第二話 絶景
1
躁病めいたかつてない好調は下降しきって、今雷の気分は底辺を極めている。最悪だ。舞い上がりすぎていて、だれにみられたわけでもないのに気まずい。あれは、どうかしていた。
(あんな状況だったし、変な脳内物質出てそう。いや、これは夢だから、夢)
はあ、と彼は疲労をにじませた重たげな息をはいた。
ここに布団があったならば、迷いなく雷は飛び込んでいた。夢の中で寝たら望む場所で起きられるかもな、と苦笑しながらつぶやき、雷は首をふって愚かな考えを捨てた。
これはただじっとしていたところで終わらない夢なのだ。
夢だといって聞かせながら、雷はただのそれではないことを頭のすみで了解していた。そんな矛盾から目をそらし、雷は夢の終わりをもとめている。
(何もしないでいるのは、よくない……気がする)
不意にこみ上げてきた危機感が、雷をぼんやりさせるのを許さなかった。全力で走った疲労を癒すために、足を止めて、満足するまで体を休めたい。けれども、今後の見通しもたてずに全てを放棄するのは致命的だという虫の知らせめいた予感があった。
では、なにをするかという話になる。
(まずは、自分の状態の把握、か? 姿形がまるっきり変わってるもんな。なにがどうなってるのか確認するまえに、あのばけものが来たから……)
雷はあらためて自分の手を見つめる。子供の、白くやわい小さな手だ。
(格好からして、『精霊の贈り物』だよなあ)
雷は似ても似つかない今の己の手に、顔をけわしくさせる。不愉快さをあらわにしたまま、ゲームで作ったキャラクターをおもいかえす。
『精霊の贈り物』
フリーシナリオを採用しているアクションRPGだ。
基本は剣と魔法の中世ファンタジー的世界観だが、かつて存在していた機械文明により、飛空挺やロボットなどの科学技術も出てくる。
このゲームはプレイヤーの分身となる主人公のキャラメイクから始まる。
性別、種族、体格、容姿、職業、趣味、特技。それに加えてマスクデータとしてランダムで才能というものが勝手に設定されている。
性別と容姿をのぞき、他の項目は初期値とレベルアップのステータス上昇数値に関わってくる。
(女にしたんだよな。序盤でけっこう強めな装備品が手に入るっていうから。男だとぱっとしなくて、メリットを感じなかった。
で、種族だ)
人間をはじめとするファンタジーではよくある獣人、竜人、エルフ、ドワーフなどの選択肢に加え、この世界特有の種族である花人、ダヤン神族、ティタン神族が選択の候補にあった。
種族は見た目の土台を決めるだけでなく、主人公の性能に関わってくる。
例えばエルフは魔力の数値が非常に優秀で、物理能力が弱い。
竜人は物理攻撃や防御に関して優秀だが、敏捷さと魔力、魔防が低い、といった具合だ。
このゲームは人間は大外れ種族で、能力値の合計初期値と成長値が一番低いという情報がネットに上がっていた。
よって雷は人間を真っ先に除外した。
(それで、俺はティタン神族にした)
魔力がそこそこ優秀で、かつ物理系能力値が際立って低くないから、魔力特化のエルフほど打たれ弱くない。
(それに、ティタン神族だとほんとうに初期の初期からレベルが高いキャラを仲間にできるっていうから……あのキャラにはゲーム攻略の世話になったな)
おかげで、苦労することなくサクサクとストーリーが進んだ。
(体格はなあ、なんでこんな小さくしちゃったんだか)
雷は自らの体を見下ろし、腰を捻ったりしながら全身を観察する。
(体が小さいほど、当たり判定が小さくなって攻撃が外れやすいっていうから……)
いまさらになって後悔が押し寄せてくる。夢の中であろうと小さいのはいやだ。
それに、いいことばかりではない。
体格が小さいと、物理攻撃および防御の能力値の成長値は低くなる。
キャラクリエイトをしている時の雷は、攻撃が当たらなければ防御が低くても問題ない、魔力が高いのだから物理攻撃もさしていらないだろうと判断した。そんなかつての自分を、雷は殴ってでも止めたかった。
