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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
本編・暗躍する月の使徒
35/37

手柄、それは名誉。


 首を切り落とされた『冥竜』は、その肉体はドロドロの液体になり骨しか残さず地面に溶けこんだ。

 『冥竜』を中心とした拓けた円形に、その魔力を含んだ液体が染み込むと、養分を取り込んだように地面は若さを取り戻し、草や花が咲き誇り、真っ赤な血の池やエルフの山を全て飲み込んだ。


「………ふぅ」


 骨だけになった『冥竜』へ左手を向ける。脚に縛りついた影の縄を解除すると、役割を失った影の塊は地面を這うように僕の後ろの影へ戻った。ついでにモノリスの機能も停止させ、明るく光る石柱とバリアは消滅したかのように静かに無くなった。


「シルム」


 イルシィの声に反応するように腰を上げ、改めて例の2人のエルフの顔を眺める。見たところ大きな怪我はないみたいだ。


「………えっ、と」


 どのような言葉で切り出せば良いのか分からず、イルシィに助けを求める視線を送る。彼女は僕の目を見て、フッと小さく笑みを浮かべた。


「助けてくれて、ありがとう」


 2人のエルフは、まさか感謝などさせるとは思ってもいなかったのか、唖然とした様子で僕らの顔を伺う。

 すると、刀を手に持つ方のエルフが何か言いたげな様子で1歩前に踏み出した。僕の顔をじっと見て、そしてフイっと顔を逸らした。


「あ、あのっ………さっきは、ありがと。もしお兄さんが助けてくれなかったら、多分やられてた、から……」


 あぁ、身代わりになったことか。あれなら、逆にこちら側が例を言わなければならない立場なのに。

 僕は苦笑を浮かべながら、照れ隠しに頬をポリポリと掻く。


「いや、あれは。僕の方こそ君に礼を言わないと。風の精霊で守ってくれてありがとう」


「ち、違うのっ。あれはボクじゃなくて、全部フェーたんがやってくれたの。ボクはまったく指示してない、だからお礼ならフェーたんにお願い」


 ほーん、不思議なこともあるもんだな。精霊が術者の意に反して勝手に動くと。

 

「分かった。じゃあ風の精霊にありがとうを伝えてくれる? シルム・レートグリアが感謝してたって」


 そのフェーたんとやらがスズミみたいに実体化出来れば話は早いのだけど、彼女の様子を見るにそれは出来なさそうだ。


「分かった、伝えとくね……」


 そう言うと彼女は、さっともう1人のエルフの背中に隠れてしまった。恥ずかしがり屋さんなんだね。


「シルム、これくらい取れば大丈夫だよね」


 イルシィはいつの間にか『冥竜』の骨を1、2本回収していた。そして両手に持つ骨は随分と大きく、莫大な魔力を秘めたものだ。


「あぁ、じゃあ僕の分も……っと」


 適当に肋骨辺りの骨を1本、拝借する。本当に見れば見るほど美しい存在だ。禍々しい魔力を放ちながらも、どこか気品さを漂わせている。しかしその胸の奥底には、真っ黒いなにかが渦巻く。これを部屋に飾れば魔除にでもなりそうだ。


(鍛冶屋に頼んで剣にして貰うか。今のやつもヒビ入っちゃったし。黒曜石なんかを混ぜて、魔石を嵌めれば中々の剣ができるだろうな)


 欲張りさんなので、僕はもう1つ、小さな骨を折ってポケットに詰め込んだ。うん、中々清々しい気分だな。イルシィも討伐証明の牙は回収したみたいだし、もう行くか。


「じゃあ、僕らは帰ります。この『冥竜』の討伐は貴方達の手柄にして下さい。僕たちも、今回の『冥竜』討伐は2人のエルフの功績とギルドに伝えますから」


 ほかの牙を1本、エルフへ投げ渡す。キャッチした弓を携えるエルフは、1度『冥竜』へ視線を移すと、僕へ言った。


「どうしてでしょう、『冥竜』討伐は明らかにあなた方2人のご功績なのに。なぜ私達エルフにその手柄を渡すのです」


 明らかな警戒の色を含んだ表情に、嘘は許さないと言いたげな瞳。そういえば、この2人はさっき僕らを殺そうとしたんだっけ。


「ここは霊王の大森林。エルフの、あなた方の領地なのでしょう? そこに僕ら人間が入ってしまっただけでも問題なんです」


 息を合わせたようにイルシィが僕の言いたいことを追って伝える。


「今回のことは、この『冥竜』の手柄を渡すということで見逃してくれませんか? 勿論残った骨は全て差し上げます」


 もしここで、『そんなことは許さない。今ここでお前らを殺し、『冥竜』の手柄も骨を全部いただく』なんて言われちゃあ、叩きのめすしかない。

 弓を持つエルフは、僅かに考え込む仕草をした後、小さくうんと頷いた。


「……分かりました、『冥竜』の討伐証明と引き換えに、あなた達2人の領地侵入を見逃します。それと、幾つか質問してもよろしいですか?」


 イルシィがチラッと僕を見やるので、いいよと軽く頷く。すると彼女は、構いませんよと言って剣を鞘に収めた。

 僕もその動きにつられて、剣を鞘に収める。彼女ら2人も、嫌な顔をすることなく武器を引っ込めた。


「では………あなた達は見たところ、ただの冒険者には見えませんが、一体何者なのですか? そして、この森へ来た本当の目的はなんですか? 先程のここら一帯を覆ったバリアは、なんだったのですか?」


