戦力の一員
ええ、怒られましたよ。そりゃあもう、烈火のごとく怒っていましたよ。最初から最後までほぼ同じことを繰り返すだけだったけど、めちゃくちゃ怒ってたよね。
そして今は、ベッドの中で泣いているところである。だって怖かったんだもん。
あの状況になれば、仕方なかったと思うんだ。だってああするしか無かったし、父があそこにいてもそうすると思う。
何もせずに貪り食われるよりはマシだと思うけどね。
それを彼に言ったら「うるさい! 口答えするな!」って言う始末。僕には自分の思ったことを相手に伝える権利もないのか? じゃああなたの話を聞く義務も無いよね。って言おうとしたけど、流石にやめておいた。火に油を注ぐことになっただろうから。
多分彼は、自分の信じていることが唯一の正義だと勘違いしてるんだよ。だから、僕がやったことは悪であると否定し、叱りを通り越した怒りを僕にぶつけることが出来る。
正義って言葉、便利だよね。建前にも大義名分にも使えるし、物事を進める動機にもなる。
彼みたいに正義感が強いのはいい事だけど、それが周りにとってみればただの迷惑だって気付かないのかね。まあ気付かないんでしょうね。だからあんないい歳して子供に説教できるんだ。正義は自分、なんて看板を引っさげて、悪を徹底的に糾弾出来るんだろう。
彼が自分の勘違いを恥じて僕に頭を下げるのはいつになるのやら。そん時は僕が頭ごなしに否定してやる。この心の痛みを味わえばいい。そんなことよりお腹空いた。
干し肉ってストックが残ってたはず。お母さんたちは寝てるだろうし、ちょっとくらいいいよね。
ってな訳でいってきまーす!
◆❖◇◇❖◆
「いいかシルム。お前が魔物と対等に渡り合えるのは分かったから、これからは守衛の魔物退治に参加してもらう」
朝ごはんを食べていると、お父さんはいきなり話し出した。隣に座るお母さんも、食べるのをやめて僕をジッと見つめる。
「最近は魔物の動きが活発でな。お前は剣も弓も魔法も使えるから、1戦力として考えることにした」
「戦力……」
「そうだ。魔狼や大猪、凶暴化したウサギ、肉食になった鳥類……と、魔物は沢山いる。お前も剣や弓の訓練にもなると思うんだが、どうだ?」
多分、お父さんは昨日のことを彼なりに反省したんだろう。そして、魔物を退治した僕をどうするか、考えてくれた。
許すつもりは毛頭ないが、これはありがたく美味しい話。是非とも乗らせてもらおう。
「分かったよお父さん。出来るだけやってみる」
「そうか! お前ならそう言ってくれると思っていた!」
よく見れば、目の下に小さなクマができていた。あまり眠れなかったのだろう。僕のことをそこまで……そう思うと、胸が暖かくなった。
「飯を食ったら、準備して一緒に行くぞ。ここでいい戦果をあげたら、地下迷宮に行く許可をやるからな」
前言ってたやつか。宝箱や魔導具などは魅力的だが、そこまで戦いに飢えている訳でもないし。金欠になったら行くことにしよう。
食事を終え、剣の整備と弓矢の調整を終える。鏡の前に立ち、最近お父さんから送られた皮の肩当てと篭手を付けた。これは僕が狩った鹿の皮で作ったものらしい。
ちなみに品質は、中の下だった。
村の防衛拠点に移動する。鉄の鎧を着たガチムチのおっちゃんたちが剣を研いだり談笑したりしていた。中には朝っぱらから酒を決めてる人もいる。
「静まれお前ら!」
お父さんが大きな口を開けて静まるよう促す。すると、先程まで大声で話し合っていた人達は直ぐに口を閉じた。
お父さんって、実はかなり偉い人なのかな?
魔物が活性化していることを皆知っているからか、暑苦しい室内は静寂に支配される。
お父さんは、開口一番こう言った。
「俺の息子のシルムだ! 皆よくしてやってくれ!」
バンッ! と僕の背中を叩き前へ押し出す。よろけながらも数歩進み、顔を上げる。そこには、ポカンとしたようなおっちゃん達がいた。
「た、隊長!? なんで坊やがこんなとこに!?」
坊やって呼ぶな。もう12だぞ。ってか隊長って。隊長さんだったんだね、さすがパパさん。
「ガハハッ! こいつに魔物討伐の経験を積ませたくてな! 実力は俺と同じくらいだが、如何せん場数が少なすぎるんだ」
お父さんがそう言うと、おっちゃん達は驚いたように僕の顔や体をジロジロ眺めてくる。なんか奴隷にでもなった気分。
「こ、こんなちっこい子供が……隊長と同レベル? そ、そんなまさか……」
ありえないだろう。そういった表情でお父さんに再確認したが、結果は同じであった。まあ同レベルってのは否定しない。
お父さんは、魔力の扱いが苦手なようで全身を強化する身体強化が使えないみたいだ。だから、筋力や身長差、リーチ差なんかを埋められた。もしお父さんが身体を強化できるように、もしくは魔力の扱いが一般レベルになったら、僕は勝てないだろう。
「ぼ、坊や。その弓と矢はオーガさんに貰ったのか?」
オーガさんの知り合いかな? あと坊やって呼ばない。
「はい、頂きました。オーガさんのお知り合いですか?」
そう答えると、その人は驚いたような顔をして数歩後ずさった。もしかして、オーガさんってワケありの人とかなの?