(たしか、ティタン神族で設定できる最小値……120センチメートルだっけ? ほんと子供だな)
げぇ、と渋面をつくる。記憶どおりなら、五十二センチも視線が下がっている。雷は頭をかかえ、うなだれた。
(顔とかも設定もした気がする。いや、面倒だし、見た目はいじらなかった)
容姿にこだわりはないので、デフォルトのまま飛ばしたのだ。
うつむいたまま、頬にふれる。指にはほどよい弾力がかえってきた。そのまま指で皮膚をなでると、引っ掛かりなくつるりとしていた。
指をすべらせて、目尻におく。鏡がないから正確な目鼻立ちはわからないが、きっとそこそこ美人だろう。瞳はきっと蒼のはずだ。純血のティタン神族の瞳は、深い水底のような蒼、と作中で設定があった。キャラクリエイトの時に色をいじらないでおくと、特定の種族からその瞳の色を指摘されるから覚えていた。
そして艶の部分が緑がかった長い黒髪。デフォルト状態の黒から色を変えると、この変わった艶の色も消える。
それ以外は、エルフの尖った耳や獣人の獣耳みたいな変わった特徴はなく、人間キャラクターと変わらない見た目だ。設定のとおり、耳をさわってもおかしな手応えはなかった。
ふむ、と顔をあげて腕をくむ。
(それで、次はジョブを選んだ。ジョブはふたつ選べるから、神官と刻印騎士。回復と支援系の魔法物理兼用職。回復と支援にまわって、戦闘はNPCに任せておけば楽だとおもったわけで……いざ自分の体となると頼りないな)
背は低い、全身が細い。頼りなさそう。そんな面ばかり目に付く。
これでゴブリンを引き離せる健脚と体力をもっているのだからふしぎである。
趣味と特技も、欠点を補ったり長所を伸ばせるように決めた記憶がのこっている。
こうやって雷なりに考えて作り上げた、少女のキャラクター。
特に愛着はない。
それどころか、会社の友人と協力プレイしたときに「なんでロリなんだ。ロリコンなの?」と笑いに震えた声で貶されたため、いろいろと後悔していた。
高い確率で、雷はこの姿になっている。
そう、小さな少女の姿に。
身長も服装も、髪も、持ち物も。ここまで徹底してゲームの初期状態をなぞっているのだから、とある一箇所が以前の雷そのままでいられる可能性は、残念なことにきわめて低い。
その結論にいたった雷はとっさに股間を手を伸ばし確認する。あるべきものがそこにはなかった。
「うぇええええ!?」
雷は見知らぬ場所で目覚めてから、この瞬間最も気が動転した。
2
果てのない喪失感に、雷はうなだれていた。
どんなに自分をはげましても、こればっかりは癒える気がしない。
「夢、夢、夢、これは夢……」
思い詰めた眼差しは暗く淀み、尋常ではないほど落ち込んだ。
雷はやがて幾度も深呼吸を繰り返し、少しだけうつろな瞳でようやく顔をあげた。
袋の中にあった最後の物の確認だ。
ポケットサイズの手帳のような黒い本を手に取る。表紙は革の装丁で立派だが、中身はぺらぺらしていて、とても薄い。
表紙をめくると、例の如く初めて見る文字なのに理解ができる文字があった。
書かれていたのは既視感のある項目と、数値だ。
(ゲームのステータスだ)
雷は瞬時に理解した。
雷礼央 種族Lv0【神官Lv0 刻印騎士Lv0】
察してはいたが、レベルがリセットされている。
『精霊の贈り物』はレベルに関して癖のあるシステムになっていて、レベル1から始まるのではなく、0から開始する。
そして複数就くことが可能なジョブレベルの合計値が、そのキャラクターのレベルとなる。
正しくは種族レベルといい、種族レベルが上がると種族固有のスキルやアビリティをおぼえたり、ジョブを複数取得可能になったりする。
ゲーム開始直後は職業の複数所持の要素を解放していないが、ゲームをすすめるごとに増えていき、ひとつのジョブにつき20レベルまであがり、最終的に五個までのジョブを取得可能だ。
主人公のみ、それにくわえ六個目の上級ジョブを獲得できる。
六個目のジョブを得ると、種族レベルの最大値が120にまで上昇する。
他の項目を眺める。
