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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
序章・記憶と思い出。
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新たな兆し

 シルムを、突き落とした。

 後悔はない。これは、あいつが生き残る唯一の方法だと信じているから。


 あいつの驚いたようで、恐怖したようで、絶望したような顔が見えた。俺がそんな顔にしてしまった。

 本当に申し訳ない。でも、俺にはこうすることしか出来ないんだ。不出来な父を許してくれ、シルム。


 そっと手を伸ばし、あいつの剣を拾う。生真面目なあいつの事だから、刃こぼれなんて無いんだろうと思っていた。けど、それはボロボロでギザギザだった。


 思えば、先の戦いの最後の方は剣に魔力があまり注がれていなかったように思う。剣の摩耗が進んだのもそのためか。


 俺を守るために、俺の前に立った時。その背中は酷く小さく見えたが、俺にとっては希望の光に溢れていた。


 その情景を思い浮かべ、傷付いた剣の腹を額に当てる。

 奴は、数年で俺に肩を並べた。

 けど、奴に剣の才能はないだろう。言っちゃなんだが、本当に才能があれば俺など簡単に潰せる。


 奴は、努力で俺に追いついた。あいつが、筋トレや素振りなどを誰も見てない所で黙々とやっていたのを知っている。本気で俺に勝とうと、本気で俺を倒そうと心を燃やしていたのを知っている。


 まだまだ未熟で、中途半端で、荒削りな原石。俺は、この原石が誰よりも光り輝くダイヤモンドになると信じている。


 凡人は凡人らしく。無名は無名らしく。どれくらい時間をかけたっていいから、彼なりに、彼らしく貪欲に栄光を掴み取って欲しい。


 俺が掴もうとして掴めなかった、高く険しいその栄光という頂を。天才という、強大な壁を乗り越えてくれ。


 しっかり生きろよ、シルム。

 お前の目的を果たすために。

 守りたいものを、護るために。


◆❖◇◇❖◆

 数日が過ぎ。


(実は生きていたりする)


  とは言え、体は全く動かない。所々の感覚が無いし、逆に心配するほど痛む箇所もある。

 今、冷静に現状を分析出来ているのが奇跡みたいだ。


 さて、改めて先程のことについて考察してみようか。どうせ何も出来ないのだから、頭だけは動かそう。


 まず、父は僕を崖から落とした。しかし、ごめんと言っていたことから悪意があったとは考えづらい。ただ、あの崖の高さを彼は知っているはず。真っ逆さまに落下して僕が死ぬ可能性もあったのだから。


 考えられる可能性は2つ。

 1つ目は、魔物と戦うことと崖から落とすことのどちらが生存率が高いかを考えた結果、崖から落とすことを選択した可能性。


 2つ目は、魔物に殺されるよりは崖から落として即死させた方が楽だと判断した可能性。苦しんでじわじわ死ぬよりは一瞬で静かに、ということか。


 生存率に賭けるか、安楽死させるか。つまりはそういうことだろう。お父さんの優しさが伝わるが、いきなりおっことすのは辞めて欲しかった。


 まあ、もう過ぎたことを考えても仕方がない。今の課題は、この状況をどう打開するか。


 見たところ………洞窟、だろうか? 誰かに運ばれたのか、偶然たまたま奇跡的に流れ着いたのか。

 光源がない上、首が全く動かないので周囲を見渡すことが出来ない。しかし嗅覚と聴覚は働く。


 ………潮の匂い。波がさざめく音が聞こえる。

 やはり僕は、奇跡に奇跡が重なって打ち上げられたのかも知れない。もしそうだとしたら、僕を救って下さった全ての神に一生この身を捧げよう。───いや冗談だけど。


 少なくとも、食事の前と就寝前にお祈りはしておこう。とりあえず幸運と海と生命の神でいいのかな。


「ァ、あ”ぁ………っ」


 声を出して助けを呼ぼうと試みたが、口から出るのは老人のような枯れたような声。


 いや、枯れているのは全身か。腕や脚は見えないが、きっと小枝のように痩せ細って骨だけになっているはず。


 視界が霞む。段々と意識が朦朧になり、頭を突き抜けるような、ズキンズキンとした痛みが襲う。

 でも、頭に手を伸ばすことは出来ず全身を曲げることも出来ない。


 …………あぁ、孤独だ。孤独を感じる。暗寒い洞窟、激しい全身の痛みと朦朧とした意識の中で、しみじみとひとりぼっちの寂しさを感じる。


 昔から甘えたがり屋ではある。お母さんやお父さんにはよく構ってもらっていたし、妹のミュレネと弟のガラムに抱きつかれていた時も、僕は彼らの純粋さに付け込み甘えていた。


 1人は、何も生まない。話し相手や相談相手が居ないため、全て1人で決めなくてはならなくなる。そして、間違った道に進んだ僕を諭し、導いてくれる人もいない。

 友達は誰もおらず、信じられるのは己のみ。誰にも頼らず、誰も信用せず全てにおいて排他的に、閉鎖的に時を過ごす。


 そんな寂しいのは、いやだ。

 1人。せめて1人でもいいから、くだらないお話やちょっと真面目な話がしたい。どうでもいい世間話をして、お天気の話をして、猥談で盛り上がって、将来の話を少しだけ真剣に相談して。


