4 目の前の方は一体どなたでしたか?
「あぁっ、くそダリィ。助かったぜ、あー、なんだっけ名前? そういや聞いてなかったな」
さて、問題です。私が今対面に座り、テーブルの上に足を組んで乗せて頭をかいた男性はどなたでしょう?
グラード様のはず。この部屋に入り施錠するまでは、グラード様だった。
それがいきなりこの態度である。ちょっと私も理解が追いつかない。成績は良かったと思うんだけどな。
「あぁ、驚いてんだろ? こっちが素なんだよ。だけどまぁ、ペルセウス王国の顔として留学って事になってっからさ、半日『性格が反転する』って魔法がかけられてるわけ。で、なんで半日かっていうと、心的負担が大きくて心が壊れるとかなんとか……いやもう呪いだろ、これ」
「…………事情は理解できました。たしかに、貴方がそのまま学園で生活していたら問題になりそうです。申し遅れましたが、ルシアナ・ユーグレイシアと申します」
「改めてよろしくな、ルシアナ嬢。たぶんアンタも御同類のにおいがすんだけど、どうなのそこの所」
私は、この傲岸不遜で無礼な態度に怒るどころか、素の状態でも私を褒めそやさずに普通に会話できる幸せを噛み締めていた。
これ! これよー! これがしたかったの! 見た目とか態度とかほんっとどうでもいいわー!
「その通りです。私も素でいかせてもらっても?」
「いいけど、悩み相談とかは聞かないからな。適当にしか答えないぞ」
許可を貰えた。ありがとう、ありがとう、態度最低品行不良の隣国の王子様。貴方の株は鰻登りです。
「聞いてくれればいいです。いやもう、疲れ切ってたんですよ、グラード様が転校してきてくれて本当によかった。マジでよかった。貴方の見た目は私にとって有益です。是非そのまま卒業まで男女を魅了しまくってください」
私の目は据わっていたと思う。崩れた言葉遣いでグラード様に話しかけたが、グラード様は委細気にする様子もない。
「なるほどな、同類だけどちょっとちげーわ。お前あれだろ、何やっても見た目だけしか褒められない。俺はあれ、弟がいるんだけどそいつに勝てるのは見た目だけ。似てるけどちげーな、全く一緒でも気持ち悪ぃからいいけど。しかもさぁ、弟は俺のこと『兄上こそ国王に相応しい器です!』って崇拝してるからタチが悪ィ」
「わかる。崇拝されても、ってめっちゃ思う。いや、私はこんなに頑張って成果出してんのに見た目だけ? マジで言ってる? って思う」
「俺の場合は、弟に比べて何々は劣ってるけど見た目だけは素晴らしいです、だからな。根本的に違うけど、弟がそれを言う奴に噛み付くんだよ、兄上の素晴らしさが分からないとは目が曇ってるのか! なんてよ」
「周りで勝手に持ち上げて勝手に怒るとか、本人がいないところでやってもらいたいものですね」
「そう、だから俺は留学なワケ。弟が『第二王子派? 潰しておくので暫く隣国へ!』って笑顔で自分の派閥潰してる間、報復対策にこんな中途半端な時期に学生やりに来ちまった。で、最初に戻るけど、俺はこんなだからよ。性格反転の魔法、なんてもんがかけられてんだわ。ほんっとにダルい、めんどくせぇ、素直に弟に国継がしゃいいのに」
楽しい。
こんなにポンポン本音で話せる相手はそういない。それを咎めも気にもせず、自分の事情も弟の名前すら機密として扱いながら話せる範囲で話している。
地頭はさぞいいのだろう。回転も早い。私の悩みや口調も咎めたてない、そして深くツッコミはしないがしっかり理解している。
これは……! 今後の学園生活におけるオアシス……!
「グラード様。隣国からいらして『色々と』ご不便でしょう? 明日からもここで一緒に『勉強』しませんか?」
「マジ?! 超助かるわ。魔法は朝陽で発動して夕陽で解ける。帰りの時間はどっちにしろ俺自身が演技しなきゃいけないからよ、その前に息抜きできんの助かるわ。屋敷の奴等は俺の態度に苦い顔するしな、明日からも『一緒に勉強』しようぜ、ルシアナ嬢」
こうして、私とグラード様の秘密の『勉強会』が始まった。