつれている美女だった。
緑がかった長髪と、強烈な意志を秘めた赤紫の瞳。肌は白く、なめらかだ。――とにかく美しい。
椅子に座っていた美女が、ユーリの姿を見て立ち上がり、口を開いた。
立ち方一つとっても無駄がない。
なにより、その所作の一つ一つに洗練された武の片鱗が見えていた。
立ちあがった美女はどこか驚いている風だった。
目を丸め、開けた口からは言葉が出てきていない。唖然と言う体だ。
「――カージュ、カージュ。お前は先代エスクード王の『側近』を連れてきたといったな?」
「はあ、言いましたが、それがなにか」
美女は何度か頭を掻いて、「なんてことだ」と軽い口調でいったあと、ユーリを指差して言っていた。
「そいつは側近ではない。――『エスクードの王族そのもの』だ」
「――えっ?」
カージュの時が止まった。
◆◆◆
「えっ、なんでわかったんだ? 結構演技頑張ってたんだが。イシュメル、俺の演技、下手だったか?」
「いや、僕も何が原因でバレたのかわからないけど……」
ユーリとイシュメルはお互いに首をかしげた。
すると、美女の方から声があがる。
「――やはりか!」
カマをかけられたらしい。
「ははあ、してやられたよ」
ユーリが肩をすくめた。
しかし、そもそも、そんなカマをかける奴がいるだろうか。
滅んだと思っている国の王族がいまさらこんな場所に来るなどと、普通は夢にも思わないだろう。
――たぶん、この女には何らかの予測があったのだろうな。
ユーリにはそんな確信があった。
「なんでそんなカマをかけようとしたのか、聞いてもいいかい」
ユーリは自分の予測を証明するために、美女に言った。
美女のほうは髪をかきあげて、艶めかしい色気を撒きながら答える。
「貴様が先代エスクード王によーーーく似ておったからじゃよ」
その美女は、なにやら事情に詳しそうだった。
◆◆◆
「――ひとまず名乗っておこう。わらわは〈エンピオネ・ヴェール〉。ヴェール皇国の女帝じゃ」
「エンピオネ様、口調ちゃんとしてください」
「――女帝だ」
「それでいいです」
カージュが横から叱咤すると、美女――エンピオネがもごもごしながら言いなおした。
「さて、改めて聞こう。貴様――エスクードの王子じゃろ――だろ」
エンピオネはこらえきれないと言わんばかりにニヤニヤとした笑みを浮かべて、ユーリに言った。
ユーリもそれに応え、笑みを浮かべながら答える。
「いかにも。――〈ユーリ・ロード・エスクード〉。俺がエスクードの王子だ」
「そうか、そうか――生きて、おったか……!」
瞬間、エンピオネがユーリに走り寄って――抱きついた。
「うおっ」とユーリの驚いた声があがって、隣から「ちょっ、エンピオネ様! はしたないですから!」というカージュの声が飛ぶ。
しかし、エンピオネはお構いなしといわんばかりにユーリの首に腕をかけて、身体を密着させた。
「貴様があの〈ユーリ〉か! 先代のエスクード王から話は聞いておったぞ! 年も近いと言うし、会ってみたかったのじゃが――」
「――父さんは俺を外には連れ出したくなかったらしいからね」
「ヴァンガードの視線があったから、それもしかたあるまいて」
ユーリとエンピオネの間でだけ、会話が成立していた。
その状況に困惑するイシュメルとカージュが、ついに二人に訊ねていた。
「あの、そろそろ僕らにもわかるように話してくれない?」
二人の頭の上には数個の疑問符が浮かんでいた。
◆◆◆
「――なるほど、ユーリの父君って、独立国の王だけど結構人脈広かったんだね」
イシュメルは話を聞いて納得のうなずきを見せていた。
「まあ、俺は連れて行ってもらえなかったけどな。父さんは父さんで、西方諸国との会談の場をよく持っていた。ヴェールは中央大陸よりだけど、ミロワール運河を隔てて隣国だ。それに、父さんが若かったときから先代のヴェール皇帝とは特別に仲がよかったらしくて」