魔力が際立って高く、器用さと敏捷がそこそこ高め、防御力と魔防と器用さが普通、攻撃力と体力が低め。
詳しく覚えていないが、ゲーム初期はここに書いてある通りこの程度の数値だった気がする。
ひとつ、気になった。生命力を示すHPや魔法などの技を使用するためのMPと、体力を示すSPの項目がないのだ。
怪我をしたとしても、肉体の損傷具合は、ゲームとは違って数値では表せないということなのだろうか。
魔力の使用量も明文化できるものではなく、体力もそれに同じ。
数字なんかに頼らず、個人の感覚に頼れということか。
この不親切さ、実に夢らしいではないか。
雷は強がりで鼻をならしてみせた。
雷はページをめくる。
そこには所有スキルと、種族、ジョブ、スキルなどのレベルをあげることで習得する戦技に魔法、アビリティが表示されていた。
現在所有するスキルの数はよっつ。レベルは5。スキルにはレベルがあるものとないものがあるため、横に数字が書かれていないものもある。
(神官は最初のジョブ選んだときに確定で〈神聖魔法〉Lv5を習得できる。
それで、ほかにも〈棒術〉か〈槍術〉、〈金属鎧装備〉のスキルを選べる。
俺が選んだのは〈棒術〉Lv5。
刻印騎士は〈刻印魔法〉Lv5を確定で習得。
もうひとつのスキルに〈守りの心得〉か〈盾術〉か〈騎乗術〉があって、〈守りの心得〉にしたんだ。
ここまでくると、当然といえば当然だけど記憶どおりだな)
〈神聖魔法〉Lv5:《小回復》 《浄水》
〈刻印魔法〉Lv5:《遅滞》 《停止》
〈棒術〉Lv5:<棒装備時攻撃力+3> ⦅強打撃⦆
〈守りの心得〉
〈守りの心得〉は、スキルレベルがない技能なため、そこから派生する戦技や魔法はない。
このスキルを所持しているだけで、個人と仲間の防御力をあげるだけだ。ただ、その防御力を上昇させる効果は種族レベルが高いほど、性能が上がる。
これらの表記を雷はしっかりと確認する。
初期設定直後のキャラクターの性能など、このようなものだろう。他に目を通すべきところは見当たらない。
ざっと目を通した内容に、不満と不安をないまぜにした顔になる。
頼りない、それが正直な感想だった。
(どうせ、夢なんだから残念がる必要なんてない)
雷の中にある頑迷で冷静ぶった部分が、落ち込むなんて馬鹿らしいと強がっている。
強い言葉で笑い捨てているその裏側で、こんな小さく戦う力のない体で、ゲームの中に現れるような魔物と出会ってしまったらどうすればいいのだろうかと震えている自分がいる。たとえば、さきほどのゴブリンのように。雷は、あんなものに勝てる自信がない。
こころの底からわき上がる畏れに、安堵をもたらしくてくれるものを、雷はもっていない。
ため息をつき、手帳のような本を閉じて、袋にしまう。
雷は改めて森の中を見渡した。
このままじっとしていても、埒が明かない。
湿気った空気は、息苦しいまでの不穏さを孕んでいるように感じた。
自分以外の命の息吹を感じられはするが、それらはけっして雷を歓迎していない。
枝木から飛び立つ鳥の羽ばたきに、硬いものをすり合わせるような獣の鳴き声が、否応がなしに雷の不安をかきたてる。
夢の外側に、出なければならない。
(この森に、ずっといるべきじゃない)
さいわいにも、履いている靴は山歩きができそうなくらいに頑丈に見えた。
どこに向かえば森の終わりに行き着くのはわからないが、歩きださなければ出口にはたどりつかない。
迎えなんて、きっとこない。
だから、雷はひとりで歩きださなければならないのだ。
3
一部の木々は、緑の色が褪せて黄色く染まっている。夜の肌寒さと相まって、雷は秋めいた空気を感じとった。
雷がいるのはどことも知れない魔物がでる森の中、そして季節はおそらく秋。雷が現段階で把握できるのはその程度のことで、ひどくこころもとない。
自分がどんなところにいるのか、それをできる限り把握するべきだという切実な危機感があった。なにせ何もかもわからないまま、漠然と手探りに進むのは結局のところ効率が悪い。
(上から見渡せるのなら、してみるか?)
