16 ブス
「あの、グラード様」
『なんだ?』
「……夢だから、お願いしたいんですが」
『だから、なんだよ』
「良ければ、私のこと思いっきり貶してくれませんか?」
私は何を頼んでいるのだろう。
16歳の女が、16歳の男に、貶してくれ、というお願いは普通しない。というか、何歳でもしないだろう。
『……無理だなぁ、お前ブスなこと以外嫌な所ねぇもん』
「ブスなこと以外、ですか?」
『そう。すげーブス。笑わねーし。大体な、生まれ持った物っつーのは自分が楽に生きるために最大限使うべきなんだよ。それをまぁ、よく拗らせたよな。ま、でも分かったわ、お前全然、ほんっとに、見てもらえてなかったんだな』
私の周りに散らばった、日常のガラスの破片を革靴で踏みつぶしながらグラード様が近付いてきて、目の前にしゃがむ。
涙で濡れた頬を親指で拭って、仕方ないな、というように微笑む、青い瞳。
『お前はいい女だよ。努力家で、まっすぐで、だから見た目だけを褒められるのが嫌で、それでも腐らずに努力を続けたいい女だ。ブスなのはそのうち治るだろ』
「ブスが……治る?」
世にも綺麗な整った顔の王子様は、私にとっては意味不明のことばかり言う。
なのに、何故だろう、踏みつぶされた日常が、細かい粒子になってきらきらと光り白い空間に消えていく。
綺麗な粒子の中で微笑むグラード様が、私の頬を両手で包むと、なんと摘まんで横に伸ばした。
『笑え! お前は自信を持って笑ってりゃいい。それだけの努力は積み重ねてきたんだ、誰がなんといおうとお前はいい女だ。笑ったらブスは治る、笑顔じゃねー女なんて造り物みてーでみてらんねぇわ』
「いひゃいです!」
その言葉は私の口から本当に発せられたもので、はっと気づいた時には私専用の部屋などと言うふざけた物のベッドの天井を見上げていた。
横に眠っているようなグラード様の顔があって、その長いまつげが震えて目を開くと、夢の中と同じ青がある。
「……ブス」
「あれは……夢、じゃなく……?」
「魔法で夢の中に入った。お前、呼吸できなくなるまでため込むなよ」
「えぇと……お手数をおかけしました」
体を起こしたグラード様が不愉快そうに眉をひそめた。
「ばーか、そこはな『私の身体を運ぶ幸運に預かれてよかったですね』って笑うところだ。お前は本当にもったいねーなぁ。努力家だし、話は面白いし、何言ってもついてこれるし、後は笑えば最高の女なんだけど」
「やっぱり、笑わないのは」
「ブスだな」
「じゃあ、笑いません」
そう言って私は、なんだか気にしていたのがおかしくなってしまって、体を起こして肩を揺らして笑った。
「グラード様、私……」
「言うな。……大丈夫、悪いようにはしねぇから。だから、そのまま。笑ってろ。何度苦しんでも助けてやる」
妙に真剣な顔で私の言葉をせき止めたグラード様は全部分かっているようだった。
ならば、言う通りにしよう。グラード様は悪いようにはしないと言った。信じてみよう。
親友だったユーリカを信じるのには失敗した。でも、グラード様は信じてもいい気がする。
「笑ってんじゃねーよ、ブス」
「笑えと言ったり、笑ってんじゃないと言ったり、性格ひん曲がりすぎですよ」
「うるせー、照れてんだ、もう起き上がれるなら帰るぞ」
そう言って立ち上がったグラード様の耳が赤くなっているのを見て、私はまた、つい笑ってしまって、ゆっくり立ち上がると床を踏みしめた。