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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第一幕 亡国の王子編
14/56

13話 「闇夜に透ける、銀の王」


 マズール王都キールからヴェール皇国へ出発するにあたって、ユーリたちは馬を買った。


 三頭。

 値は張ったが、ユーリはなんなくその資金を懐から出した。

 アガサは、ユーリがいともたやすく馬三頭分の銀貨を懐から出したのを見て目を丸めたが、


「まあ、王様だしなあ……」


 と納得していたようだった。


「先代のエスクード王がいろいろと見越して遺産を埋めておいたらしいよ」

「おお……なんかそれっぽい」

「でしょ」


 三人は馬をひいて関所を抜けていく。

 まだ関所はいつもどおりで、マズール王からの特段の命令があったようには見えなかった。マズール王が精神的な衝撃から復帰するよりも、ユーリたちの出立の速度が勝った。


◆◆◆


 その後、馬に乗って幾許かを進むと、清々しいほどに平らな平原が四人の目の前に広がった。


「長い旅になりそうだね」

「ああー…… まったく、なんでこんなことになってんだか…… いやまあ、自分で選んだんだけどさ、まだ信じられないよ」

「そのうち慣れるさ!」

「あたしはまだお前が王子だってのにも実感がわいてないんだからな!」


 のほほんとしているイシュメルにアガサが言った。


「しかもあっちは王と王女だろ? ――なんだかあたしが場違いな気がしてきた」

「君はいずれ僕の妻になるから大丈夫!」

「本人を前にしていうなよ!!」


 するとそこへユーリとリリアーヌをのせた馬が近づいてきて、話に加わった。


「ほら、そこ、イチャイチャしてないでさっさと行くぞ


 ユーリが悪戯気な笑みで指摘する。

 リリアーヌはアガサをにやにやした顔で見ていた。


「あとでいろいろ聞かせてね、アガサ?」

「たいした話じゃないぞ」

「アガサがいわないなら僕が説明しておいてあげる! ――脚色をくわえて!」

「やめろ! なんかお前の脚色はあらぬ方向にいきそうだから私が説明する!」


 またイシュメルとアガサが馬上でやり合いはじめたのを見て、ユーリはやれやれとため息を吐いた。

 そうして、


「ほら、いくぞ。その話も、ヴェールに向かいながらでいいだろう」


 三頭の馬が、ゆっくりと歩を進め始めた。


◆◆◆


 キールから北西へ。


◆◆◆


 正午過ぎに出発した四人は、さしたる障害にも出会わず、無事に夜を迎えた。


 マズールが商業大国であるだけに、キールからそう遠くない道では大勢の行商人とすれ違った。

 夜まで馬を走らせれば、それなりの距離は進めるもので。

 野宿の準備をするころには周りに人影はいなくなっていた。



 馬を綱で地面に刺した杭に繋ぐ。

 キールで買い取った馬たちはどれも温厚な性格だったので、逃げ出す素振りもなかった。


「ところで――」


 イシュメルが荷物を漁りながらユーリに言う。


「テントとか持ってこなかったの? ユーリ?」

「……」

「君はいつも僕を馬鹿だとか阿呆だとか言うけど、僕から言わせてもらえば君も『相当』だよ」

「う、うるさい。いろいろあって、急いでたんだよ。俺とて超人じゃないぞ」

「君はただの脳筋だものね」

「……」


 荷物から折りたたまれたテントを探し当てたイシュメルが続ける。


「まあ、幼少の頃から野性児だった君にとやかく言ってもしかたないか」


 いつになく誇らしげな顔でテントを広げるイシュメル。

 ユーリはなにも言い返せなかった。

 すると、少し離れたところでアガサの驚きの声が上がる。


「うまい! うまいぞ!! リリアーヌ! お前天才だな!!」

「でしょ? いっつもユーリの食事は私が作ってたんだから! ユーリは家事も壊滅的だからね!」


 のけ反るほどに胸を張ってリリアーヌが言っていた。


「――リリアーヌに苦労をかけてたみたいだね?」

「……う、うるさい」


 その様子を見て、イシュメルが笑いながら言った。 



 キールで買い込んだ食材を使ってリリアーヌが作り上げた料理は、いつもながらどれも絶品だった。

 シャムの実の甘煮、羊肉と天根草(リバース・ハーブ)の合わせ焼き、形のいい鶏卵焼きの中にはマズールの特産品であるキールチーズが入っていて、とろけるような味わいだった。

