第二十五話 返却
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「ダヤン……それは、ゲームの話で……あー、あ、あっ」
なにかが意識に引っかかると、ようやく雷は女との噛み合わない会話の違和感の理由を見つけた気がした。
ゲーム、じゃない。ダヤン、これは架空の存在ではなく、実在する存在をさして言っているのだ。
かちん、とうまくピースがはまったように思考の論理が組み上がると、雷は馴染みある光景が、不自然に水彩画のようにぼやけて滲んでいくのを見た。
今まですぐ側に確かにあったはずなのに、今では幻のように曖昧にかすんでいる。
「なんだ、これ? あれ、俺は死んで、それでゲーム似た世界に居て……これは、夢?」
つい先ほどまで森を歩きまわって旭日を探しだし、そして疲れ果てて寝落ちしたことまでおもいだすと、ここが非現実の空間であるとすぐに察する。
はじめて森の中で目が覚めたとき、明晰夢かと現実逃避していたが、まさしくこれが明晰夢であろう。目の前にあるものの輪郭が妙にぼやけていて、薄い。今にも消えてしまいそうだった。
いつの間にか視線まで低くなっていた。女の顔がさきほどよりも高い位置にある。手を確認すると、この一週間ほどの間にいやでも見慣れた子どもの手になっていた。
女は雷を見下ろしながら、手のひらの上に浮かべた光を消した。
「そうよ、ここはあなたの夢の中。ティタンの記憶で再現して作られた世界なの。
あなたのおもい描く部屋を再現しているわけだけど……
ちょっと見慣れない味わいの調度品だけど、それもあなたが飛ばされた異世界のものだからなのでしょうね。
正直にいわせてもらうと、なんていうか、美的感覚がとっても低くて姉としてがっがりしちゃうわ。狭い部屋にとりあえずあるものを詰め込んでみた、ってだけでこだわりがないもの。狭い部屋でも色味や材質を揃えるだけでも、素敵で居心地のいいお部屋になるのに、そういう努力を怠るのはよくないわよ。
とりあえずこんな長椅子でも消えられると居心地が悪いから、しっかりと再現しなおして頂戴。それと私にお茶も振る舞ってくれていいのよ」
透明水彩で描いたように存在感が儚くなったソファをしめし、図々しく要求してくる女に、雷はすこし苛立つ。
ほとんど初対面の自称姉にセンスがないと批判されるわ、太々しくもてなしをねだられるわで、雷は自身の魔力がもの質に取られていなければ追い出していたところだ。だいたい、謝りにきたというわりには交換条件を要求してくるし、態度が大きすぎないだろうか。
「いちいち一言多いな、あんた」
眉をしかめて文句をいうと、女はいっさい悪びれず楽しそうに笑った。
「言うようになったわね、ティタン。でも、今のあなたのほうがいいわ。昔のあなたはダヤンに追従するいいこちゃんな首振り人形みたいだったもの。
ほら、ティタン。口ばっかり動かしていないで、再現しなおしなさい。ここはあなたの世界なのだから、簡単にできるはずよ」
「簡単にっていうけど、どうやって……」
できて当然だといわんばかりに無茶振りされるが、雷は首を横に振った。
女は一向に辺りが薄ぼんやりとしたままで改善されないことに、一方的に憤然とした。
「あなたたち双子は上神に命の創造の力まで与えられているくらいには力があるのよ、それなのに夢の世界での物の精製ができないなんて笑い話にもならないからね。できるといったらできるのだから、やってみなさい。記憶を正確に再現するの」
アドバイスらしきものをようやくもらえて、とにかく記憶の中にある部屋を頭の中におもい浮かべた。
「やっとね。ちょっと飲み込みが遅いわよ、ティタン」
空気に溶けそうなくらいに滲んでいた部屋がしっかりと現実味をおびると、女は満足そうにうなずいた。
「その、ティタンっていうのなんなんだ? 俺はティタンじゃない。雷だ、雷礼央。