「…………」


 まったく、一言も答えられない質問が飛び交い、思わず口を紡ぐ。まあとりあえず、無難な返答を。


「えー………僕らはただの冒険者ですよ、特に変わった役職でもありませんし………ほら」


 本物の冒険者証明カードをエルフに提示する。偽造品などではなく、本物のカードだ。モノリスに所属すると同時に、冒険者ギルドにも名を連ねているからね。


「わたしのも、どうぞ」


「そちら側の名前と立場も、教えて貰っていいですか?」


 その質問に、2人のエルフは顔を見合わせると、一言二言言葉を交わした。そして、弓を背負った方のエルフから話し出す。


「分かりました。私はリシャール・ディア・ストラスロッド、神秘なる精霊樹の番人です」


「リシャール姉ちゃんの妹で、精霊樹の番人補佐のルノア・リル・ストラスロッドです」


 精霊樹の、番人だとっ………。

 これから精霊樹に用があるってのに。いやまて、これは逆にチャンスなのかも知れん。


「ただの冒険者のイルシィリア・シャルローゼです。そしてこっちが、」


「シルム・レートグリアです。よろしく」


 冒険者証明カードを返してもらい、シャツの胸ポケットに詰め込む。そして思い出した泥だらけのローブを、魔法で引き寄せた。


(うわぁ………着たくねえ)


 今なお降り続ける雨に晒されながら、ローブについた泥をせっせと払い落とす。そういえばこの刀を持ったルノアって子、僕が蹴っ飛ばした時に泥まるけになってたけど、かなり綺麗に落ちてるな。


 首元を覆うマントをとって汚れた手を拭き、そのまま異空間収納魔法(ストレージ)にぶち込む。中々寒いが、まあ仕方ない。


「あの、精霊樹なんですけど………見に行くことは、出来ます……?」


 恐る恐る伝えるも、ストラスロッド姉は即座に首を振り否定した。


「出来ません、残念ながら。里に暮らすエルフですら年に数回すら目に入れることが出来ないのですから。大方根っこを分けて欲しいのでしょうが、そんなこと私達ですら出来ません」


 バレてら。


「そして最後の質問には、別に回答していただかなくとも構いません。魔法は個人個人によって大きく異なるものですし、過度な詮索はご法度ですから」


「あ、ありがとうございます……」


 え、なんか。

 なんだなんだ。


 エルフってこんな常識通じたっけ、僕の知ってるエルフといえばホントにカスみたいな連中の集まりなんだけど、あれれ。

 なんか調子狂うな……。


「それで、この森を訪れた目的はなんですか? 私達に何か手伝えることがあれば、アドバイスくらいならば出来ますが」


 目的か。

 あくまで主の目的は局からの依頼である『冥竜』討伐だが、僕的には例の精霊樹の方が大切だ。それはあの奴隷館で見つけたアルラウネを手に入れるため。

 もし手に入れられた場合、身の回りの世話をさせるだけじゃ勿体ない、勿体なさすぎる。

 おそらく単騎の戦闘力はイルシィ以上だ。その力を従えることが出来たなら、モノリスを壊滅させるなんてことも容易い。なんならデウス公国の公城を消滅させることも出来る。


 んまあ、そんなことはしないが。


「そうですね………実は、ある人を救うためにどうしても必要なものがあって。それを取りに来たんです」


「ふぅむ……ではこの『冥竜』はついで、ということですか?」


 共に『冥竜』を眺めながら会話を続けるが、このエルフの目線、僕を探るような視線がやけにくすぐったい。


「いえ、そんなことは無いですよ。もともと『冥竜』の被害状況は耳にしていましたし、エルフの里にも行ってみたかったですから」


 行ってみた結果、あんなことになったがな。もう一生行きたくないし、あんな腐ったエルフ共の面すら見たくない。


「ほぅ………エルフには歓迎されましたか? 最も、その様子だと嫌われたようですが」


「ええ、全くその通りですよ。詐欺に会うわ高級キノコをぶんどられるわ陰口を叩かれるわで、思っていた環境と随分違いました」


 その点、今目の前にいるエルフ達は全然違うな。僕を見下すような様子もないし、高圧的でもない。やはり知能を手に入れた種族同士、仲良くするのが1番なのだ。


「それは、そうでしょうね。方向からして南東の里からこちらに向かってきたのだと思いますが、あの里は特に人間を毛嫌いしていますから」


 困ったように小さく苦笑いを浮かべるストラスロッド姉だが、彼女自身は人間を毛嫌いしないのだろうか。もしかして、吸血鬼だとバレている?


