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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第一幕 亡国の王子編
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12話 「退く者と行く者」

 マズール王は玉座に突き刺さったマズール王剣の刀身を抜いて、投げ捨てていた。

 そうして、疲れ果てたようにどっと玉座に腰を下ろす。

 玉座の階下ではケーネが声をあげていた。


「陛下、その話は本当ですか!」


 ユーリたちが出て行ったあと、事の詳細を訊ねたケーネに、マズール王はそれを教えたのだ。


「……事実だ」

「なんということだ……」


 エスクードはいまだに、かすかではあるものの――存在している。


「陛下は――どうなさるおつもりなのですか」

「――どうする、か。……どうもこうもないであろう。騎士団はすべてマズールに帰還させる。あいつらがこの事実をさきに他国に報せてしまえば、私たちは一躍『悪国』だ。――免罪符は……得ておかなければな」

「しかし、軍を退かせればその動きで勘付かれるやもしれません。『なにかがおかしい』と。もし聡い者が、そこからエスクードの鼓動を聴き取ってしまったら――」

「……エスクードを獲りに来るだろうな。あそこは天然資源の山だ」

「それでは……」


 マズール王の方針は、ユーリたちの予想どおりであった。

 一つ抜けていたことといえば、マズール王が『ユーリたちが自分たちの方からこの事実を他国に報せる可能性』を考慮したことで。

 ユーリたちからすれば、他国からの再侵略を避けたい以上、自らエスクードの微弱な鼓動を報せるようなことはしたくない。

 だが、マズール王は、仮にそうなった場合の、圧倒的なリスクをなによりも恐怖していた。

 だから、マズール王はケーネの言わんとするところを察して、答えた。


「だが無理だ。留まらせるのは無理なのだ。仮にやつらが自国の再興を後回しにして、なによりも仇のマズール王国を壊そうと考えたならば、今のうちに軍を退かせておかなければ――マズールは矢面(やおもて)に立たされる」


 周辺諸国の非難が、じきに害意となり――殺意となるやもしれない。


「そうなれば、マズールはヴァンガード協定連合の軍力に頼らざるを得ない」

「……」


 ケーネはマズール王の見解を黙って聞いていた。


「次またヴァンガードに頼るようなことになれば――マズールはやつらの属国になり下がる。それは――それはならん。もうこれ以上、ヴァンガードに借りを作ってはならんのだ……!」

 

 マズール王が意気を回復させたように、語尾を強めた。


「……おっしゃるとおりです。――わかりました。ならば早々に騎士団を帰還させましょう」

「……ああ」

「帰還後の再攻撃はいかがいたしますか? 他国よりも先に動けばいいのではないでしょうか。正式な宣戦のあとに」

「今エスクード領にいる騎士団がすべて戻ってくるまでに、どれほどの時間がかかる」

「伝達の速度にもよりますが――少なくとも一月はかかるでしょう」

「――ならば無理だ。早々の再攻撃は諦めるしかあるまい」


 マズール王は淡々と決断を下していた。

 準備が整わないうちに再攻撃は無理だ、と。

 即座に返された答えに、ケーネは目を丸めて抗議した。


「なぜですか! エスクードは今でも瀕死の状態ではありませんか!」

「瀕死……? 瀕死だと? あのエスクード王の末裔がか! あれはそんなやわな存在ではないぞ! ――なにかしらの策は打ってくる。なにしろあちらにはベルマールがいるのだ」

「しかし――その程度なら物量で押しきればあるいは……」

「ケーネ、お前とて知らぬわけではあるまい。形上、『虐殺』と名打たれた――あの『第三次レザール戦争』を。圧倒的な物量差でとどめを差しにいったあの戦で、エスクードがどれほどの『抵抗』を見せたか」

「それは……」

「あの場にいた者にしかわかるまい。いや、『エスクードの民』と剣を交えた事のある者にしかわかるまい。――たかが小国、されど――あれの防衛力は紛うことなく西方諸国の頂点にあった」


 ケーネは当時を思い出す。騎士団員の一員として先陣を切った第三次レザール戦争を。


 一言でいえば――『強大』だった。


 力の権化、『戦神』とまで謳われた先代エスクード王シャル・デルニエ・エスクード。


 初めてその姿を見た時に率直に思ったのは、『敵わない』という諦念だった。

 エスクード王剣――今思えばその王剣も偽物だったのが――を片手に戦場を駆け回るその男は、武力の頂点に位置していると確信出来るほどの、圧倒的な存在に見えた。

 事実、彼は戦において打ちのめされなかった。戦場に立ち続けた。

 彼が負けたきっかけは、


 突然『降伏を進言してきたから』であった。


 ――戦場に三日三晩立ち続け、闘い続けていたのは『時間稼ぎ』のためであったらしい。


 戦に参加しなかったエスクードの民を逃がすための、時間稼ぎ。

 非戦の民のために、宰相ベルマールとあの戦火の中を戦い続けたエスクード王は、敵側から見ても尊敬に値するほどの人物だった。

 そして、王だけにあらず、レザール戦争に出陣してきた『エスクード人』は皆が皆、強大な『武力』を誇っていた。

 マズールは、小国との戦とは思えないほどの犠牲を生んで勝ち取った勝利だった。

 戦の規模が規模であっただけに、一般見識から見ればエスクードがマズールにつけた傷は小さな傷とみなされることが多い。

 だが、実際のマズールの傷は、彼らが思うよりずっと大きく、深かった。


「あれらはな、『力に特化した民』なのだ。エスクードの民は『力の権化』。――我らマズールの民に、欲深く、それゆえ商業に長けた力があるように。エスクードの民は純粋な『力』に特化した民族なのだ」


