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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第一幕 亡国の王子編
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11話 「王と、王子と、王女」


 リリアーヌは息が上がるほどに全力で走った。

 ただひたすらに走った。

 まだ先日の旅程の疲れが抜けていないが、そんなことも忘れて、ただ走った。




ベルマールが指さした宿の扉を思いっきり開け、宿主になんの断りもなく、片っ端から部屋を開ける。


 無心だった。


 ベルマールの言葉に間違いがなければ、それは――


 いくつか部屋の扉を開けたが、意中の人物は見当たらない。

 代わりに、驚いた表情でこちらを振り向く見知らぬ他人ばかりが目に入った。

 でまかせなのか。

 幼心にそんな諦念を貼り付けながらも、リリアーヌは部屋を開け続けた。


 そしてついに最後の部屋の扉に差し掛かる。

 ちょうど宿の入り口からユーリとベルマールが姿を現した時だった。

 なんの躊躇もなく、扉を押す。

 最後の部屋にいた二人の人物も、驚いたような表情で振り向いたが、リリアーヌはこれまでの表情とは一変して、中にいた人物よりも驚いたような表情を浮かべて――その場で固まった。

 口が勝手に言葉を紡ぐ。


「『兄様』……!」


 部屋の中にいた人物の片方。リリアーヌと同じ金糸のような髪の毛を肩で揃えている中性的な美貌の青年が、その水色の目を大きく見開く。

 そして、透き通るような声をあげた。


「…………『リリアーヌ』?」

「――っ! 兄様!!」


 リリアーヌが勢いをつけて、その青年に抱きついた。

 同時に、ユーリとベルマールが扉の方から姿を現す。

 ユーリもまた、リリアーヌと同じように扉の前で一度固まって、そのあとゆっくりと歩を進めた。


「……イシュメル? ――『イシュメル』なのか?」


 リリアーヌに抱きつかれて困惑していた青年が、その声に反応してユーリの方を見る。


「……ユーリ? ――っ! ユーリじゃないか!」


 叫ぶや否や、青年がリリアーヌを抱えたままユーリに歩み寄り――その両肩を抱き寄せていた。


「んうっ、挟まる!」


 ユーリと青年の間にはさまったリリアーヌが思わず声をあげるが、視線を交わすユーリと青年を見上げて、


「――よかったね、ユーリ、兄様」


 微笑みを浮かべていた。


◆◆◆


 しばらくして、不意にその部屋にいたもう一人が、声をあげた。浅黒い肌の女だ。


「おいおい、これはどういうことなんだ? いきなり小娘が訊ねてきたと思ったら、なんかよくわからん状況に…… あとあたしの居場所がないんだが……」


 まわりを置き去りにして広まった空間に、浅黒い肌の女性は困惑している様子で、


「なあ、イシュメル。そろそろ説明してくれないか?」


 金髪の青年に説明を求めていた。


「あ! ごめんアガサ! ちょっと興奮しちゃって」

「まあいいから、説明だ説明」

「あ、うん。この仏頂面が僕探してるって言った人で――ユーリっていうんだ」

「仏頂面とは良い文句だな、イシュメル」

「はは、でしょ?」

「皮肉だ」

「知ってて言ったのさ」


 青年――イシュメルが笑った。


「まあ、とにかく中へどうぞ。腰を据えて話をしようよ」


 イシュメルの提案で、ユーリとリリアーヌ、そしてベルマールは部屋の中へと入って行った。


◆◆◆


「本当に――生きていてくれたんだね、二人とも。それに、ベルマールさんも。僕はレザール戦争中心配で心配で――」

「積もる話もあるが、お前の隣にいる女性がもどかしそうにしているぞ」

「そうだ、もどかしいぞ、イシュメル――」

「ああ、紹介が遅れたね、この女性は僕の生涯の伴侶――『アガサ』っていうんだ」

「だからあたしの紹介はいいから先にそっちを説明しろよ! というか伴侶って――勝手に決めんな……!!」


 浅黒い肌の女――アガサが立ちあがり、抗議染みた声をあげていた。


「ん? ……伴侶?」


 ユーリはユーリで状況をつかみかねて、首をかしげている。


「あっ、まだ決まったわけじゃなかったね、ごめんごめん。――でも僕はそのつもりだよ!!」

「いい加減に落ち着け馬鹿」

「あっ! いたいっ! そのげんこつ結構痛い!」


 イシュメルはげんこつを落とされた脳天部分をさすりながら、続けた。


「言ったじゃないか、僕は戦争に巻き込まれた友人を探すためにこのキールの街にきたんだって。その友人がこのユーリなんだよ。キールにくるかな、ってのは僕なりの勘だったけど、やっぱり僕の勘ってすごく当たるなあ」

