されど、入学式は退屈である。
「───であるからして、魔法というものは人を傷つけ物を壊すだけの技術ではなく、罪なき市民を守り生活を豊かにする技術として使うべきである。そして───」
お偉いさんの長話を、欠伸を堪えながら聞き流す。これは校長先生だっただろうか。いや、代理の副校長だったかな。
「───ということ。つまり皆さんに学んで欲しいものとは魔法ではなく、工夫なのです。工夫を凝らし知恵を絞ることで魔王にも負けない力を手に入れ、そして更に───」
なんで、こんな状況になったんだろう。その理由を遡れば、ほんの2ヶ月ほど前になる。
そろそろ本格的に暑くなり始める頃。『冥竜』討伐の任務を無事遂行した僕とイルシィは、しばらくの間休暇を楽しんでいた。一日中ゴロゴロしたりちょっと高いお店に行ったり、少しだけ遠出をしてみたり。
しかしそんな静かな日常は、ある1本の報せにより粉々に砕け散った。
『王国で勇者召喚の儀が行われた。神の祈りを受け異世界から舞い降りた2名の勇者が、王国へ忠誠を誓った』
僕がその事を知ったのは新聞の朝刊でだ。当然、その後すぐに局長室へ呼ばれ新たな任務を預かった。
王国に忠誠を誓う勇者2名は、ここデウス公国の魔法教育機関である『王立統合魔導学園』へ入学することになった。そこで僕とイルシィに、彼らの通う学園とは違う学園に入学し、内部から観察しろと。
王国が勇者の力によって急激に力をつけた場合、三大国のパワーバランスが崩れ世界戦争が起こる可能性がある。その予兆をキャッチし公国が各国の緩衝材になるためにも、大事な任務だそうだ。
「改めて、入学おめでとう! ここ第二学園は君たちを歓迎しよう!」
約20分くらいだろうか。
やっと副校長の話が終わったところで、ポツポツと拍手が巻き起こる。僕もつられて小さく手を叩き、乾いた音を出した。
王立統合魔導学園。
デウス公国の中心部、大中央市場を囲む大きな四角形の大通りの頂点にそれぞれ位置する魔法専門学校。4つの学園にそれぞれの文化、歴史があり世界最高峰の教育機関だ。
また学園それぞれでテーマや教え方、戦闘スタイルが違うのも特徴で、世界各地に様々な技能を持つ魔法使いを輩出してきた。
僕とイルシィが在籍するのは王立第二学園。中央市場の北西に門を構え、その敷地面積は四学園トップだ。テーマとしては、その広い面積の半分を占める自然溢れる森林を活かした奇襲戦。そして錬金術が盛んだ。
対して勇者2名が在籍しているのが、南東に位置する王立第一学園。最も歴史が古く伝統を守り抜いている。正々堂々とした正面からの直接戦闘がテーマであり、魔法戦士を多く世に送り出している。
基本的に四角形の対角線上の学園同士が仲が悪く、横の学園とは仲がいい。僕らの第二学園と勇者達の第一学園、北東の第四と南西の第三というふうに。
因みに、第二学園と第一学園の対立の主な原因として挙げられるのは、直接戦闘と暗殺戦闘という相反したテーマと伝統守護派か革新派かの違いだろう。街でこの2学園が乱闘しているのを見たことがある。
第三と第四のいがみ合いの理由は、第四の魔法兵器開発と第三の魔法商業利用という方向性の違いだ。第一第二の対立よりは穏やかだが、それでも中々解決されない。
副校長が壇上を降り、司会進行が喋り出す。そろそろ入学式も終わりだろうと考えていると、今度は高そうなスーツを身に纏った若い男が壇上に登り始める。本日はお日柄もよく〜や猛暑がそろそろ落ち着き始める今日この頃、だとか。またクソつまらない話が始まった。
「お偉いさんの話はつまらないね〜」
隣に坐るイルシィが、横目で僕の顔を見ながら小声で呟く。軽く返事をして、周囲をぐるっと見渡した。僕ら以外の生徒も怠そうな顔で壇上を見上げており、真剣に聞いているのは片手で数える程だった。
「我ら王立統合魔導学園では、4つの学園対抗での様々なイベントを開催しております。そして、1年で最も多くのポイントを稼いだ学園は、公王直々にトロフィーが手渡されるのです!」
壇上の若い男は、王立統合魔導学園の理事長であり運営責任者を務めて居らっしゃるらしい。彼が言うには、定期考査や成績優秀生徒、何らかの功績を築いた者にポイントと報酬を与えるとのこと。また四学園で争われる学園際や競技会、学術大会での順位により点数を貰える。トップだった学園が、年度末に表彰されるらしい。
「最大級の名誉であるこのトロフィーは、歴代の公王の名前が堂々と刻まれ、そして莫大な報酬を手に入れ、またその瞬間は永遠に記録されることとなる」