前世神様なんていうご大層なものだなんて言われて、はいそうですかなんてすぐに信じられないぞ。お前が姉だというのもまったくそんな気がしない」
「イカズチレオ? それがあなたの今の体の名前なのね、聞き慣れない響きだわ。
あなたがティタンの魂である限り、私が姉であることは絶対に変えられない普遍の事実よ、あきらめさない。あなたは弟、この、私、のね。
あと、なんだか誤解しているようだけど、神席に名を連ねているといっても、底辺も底辺で天使よりもちょっと偉いくらいだから勘違いしないほうがいいわよ。いくらティタ……ではなくてイカズチレオだったわね、あなたがこの大陸では尊いと祀りあげられている、とはいってもね。神の世界では最底辺よりもマシ程度な位置にいる神なんだから。
自分で自分のこと神『様』なんていったら天界の神どころか天使にも失笑されるわ。なにせ私たちはあのクソ女の子供だし、天界でも扱いが相当悪いの。
記憶がなくなると、そんな基本的なことまで忘れてしまうのかしら、ちょっと話が通用しなくて疲れるわ」
「俺もめちゃくちゃ疲れてるよ。あとフルネームで呼ばなくていいから。雷って呼んでくれればいい」
「そう、イカズチね。でも、レオのほうが短くて呼びやすいからそっちで呼ぶことにするわ。
レオ、私が疲れてるっていってるんだから、お茶くらいだしなさいよ」
自分にとって耳に痛くないことばは聞いているくせに、雷の精神的疲労の訴えにはまったく聞く耳をもたない、本当に腹が立つ女である。
せめてもの腹いせをこめて、砂糖もミルクもつけずにブラックコーヒーを頭の中で思い描いてみる。客用に買った100円均一のマグカップに、ソーサーなど洒落たものはつけない。
女の前にあるこたつテーブルの上に忽然と姿をあらわし、あつあつの湯気をたてるマグカップの取っ手を女はつまむ。
「珈琲ね。わるくない味だわ」
冷ますようすもなく、平然と一口飲んだ。熱湯ストレートでもいっさい気にしないらしい。
「ともかく、私とダヤンの仲を取りなしてくれるでしょ。あなたをうっかり殺したあと、本当に大変だったんだから。
知ってるかしら? 私、あなたを殺した後何回もダヤンに殺されかけたの。もちろん、お返しに私も何度もダヤンを殺そうとしたけれど、仕方ないわよね。正当防衛よ」
「会ったこともないが、俺は今ダヤンの気持ちがすごく分かる」
自分の前世だとはおもえないから他人事のような距離感で、うっかりで身内を殺されたらさぞや未練が残るだろうなと同情したくなった。そして、自分のしたことにまったく悪びれた様子のない女には憎しみが募るのは当然だともおもう。自分の要求を通すのが第一と考えるような相手に対し、好意的になるのは身内相手でも難しい。
半眼になって呆れた雷に、女は肩をすくめた。
「本当に、あなたたち二人は仲が良いわね。会ったこともないって言ってるのに、あっさりとダヤン側の気持ちを汲み取るんだもの」
「いや、この話を聞いたら見知らぬやつでも大概はダヤンの味方をするからな。一般論だ」
「はあ、世知辛いわ。一般論なんていう言葉でたった二人の弟のうちひとりが、味方をしてくれないなんて」
目尻に指をやって、女は流れてもいない涙を拭う真似をする。
「でも、これからあなたは私の味方にもなってくれないといけないの。返してほしいでしょう、これ」
光をふたたび浮かべると蠱惑的な笑みを浮かべた。唇の下から歯並びのいい白い歯が見える。
高圧的な物言いに反発心がわきあがるが、弱みを握られている以上雷が下手にでなければいけなかった。
「俺がティタンだっていうのも、あんたが姉だっていうのも正直実感がない。でも、それは返してほしい。
だが、ダヤンとの仲を取りなすっていっても、どうすればいいんだ? ダヤンに直接会ってあんたを許してやってほしいと言えばいいのか?」
「それは当然よ」
「といっても、ダヤンに今すぐ会いにいけと言われても無理だ。だいたい、どこにいるんだ?」
