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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
序章・記憶と思い出。
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即戦力ですよ

 弓兵の部隊長、アギューさんに集団弓術のイロハを教えてもらう。彼はパッパの古い友人で、結婚してこの村に移り住んできたらしい。因みにこの人の子供は坊主頭ことバルムズだ。

 このバルムズ、弓の名手であるアギューさんを父に持ちながら、弓矢が全く使えないというへんてこりん小僧である。


「───って訳だから、集団での弓術は命中を狙うというよりも、同じ方向に射ることが大事なんだ」


 集団弓術による利点は、同時発射された矢による全体的な命中率。そして強力な制圧力だという。

 その為に大切なのが、目的を見失わないこと。一人一人が統率もなく自由に敵を射れば、1匹の魔物に矢が10本も刺さる───なんてことも発生しうる。


 そのために、指揮官の言うことをちゃんと聞いて、しっかりと命令を実行出来る弓矢の技術が必要だ。と締めくくった。


 要するに、指示を聞いて真っ直ぐ飛ばせばいいんでしょ? 多分できるから安心してちょうだいな。

 多分、多分できるから。


「よし野郎ども! 配置に付いたな!」


 おぉーっ! 兵士たちの気合いが乗った声が大空中に響き渡る。


 ところで、僕ってまだ12歳だし野郎じゃないから返事しなくていいのかな。まあどうでもいいや。


「じゃあシルム。折角だからお前が《餌箱(フィード)》魔法を頼む。座標は盾部隊の5メートル先で、強度は弱で頼む」


 はい、と頷き両手を静かに翳す。

 両手にジワジワと集まってくる魔力を知覚し、空気中に透明な(くだ)があるイメージでお父さんが指定した座標に送る。


 そして、頭に強く思い描く。レミアの家にあった魔法大百科に紹介されていた《餌箱(フィード)》魔法の魔法陣を。

 幾何学模様で、大小様々な四角形によって描かていたその土色の円陣を。そして、頭の中で叫んだ。


「《餌箱(フィード)》」


 盾部隊の真ん中の人から丁度5メートルの位置に、小さめの魔法陣が顕現した。土と同じ色で光るそれは、動物たちが好む匂いを発する誘導魔法の1種だ。


 数十秒後。視界の奥に広がる木々が揺らめき、地面を踏みしめる音が聞こえてきた。


 ザクザクザクザク。


 その音は、時を追うごとに段々と大きくなった。

 そして、遂には────。


「来たな………!」


 ───その正体を表した。

 久しぶりに見る顔だ。通常の猪よりも巨大で、鼻と牙が大きくなっている。目は相変わらずギラギラと血走っており、威嚇をするように後ろ足で地面を蹴る仕草をしていた。


 まあ、可愛くはないよね。

 とてもじゃないけど、ペットにしたいとは思わないかな。よくて家畜だ。

 ってかこの魔物達って交尾とかするのかな。産卵……いや、卵生じゃなくて胎生かな? 兎も角、他の哺乳類と同じく妊娠して子供を産むのか、それとも普通に生まれた猪を何らかの方法で魔物に変えるのか………謎は深まるばかりだ。まあそんなことはどうでもいい。