「――へえ、じゃあよかったじゃないか、見つかって」

「うん、本当に」


 イシュメルとアガサの会話の隙を縫って、今度はユーリがイシュメルに――


「勘ってのはまたひどいな…… まあ、それにしたって――エルフ王の三男たる『イシュメル第三王子』がよくまあこんなところにまで出張ってこれたな?」


 訊ねていた。


◆◆◆


「――は? ――えっ? イシュメルって王子なのか!?」


 アガサが飛びあがって訊きなおす。


「必要ないかなあって思って。あえて言わなかったんだけど」

「言えよ!! 必要ないかもしれないけど言えよ!! 王族っておまえ――」


 イシュメルは笑いながら、一人でもだえているアガサを一瞥し、ひとまずユーリの問いに答えることにした。


「僕ってほら、王子とは言っても第三王子だろう? 政事は兄さんたちがいるから――僕はあんまりする事がなくてね。いや、本当はあるんだけどやりたくないというか、面倒というか――とにかく面倒なんだ!」


 自慢げに言い、イシュメルが続けた。


「ともかく、それで父上の机に『ちょっと旅に出ます』って置手紙を置いてエルフの森を抜けてきたわけさ!」

「この放蕩っぷりはエルフ王の胸中を察するな……」

「これはこれは、豪気なものですねえ」


 頭を抱えるユーリをよそめに、ベルマールは流麗な微笑を浮かべてイシュメルを褒め称えた。


「お前は頭がいいのにもかかわらず、とにかく馬鹿だな」

「えー、そうかい?」

「ああ、まったくもって馬鹿だ。エルフがマズール王国内に居ること自体、自殺行為なんだぞ」

「用はバレなければいいのさ。それに――」

「それに?」

「君が生きていれば、きっとこの王都キールに来るだろうと思っていたから。こうして時期が被ってくれたのはさっきも言ったとおり、僕の勘と天運によるけれど」


 ユーリは言葉を返せなかった。

 イシュメルは照れ隠しをしながら言葉を紡ぐ。


「リリアーヌを任された君がやすやすと死ぬわけはないと思ってたけど、やっぱり不安でね。理由を書き連ねても、父上に対しては言い訳にしかならないから、適当に森から抜け出してきたのさ」


 そこでイシュメルは首をかしげた。


「それにしても――君ならキールで『大事件』を起こすと思っていたのに、思いのほか静かなもんだね」

「大事件ならさきほど起こしてきましたよ、イシュメル王子」

「えっ!」


 ユーリが答えるより早く、ベルマールが説明をはじめる。


「こちらも豪気でしてねえ。マズール王相手に『一芝居』打ってきたところですよ。今ごろマズール騎士団の追跡隊が出たんではないでしょうかね」

「ユーリ! 君も馬鹿だなあ!」

「お前に言われたくはない」

「それで、このあとどうするのさ?」

「とりあえず近場の国をまわる。『戦力』を集めにな」


 そこでイシュメルがなにかに気付いたように驚愕の表情を浮かべた。


「そうか! 君はもう『エスクード王』になったんだね!」

「声がでかいぞ、イシュメル。――それにまだだ。仮だよ、今は。戴冠もしていない」

「『戴剣』はしているじゃなかったっけ。エスクード王剣はすでに君の所有物だろう? 元々エスクードにおいて冠なんてものは大して重要じゃないじゃないか。エスクード王国においては、王の証は王剣だ。だから君はもう『王』なんだよ」


 早口でまくしたてられて、ユーリはまた頭を抱えた。

 そこで、一方的に持論を語るイシュメルを、ようやく混乱からたちあがったアガサが横から制した。


「まあまあ、イシュメル、こいつも頭を抱えているじゃないか。少し休み休み言えよ」

「アガサ、『こいつ』なんて言ってはいけないよ。ユーリはもう一国の王なんだから。王だよ? 王。権威に潰されてしまうよ! あーこわい!」

「……なあ、やっぱり話が見えてこないんだが。――そこのいやらしい顔のやつ、イシュメルがつかえないから代わりに説明してくれないか?」


 皆が一斉にベルマールを見た。


「私の顔、そんなにいやらしいですか?」

「ああ、いやらしいね。女が嫉妬するような顔をしているから、そう形容しておくよ」


 弱気なため息を吐いて、ベルマールはしぶしぶアガサに説明しはじめた。


◆◆◆


「……え、今の話は本当か? 本当にあのエスクードの?」

「現にその当事者がここにいますからね」

「――あたしがそんなこと聞いちまってよかったのかな……」

「ご安心を! もちろん道連れですから!」

「お、おい!!」


 そのサバサバとした気質もあってか、アガサはすぐに場に溶け込んだ。ベルマールとも流暢に会話をこなし、ようやく状況も呑み込めてきたようだった。


「はあ――まあ、あたしだけ自己紹介がないってのもなんだし、とりあえずいっておくか」


 ため息のあとにアガサがいう。


「――あたしは『アガサ・ユークリッド』。出身はここから大分遠い、大陸東の小さな国だ。とはいっても、生まれは東だが血統は南だ。南国ノイールの血が入ってる。両親共にノイール人でね、つまるところ出身なんてものはどっちつかずだけども――ま、よろしくな」