ゲームではラスボス撃破後に解放されるやりこみ要素の裏ダンジョンに行けば会いにいけたが。実際はどうなのだろうか。
「さすがに、そんな無茶をしろとは言わないわよ。できれば早くがいいけれど、今すぐというわけではないしね。
ダヤンは森国の枯れた大樹にいるけれど、今のレオのレベルでそこに向かうのは無理ってことはわかるわ。途中の魔物に食べられちゃうもの。
クソ女の封印も解けかけているし、ダヤンも大樹から出て動きだすはずよ。あなたからダヤンのもとに行かなくても、鉢合わせる可能性だって、高いわ。それに、私が先にダヤンに会ったら、ティタンのことを伝えるわ。あなたがこの世界に帰ってきて、私を許すと言ってくれたからせめて殺し合いはやめましょうって、ね」
森国にある大陸最大の湖。その湖の真ん中にそびえ立つ地球では絶対に存在しないであろう巨大な大樹……の残骸。ゲームでもそこは難易度の高いダンジョンだった。そこに、ダヤンがいるという。
すぐに向かう必要性がなく、なんなら雷から会いにいかなくてもいい。ダヤンに偶然出会えたら声をかけておく程度でいいのだから、断る理由はない。
「その条件でいいのなら、返してくれ。後出しで妙な頼み事は増やすなよ」
「増やさないわよ。ダヤンに関すること以外ならばあなたに頼んでやってもらうよりも、自分でやったほうが手っ取り早いもの。それじゃあ、返してあげるからあとは頼んだわよ。
元はあなたのものとはいえ、完璧に元に戻るのは時間が少しかかるかもしれないわ。おそらく、魔力塊から魔力を取り出して使える魔法の回数がしばらく減るはずよ」
(MPのマックス量が一時的に減ってる感じか?)
女はごくごく軽い調子で告げて、手のひらをとんと雷の胸に押し付けた。そうすると、懐炉でも密着したみたいに熱をもった暖かいものを感じた。熱はすぐに雷の体温に馴染んで、同じ温度に溶け合って消えていく。何かの変化はそれ以上感じられず、本当に戻ってきたのか分からず雷は首を傾げた。
「これで、本当に大丈夫なんだよな? てか、なんで俺のものをあんたが持ってるんだ?」
雷の問いに、女が呆れた顔をしてみせた。
「そんなの、レオが魔法を使う代償に精霊に捧げたからでしょう。
精霊に自身の能力を一部捧げることで、その見返りに本来なら行使できない力を一時的に行使できるようになる儀式的行為、それをあなたが行ったから」
(そういえば種族レベル10でそんな感じの戦技が覚えられたな……)
全ての種族共通で習得できる戦技で、戦闘中にこの技を使用すると力や魔力などの能力値が表示され、ポイントを振ることになる。その能力値にふったポイントが多いほど大技を使えるが、代わりに永続的に振ったポイントの分だけ能力値の数値を失うことになる。なかなか勝てない敵……たとえば次の戦いがないため今後のステータスの減少を気にしなくていいラスボスや裏ボスとの戦いで、最後の手段として使われることもある技だ。
「捧げた覚えがないし、なんで捧げられるんだ? 俺のレベルだと、まだ習得できない戦技なはずだ」
「覚えていよう覚えていまいと、あなたがしたことよ。無意識のうちに捧げて高度な魔法の力を求めるくらいに、必死だったのではないかしら。
あと習得レベルに関しては個人差ね。だいたいの人が、種族レベル10の到達で精霊たちの働きかけによって精霊との契約の仕方の感覚を掴むけれど、精霊との親和性が高い人はレベルによるきっかけがなくても、自分でそのコツを掴める場合があるの。あなたは精霊である私の弟だし、それが理由でしょ」
「ふうん。しかし、こんなことができるんなら命の危機の時に使えても良かったんじゃないか」
雷は二人組に殺されかけたときのことをおもいだしていた。結果的に旭日に救われていたとはいえ、あのときは真剣に力を求めていた。あのとき、命が助かるのならば永続的な能力値の減少など惜しまず精霊に差し出していたはずだ。
「あなたがいうほど必死ではなかったか、あるいは自分の中にある魔力や力を掴みきれていなくて捧げられなかったのよ。