「弓兵、魔力注入!」


 お父さんの合図で、僕達弓兵は一斉に矢へ魔力を注ぎ込む。総魔力のことも考えて、適量を注ぐ。


 魔物たちが、ジリジリと詰め寄ってきた。大盾を構える盾部隊からすると、位置的に顔には届かないが、彼らの筋力は恐ろしく強い。油断すれば、盾ごと弾き飛ばされるだろう。


 それを分かっているのか、彼らの盾を握る手にギュッと力が入った。それは恐怖による緊張か、勇気による武者震いか。


「放てぇっ!!」


「………ッ!」


 シュパッ! という音を奏で、10を超える煌びやかな青い矢が空中を滑空する。

 魔物達は、その大半が存在を認識した頃には既に死滅していた。残った数匹の大猪も、近接隊が丁寧に片付けていく。


 第一波な問題なく始末できたが、今度は数がもっと多いはずだ。先程のは《餌箱》魔法で釣った魔物達だが、次来るのは魔撃矢に反応した奴らだ。


 音が聞こえる。先程の約2倍の数の魔物が近づいている。その中には、大猪だけでなく魔狼や猛鬣犬の足音も確認出来る。


「近いぞ。確実に近づいてきている…………」


 弓兵達は殆ど音を立てずに、矢筒から新たな矢を取り出し、しっかりと番えて構える。


「近い、近いぞ────右側だっ!」


 右翼側に展開されていた数人の近接隊が、即座に後ろへ振り返った。その瞬間。


「ぐぁぁあっ!!?」


 飛び出してきた1匹の魔狼に、兵士の1人が喉を噛みちぎられ絶命した。周りの兵士はそいつを倒そうと剣や槍を向けるが、仲間が倒れたショックで足元がおぼつかない。


「落ち着け! 目的を見失うな! 1匹ずつ魔物を────」


 ───いでぇぇえ!!!


 お父さんの叫びは、左翼側に展開されていた魔法師の断末魔によってかき消された。お父さんを含めた全員が、死亡した魔法師の方を向く。


 未だ兵士の喉元、そして顔面を噛みちぎろうとしていた魔狼は、ここぞとばかりに隣の兵士へ襲いかかる。


 やっと我に返った近くの兵士達が、自分に喝を入れ剣を振るった。


 しかし、その剣が魔物の肉を断ち切ることは無かった。林の木々から飛び出してきた銃鷲と呼ばれる魔鳥に、喉元をその長い嘴で射貫かれたからだ。


 血が吹き出す音が聞こえる。喉を突かれた兵士は、最後の呻きすら上げられずバタリと地面に伏せた。


『う、うわぁぁあああ!』


 たったの3人。されども3人。

 この3人の衝撃的な死が、隊全体の雰囲気を大きく変化させてしまった。楽勝ムードから一気に仲間が倒れたのだ。この落差、感情の移り変わりが、兵士達を追い詰める。


 立て続けに仲間が倒れたことで、兵士達はパニックに陥ってしまった。あるものは現在の状況に絶望し武器を落とし、あるものは死にたくないの一心でこの場から逃げ出した。


 しかし、魔物たちに容赦はない。新たに飛び出してきた大猪は、その体躯を活かして無防備な魔法師に突進し、その生命力を奪う。

 所々、雄叫びを上げて魔物たちに反撃する兵士たちもいたが、多勢に無勢。2匹3匹を前に、情け容赦なく食われ死んでいった。


「シルム! おいシルム!」


「わかってる! でも兵士達と魔物の位置がバラバラで! 魔法を撃ったら間違いなく誤爆しちゃう!」


「ッ! ───っクソ!」


 仲間思いで正義感が強いお父さん。だから、構わず撃て、という命令が下せなかったんだろう。

 現場の指揮官として、その判断が正確なのか不正解なのか。それは、誰にも分からない。


「と、とりあえず魔物を倒さねえと! 落ち着けお前ら! 魔物達の数をある程度減らしたらてったい───ぐぅ!」


 どうにか隊内の統率を回復させようと声を張り上げるお父さん。だが、左足を魔狼に噛みつかれ苦しい声を上げる。

 どうにかそいつを剣で叩き切ると、自分の体重を支えきれなくなってしまったのかその痛む左足の膝を地面につける。


 いけない、お父さんに回復魔法は使えない。

 でも、ここで僕が後ろを向いて回復魔法に数十秒使ったら、その間完全な無防備になってしまう。それに、傷の度合いが分からないからちゃんと治せるかも不明。


(………ごめん、お父さん。我慢して……っ!)