 言うと、ユーリがアガサに手を伸ばした。

 握手の合図だった。


「あらためて、ユーリ・ロード・エスクードだ。よろしく、アガサ」


 アガサも快くユーリの手をとり、がっちりと握る。


「なるほど、その健康的な肌色は南国譲りのものでしたか。――私はベルマール・リ・シュトラスです。以後お見知りおきを」

「ちなみに僕はイシュメル・カレヌ・リィンミューレ――」

「お前は知ってるから言わんでいい」

「えー」


 アガサにつっこまれてイシュメルは嘆いたが、すぐに隣の少女を見つめて言った。


「――リリアーヌ。『リリアーヌ・シーヌ・リィンミューレ』。ちゃんと覚えているかい?」

「もちろんだよ!」

「良い子だね、リリアーヌ」


 イシュメルは愛しげにリリアーヌを抱く。

 どたばたしていたものの、イシュメルとリリアーヌにとっては、この再会は本当に長い年月の果てにあったものだった。

 リリアーヌも嬉しそうな笑顔でイシュメルに応える。


「さて、このままここにいたいって気持ちもあるが――俺はもう行く。あんまり時間がないんでな」


 その様子を少し寂しげな目で見ていたユーリが声をあげた。

 そうしておもむろに立ち上がって、服を整えはじめた。


「――リリィ、お前はもう俺についてこなくてもいいんだぞ。――いや、イシュメルについていけ。イシュメルがお前をエルフの森に連れて行けば、お前に課せられた『宿命』は肩から降りる。そうしたらもう――自由だ」


 ユーリはそれだけを言うと、皆に背を向けて部屋の扉に手をかけた。

 だが、次の瞬間、背中から訪れた衝撃に驚いて、後ろを振り向く。

 リリアーヌが涙を浮かべながら抱きついてきていた。


「なに言ってるの!? ねえ! ユーリ!」


 訴えるような声をあげるリリアーヌを、ユーリはその目に優しげな光を灯して見つめた。だが、数瞬の後にその光は消え、次に淡々として言葉が口からもれでた。


「お前は――父さんがエルフと和平を結ぶにあたって『契約』としてエスクードに引き渡された『王女』だ。お前を守護し、一定の期間のあとにエルフ王に返すことが、契約の条件だった。もうその期間は過ぎたよ、リリィ。お前がエルフの森に無事帰れれば、それですべてが終わり、そしてはじまる。お前は自由になって、エスクードは再興への一歩を踏む。――だから……」


 そう言いかけて、その先の言葉をリリアーヌが遮った。


「――だったら一緒に帰ればいい!!」


 ユーリはとっさに言葉を返せなかった。

 一拍をおいて、返す。


「だめだ。これからだって、危険がないわけじゃないんだ。今だってマズールの魔の手から逃れきったわけじゃない。だから、お前は先に帰れ、リリアーヌ」

「――ユーリ、君はレザール戦時下、リリアーヌを護り抜いたじゃないか。あの戦争を生き抜いた君が、これからさきリリアーヌを守れないようなことはめったにないと思うけどな」

「イシュメル、お前までそういうのか」

「言うとも」


 口を挟んだのはイシュメルだった。


「それに、なにより、僕はリリアーヌの意志を尊重したい。この子が共に行きたいという思いを一方的に折れるほど、君はえらくなったのかい?」

「……でもな」

「大丈夫だよ。契約については僕も口添えするから。あと――僕も君についていってリリアーヌを守るからね」


 イシュメルがなんともなく言った言葉が、部屋に響いた。


「あ、なんだい、その顔は。僕はそのためにここにいたんだよ?」

「――わかっているのか、これから俺がやろうとしていることを」

「もちろん。わかっているつもりだよ」


 ユーリとイシュメルの間で、視線のやり取りがあった。

 すると、


「な、なんかよくわからないけど――この馬鹿が行くって言うし、あたしも行こうかなあ」


 アガサが頭を搔きながら言った。

 ユーリは彼らを直視し、再び訊ねる。


「――死ぬかもしれないんだぞ」

「君は死ぬためにそれをするのかい?」

「――違う」

「なら、いいじゃないか。それに、僕は自分が死んでも、それを君のせいにしようとは思わない。僕は僕の意志で、この道をいく」

「私もだよ、ユーリ」

「あたしはイシュメルへの借りがあるから、イシュメルがそういうなら同じくだ」


 三人がユーリの目を見て言った。


「これは賑やかな旅になりそうですねえ『陛下』。これで私も安心してエスクードに戻ることができそうです」


 とどめにベルマールがにこやかに言い放って、場は一つの答えに収束した。

 ユーリはしばらくして無言で踵をかえす。

 リリアーヌはユーリに抱きつく手に、いっそう力を込めた。


「行かないで――」

「ついてくるなら――好きにしろ」


 イシュメルが悪戯気な笑みを浮かべ、リリアーヌと顔を見合わせた。

 アガサは「なんかえらいことになってきたな」とぼやきながらも早々に荷物をまとめはじめていた。



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