雷は大木を見あげる。この森の中にある木々はどれも立派で、本来の雷の両腕で幹をだき抱えても、指先がくっつかなさそうなくらいに太い。その中でも、ひときわ大きな木の下に雷はいた。樹齢千年とでもいわれたら、なるほどと素直に納得してしまうような見事な大樹だった。
ごつごつとした樹皮にふれると脆いところもなく、健康に見える。枝ぶりはどれもしっかりとしていて、どこを足掛かりするにも問題なさそうだ。
(木登りなんて何年ぶりだろ。できるか?)
枝は高いところにあるが、ごつごつとした樹皮がとっかかりになってそこから登れそうだ。
とりあえず、やるだけやってみようと雷はおっかなびっくり幹の凹凸に手をかけた。
手をひっかけ、ぐいと体重をかけて体を持ち上げる。子供の軽い体重であることも理由のひとつかもしれないが、細いわりに腕力があって、自重を支えることにあまり苦痛を感じない。
具合のいい凹凸や枝に足を引っ掛け、両足を引っ張り上げたら、また手を先の枝やでっぱりに伸ばす。ぎこちなさもなく一連の動作が流れるようにおこなわれ、ほんの一瞬で、かつての雷の身長を追い抜くほどの位置にまでのぼってしまった。下を見ると、視線がずっと高い。
(なんか、すごいな)
記憶の中にある子供ころの自分よりも、すいすいと体が動く。
まともに期待していなかった挑戦にもかかわらず、結果は上々だ。その気にさえなれば、だいぶ上のほうにまでいけそうだ。
(登れるところまで、登ってみよう)
雷はやや興奮していた。木を登るという一連の単純な作業を、楽しんでいた。
こんな背の高い木が身近になかったのもさることながら、あったとしても雷の身体能力ではここまであがれなかっただろう。自分の意思ひとつで、もどかしさもなく肉体がおもうとおりに動き、望みどおりの結果をだす。近年ではなかなかない気分のいい体験だった。
下を見ると、地面までの距離に目が眩みそうになる。うっかり手が滑ったら落下して死ぬんじゃないかと不安になり、冷静な部分が引き返したほうがいいのではないかと自身に忠告してくる。
それでも上をめざしてしまうのは、どこまで行けるのかという好奇心が雷を駆り立てたからだ。
体が軽い。まだ、すすめる気がする。その気力がどこまで通用するのか確かめたい。
雷は身体能力とか頭の出来とか器用さだとか、スペックがそこまで高いわけではないから、できることが少なくてたいがいうまくいかず、投げ出してしまうことが多かった。
会社での業務だとか、人間関係の構築だとか、家事全般だとか。日常生活に必要なことは努力したが、こと趣味めいたことになるとその不器用さで一度は手を出してみたものの、上手くいかなさに途中で諦めることが多かった。ただ単純に楽しみたいだけでやりはじめたことに、努力や忍耐が必要というのはとりわけ面倒で、続けることができない質だった。
こんな木登り、きっと元の雷では絶対にできなかった。いくらか登ったら、手か足を滑らせて落下して悪態をつきながらさっさと切り上げている。
それが、こうやって目に見える形で結果がでる。ぐんぐんと視点が上昇し、上へ上へと近づいていく。
雷はそれに夢中になっている。自分のしたことがすぐに成果になるというのは、ただ単純にうれしい。
この少女の体は自分のものではないとおもう。それでも、感じるままを素直に受け取ると楽しいのだ。おもい描いた理想のとおりの行動ができるというのは、挫折感で水をさされずおもしろい。
感情から遠いところから客観的な視点でみている自分が、自省しろとたしなめてくる。あれだけこの体に文句をいっていたのに、なにを楽しんでいるんだ、と。
(嫌なことばっかり考えてても、気が塞ぐだけだし……)
雷は自分自身にそんな言い訳をして、気の赴くまま体を動かした。
とうとう、雷は大木の天辺付近にまでたどりついた。