たとえばの話ね、あなたはお菓子を持っていて、あなたはそのお菓子と別のお菓子を精霊と交換したいのだけれど、お菓子がどこにしまってあるのか分からないの。交換するお菓子が手もとになければ、精霊だって別のお菓子をあなたに渡せないわ。ちょっと違うけれど、そんな感じね。
それに、あなたは自身の名をイカズチレオだというし、それは事実なのでしょう。あなたは生まれ変わって、その肉体の親からその名を与えられた。でも、ティタンという名前をあなたが持っていることも事実なの。
精霊との契約には名前がいるわ。それが、精霊に捧ぐという行為であっても、自身の名を精霊に把握してもらうのは大事なことなの。さっきの捧げたときは別の場合に精霊に代償の力を求めたとき、あなははもしかして名前を名乗っていなかったのではなくて? 持っている名前を名乗れないものから与えられた捧げ物を精霊は受け取ることはできないし、また返礼を与えることはできない」
「あー。名前を名乗ってないっていうか、俺がティタンだっていうことなんて知らなかったんだよ。今日、魔物に生まれ変わりだとかいきなり言われて、まだ全然実感がない感じ。ほんとうに、俺がティタンなのか?」
「しっつこいわね。わたしがティタンだというからには、レオはティタンよ。ダヤンだって、あのクソ女だって、あなたを見ればすぐに分かるはずよ」
繰り返し疑わしさを訴える雷に、女は面倒そうに鼻白む。堂々巡りで同じことを何度も繰り返し問答をされると、何度も言わせるなと腹が立ってくるな、と雷はすぐに気付く。
正直なところをいえば、雷自身が納得のいく答えを得るまでこれに関して問いただしたい。雷の前世が本当にティタンであるかを訊けるのは、目の前にいるこの女しかいないのだ。
だが、これ以上は何を言い募っても自身の前世に対して確証を得る前に、女の不機嫌に巻き込まれてこちらが不愉快になるだけだと雷は察し、話題をかえることにした。
「あんたのいうクソ女っていうのは、醜女の神のことだろ? 俺がいる場所の近くに分体がいるらしいんだが、何か知ってるか?」
差し当たって、今一番喫緊の事態である原因の女神について尋ねることにした。
「クソ女の分体? 私だって夢の中とはいえこうやって動き回れているし、ダヤンの封印が解けかけているんでしょ。
腐っても神だからその分体は強力でしょうね。残念ながら、完全に力を取り戻せていない私では、分体とはいえあれをどうにかするのは無理。
レオもまだ関わらないほうがいいわ。クソ女がクソすぎて、関われば関わるほど馬鹿を見るはめになるわよ」
美貌にこれ以上ないくらいに熱を込めて雷に忠告した。
「そういうわけにはいかなそうなんだよな。嫌だが、ゴブリン討伐に関わる仕事の契約もしてるし。
あっちは俺の存在に気付いているみたいなんだ。俺を殺すつもりはないみたいだけどな」
雷はジャーンビィラヤとの会話と、会話から得た情報の推測を端的に女に告げる。
「ふぅん。その、ジャーンビィラヤっていうのは、クソ女の情夫ね。あれは趣味が悪いから、魔物を人化させた挙句本人の意思を無視して下の世話をさせるの。
兵士長と副長っていうのも、顔が整っているんじゃないの? 生きて連れ帰ってその二人で遊ぼうとしたんじゃないかしら。
その連れ去られたエルフっていうのも、クソ女が玩具にしようとしているのよ。早く助けてあげないと、男として大切な場所がクソ女のせいで腐っちゃうんじゃないかしら。
本当に下品よ、さっさと死ねばいいのに。
いえ、私が殺してやればいいだけね」
母親をよく知る娘からの補足は、雷の予想の遥か上をゆく事態の真相を突きつけた。
(え、そっち方向なの?)
女神はおもいもよらない目的にそって行動しているようで、雷はあんまりな行動理念を信じ切れず呆気に取られる。
(この女が醜女の神を嫌いすぎて、すごく嫌なやつだっておもい込んでるだけとかじゃないか?)