「さて、それでそのある人を助けるために必要なものがあるのでしたよね。それが精霊樹の根ですか」


 話が本筋に戻り、僕はビシッと姿勢を元に戻した。


「そのある人、というのは………魔族か精霊ですよね。となれば、そうですね………」


 うんうんと唸るように指を顎に置き考え込むストラスロッド姉。何を考えているのか、想像もつかない。


「流石に精霊樹を渡すことは出来ませんが、代わりとなるものなら幾つか提示できます。そのある人の種族、何に困っているか教えて下さい」


 代わりとなるもの、か。

 魔力を収束できるものなら極論なんでもいいのだけど、精霊魔族にとって扱いやすいものがいいよね。


「精霊魔族のアルラウネです。人間の奴隷商で売られていて、助けたいなと思って」


 僕がそう言うと、エルフ2人の目の色が変わった。アルラウネ、という言葉に息を飲んだ2人は、声を抑えながらも続きを促す。


「体内の魔力を垂れ流し続けていて制御できていないんです。食べ物も口に出来ず、弱りきってしまっていて」


「アルラウネ、ですか………。その名前は、もう10年も前に失われたと聞きますが、まさか人間に捕らえられていたとは………」


 驚きを隠せない様子のストラスロッド姉だが、彼女は少しの間だけ考えるような素振りを見せた後、腰のポーチから拳ほどの石ころを取り出した。


「この黒魂晶を貴方に渡しましょう。あまりにも多すぎる魔力を中の結晶に閉じ込めるものです。根本的な解決には至りませんが、一先ず魔力の放出は収まり意識は回復するでしょう」


 黒魂晶か、何度か見た事がある。単純に魔力を蓄える水晶だが、その量は魔石とは段違い。


 確かに、これを使えば彼女の魔力も収束させて制御させることが出来るかもしれない。杖ならまた後で考えよう。


「ありがとうございます、本当に助かりました」


 受け取った黒魂晶は、まだ内部に何も蓄えられていないのか無垢で純粋な薄い黒色をしている。半透明で、光が中で反射していた。


「それはこちらのセリフですよ。『冥竜』には手を焼いていたのですから。討伐の手柄は私達2人で頂きますが、その名誉は私達4人全員のものです」


 いいこと言うな、このエルフ。名誉なんて気にしたことも無かったし、寧ろ秘匿されている組織に属している以上与えられてはいけない類のものだが、いざこのように人から認められるとは、大変嬉しいことだ。


「では、ご縁があればまた」


「はい、益々のご活躍を」


 イルシィも丁度ストラスロッド妹と別れを惜しんでいたところだ。二人で話していた隙に、随分と仲良くなりやがって。ったくこれだからコミュ強は。


 そんなことを思っていると、ストラスロッド妹がとことこと近寄ってきた。その顔には僅かながら恐怖が浮かんでいるように見える。


「あのっ。し、シルム───」


「レートグリア、って呼んで」


 僕はいきなり斬り殺そうとした相手に名前で呼ばれるなんて御免だった。そんな相手と馴れ馴れしくする趣味はない。

 ストラスロッド妹の呼び掛けを突っぱね、あらためて要件は何と問う。


「あ、その………えと……」


「だから言ったでしょ? ルゥちゃん。この人は頑固な人だって」


 笑いながらストラスロッド妹の耳元でイルシィは呟く。ルゥちゃんなんてあだ名があるのか、この子には。

 あとイルシィ。頑固云々はお前が言うなよ、お前ほど頭が固い人間は珍しいぞ。いや、神様? 混神? まあいいや。


「た、助けてくれてありがとうっ! あと、その………っ」


 言い淀んでいるなあ。そう思っていると、彼女はバッと腰を折り頭を下げた。え、え、え。と混乱する僕を前に、ごめんなさい! と声を張り上げる。


「いきなり斬り掛かるような事をして、ホントにすいませんでした!」


 す"み"ません、な。


「うぅん、気にしてないよ。こっちこそごめん、勝手に君たちの土地に押し入っちゃって」


 彼女の謝罪も心に留めることなく、スタスタと歩き出す。別に彼女に対しての怒りなどはもうない。彼女の腹と側頭部を蹴りつけたことでおあいこだ。


 そんなことより、急いで帰らなければ。任務完了の報告とレポートが僕達を待っている。イルシィに全部任せよう、それがいい、そうしよう。



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