トロフィーなんぞに興味はないが、報酬という部分は魅力的に感じるな。お金だけじゃなく何らかの機会や見学会などに参加させてもらえるかもしれない。
「そして同時に! その年で最も輝かしい成績を残した者には黄金の盾が与えられる! 伝説の工芸家が1年をかけて作り上げた物である!」
最優秀生徒表彰か。
普段の成績や実技試験、また全てのイベントに出てないと取るのは難しいだろうな。それを手にできた生徒は、それはもう優秀なことだろう。
「未来ある魔法使いを育てる場所と機会は、私達が全て用意した! 後は君達の努力、才能、そして運だけだ!」
緩み始めた空気が、パチッと張り詰めた。誰一人として私語は許されない空間の中で、身振り手振りを含め男は口を開く。
「皆さんに期待することはただ1つ! 楽しく学び、真の友情を作り上げ、実りある学園生活を過ごすこと! 魔法界は、実力が全てものを言う! 勝ち取りなさい! 鍛錬所はいつでも空いております! 決闘? 闇討ち? 上等です! この学園で教える教師ですら、戦いに飢えている! 戦いましょう! 全てを賭け、全てを手に入れるために!」
明らかに、この場の空気が変わっていた。夢や希望を抱く少年少女達の思いが溢れている。
爆発的な拍手が、学園の外まで響き渡った。いつまでも鳴り止まない拍手の大歓声は、男が壇上から降りて司会進行が注意を促すまで続いた。
◆❖◇◇❖◆
入学式が終わり、僕ら新1年生はそれぞれの教室に案内された。聞くところによると、1学年の在学数は120名丁度であり、単純計算で120人×3年×4学園。えぇーっと………1440、かな? あってるだろうか。
「さて、改めて新1年生の皆さん! ご入学おめでとうございます!」
教壇の前に立つ女教師が、僕たち40人の前でそう切り出した。20代後半程に見えるその女性は、明るい印象を抱かせる柔らかい笑みを浮かべた。
「このクラスの担任を務めます、メリセニア・ソルヘイムですっ! メリー先生って呼んでね!」
ソルヘイム先生は人当たりのいい笑顔で名前をチョークで黒板に写した。ソルヘイムといえばそこそこ有力な魔法使い一族だが、教鞭を執る人もいるんだな。しかも、彼女の一族は代々ここではなく第一学園の生徒だった気がするのだが。
「理事長先生も仰った通り、この学園は実力が全て! 気に入らないことがあれば戦って勝ち取るの! 決闘闇討ち乱闘なんでもありよ!」
先生はそう言って、手に持つ杖を軽く振った。すると黒板に自然に文字か絵が浮かび上がる。面白い魔法だなぁ。
「ここに書いてあるのが、学園内の決闘ルールですっ。基本的に、周りの建物に被害を及ばさない、死に至らしめない、回復不能な怪我を負わせない、無関係な第三者を巻き込まない、ですね!」
この内容は、入学前のパンフレットに書かれていたな。実力主義と言いながら、ここら辺の規則整備はキチンとしている。シルム君の好感度アップです。
「まあここら辺の内容は、入学書類にあったと思うので大丈夫でしょう。さて、今度は時間割です!」
クラスの生徒も、大半が彼女に好印象を抱いたのか特に悪い顔はせず気の抜けた顔で話を聞いていた。
先生がまた杖を振るう。優雅な動きで、黒板の文字を消し新たに浮かび上がらせた。
僕はその様子を見て、自分の杖を見やる。約110cmで若干細め、黒ずんだ色。装飾という程でも無いが、持ち手の蔦が巻いてあるような柄がお気に入りだ。
「実はこの時間割、クラスごとの時間割じゃないんです! 見てください、このビッシリと詰め込まれた時間割表を!」
先生がそういう様に、1つのコマに2、3個の講義が入っていた。となれば、選択式で自分からどれを受講するのか決める感じなのかな。
「例えば、火曜日の2限目を例に説明しましょう。火曜日の2限目は私の担当する魔法理論学とフィルデリック教授の魔法史、グリーンランド先生の一般マナー講座がありますね。生徒達はこの中から1つを選んで、その講義を受けるんです。そして、1年で必要数の単位を獲得出来れば、進級時に証明書が貰える。この証明書が、未来の就職の鍵になりますね」
なるほど。
できるだけ楽なのを選択することも出来れば、自分が伸ばしたい事にも挑戦できると。『自分の学びたいことを学べる、自由な学園生活』とパンフレットにデカデカと書かれていたがこういう事だったのか。
「あぁもちろん、サボりたかったらサボって結構です。学園側は止めません。進級時の試験にさえ受かってもらえば、退学することもありません。就職後は、面倒を見きれませんが」
サボって結構、という言葉に教室内がざわつく。テストさえ受かればいいのだから、適当にのんびりと学園生活を過ごして楽しめる、と思ったのだろう。
