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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第二幕 ヴェール皇国編
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16話 「緑と白と、橙色灯の都」

 船が対岸に着いたあと、水夫たちに礼を言い、一行はまた馬に乗ってヴェール側のジュラール森林に足を踏み入れた。両側の森が同様の名前を冠にしているだけあって、ヴェール側の森もたいして変わり映えはしなかった。


 冗談や皮肉を交えながら森を行く。

 森を通ることになれたせいもあってか、夕日が差し込みはじめたころにはヴェール皇国の入り口である巨大な門が見えて、一行の好奇心もミロワール運河からヴェール皇国へと向けられた。


「長かったのか、短かったのか、まあ、隣国への旅路はこんなものか」


 ヴェールの立地に関しては、船を降りる際に水夫から聞いていたので、この門の先がヴェール皇国の皇都『デルサス』であることは知っていた。

 皇都がジュラール森林を背負っているのは、最も他国に攻め入られにくいからであるらしい。鬱蒼とした森々に加え、ミロワール運河という強固な国境防壁が、デルサスの背面を守っていた。

 そういうわけで、森を抜けさえすればそこはヴェールの皇都だ。

 ユーリたちにしてみれば呆気ないという感覚も多少あれど、気ままな旅路というわけでもなくて、早く着くに越したことはなかった。


 イシュメルがふと、デルサスの国門を眺めながら、横で同じく門を見上げているユーリに訊ねた。


「ユーリ、ヴェールに着いたけど、なにかアテはあるのかい?」


 ユーリはイシュメルの問いにすぐに答えた。


「それなりにな。水夫から情報を得ておいたから」

「へえ、姿が見えないと思ったらそんなことをしていたのか」

「情報ってのはどこにいても必要なものだからな。――ほら、いくぞ。とりあえず宿を探そう」


 一行はヴェール皇国の皇都、デルサスに足を踏み入れた。


◆◆◆


 ヴェールを一見して、この国をおとずれた者たちがなぜ口を揃えて「美しい」というのかがわかった。

 文明と自然の調和が、ヴェールの街には顕れていた。

 白石造りの、統制された建築物。きっちりと分割された家々の立地光景の中に、新緑から深緑までの、さまざまな木々植物が生えている。自然との一体感が、そこにはあった。

 さらに足を踏み入れて、街の広場に到達すると、そこには噴水が設けられていて、辺りから静かな水の音が聞こえてくる。ゆったりとした服装の住民たちは皆笑顔で街を行き、マズールとは違った澄んだ活気が見て取れた。

 通りを行くにも、地面には優雅な美術彫刻が刻まれているし、両脇の家々からはおいしそうな料理の匂いが漂ってくる。

 そして、遠くには荘厳にそびえたつ〈ヴェール皇城〉。家々と同じくその外装は白で統一されていて、何段にも積み重なった階層の頂点には、ヴェール皇国の紋章旗が掲げられていた。


「なんか、いいな……こういう街並みは」

「そうだね。美しい都っていうのは、この街のことを言うんだと思うよ」


 アガサとイシュメルがうっとりしながら話していた。


 四人ともなれば安宿では狭くて、今回はマズールの時よりも料金が高めの、広々とした宿を手配した。

 そのあとで、四人で街を散策する。夜には街の中のレストランの屋根下からオレンジ色のランプがつりさげられたり、通行人が腰のあたりに同じようなランプをつりさげていたり。どうにもヴェールでは夜に人々や街の施設でさまざまな色の明かりを灯すのが慣習のようだ。

 夜であるのに街には光が溢れていて、人々の賑わいも心地よかった。


 その日は適当に街を散策し、宿に帰る。旅路の疲れもあって、リリアーヌとアガサはすぐに眠りに入った。

 ユーリとイシュメルは二人に布団をかけたあと、また外に繰り出して、人気のない街路の長椅子に腰をかけた。


「さて、ひと段落したことだし、魔術について話そうか」

「頼む」


 わざわざ外に出て、こうして人気のない長椅子に腰かけるのは、アガサやリリアーヌたちに聞かせたくない話題があったから。特に、ユーリはリリアーヌにわずかでも戦に関係する話題を聞かせるのを忌避していた。