「そういうわけじゃよ。わらわが小さいころに、あの銀髪の毛むくじゃらが来て、わらわに自分の息子の話をよくしてくれた。だからなんとなく、予想があったのじゃ。あの滅んだエスクードからの使者が、わざわざわらわのもとに遺言などと。もしや、と夢心地な予想がたってな」
そして、
「ユーリの顔を見て、予想は確信に変わった。あの男と同じ色の銀髪に、紅の眼。雰囲気まで、よく似ておる。まさかと思ってカマをかければ、あの毛むくじゃらと同じでこういう単純な手にひっかかりやすいと来た」
「――やられたよ」
ユーリが苦笑で答えた。
エンピオネの方は、ユーリやイシュメルに好奇心満々と言った面持ちで、よく話を振ってきていた。
「おい、ユーリ、齢はいくつじゃ?」
「二十だな」
「ではわらわの方が年上じゃな! わらわは二十一だしな!」
「よく言う。一つしか違わないじゃないか」
「一つじゃぞ? 一つあれば四つん這いで歩いていた赤子も歩けるようになる」
「なんだか横暴な例えの気がしますね、それ」
カージュが額をおさえてツッコんだ。
しかし、当のユーリはエンピオネの言葉に真正面から受けて立って、
「赤子が歩くまでの期間で例えるなら、俺は一歳になる前にはとっくに歩いていたらしいから、大した時間じゃないな」
「なにを、ちなみにわらわは生まれて一か月で歩いていたと――」
「争点がいつのまにかすり替わっている……」今度はイシュメルが眉間を押さえた。
「あ、あの、お二方、今はそれどころでは―――」
「いいではないか、カージュ、お前は堅物すぎるぞ」
「いえ、エンピオネ様が柔らかすぎるだけです。特に頭が馬鹿のように――」
カージュの脳天にエンピオネのげんこつが落ち、その音で一旦場の空気が切れる。
「ふむ、まあいい。そろそろ本題と行くか。まずは聞こう。――エスクードは滅んだのではないのか?」
「いや、父さんが謀をしていてね。先日その謀の最後の一手をマズール王の前で打ってきた」
ユーリの表情や口調はいつになく砕けていて、現状の相応に切羽詰っている状況を考えなければなかなかにほほえましい光景だと、イシュメルは思った。
「そうか、確かにあの毛むくじゃらは戦事に関しては頭の回りがよかったからな。――なるほど。ではエスクードはまだ生きておるのか?」
「生きているといえるのかは定かじゃないが――死んではいない。そんなあいまいな状態だよ」
だから、
「手を貸してもらうためにヴェールに来た」
「ははは、よい判断だぞ、ユーリ。悪くない。あの毛むくじゃらの戦略の素質も受け継いでおるのかな」
エンピオネが緑のなめらかな長髪を指で巻き取りながら、二三度うなずいた。
四角形のテーブルに二対二で腰かけている状態で、エンピオネはカージュの隣に座って「ふむふむ」とさらに考え事をしているようで、いくらかの時間の間があった。
しばらくして、ようやく彼女が赤紫の瞳をユーリに再び向ける。
「もう一つ、確かめておきたいことがある。よいか?」
「お好きなように」
なにをするのかとユーリとイシュメルが首を傾げようとした瞬間、
唐突にエンピオネの右手が閃いた。
凄まじい速度でエンピオネの手が座っている椅子の下へ伸びて、どうやら椅子の下に隠してあったらしい短い抜き身の剣を取り出し、さらなる加速を経てユーリの首元に刃を突きつけていた。
突然の出来事にイシュメルとカージュは動けない。
一拍のシンとした間があって、イシュメルがふと気づいてユーリを見ると、ユーリの方もいつのまにか左掌からエスクード王剣を引き抜いていた。
イシュメルにはユーリがいつ剣を抜いていたのかがまるでわからなかった。