 自分はどうすることも出来ない。ただ向かってくる魔物を切り倒すだけで、お父さんの怪我は治せない。


 今まで感じたことも無い無力感が、戦闘中にも関わらず急に襲ってきた。チラッと流し目でお父さんを見ると、膝をつきながらも懸命に剣を振るっている。


 お父さんを半球状の結界魔法で囲むのも悪くは無い。しかし、この状況で指揮官を離脱させるのは論外だ。それこそ、ギリギリ保たれている統率を完全に失い、いずれ全滅するだろう。


 ごめん、本当にごめん。胸中で何度も何度もお父さんへ謝りながら、必死に剣を振るった。文字通り、必死でだ。


 向かってくる魔狼を蹴り飛ばし、空から迫る銃鷲へ鏃を突き刺し、背中から突進する大猪を攻撃魔法で片付ける。


 最早、満足に戦える戦力は僕を含め数人だけだった。周りを見渡しても、剣や槍を持つ兵士たちは9割以上が息絶え、かろうじで存命しているものが数人。そのだれもが、いずれかの部位を欠損していた。

 彼らはおそらく助からない。出血死か、感染症で死ぬだろう。回復魔法が扱える僕でも、多分1人2人を救える魔力しか残っていない。


 この討伐作戦に参加していた魔法師は、見える範囲では全員が死亡していた。最初に統率が乱れた時、何人かは逃亡していたので負傷者の治療は彼らに頼もう。


「む、無理だ………無理だシルム! 撤退するぞ! 柵の目前で最終防衛線を築く! ここはこれ以上は無理だ!」


 作戦指揮官がそんなこと言うな。こちとら命削って戦ってんだぞ。無理無理言う暇があるなら手と足動かせ。


 僕は父の言葉をキッパリと無視し、恐らくはもう死んだであろう兵士たちを貪り食う魔物たちの集団に狙いを合わせた。


「《劫炎融池(ブレイズポンド)》」


 現れたのは、全てを融かす地獄の炎。10匹を超える魔物たちは、その断末魔をあげる暇さえ与えられず灰に還った。


 まだまだだ。こいつら魔物には、お父さんの友達を食い殺した報いを存分に味わってもらう。


「《波状獄炎(ブラックウェーブ)》」


 波状(なみじょう)の黒い炎が、魔物たちの中心に現出する。それは、全ての光を飲み込み、全ての希望を無に帰す地獄の炎。

 なんかこう言うと僕がすっごい悪人みたいだけど、あくまで雇われの臨時兵士だから誤解しないでね。


 数分後。全ての魔物は打ち倒された。幸いにも、僕が発動した2つの魔法は味方の誰も巻き込まれず、ただ魔物だけを駆除できた。しかし───。


「ごめん、お父さん………」


 こうするしか無かったとは言え、やってしまったことは素直に謝った。お父さんも最初は驚いていたが………徐々にその顔を弛緩させた。


「別にいい───とは言わねえが、仕方なかったんだ。誰もお前を責めたりはしねえよ」


 そう言って、優しく僕の頭を撫でるお父さん。僕は感極まって、彼の胸元に飛び込んだ。血と土と灰と汗が混ざった匂いがしたが、そんなことはどうでもよかった。


「ごめん……ごめんなさい……っ」


 魔物は、魔力に反応する。より強く、より濃く、より深い魔力になればなるほど彼らは本能的に反応する。


 僕が使った《劫炎融池》と《波状獄炎》は、共に炎属性の中級魔法。僕が寝る間を惜しんで必死こいて覚えた複雑な魔法。

 当然、使用・放出される魔力は凄まじいものだ。全力はいけないと自重しようとしたのだが、結局は全力でやってしまった。


 魔物達が来る。それは、この村に長く住み数多の経験を積んできたこの男にとって、否定のしようも無い事実だった。


 恐らく、数は段違いだ。優に100は超える。そして恐らくは、魔物達の大移動に釣られてやってきた熊や虎、ライオンなども押し寄せるだろう。


 絶望だった。もう、2人とも戦える力は残ってない。ギリギリの勝利を称え合う後ろの数人も言わずもがな。


 一応、戦力は残っている。数える程だが、オーガさんや薬草師さん、村長さんやレミアなど。でも、きっと…………。


「やるしかねえ………これは、多分きっと畑を荒らした猪たちをけしかけた俺たちへの罰なんだ」