 イシュメルもそれを察しつつ、今はそのことをあえて聞かずに、会話を続ける。


「まず聞くけどさ、ユーリはどんな魔術を習得したいんだい?」


 ユーリは顎に手をおいて、少しの間考える。心地良い夜風が身体を打った。しばらくして、ユーリが口を開ける。


「漠然としているんだが、攻防一体の魔術……かな」

「やっぱりユーリって馬鹿でしょ?」

「うるさいな。だから漠然としているって言ったろう」

「ため息ついていい?」

「どうぞご自由に」


 少しいらだたしげにユーリが許可すると、イシュメルはこれでもかと大きく息を吸い込んでから、声を交えてため息をついた。


「はあ……」

「気は済んだか?」

「少し、苦悩がまぎれたよ」

「そりゃよかった。――で、なにか案はあるか?」

「んー……」


 イシュメルが思案気にうなる。


「その右眼のおかげで、魔力量的にはやりたい放題なんだけど、いかんせん、君の魔術的素質が皆無だからなあ。まだそこらへんにいる蟻とかのが魔術を扱うのがうまかったりして」

「俺は蟻以下かよ……」

「冗談冗談。でも、ときたま自然に住む動物が、原理を理解せずに魔力を使って術を使うこともあるからね。あれは術式というより、自然中に存在する法則に則った――魔法みたいなものだけど」


 イシュメルは言いながら、話を戻した。


「魔術を使うには、やっぱり術式を組む素質が一定量ないと、そもそも訓練のしようがないからなあ……」

「せめてもっとマシな魔術式が組めるだけの資質があればよかったよ」

「まあ、それをいってもはじまらないさ」


 イシュメルは一拍をおいて話を続けた。


「まったく思いつかないわけじゃないんだけど、僕としては君にこれ以上変な先入観を抱かせたくないんだよね。いずれはしっかりとした魔術知識を教えてあげたいし。――正直なところ、今君が防護陣の魔術を使うのも得策ではない。妙な癖でもついたら、それを取り除くのが大変だから」


 イシュメルはそもそも、これ以上ユーリに魔術を教えることに、結局は賛成しきれていなかった。


「そうか。お前がそう思うなら俺はそれに従うよ。俺の魔術資質に関しては俺自身よりもイシュメルの方が詳しいだろうからな。だから――残念ではあるが、その時を待とう」


 そう言ってユーリはベンチから立ち上がった。


「ところで、話は変わるんだが」

「なに?」


 ユーリが背を向けての振り返りざまに、イシュメルに言った。


「明日、俺と一緒にヴェール皇城についてきてくれ」

「は? 今なんて?」

「聴こえていただろう。二度は言わないぞ」

「はあ……! これだから馬鹿は……! やることなすこととにかく唐突なんだ!」

「いつか絶対言い返してやるからな、その台詞」


 二人は人気のない街路をあとにして、宿に戻った。

 夜、遠くのヴェール皇城は、燦然と光に輝いていた。


◆◆◆


 翌日。

 アガサにリリアーヌの供を頼み、ユーリとイシュメルはヴェール城に向けて歩を進めていった。城に近づくにつれ、ヴェール紋章が刻まれた硬貨を胸に付けた番兵が多くなる。

 その様子を見てユーリが小さく紡いだ。


「ピリピリしてるな」

「だって、ユーリが聞いた話によれば、ヴェールの女帝とその夫が権力争いしてるんでしょ? そりゃあピリピリもするんじゃない? 内部分裂ってこわいよねえ」

「エンピオネ女帝の派閥と、ルシウル国の王子リングスの派閥か」


 内部での分裂であれば、よけいにピリピリするだろう。むしろ、どこにいても心の休まるところがないのかもしれない。

 まだ確証のある言葉は言えないが、場合によっては誰が味方で誰が敵だかがわからないような、泥沼の状態ということもありうる。

 ともかく、それを調べるにもヴェール皇城へいって本人と相対するのがもっとも手っ取り早い。


「問題はどうやって会うかだな。俺たちは部外者で、しかもヴェールじゃ一般人だ」

「そうだねえ」


 二人はそれ以上の言葉は交わさず、幾ばくかを歩いた。

 二人ともがさきほどのユーリの言葉を脳裏に反芻させ、方策を練っていたのだ。

 しかしそうこうしているうちに、二人はヴェール皇城の城門に辿りついてしまう。

 