 マズール王の声がケーネの思考を切った。


「根本的に、体に通っている『血』が違う。――歴史的に見ても、小国であるエスクードはあらゆる時代に搾取される側として存在した。それでも現在まで存在し続けているのは、どの時代においてもその『力』で国を守ってきたからだ」

「……」


 ケーネもその言葉には内心で賛同を示していた。


「はるか原初、我らが一つから生まれた時にはなかった『民の差異』も、そうやって時代を重ねる毎に枝分かれしていった。とにかく、現存していることそのものに、エスクードの『血族』の証明がなされている。――領土を広げようとしなかったのもエスクードの民の気質かもしれんな」


 エスクードはそれだけの力を持ちながら、支配領域を広めようとはしなかった。

 だが、


「――自分たちに牙を向ける者に対してはまったく容赦しなかった。――唯一、奴らに『魔』の適性がないのは幸いだ。私たちを作り出したという神は、一応その辺を考慮していたらしい」


 マズール王はいるかもわからない神を皮肉るように、最後に鼻で笑った。

 いくどかの呼吸のあとに、マズール王は続ける。


「――だが、だがだ。『我ら』とて、その気質と能力ゆえに、一度手に入れたものをやすやすと手放すほど愚かではない。今はまだ様子を見ることしかできんが――いずれ再度、相まみえよう、エスクード王家の末裔よ」


 その言葉を聞いて、ケーネはゆっくりと立ち上がり、一度頭を垂れて王室を出ていった。


◆◆◆


 荷をまとめたユーリたちはキールの関所を目指していた。

 歩きながらイシュメルがユーリに問う。


「ユーリ、これから僕たちはどこに向かうんだい?」

「エスクード北北東の国境線を越えて『ヴェール皇国』に向かう」

「ああー、ヴェールか。あの国は豊かで美しい国だと父上に聞いているよ。――ってことはミロワール運河を越えないといけないのかな」


 エスクードは東方をマズール王国に、北方をヴェール皇国に囲まれている。そのヴェール皇国との国境線として存在しているのが『ミロワール運河』と呼ばれる巨大運河だった。

 イシュメルは能天気にあれやこれやとヴェールについて語り始めたが、しばらくしてそれをベルマールがさえぎった。

 遠くにキールの関所が見えたからだった。


「私もヴェール皇国に行きたい気がしないでもないのですが、私には別件が任されていますからね。――では陛下、私めはこれにて別の道を行きます」

「ああ、気をつけて」


 別れの言葉は短く、呆気なかった。

 ベルマールはそそくさと一礼をほどこし、踵を返す。

 それを見ていたアガサが堪らず口を開いていた。


「なあ、そんなに呆気なくていいのかい? 聞いた話だと、結構険しい道筋らしいじゃないか」

「これが今生の別れってわけじゃないんだ。それに――時間もない。特にベルマールさんの案件に関してはな」

「ふーん…… ま、まあ、あんたらがいいってんならあたしは構わないけどさ――」

「気が利くんだな、アガサは」

「べ、べつにそんなんじゃない!」


 ユーリがくすりと笑い、アガサがムキになってそれを否定する。イシュメルが微笑ましそうにその様子を見ていた。

 そんなやり取りをしているうちに、ベルマールの後ろ姿が小さくなっていく。


「ベルマールさーん、父上によろしく伝えておいてくださいね! あとでお叱りは受けるともー!」


 イシュメルが大きな声で言っていた。

 ベルマールはそれに答えるように、一度だけ振り向いて、微笑と手をあげて返した。


◆◆◆


 ユーリ達はその後ろ姿が見えなくなるまでその場でベルマールを見送り、また歩を進める。


「ミロワール運河までは結構距離がある。馬を買ってすぐに発とう」

「了解だよ、ユーリ」

「アガサ、君は馬に乗れるか?」

「なめるんじゃないよ、あたしは両親の行商でずっと馬に乗っていたんだ。生まれた時から馬と一緒にいたのさ。だから、誰よりも速く馬を駆れる自信がある」

「そうか、なら問題ないな」


 そこで、今度はイシュメルがリリアーヌに話しかけた。


「リリアーヌは誰の馬に乗りたい?」


 リリアーヌは突然の問いかけに少し驚いた様子だったが、すぐに答えていた。


「ユーリかな!」

「ということだよ、ユーリ」


 イシュメルがにやにやしながらユーリに言う。

 その笑みを煩わしそうに遮りながらも、ユーリはリリアーヌに言った。


「落ちるなよ、リリィ」

「ユーリこそねっ!」

「よく言うよ」


 リリアーヌが満面の笑みで答える。

 ユーリがリリアーヌの頭をなでているのを見て、イシュメルとアガサも顔を見合わせて笑みを浮かべた。


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