 野生の世界に悪はいない。猪たちも命を繋げるために畑を遅い、敵とみなした農家さんを襲った。そこに他意や敵意は無いはずだ。

 対して僕達は、畑が食い荒らされ食料が不足するのを防ぐため、原因の猪を駆逐した。別に悪意も殺意もない。


 僕達が、悪だと言うのか。僕たちが悪いと言うのか。そんなの納得出来ない。僕達も被害者のはずだ。決して罪を犯した訳では無い。償いを受ける筋合いはない。


 そう、叫びたかった。けど、理性がそれを辞めさせる。ここでただをこねても無駄だ、そんなのは餓鬼の独り言に過ぎない、と。


「やるしかねえんだよ。苦肉の策として、女子供は家の下にある地下室へ避難させる。そうすれば………時間稼ぎには、なる」


 ………ダメじゃないか、結局は。内心鼻で笑った。

 誰も救えないし、誰も助からない。圧倒的な実力と数の暴力に飲み込まれて、為す術なく蹂躙される。


 呪うよ、こんな自分を。

 もっと力があれば。みんなを守る力があれば。魔物達を簡単に倒せれば。こう考えて、後悔する自分は、きっと傲慢だ。


 そもそも、子供は魔物には勝てない。体の構造上、勝てるような仕組みにはなっていない。

 大人も同じく。100の魔物には、勝てない。2匹3匹を葬ったところで、97匹に囲まれるだけ。


 まったく。誰だよこんなクソみたいな設定にしたやつは。これじゃあ………ただの理不尽じゃねえか。


「………聞こえるか?」


「……うん。お父さん」


 地面に響くのは、地獄から来た死刑執行人。僕たちの首を刈り取ろうと、悪魔の鎌を引っ提げて。その全身は黒い魔力に覆われて、目は赤黒く血走っているのだろう。


「………なあシルム。ここ、南の端の畑は崖のすぐそばってこと。知ってたか?」


 しかしお父さんは、そんなことありえないかのように、いつもの夕食時の声色で問いかけてきた。


「……ううん、知らない。初めて知ったよ、お父さん」


 僕がそう言うと、彼はいつもの豪快な笑いを飛ばし、僕の手を引っ張った。


 ……潮の匂いがする。まだ日が登り海は光り輝く。正しくそこは、断崖絶壁であり、あと数メートル進めば地面がなかった。


 しかし不思議と、前に進む足は止まらない。戦いの後、気分が高揚しているからか。これから訪れる絶望に、頭がとうとうイカれたか。


「ここはなぁ………夕焼けがとても綺麗で、大地の自然を感じられるんだ。何か悲しいことが会った時や、泣きたいことが会った時、頭を冷やしたい時や、気分を高めたい時…………父さん、何回もここに足を運んだよ」


 懐かしそうに、顎に手を当ててしみじみと声を絞り出すお父さん。しかし、段々とその声はか細くなり、まるで泣きそうな声になった。

 

「母さん……カマリアとも、良くここに来た。彼女もここが好きで………恥ずかしいが、プロポーズしたのもここなんだぜ?」


 手を顎から後頭部に移し、僅かに頬を赤くし照れながらそう言った。


「ここはな………思い出の場所なんだ……俺の人生のな……」


 お父さんは、さらに足を進めた。

 あと数歩でも進めば、落下してしまう。


 危ないよ。そう声をかけようとして、僕もお父さんの近くによった。少しだけ下を覗いてみると、波が岩肌にぶつかりバサバサと音を立てていた。


 本能的に、恐怖を感じる崖。しかしそれは、非常に魅力的にも思えた。お父さんとお母さんの気持ちが、少しわかった気がする。


「………ごめんな、シルム」


 ごめん。そう聞こえた瞬間、マズイと思いお父さんの腕を掴んだ。彼は身長が高く、もちろん体重も重い。


 僕は思いっきり歯を食いしばり、全力で彼の腕を引っ張った。彼は死んではいけない、彼だけは生かさなければ。でないと────っ。


「………ホントにごめんな、シルム」


 唇の動きと、ほんの僅かに届いた彼の声。その意味を理解した瞬間、僕の身体は、海に向かって……………。


◆❖◇◇❖◆

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