「どうしよっか」

「――しかたない。七光りみたいであまり使いたくなかったけど、また父さんの名に縋ることにしよう」

「べつにいいじゃないか、縋っても。そういう方策を君のために残しておいてくれたのは、きっと父君がユーリのことをちゃんと考えていてくれたからだよ」

「父さんはどっちかっていうと試練を残すほうだったけどな」

「まあ――それも否定はしないけどね」


 イシュメルは笑った。

 そうして、ヴェール皇城の方に視線を向けて、


「行こう」


 ユーリの言葉にうなずき、また歩を進めた。


◆◆◆


 城門にまで歩みいでると、門兵が二人の前に立ちはだかった。


「何用だ」

「エンピオネ女帝に謁見を申し入れたい」

「今陛下は謁見の申し出を了承できる状態ではない。悪いがまたの機会に――」


 門兵の一人がわずらわしげにユーリたちを手を振って追い払おうとした。しかし、ユーリの方は一歩も退かず、


「先代エスクード王からの遺言を、ヴェール女帝に伝えに来た」

「――エスクード? エスクードといったのか?」


 門兵がその名を聞いて、目をぱちくりさせる。信じられないといった様相だ。


「――確かにエスクード王は依然にヴェール皇国にきたことがあるが……」


 今は滅亡しているはずだ。門兵の目はそう物語っていた。


「エスクード王は生前、ヴェール皇帝と特に懇意にしていた。第三次レザール戦争出陣に際して、側近見習いであった私が言伝を頼まれたのだ。私は幼かったがゆえに戦場には駆り出されず、こうしてどうにか無事でヴェールへ来ることができた」

「うむう……エスクード王と先代ヴェール皇帝が懇意にしていたというのも知ってはいるのだが……」


 まだ門兵は信じきれないでいた。今の内部分裂が進んでいる状況で、外からの来訪者に疑い深くなっていたのだ。

 ユーリはそれを察して、仕方なく一旦後ろを振り向き、門兵に見えないように、かつ手荷物の中から出すようにして、左手からエスクード王剣を取り出した。


「エスクード王からいざという時はこれを証明にせよと、王剣をあずかっている」

「王剣だと……!」

「いかにも」

「なぜ側近ごときが王剣を……もしかしてエスクード王はレザール戦争に際して王剣を持っていかなかったのか!? エスクード王剣ほど強靭な刀剣はないと言われていたのに……」

「そうだ。先代エスクード王は死ぬつもりで戦争に出た。ゆえに、こうして私の手に王剣を持たせ――」


 ――この言い分は少しきついな。


 ユーリは内心で自分のしくじりを認識していたが、いまさら退くわけにもいかず、結局押しきった。


「――いいから王剣の真偽を確かめられる目の良い奴をつれてこい! 話はそれからだ!」


 ユーリが突然に声を張る。脳髄に響くような、不思議な強さのある声だ。

 すると、門兵の身体がびくりと反応して、


「は、はっ! しばしお待ちを!」


 即座に踵を返して走り去った。

 隣ではイシュメルが、


「すっごい無理やりなんとかしたね?」

「うるさい。いいか、門兵も所詮は軍人だ。こういう政治に関わる物事を判断する力はない。特に下っ端はな。だから自分の手にあまる物事が舞い込んで来たら、できるだけ自分の責任を回避しようとより上位の存在をつれてくるのが常だ」

「政治事は政治屋に任せておけって感じ?」

「そうだよ。ヴェールは軍政が分権している国だから、よけいにその傾向があるんだろう」

「君、馬鹿だけどそういう局地的な知識は蓄えてあったりするよね」

「馬鹿馬鹿うるさいぞ、馬鹿め」


 ユーリが適当に話をきったころに、門の向こう側からさきほどの門兵が帰ってきた。

 その後ろから、さらに一人、青年が走ってきていた。


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