表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
本編・暗躍する月の使徒
32/37

進展、それは手掛り。


「ねえねえ少年。少年は本当にイルちゃんとずっと一緒にいたの?」


 朝、キノコが入った袋を携えてイルシィ、スズミと共に例の女医がいる療養所に向かう途中。スズミはウキウキしたような顔で尋ねてきた。口調変わってんぞ、お姉さんキャラどうした?


 昨晩スズミとイルシィは同じベッドで寝たらしく、お互いをスミ、イルちゃんと呼び合う中にまで発展した。イルシィご自慢のコミニュケーション能力が発動し、2人の間の溝はなくなっていた。

 僕が起きた時、2人ともニコニコ顔でお喋りに興じていたところを見て目を疑ったものだ。お前ら昨日全然話せてなかったのに、何があったんだと。


 恐るべきイルちゃんである。


「まあ、ね。昔助けてもらったんだ。それ以来一緒かな、イルちゃんと」


「気持ち悪い」


 ひどっ。なんだこいつ。


「ふふっ、仲が良いのね少年」


「悪くは無いと思ってる。けど別に胸を張って仲良いですとは言えないかな」


 反りが合わない、と言えばいいのだろうか。それとも、相性が悪い? 戦闘におけるコンビとしてならばそこそこだとは思うが、喧嘩してばかりだし、お互い我儘で遠慮しないから衝突することが多い。


「でも、嫌いなわけでは無いのでしょう?」


「………嫌い、じゃないけど」


「もぉースミ! そんな話題はどうでもいいってば!」


 違いない、もうこんな話辞めるべきだ。スズミもつまらないだろう。それに、好きで一緒にいるわけじゃないし。お互いに利益があって一緒にいるんだ。


「うふふっ、わかったわ」


 ったくもう。

 大体急に仲良くなったと思ったら急にそんなこと聞いてくるとか、なんなんだよ。そういうのは昨日の夜に聞いたんじゃないの? 知らんけど。コイバナ? って言うんじゃないの? 知らんけど。


 手をポケットに突っ込んで内心ブーたれていると、既に療養所の前に着いていた。改めて腰に下げたキノコ入り袋に触れる。


「ちゃんと入れてくれるかな」


 イルシィが消え入りそうな声で1人呟く。その声が僕の耳にも届いた。そして思う、こっちも同じ気持ちだと。


 ガチャッ。


 そんな音と共に扉を開けば、忙しなく働き回るエルフたちが目に入った。彼らは僕の姿に一瞬だけ目をやったあと、何も見なかったかのように仕事へ戻る。


「フォンデバルドさんに用事があるのですが。依頼の件と言えば通じると思います」


 真っ直ぐに受付のエルフを見据えてそう言うと、嫌な顔を隠さずに大きなため息をつく。しかしその女エルフは渋々といった様子で呼んでくれた。やさしいね、ありがと。


「あぁ、昨日ぶりね。どうしたのかしら? キノコを集めに行かなくてはならないのではなくて? それとも、諦めたのかしら? 土下座して謝るのなら、条件を変えてやってもいいけど?」


 明らかに見下したような態度と口調で奥の扉から現れた女エルフ。昨日と同じような優しい感じだと思っていたのでびっくりだ。無言になってしまうのも無理はなかった。


「…………」


 あぁなるほど? そう言う感じでいくんですね? いいでしょう、こっちも合わせますよじゃあ。


 オラオラオラァ! キノコ持ってきてやったぞメスブタ! 早く狩人のとこに案内しやがれ!