 イシュメルは目をまるめてそれらを頬張り、対してユーリはそれがさも当り前であるかのように平然として食事を進めた。



 テントはイシュメルが持っていたものと、アガサが持っていたものの二つで、男と女に分かれて入ることになった。


「ユーリ、リリアーヌと一緒じゃなくていいの?」

「これまでずっと一緒だったんだ。それに、これから旅を共にするんだし、あの二人を一緒にした方がいいんじゃないかと思ってな」

「それに、リリアーヌが一緒にいては話せない事もあるし――かな?」


 早々に女同士でテントに入っていったアガサとリリアーヌをよそめに、イシュメルとユーリは焚火の前で座って話していた。


「はあ……お前は聡すぎるのが難点でもあるな」

「褒め言葉として受け取っておくよ。で、僕に相談したい事でも?」

「……」


 ユーリは少しの間黙っていたが、リリアーヌたちのテントが離れていることを再度確認して、言葉を紡ぎ始めた。


「あまり戦に関わることをリリィに思い出させたくなくてな」

「……つらかったかい」


 イシュメルは自分で言いながら、すぐにその言葉を内心で訂正していた。

 ――つらくなかったわけなんて、あるはずないのに。

 自分はなにをユーリに訊ねてしまったのだ、と。


「――どうだろう。つらいと思う余裕すら……なかったのかもしれない。でも、リリィはもっとつらかったはずだ。――リリィがまだ笑顔を浮かべてくれるのが、俺にとっての――救いだよ」

「……」


 場の空気が暗くなるのを感じて、はっとしてユーリは別の話題を持ち込んだ。


「そうだ、これからヴェールに向かうにあたって、お前に習っておきたいことがある」

「……なに?」

「――魔術だ」


 イシュメルは合点がいったようにうなずいた。

 しかし、すぐに表情を暗くして答える。


「ユーリにはその『右眼』があるけど、エスクード人には元々魔術の適性がないから――苦労するよ?」


 苦労する。

 その言葉が、そのままの意味でつかわれていないことはユーリにもすぐに理解できた。

 おそらく、イシュメルなりに意味をやわらげていって、そのあとでの『苦労をする』なのだろうと、ユーリは予測していた。


 適性がない。


 その言葉がイシュメルの言葉よりもずっと、ずっときびしい事実を自分に突きつけていることを、ユーリは知っていた。


「当時に比べれば、その眼はずいぶんと身体になじんだようだね。常時金色だったあの頃が懐かしいよ。僕からすれば、あの時の君はいつ暴発するかもわからない巨大な貯水槽みたいに見えていたなあ」


 イシュメルは苦笑しながら言葉を切った。

 そのあとで、少し考えるような仕草を見せ、また口を開く。


「今は『どこまで』出来る?」


 その問いを受けて、ユーリはゆっくりと左手を差し出した。一度目を瞑り、少しの間をあけてから開く。


 イシュメルの見慣れた金色の右眼が、そこにはあった。


 同時に、ユーリの左掌が輝く。

 イシュメルはユーリの掌に手を乗せて、ゆっくりとなにかを引き抜いた。


「――これが一番最初に覚えた魔術だったね。相変わらずわけのわからない術式だよ、これ。なんで魔術として発動しているのか不思議なほどだ。――右眼の魔力がその逸脱した魔術を可能にしているのかな」

「俺が意識しているのは至極単純なことだよ。俺自身がエスクード王剣の『鞘』になるという意識だ」

「そもそも君に複雑な魔術意識を持つなんて不可能だしね? ――うん、わかった。あとはなにができる?」

「上半身を覆うぐらいの防護陣を作る」

「うん。あとは?」

「ほかの魔術を、魔力で強引に上書きして塗りつぶす」

「…………はあ」


 イシュメルは大きなため息を吐いた。


「それは魔術じゃないって前も言ったろう? ――術ですらないじゃないか。……まあいいや。じゃあ、防護陣を作って見せてよ。どれくらい上達したか見てあげるから」


 そう言われて、ユーリは右手を宙に開いて見せた。そうして、一拍のあとに手に力が入り――

 次の瞬間、空間に円形の幾何学模様が展開される。ユーリの開いて掌から広がるように、魔術陣が広がった。

 その金色の魔法陣を見て、イシュメルは再度ため息を大きくした。


「これも魔術式がめちゃくちゃだ。ところどころ魔法陣が歪んでいるじゃないか」

「そういってもな……」

「……うーん、防護陣に込められた魔力量が異常だからどうにか発動しているっぽいけど、相手の術者が上位の魔術師だったら簡単に突破されてもおかしくないよ。一見まとっている魔力は凄まじく見えるけど、実のところはとても術式だ。――僕なら一発で抜けるかな」

「……そうか」


 ユーリは少し残念そうに俯いた。


「まあ、そう肩を落とさないでよ。一日では無理だけど、僕ならいつでも訓練に付き合うから」


 そう言いながら、イシュメルは立ちあがった。


「さあ、明日寝坊するとリリアーヌとアガサに怒られてしまう。もう寝よう、ユーリ。――続きは明日また」

「――そうだな。今日は寝るか」


 ユーリもそれに続いて立ちあがる。ユーリは立ちあがったあとで、空を見上げていた。真っ暗な闇夜の先を、見通そうとしているようだった。

 その姿がやけに存在感薄く、まるで闇夜に透き通って輪郭が消えてしまうかのように、イシュメルには見えた。


 ――。


 その姿を見ていたイシュメルが、ふと気づいたように、ユーリに訊ねていた。


「――僕も一つ、君に質問していいかな」

「……なんだ?」


◆◆◆


「君はそこにいるのかい?」


◆◆◆


「……」


 ユーリは押し黙ったままで、言葉を紡ぐことはなかった。



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