ユーリのエスクード王剣の切っ先は、机の下でエンピオネの下腹部のあたりに狙いを定めている。
突然の出来事に顔を強張らせているイシュメルとカージュをよそめに、二人はまた笑い合った。
「よし、その『武の力』も受け継いでいるようだな」
「熊を素手で倒したって噂も、あながち嘘ではなさそうだな、エンピオネ」
「まあの。――いいぞ、ユーリ。お前はなかなかに良い。わらわが惚れてやってもいいくらいには、強そうだ」
「ありがたいお言葉であります、エンピオネ陛下」
ユーリがわざとらしく頭を垂れて見せた。
「わかった。確かめたいことは確かめられたし――ではお互いに一国の元首として話をしよう」
エンピオネは剣を椅子の下に戻し、椅子に座り直した。
「なにが目的じゃ。詳しく話せ」
「端的な話だ」
ユーリもエスクード王剣を手の中にしまいこみながら、こともなげに言った。
「同盟を締結しよう、エンピオネ」
またイシュメルとカージュの時が止まった。
「いきなりじゃな。あと陛下などと呼ばれるよりはマシじゃが、一応わらわの方が年上なんじゃから、なにか語尾に少しくらいはつけたらどうじゃ。たとえば――『エンピお姉様』とか」
エンピオネはどうあってもユーリより年上であることを誇示したいらしく、その点にえらく固執していた。
「エンピ姉に要求するのはだな――」
ユーリは適当にエンピオネの言葉を受け流しつつも、それでもエンピオネのさりげない要望に答えた。
「ちっ、いつかお姉様と呼ばせてやるからな。――まあよい、それで、同盟じゃったな」
エンピオネの方も妥協点を見出したようで、渋々といった表情で流した。
しかし、同盟という言葉のあとにはすぐに嬉しそうに表情を変えて、言っていた。
◆◆◆
「――よいぞ」
◆◆◆
あっけなかった。
カージュはいまだに声がでないようで、口をぱくぱくとさせている。
「よし、成立。これでひとまずの目処は立ったな、イシュメル」
「えっ! あ、うん……そ、そうだね……?」
「なに混乱してるんだよ」
イシュメルもわけがわからないといった感じで、「あっれ、僕必要あったのかな」などと小さくこぼしている。
その二人の対面にいるエンピオネは、唖然としているカージュに気付いてその背中をばんばんと叩いていた。
「なにをそんなに驚いておる、馬鹿ージュめ。よいか、エスクードとの同盟なら、父様がずいぶん前より考えておったわ。口に出していたくらいじゃぞ。当時はあの毛むくじゃらが『代々継がれてきたエスクード王国の理念が――』とか言ってそれを拒んだから成立しなかったがな。いま、時を経て、互いの子孫がそれを代わりに実現しただけであろう?」
「それにしても、あっけなさすぎでは?」
「あっけなくとも、実を伴っておる。事がおきる時は、往々にして劇的に進むものじゃ。お前はまだまだ鍛錬が足りないようじゃの」
しばらくして、ユーリは二人の会話が終わるのを待ってからまた切り出していた。
「それで、俺のほう――つまりエスクード王国も、ただ同盟をせびるだけではしのびない。だから、ヴェールの問題の解決に尽力することを対価としよう」
「ほう、殊勝じゃな。――エスクードから見ても、今のヴェールは危ういか?」
「ああ、内部の分裂は、いっそ外部との戦争よりひどい。内紛の場合、放っておけば手を出さなくとも勝手に国が亡びるからな」
「そうじゃな……」
エンピオネは神妙な顔でうなずいた。
「わらわとてどうにかしようとは思っておるのじゃが、意外にもあの『毒虫』がしぶとい。飼っているだけで毒をまき散らすクソ以下じゃが、ゆえにしぶといものなのじゃ」
「相当に鬱憤がたまってるな……」
「ユーリも体験してみればわかる。わらわの立場をな。父様を恨みはすまいが、だが婚姻だけはやはり厄介じゃ。対外的な公式性があるから、こちらだけの事情で断ち切るのが難しいのじゃ」