「これが、依頼品のキノコです。傷は無く品質も安定、保存状態も良好です。問題ありませんね?」


 怒鳴ろうと思ったけど、やっぱりやめた。周りに一般のお客さんが居て迷惑になっちゃうから。あくまでこちらはただの冒険者だ。営業の邪魔ら出来ない。


 クラリネルツィアのババアは口をポカンと開けて固まっていた。まるでそんな馬鹿なとでと言いたげだ。おら、あくしろよ。


「ま、まちなさい。そんなわけないわ、たった一夜でなんて。レミナ、そのキノコを調べてちょうだい。きっと全部偽物だわ…っ!」


 ひったくるようにキノコが入った袋を奪い、矢継ぎ早にそう言い終えると、キッとこちらを睨みつけ吐き捨てる様に続けた。


「流石人間ね。下衆、本当に下衆だわっ! そんな騙すような真似をして恥ずかしくないのっ! 速く消えなさい!」


 騒ぎ立てる雌豚に、周りの一般客はなんだなんだと野次馬のように僕たちを囲んだ。その目には僕たちに対する侮蔑の色を過分に含んでいた。


「レミナ、まだなの! はやくしなさい!」


「く、クラリネ先生………」


 拳を机に叩きつけ、バン! という音をたて怒りを露にするメスブタ。その怒りを受けた受付のエルフは、あまりの剣幕にふるえながらも声を絞り出した。


「ほ、本物………です。偽物は、ひとつもありません……っ!」


 小さなその声を聞いた雌豚は、ありえないといった顔で僕の顔を凝視した。おらおら、豚ならブヒブヒ騒げよ。


「そ、そんな馬鹿な……っ!」


 当たり前だろう、こっちは仕事で来てるんだから。態々偽物を紛れ込ませてこちら側が不利になるようなことはするはずが無い。


 受付のエルフが本物ということを証明してくれた訳だし、はやく狩人の元へ案内してくれ。おら、あくしろよ。


「約束は果たしました。今度はそちらの番です。狩人の元へ案内して下さい」


 真っ赤に染まった顔で、奥歯をかみ締めながら睨みつけるその顔は、まあ壮観だった。流石はメスブタエルフ、いい顔で鳴く。もっと虐めて泣き潰してやりたいが、仕事が先だ。


「は、ははっ………」


 しかしメスブタエルフは中々案内しようとしない。ただその場で、手をキツく握り締めながら不気味に笑った。どこからともなく、嫌な予感が湧いた。これはめんどくさくなるな、と。


「あ、あなたにはっ、私たちエルフのジョークが通じないようね……。たかがキノコを数個集めただけで病室に入れろだなんて、そんな話がある訳ないじゃない。そんなことも分からなかったのかしらっ」


 苦し紛れにそう振り絞ったメスブタ。そんなこと言っても無駄だと本人も分かっているはずなのに。随分と分かりにくいつまらないジョークだ。センスないな。


 しかし、そんなことを言うのなら付き合ってやらんこともない。


 僕達2人とこのメスブタとで結んだ契約の内容は、僕らが指定されたキノコを取ってきた場合メスブタことクラリネルツィア・ベル・フォンデバルドが狩人の元へ案内する、というものだ。忘れたとは言わせないし、無かったことにさせるつもりもない。


「フォンデバルドさん。私たちは口約束とはいえ契約を結び、お互いに合意した。そして僕達は、こちら側の義務を果たした。そちらには、僕達を狩人の元へ案内する義務がある。今度はそちらの番です、案内して下さい」


 今更、態々口に出して言うほどのことでは無い。ただ、目の前のメスブタがあまりにも理解出来ていなかったようなので、親切心として改めて催促した。


「くっ………黙りなさい! 人間風情が、出しゃばるんじゃないわ! どうせキノコだってエルフの誰かから仕入れたんでしょう!? この卑怯者!」


「仮にそうだとしても、キノコの入手方法に指定はなかった。故になんの問題もありません。人間風情がと仰るのなら、より高貴な存在であるエルフは約束事を反故になどしないはずです」


 クソエルフがよ。

 昨日の高身長イケメンエルフ詐欺事件も、適当鑑定事件も忘れちゃいないぞ。人間を嫌うのは好きにすればいいけど、それを仕事で出すのはやめてくれよ。あと僕は人間じゃないし、元・人間だし。


「ハッ。分かっていないようね、人間」


 相変わらずクソムカつくな、お前。便秘でお腹痛くなって朝辛い思いしやがれ! そんでごめんなさいって反省しろ!

 あとイルシィ、少しは話に加われよ。いま僕が大変な目にあってるんですけど、助けないおつもりですかな。スズミなんて空気じゃん。


「まず、あなた達人間と私たちエルフでは命の価値が違うの。高潔なエルフであるこの私と、低俗で薄汚いあなたみたいな人間とでは、あまりにも大きな壁がある。私たちエルフは特別なの。本来はあなたのような人間は話すことすらできない。分かるかしら?」


 得意げな顔でいきなり何を言い出すのかと思えば。


 そんなことは当たり前だ。目の前のエルフ達は、人間に比べてその個体数が少ない。彼らの歴史や文化、建築物に大きな価値があるように、エルフ達も絶滅してはならない大切な種族。人間一人あたりにとって、全人口からしてみれば必然的にエルフ1人あたりの方が価値は大きい。その点エルフは特別だ。