「お、オーガさんって………弟子は取らないって言って、頑なに訓練を施すのを拒否してたのに……」
「お、それか? 俺がちょっと頼んだのさ。そしたら、借りが返せるとか言って喜んで引き受けてくれたよ」
断じて、僕の才能に気付いて自ら誘った訳では無い。紛れもなく、お父さんのお陰である。
まあ、それから色々と仲良くなって一緒に狩りとかするんだけど。
「そ、そうですか……」
まあ、オーガさんが何か事情があったり過去に色々あったのだとしても、僕にとっては優しいおじさんという認識には変わりない。これからもよろしくね、オーガさん。
「オーガの話は後にしろ。それより直ぐに出るぞ! 今日は村南部の畑を荒らす大猪だ。急いで準備しろ、野郎ども!」
行くぞーっ! と剣を掲げ士気を高めるお父さん。周りの兵士さんたちも、おーっ! と拳や武器を突き上げる。
おぉ! お父さん、ちゃんと隊長をやってるんだ……。ちょっと以外だった。
さてさて、目の前に広がる畑には何者かが食い散らかした跡がある。足跡から察するに猪か。それもかなり大きなサイズ。数は………10はくだらないな。
「見ても分かるように、全部大猪にやられた。全ての作物が食い散らかされて、畑主さんは困っているようだ」
まあ困るでしょうね。
「今日は、この犯人を討伐するぞ。《餌箱》魔法でおびき寄せて、遠距離から弓矢で倒す。魔撃矢の使用は許可する。ただ属性付与は禁止だ」
魔撃矢、というのはその名の通り魔力を込めた矢のことだ。魔力により、その飛翔速度と貫通力が増大する。
属性付与もその名の通り、炎や氷などの属性を付与するものである。
魔撃矢の魔力をそれぞれの属性に変換しているだけだが、これが意外と難しい。魔撃矢は、ただ魔力を注げばいいだけだが、属性矢はその現象を脳内でイメージしなければならないからだ。それもかなり鮮明に。より鮮明にハッキリとイメージすることにより、その威力や破壊力は上昇する。
使用禁止の理由としては周囲への影響を考慮して、といったところだろうか。
当然のことだが、炎属性を付与した矢が乾いた草木なんかに当たると普通に燃え移る。通常の火ではなく魔力による炎だが、それによる火事も起こりうるのだ。
「陣形は、盾部隊を前に置いてその後ろに弓兵を配置、これでいく。近接隊と魔法師隊は援護に回るため側面に展開する。遊撃も兼ねてるから、弓兵や魔法師隊の状況を見て対応してくれ。但し魔物の塊の前には出るなよ、背中から撃たれる」
盾部隊、というのは単純に接近されるとまずい弓兵の壁役って訳か。初めから遠距離で仕留めきるのが本命で、遊撃の近接隊はフェイク。ただの敵寄せってことね。
ところで、僕はどっちに参加すればいいんだ? 剣ならある程度は使えるけど、弓による弾幕戦術は経験がないから、やっぱり近接隊の方だろうか?
いくらなんでも盾役になれとは言われないだろうけど……不安だ。
「シルム。お前………そうだな、どっちがいい?」
え。選んでもいいの? それならまあ……剣だろ。ってか弓のやつ無理だし。
「近接隊がいいです。弾幕戦術は経験がないので」
「なら弓兵だな。頑張れよ」
………話聞いてた?
怒るまでは行かないまでも、ちょっとだけ大きな声で文句を言おうと口を開ける。
しかし、お父さんはそれを手で静止させる。なにやら意図があったようだ。
「まあまて、息子よ。簡単な事だ、経験を積ませたいんだよ。集団弓術のな」
経験? まあ確かに、言いたいことは分かる。集団による弓術と個人による弓術は全く別物と聞くし、戦い方も大きく変わることは知っている。
しかし、そのような状況になることが想像出来ない。集団弓術なんて………戦争くらいでしか使わない。
「不満そうだな。まあ気持ちは分かるぜ。ただな………近々、お隣のジュレール王国といざこざが続いててな。もしかしたら───派手にぶつかるかもしれねえ」
………いやいや、そんなまさか。隣国とは、確かに領土争いの小規模な小競り合いが続いてはいるが、一応は友好国だ。それに観光や貿易は盛んだと聞いている。
両国にとって不利益しかない戦争なんて……引き金を引くメリットがないだろう。
「先月即位した新国王、ジュレール8世は血気盛んで争い好き。しかも強欲で富や名声には目がないと聞く………あくまで可能性だが、大規模なものになるかもしれねえんだ。だから、頼む」
頭を下げ僕に頼み込むお父さん。
そこまでされちゃあ、いくら僕でも断りずらくなった。
まあ、覚えておくのに越したことはないか。
「……分かりました。やってみます」
「よしっ! それでこそ我が息子だ!」
聞き分けのいい息子でよかったね、お父さん。