「この学園は、みんなの学ぶ機会と場所を提供するの。やるもやらないもみんな次第。でもそう固くならないで。大丈夫、きっと楽しい3年間になるわ」
教壇の上に広げられた大きな紙に向かって、ポンと杖を軽く叩いた。伝えられた魔力に反応した紙はフワッとひとりでに持ち上がり、やがて黒板の隣の壁にピタッと張り付いた。
「大学部の説明は、軽くでいいわよね。3年生の中で、もっと学びたいって人が4年間この学園に残って勉強を続ける。定員は1学年50人まで。4年生に上がった人は教授の研究室で沢山のことを時間をかけて研究するの。希望者が全員進級できる訳では無いから、生徒間でも沢山競ってもらうことになるわ」
7、8人くらいだろうか。大学部の話を熱心に聞く生徒がいた。研究という部分に惹かれたのだろうか。確かに興味があるな。18で就職するより、22まで学んだ方が将来貰える金も変わりそうだ。
「では! 先生からの話はこれくらいにして! 軽く自己紹介をしましょうか。じゃあ端っこの君から。名前と趣味、得意教科と何か一言、どうぞっ!」
指差された生徒は、えぇ? と困惑しながらもその場で席を立ちみんなに顔が見えるよう中心を向いた。緊張してるのか、手足がやけに震えている。
「ローデン・アインバッハです……っ。趣味は、えっと………魔法の本を読むこと、で、得意科目は魔法理論、ですっ。よ、よろしくっ…お願いします……、」
声もブルブルと震えていたが、頑張っているのは十分伝わる自己紹介だった。自然と拍手が起こり、アインバッハは照れたようにすっと椅子へ座った。
「よろしくね〜ローデンくんっ! 魔法理論、私の担当だから気軽に声をかけてね! じゃあ次の子お願いしますっ!」
「フランディア・バールドです。趣味はお紅茶を嗜むことで、好きな科目は錬金術です。1年間よろしくお願いします」
「錬金術の先生はマーベリック教授だねえ。指導熱心な人だから声掛けてみてね。じゃあ次!」
数分後。
やがて僕の番が来た。先生の眼差しが僕の胸に突き刺さる。緊張を抑えるために1度生唾を飲み込み、落ち着けと自らに言い聞かせた。
「えと、シルム・レートグリアです。趣味は……まあ、本を読むことですかね。あとボードゲームが好きです。得意教科は戦闘系全般を。気軽に声をかけてください、よろしく」
パチパチパチ、と拍手が鳴った。先生も満足気に頷く。イルシィをチラッと見ると、微笑みを浮かべながら小さく手を叩いていた。
「ボードゲーム、いいねぇ! 先生も大好きだよ! じゃあ、次の人!」
僕の席が1番後ろの席であり、次の生徒はイルシィだ。1番前に座る彼女は、間違いなくこのクラスで一二を争う程の美少女。多くの男子の視線が釘付けになった。
「イルシィリア・シャルローゼですっ。 趣味は、そうだなぁ………お料理にハマってるかな。好きな科目は、近接戦闘と魔法戦闘です! 仲良くしてくださいねっ!」
とびきりの笑顔を浮かべる彼女に、男子達は頬を赤らめる。やがてこれまでで1番大きな拍手が起こり、イルシィは困ったように頬を緩ませた。男子生徒数人が、熱い視線を送っている。もう恋人候補ができた。いくら何でも早すぎだろ、イルシィ。
◆❖◇◇❖◆
自己紹介が終わり、本日は解散となった。明日から通常の授業が始まるため、今日は帰って明日の受講科目を選ばなければならない。クラスの人達は知り合いや仲が良くなりそうな人達とグループになって、明日から何を受けるのか決めていた。
こっちの方が楽そうじゃね〜? でも俺これ受けてみたいんだよなぁ。じゃあこっちも受けてみたくね? これとか楽しそう!
そんな元気な声がクラス中で聞こえた。先生もニコニコしながらその様子を眺めている。あの顔はどういう気持ちを表しているんだろうか。
さて、そろそろ帰ろうか。となって、イルシィがいるであろう席の方向を見た。男で埋まっている。彼女の姿が見えないほど、男子たちが彼女を囲っていた。大人気だ、きっと僕のことは忘れてるな。と結論づける。
はぁ、とため息をついて席を立つ。カバンと杖を持ち、忘れ物が無いか今一度確認を。
今から大中央市場で適当な日用品やらを買おうと思っている。イルシィも誘おうかなと思っていたが、この様子じゃ無理そうだ。男子生徒達と楽しそうに会話していた。いつか彼氏が出来て僕に紹介するのも時間の問題かあ、などと未来のことについて意味もなく考えた。
教室を出て、まだ蒸し暑さが残る廊下を歩く。9月は始まったばかり。この3年間で、どんなことが起こるんだろう。僕の胸は期待と不安に溢れていた。




