7 グラード様の作戦
「ルシアナ嬢は今日もとても綺麗だね」
「は?」
今は勉強会の最中ではない。人目のある廊下で、私は日直でプリントの山を運んでいる最中に、手伝うよ、と性格反転中のグラード様が声をかけて5分の4を持っていかれた所だ。
全部持ってしまっては私が仕事を任された意味がないと思ってのことだろう。
しかし、突然何を言い出すのかと思ったら、先の台詞である。さらに彼は続ける。
「歩く姿も凛として美しいし、妖精か女神の如くだね。声を掛けるのに勇気がいるんだな、なんて初めて感じたよ」
どの口が、と言いかけて私が悔しそうな顔をすると、彼は分かっていて面白そうに目を細めた。
「そんな君に対して普通の生徒と同じようにこんなに重いものを持たせるなんて、いっそ罰当たりだね。我が国から君を重要文化財指定すべきだと進言すべきかな?」
「もう! さっきからなんなんですか!」
ちなみに私とグラード様は、お互いの人避けのために、付き合っている、という噂をあえて否定はしていない。肯定もせずに微笑むだけ、という事にしてある。
しかし、私の声は廊下に響き渡り、耳目を集めてしまった。
「怒っても美人だなんて、すごいね。君位になればどこかの国に嫁いでワガママ放題にして傾国の美女として歴史に名前が残るだろうに」
「ちょっと! もう、いい加減にして! なんですかいきなり! もーいいです、プリントありがとうございました! 私が見た目を褒められるのが死ぬほど嫌いなのを知ってて……」
そこで、ハッとした。私が大きな声でこんな事を言うのは初めてで、周りにはかなりの人がいた。
グラード様はにこにこ笑っている。
「だ、そうだよ。皆、ルシアナ嬢は見た目"だけ"を見られるのに心底嫌気がさしている。彼女のいい所はもっと他にもあるし、見た目だけでなく話してみれば面白い人でもある。だから、仲良くなりたいと思っているなら声をかけてみるといいんじゃないかな? さ、ルシアナ嬢。教室は目の前だから私がこのままプリントを運んでも構わないよね」
そう言って、私が両手で持っていた紙束を片腕に抱えると教室に入っていってしまった。
ザワザワと周りが騒がしい。よく通る声でグラード様は、私を挑発して私の本音を皆に聞こえるように引き出した。
私もつい、いつもの勉強会の調子で返してしまった。
ハメられた。もう、見た目以外褒められる事も仲良くなるきっかけもないと思っていたのに、それを自ら否定してしまった。
孤独ルート突入だ。卒業までグラード様以外とぼっちになるのは構わないが、社交界でもぼっちになったら悲しい。
「あの……ルシアナ様」
わなわなと震える私に、おずおずとひとりの令嬢が声をかけてきた。
「よければ次の休み時間に、勉強を教えてくださいませんか?」
私は、目を丸くしてしまった。