他の木々よりも抜きん出た高さがある木の、雷が立っても問題なさそうな太い枝に危うげなく立つ。自分の選択をほめてやりたい。何ものにも遮られないひときわ高いところに立つのは気分がいい。
息苦しい閉塞感から、解放された。どこまでも広い空に、雷はつつまれる。いい意味で心臓がざわめく達成感があった。口元が自然と笑みをつくる。
森の中の土のにおいを含んだ風とはまったく違う、清々しい風がほほをなでていき、肺には夜の澄んだ空気がみちる。
(ああ、空が)
雷は目の前の光景に言葉をなくした。
星の光と月明かりが木々に閉ざされていた世界が、一変する。ランプの花も悪いものではなかったが、宝石を散りばめたような満天の星の圧倒的な輝きに敵うものではなかった。星の数があまりにもおおすぎて、光の雨が地上にふりそそいでいるみたいな錯覚をする。眼下には勾配がきつい森があり、彼方には夜闇に影を浮かび上がらせる山々があり、遠くには月の明かりを映す深い闇めいた海がある。それらすべてを星の光が幽玄に飾っている。
(写真かなにかで、似たような風景を見たことがあるかもしれない。でも、自分の目で実際にみる景色は、写真よりもずっと綺麗だ)
限られた範囲を切り取った写真と違い、眼下にある光景はどこまでも広く、果てがない。
雷は徐々におちつかないものを感じるようになった。
荘厳たる美しさというものを、そのまま受け止めるには教養というものが必要なんじゃないかな、とどうでもいいことを考える。雷のような底辺の人間では、その格調高さに参ってしまう。
雷の情緒の器が受け止められる限度をあまりにもこえていた。気づけば、息がつまっていた。
美しいという感動を押しのけて、雷の胸に郷愁の念がおしよせる。
雷は会社の帰り道、街灯に照らされてほとんどの星が見えなくなった夜の空をおもい出す。あれが一等星、二等星。あれはたぶん金星。肉眼でたしかめられるのは本当に明るい星だけで、天の川なんてろくに見たことがない。この空に比べれば、てんでつまらない、現代日本のありふれた夜空だった。けれど、雷はその空が強烈に恋しかった。
そんな空の下にある街灯に照らされた街並み。
おもい返すだけで泣きたくなる寂しさが胸を占めた。
帰りたい。
けれど、泣いてなるものか、と意地をみせる。
(帰れる、俺は帰れるんだ。これは夢、なんだから。こんなことで、泣いたら、まるで)
二度と帰れないことを悲しんでいるようではないか。
雷は窒息しそうなほど唇をぎゅっと噛み締めた。
雷は後ろ向きな思考をかたくなに否定して、頭の中からふりはらった。
そして、ぼんやりと木の上から見える光景を眺めた。
見つめれば見つめるほど、とうてい雷の度量では受け止めかねる光景だとおもった。雷など、せいぜい交通の利便のいい観光地でビル灯りを綺麗な夜景だとはしゃぐ程度でいいのだ。
(ひとつ、わかったことがある)
雷はやがてひとつの事実をのみこむ。
(結局、どこにいるのか全くわからないということが、わかった)
海が見える森の中ということくらいだ。そして、かなしいことに近くに人口のあかりは近くに見えなかった。
海沿いにはなんとなくだが、あかりがおおい気がする。人が生きている証のように見えるし、けれどもそうおもいたいがための勘違いであってもおかしくない。花がランプになる世界だから、夜に灯るあかりだけでは人の有無を断言できない。
(仮に人がすんでいたとしても、森のせいで死角が多すぎてわからないのが厄介だな)
ゲームでは秘境めいた場所にぽつりと一軒だけ民家があったりするが、そんなものがあったとしてもよっぽど切り拓かれていないと見逃してしまうだろう。それほどにこの森は深かった。
木登りの成果は、ちょっぴりそれ事態が楽しかったことと、夜景が綺麗だったことだけになってしまった。
雷はその事実に、自嘲する。
「これ、おりなきゃいけないんだよなあ」
登ってきた高さを見下ろして、雷は降りるための労力を考えて途方にくれた。