娘へのヘドロのような嫉妬を煮やしつくし、そして息子や天界に殺されかけたことで心の箍が外れた女神は己の領分を見失った敵となるが、ゲームではそれほどまで悪い描かれ方をしていなかった。ゲームでの印象が強くて、雷は女の悪意たっぷりな言い分がいまいちぴんとこない。
(色眼鏡で見過ぎじゃないか?)
話半分に聞いておこうと雷はこの場を流した。
結局、女は醜女の神の愚痴をいうばかりでその後実りある会話はなかった。
この世界で生まれ変わった理由というものを雷は知りたかったが、女は「知らない、でも天界の神でなければ異世界に飛んだあなたの魂に干渉できないから、上位神になにかしら理由があって連れてこられたのは確実」という曖昧な推測しか語れず、雷は真相を結局知ることができなかった。
互いの呼称だが、雷は結局下の名前を呼ばれることがなあなあに決まる。
「わたしには名前がないから、お姉ちゃんと呼びなさい。昔みたいにやわやわした姉上様呼びは絶対に不可。昔はまだしも、今はもう絶対に返事しないから。そう呼んできても、他人のふりをするからね。神の末席に名を連ねているといっても、神の中では庶民もいいところの育ちが、お上品ぶっているのってどうなのってずっとおもっていたのよ。
正直、いい大人の成人男性姿のティタンからこう呼ばれるのは気持ち悪かったわ」
「前者ならかろうじで呼んでやってもいいが、後者のそんなけったいな呼び方は絶対にしない。
だが、お姉ちゃん呼びもなしだ。絶対なし」
これで名前を知っていたら呼び捨てするところだが、彼女に名前がないのは事実である。結局、雷からは「姉貴」と呼びかけることで落ち着いた。
家族が欲しいと切実におもっていた時期があった。でも、そんな子供の時分でもこんな我が道しか行かないような姉はいらなかっただろうと、雷は過去の自分に遠くおもいを馳せる。
益体もない愚痴が続き、うんざりした雷がそろそろ目覚めたいと仕切りに訴え続けることでようやくお開きとなり、女は渋々と玄関の向こう側に消えていった。
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目が覚めた。布の天井が見えた雷は、重い体をなんとか起きあげた。
(なんか、こう……寝たのに疲労感が半端ないな……)
朝まで起きていたことも原因のひとつだろうが、それ以上にあの女のせいで疲れた気がする。
寝ている間に見た夢だが、ただの夢ともおもえなかった。おそらく、雷は本当に夢の中で自称姉の精霊の娘と会っていたのだろう。いや、冷静になって考えてみれば、そもそも本当に彼女が精霊の娘なのかも怪しいけれど。
(あの女が言っていることが本当なら、俺がこの世界で生まれ変わったのは偶然ではなくて、やっぱり神とかいう不可侵な存在が理由があったから。でも、その肝心な理由がやっぱりわからないんだよな。ここはスタンダードに女神を倒すために、とかなんだろうか。
……いやだな)
些細なことを考えているだけで、一日中頭を使う仕事をした後のように頭痛がする。
雷は痛み止めが欲しいと目頭を押さえながらぼやいて、十分に揉み解したあと雷は天幕の中を半ばぼうっとしながらしばらく眺めた。
旭日はいない。彼はとっくに起きて活動しているのだろう。キャンプ地を整えなおす手伝いでもしているのかもしれない。外が賑やかだ。
布の扉は明るい光の筋を通していて、その光の強さからまだ夕方になっていないことだけは把握できる。
正直なところもう一度眠りなおしたいが、今の状況が頭の中をめぐり一人寝こけるわけにはいかないと渋々寝床から這い出た。
(言っておかなきゃいけないことが、いろいろとあるな。俺がティタンの生まれ変わりなんていう信憑性のない与太話はともかく、女神に関しては伝えないと)
なけなしの使命感を奮い立たせて、雷はのしかかる疲労を無視し、天幕の外へ出た。




