1 私の周りは皆、敵
新連載となります!
よろしくお願いいたします!
ユーグレイシア伯爵の娘、ルシアナ。
白銀の煌めく長髪に、アイスブルーの涼しげな瞳。磨き上げた大理石のような白い肌に薔薇色の頬。
……って褒め言葉は物心ついた時から16歳になる迄死ぬっ程聞かされてんだよなぁ!
と、思いながら今日も本気のベタ褒めをしながら身支度をしてくれる侍女に笑顔で「ありがとう」と言い、階下に降りてダイニングに向かう。
げ、と思った。ちょうどお義兄様もダイニングの前にいたからだ。私は顔に出すほど迂闊ではないし、顔に出すほど腹芸やって約10年の素人でもない。
「おはようございます、お義兄様」
「ルシアナ! あぁ、今日も女神のような美しさだ……この透明感はダイヤモンドだろうか? それとも、夜の湖だろうか? 本当に綺麗だ」
毎日毎日その歯の浮くような台詞をどこから引っ張りだしてくるのだろうか。バリエーションの多さには感嘆するが、これは褒め言葉Tのパターン。今日の仕事が苦手な部類だけど頑張ろう、という時の褒め言葉だ。
ちなみに義兄に私への恋愛感情はない。ただただ私の見た目を崇拝している。しっかり恋人もいて、婚約もしていて、その婚約者までもが私に傾倒しているという最悪な状況なだけだ。
まぁ、世界で一番可愛い、と言わないところは褒めてやりたい。そんな事を言いだしたら淑女の仮面など脱ぎ捨てて家から一晩蹴り出してやる所だ。
……そう、私はやさぐれている。
勉強もできる。教養も完璧に覚えた。それこそ努力の結果だ。私は他に乗馬も好きだし、ダンスも嫌いじゃない。
だが、私が褒められるのは見た目『だけ』なのだ。親友だと思っていた相手に相談したこともある。そしたら、そんな贅沢な悩みを言われても困るわ、そんな傲慢な子だと思わなかった、でも見た目は本当に綺麗よね……、とうっとりされてしまったので距離を置いた。最悪だ。
ダイニングに入ると朝食の支度ができていて、お母様とお父様が待ち受けている。そして……。
「おはよう2人とも。ルシアナは今日もとても綺麗ね、晴天なのに太陽が霞みそうだわ」
「おはよう、ルシアナ、ドリー。ルシアナは日々美しくなっていくな、毎日見ているのについ目がいってしまう」
これだ。勘弁して欲しい。
親の欲目、という言葉を知った時にはそれかと思ったのだ。しかし、子供同士の交流の為に親と同伴で出掛けても、出掛けた先の親御さんや兄弟姉妹まで私を綺麗だと褒めそやし、かまいつけ、さらにはそれを実の子である私の友人候補も受け入れて一緒になって褒めそやす。
あぁ! 最悪だ!
私は間違ったと言われるだろう努力もした。暴飲暴食に夜更かしに夜中のケーキと甘いドリンク。徹底的に自分の体を甘やかしてダメにしてやろうと思った。
何故太らない?! 手脚は長く細く、せめてニキビやらができればいいのに、全身隈なく探してもそんな痕跡は見つからない。メリハリのあるスタイルは維持され、私もいっそ医学的に太れないかなと調べてみたものの、結論としては、私は他人より数倍内臓が丈夫で新陳代謝が良く脂肪のつきにくい体に体力がある、という所に落ち着いた。
もはや諦めるしか無い。
朝食を食べ終え、歩いてすぐの王立学園に向かう途中も、ルシアナ様ご機嫌よう、本日もとても麗しゅうございます、なんて名前も知らない女子生徒や男子生徒に頬を赤らめながら言われては、笑顔で、ありがとう、というのが一番早く話が終わる事に気がついた。
私の周りは敵ばかりである。私の内面を見ようとしない、無表情で機嫌の悪さを示して過ごしてみた時にまで、氷の女王さながら、高嶺の花、高貴な方、と褒めそやされる。
いい加減、キレたい。この内情を誰かに聞いて欲しい。贅沢とかではなく、本当に、私には理解者……いえ、せめて私の心を許容してくれる人が欲しい!
そう思って、2年生の自分の教室に入った。いつもの美辞麗句に機械的に笑顔とお礼を返しながら席に着く。
そしてこの日、隣国の第一王子が留学してきて、このクラスにくると担任から朝のHRで説明があった。
他国の人の価値観ならもしかして、という期待を込めてその第一王子を待っていた私は、ある意味で期待通りであり、ある意味で、とても面白いことになった。
今日の事は、絶対に忘れられないだろう。本当に出会えてよかった。この気持ちは、一生忘れられない。