「暗殺でもしようか?」
ユーリが演技ぶっていうが、その目はどことなく本気のようにも見えた。
「――それは最終手段じゃな。わらわとてそうしてやりたいのはやまやまじゃが、殺ったのがバレればルシウル王国に全面戦争の大義名分を与えてしまう。出来ればもっと穏便に済ませたい。そこの――ユーリの連れは、なにか言い案を思いつくか?」
「あ、僕ですか?」
突然の振りにイシュメルは少し硬直した。
そこへ、ユーリがエンピオネに口添えする。
「エンピ姉、これでもイシュメルは〈エルフ王〉の三男だぞ。つまりエルフの王子だ」
「ほう、エルフと。エルフとな。……エ、エルフじゃと!?」
綺麗な時間差の驚嘆を、エンピオネが表していた。
「イシュメル、布を取って見せてやれ」
ユーリに促されて、イシュメルは頭に巻いていた布を外し始めた。露わになった耳を見て、エンピオネとカージュは好奇の目を向ける。
「なんと! これは真か! エルフの王子とは――今日は珍しい日じゃな!」
「こ、こちらの方も王子様であったとは……ああ、いまさらながら私かなり失礼なことをしていたのでは……」
カージュが胃を押さえて身体をくの字に曲げはじめた。
「――そうか、なら改めて。イシュメル、何か言い案はあるかの?」
イシュメルは思案気な表情を浮かべたあとで、答えた。
「エンピオネ様、現在のおおよその勢力図はわかりますか?」
「うむ、王城内の勢力図ならば。――六対四でこちらの劣勢、というところじゃな。なかなかどうして、あの毒虫は口が巧いのじゃ。だが戦力として主要な人物は今のところこちらが押さえておる。向こうにいるのは老いぼれがほとんどじゃ」
「なるほど。――少し考える時間が必要ですね。後日また謁見を申し込めますか?」
「もちろんじゃ。ただ……余り時間もないでな。出来るだけ急いでくれぬか」
「わかっています」
その言葉を合図に、ユーリとイシュメルが立ちあがった。
「必要以上にヴェール城内にいても目立つし、いったん戻ろう。また秘密裏に会談の場を」
「うむ。門兵をより口の堅いわらわの側の兵士に変えておく。事情もつたえておくゆえ、またなにかあれば門兵に申し入れよ」
そういいながら、エンピオネはユーリの立ち姿を遠目に見ていた。
「――これまたどうして、あんな毛むくじゃらの種から生まれた割には、美しい出で立ちではないか。武力、器量、共によし。――どうじゃ、わしの婿にならんか? 実は父様がそういう遺言をじゃな――」
「へ、陛下! そういう話はまたあとで!」
「ぬおっ! ぐぬう……そ、そうじゃな、今はそれどころではなかったの。――チッ」
「はあ……」
ユーリはカージュに同情の苦笑を見せてから、エンピオネの自室を出ていった。
外に出てすぐに、イシュメルが大きく息を吐く。
「なんかさ、まともな政治観とか、政略観とか、そういうのを全部ひっくり返された気分だよ。あんなにあっけなく決まっていいの?」
「いいだろ。時間をかければ間違いないってわけでもないじゃないか。まあ、実のところ俺のほうも父さんからヴェール皇帝の一人娘についてはいろいろと聞かされていたし、まるで予測がなかったわけじゃない。思ったよりずっとおもしろい人物だったけどな」
「君も人の事は言えない立ち振る舞いだったよ」
「はいはい。――ともかく、これで一歩どころか十歩ぐらい建国への道を進んだ。あとはちゃんとエンピ姉を助けてやらないとな。エスクードのためにも」
「ユーリ、もちろん君にも案を出してもらうからね」
「えー」
「君はただでさえ脳まで筋肉な感じなんだから。――それじゃ、ひとまず宿に帰ってアガサたちにも話をしてやろう」
「ああ、そうだな」
終始笑顔で雑談しながら、二人はリリアーヌとアガサの待つ宿に帰って行った。