 本能的に、死ぬんだなと悟った。

 生きるエネルギーが何処かに抜けていく。まるで吸血鬼にでも吸われているように、生気が抜けていくのが分かる。


 お話じゃなくてもいい。そばに居てくれるだけでも、遠くから見てくれるだけでもいい。笑ってなくても、泣いていても、怒鳴られててもいいから、1人でいなくなるのはいやだ。


 拳を握る。

 いつもなら、ギュッと音が鳴る僕の右手。握力は平均以上でサイズは小さめ。薬指が人差し指より長い僕の右手。


 しかし今は、音がしない。プルプルと震えながら、必死にくっつこうと努力する5本の指たち。


 短かった。けど、楽しくはあった。

 愉快なお父さんに優しいお母さん。大人しいミュレネに元気なガルム。暖かい家庭に恵まれ、幸せな家族生活を過ごせた。他にもレミアやバルムズなど、友達もいた。


 みんな、死んだのだろうか。

 確認する術はない。会いたいのに、もう会えないなんて悲しい話だ。人間は脆いから、直ぐに死ぬし直ぐにくだばる。それに壊れやすく崩れやすい。

 因みにこれは実体験だ。今、現在進行形で体験中である。


 ………やはりこのような思考に陥ってしまうのは、死ぬ直前だということを本能が理解しているからだろうか。


(寒い………寒いよ……)


 ま、悪くは無い。

 村を守るため魔物と戦い、最後の決戦を前に父から崖に落とされる。しかしこれは、本当は僕を守るためだった。その嬉しさをかみ締めながら、ゆっくりと死んでいく。


 3流の底辺吟遊詩人にでも歌わせたら大ヒットしそうだな。新しいジャンルを切り開きそうな予感。


 果たして僕が死後に運ばれるのは、天国か地獄か。善行は色々と働いた覚えがあるが、魔物との戦いで《波状獄炎》を使ったからなぁ。悪魔認定されちゃうかも知れない。まあ仕方ないか、甘んじて受け入れよう。あれもどれもみんなの為だったんだから。


 さて、もうそろそろお迎えが来る頃だ。誰がやってくるんだろうか、死神の召使いか、メイドさんか、使い魔の悪魔か。それとも本人かな。


「───あ、起きた?」


「…………っ」


 じょ、女性だ。しかも、まだ成人もしてない女の子。なんだ、幻覚か? それとも、もしかして既に夢の中か?


 目を擦ろうとするがそれは叶わず、腕に力が入らない。せめて、目の前の女性は本物か否かを確認するため瞬きを繰り返す。


「じっとしててね……」


 女の子は、僕の頭に片腕を滑り込ませ、少しだけ持ち上げた。そして、なにやら柔らかい突起物を口に突っ込んだ。やや温かみがあるそれは、どこか甘い。


 僕は本能に従い、チュウチュウと吸い上げた。まるで哺乳瓶を飲んでる気分だ。


(うーわ、美味しっ! なんだろこれ……)


 驚くことに、それはミルクでも何でもなく、ただの水であった。しかし何故だろう、とてつもなく美味しい。僕が口にした飲み物の中でぶっちぎりだった。


 感謝を伝えようと、吸うのをやめて哺乳瓶を口から離す。若干名残惜しかったが、ありがとうを伝える義務が僕にはあった。


「え、まだ飲んでよ」


 しかし、名も知らぬ彼女はそれを許さなかった。やや強引に哺乳瓶を僕の口に再度突き込む。

 またもや本能には抗えず、僕は大人しくチュウチュウと吸った。


 やっぱ人間ってのは柔らかい突起物は取り敢えず口に含み吸い付くという本能が備わっているらしい。これもお母さんとお胸様のお陰だね。

 ありがとうおっぱい。感謝するよちくび。


「んふふっ。気持ちそうに飲むねぇ………おいし?」


「………おいふぃ」


 これ、なんの水なんだろう。こんなに美味しいってことは、魔法の調味料でも使ってるのか?


「原料気になる?」


「……ん」


 哺乳瓶を挟んで頭を固定されているため、言葉だけで肯定を伝える。しかし僕にはちくびを吸うという任務がある故、生返事みたいになってしまった。


「それは冷やした水に純粋な魔石を溶かしたものだよ」


 純粋な魔石? それって確か………純度が100%の不純物を全く含まない、人工的に作り出すのが非常に困難と言われる超高級品?

 え、うそでしょ。


「……ほんほ?」


「もちろん。ほんとだよ」


「………」


 …………。

 え、まじか。


「あはははっ。面白い反応するねぇ。あ、まだ飲んでないとダメだよ」


 どうせ吐き出せと言われても遅いんだ。そう開き直り、僕は先程よりも強くそれを吸い上げた。


 喉に潤いを与えるそれは、僕の胃に納まった瞬間何事も無かったかのように消える。

 まるで海水を飲んでるかのように、飲めば飲むほど体がもっと寄越せと叫ぶ。これ以上ないほどに、頬をすぼめてこの水を啜った。


「………ん、もう無くなった?」


 頭を僅かに振って肯定する。どこかお母さんとの記憶が呼び戻されるそれは、これ以上いくら吸っても何も恵んでくれなくなった。


 あぁ………初めて哺乳瓶なんか咥えたけど、なかなか有意義な時間だったな。恥ずかしかったけど、実に意味のある体験だった。機会があればまた頼もう。


 ───ところで、この人だれ?


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