 ただ、それを盾にしてマウントを取ったりするのは違うけどね。人間が集まって自分たちの種を守ろうとするのと同じく、エルフ達も自らを守るために戦わなければならない。


 命の価値は違うが、それで差別するのはおかしな話。対等な立場で物事を進める必要がある。


「ご自分で仰っていることの意味を理解して下さい。私たちは対等な立場で契約を結んだ、にも関わらずあなたはエルフの命の価値を理由に一方的に反故にしようとしている」


 まるでただをこねる子供を相手にしている気分だ。気にいらなければ、目の前のメスブタのように顔を赤くして喚き散らす。自分勝手で、風紀を乱し、相手の事を配慮しない。


 折角見た目が麗しいエルフに生まれたのだから、高い金を払って良い教師をつければ、それはもう素晴らしい存在へと成れるはずなのに。

 真っ当に生きればそのような極端な思考には陥らないだろう。エルフは皆こうなのか?


「と、当然よっ。私たちは高貴で崇高なエルフ、お前達とは決定的な差があるのっ! 私とあなたとの契約なんて、あってないようなものよ! 馬鹿言わないで頂戴…っ!」


 こっちのセリフだわ!

 なんだよ契約なんてあってないようなものって! そんなパワーワード聞いたことねえわ!


 あーもう、どうしよ………。

 狩人の姿を少しだけ見るためだけに、イルシィも働かせて折角キノコ集めたのに。これじゃ何の成果も得られないし、アイツにも申し訳ねえじゃん。


「あー………」


「分かったのなら帰りなさい! お前達のような下等生物なんかに、神聖な私たちの聖域を汚させる訳にはいかないわ! 絶対に入らせないっ!」


 下等生物は言い過ぎやろ、そんな胸に刺さること言うなよ。人間が下等なんじゃなくてお前らの顔が綺麗すぎるだけだよ。心は汚えけどな!


「………考えを、曲げるつもりはなさそうですね。わかりました、帰ります。キノコを返してください」


 初めて見るメスブタの姿に驚きを隠せないのか、カウンターの後ろの壁に寄りかかっているレミナ? さんへキノコを返せと手を向けた。


 計画は失敗、僕のミスだ。こんなに揉めるとは思わなかった。エルフ達による人間嫌いを舐めていたな。自分でも楽天家では無いと思っていたが、想定の遥か上を抜けて行ったメスブタだった。その活きの良さには脱帽モノだ。


「あ、はい………どうぞ、」


「何を言ってるのかしら、人間っ!」


 しかししかし、まだまだこれからだとメスブタ。なんと受付のエルフからキノコの入った袋を奪い取り、そのまま彼女を突き飛ばしたではありませんか。

 お前ら同じエルフだろ、仲良くしたりしないのか? お友達なんじゃないの? 知らんけど。


「いたっ……!」


「だ、大丈夫ですかっ…!」


 背中が壁にぶつかり、そのままストンと床に倒れたエルフにイルシィが急いで駆け寄った。それにより、先程まで僕達へ敵意の視線を向けていた野次馬たちが一瞬だけたじろぐ。しかしその動揺も一瞬だけ。怒りをぶつけるようにイルシィを睨んだ。


「どういうつもりですか?」


 というかなんで受付のエルフを突き飛ばしたの? 彼女別に悪いことは何もしてないし、突き飛ばすならせめて僕にしてくれないかね。それとも、以前から気に食わなかったとかなの?


「あら、何か文句があるのかしら?」


 僕へは視線すら向けずに、袋の中のキノコをまじまじと見つめるメスブタ。全く感情の籠っていない、抜け殻のような言葉が僕に刺さった。


「契約の放棄にお互いが合意した。つまり元から無かったことになった。ならば、契約材料であったそのキノコはこちらに所有権が戻るはずです。返して下さい」


 何か文句があるのかしら? って、あるに決まってんだろ。頭どうかしてんのか。あ、どうかしてるんだったか、ごめん。分かりきってることだもんね、ごめんごめん。


「何言ってるの? これは、私たちが被ったあなた達からの迷惑に対する謝罪品として受け取ってあげる。これはもう、既に私のものよ。あなた達がどういう手段でとってきたのか知らないけど、絶対に返すことはないわ」


 〇ね! メスブタが!

 正直そう来るだろうなとは思ったけど、クソいらつくな! あと、貰うのはもういいからお前だけじゃなくて皆にもちゃんと分けてやれよ! 絶対お前1人で全部換金すんだろ!


「………では、せめて相場価格の半分だけでも貨幣として返してください」


「だから返すわけないでしょう? あなた達がどれだけ私たちに迷惑をかけたか、理解していないようね。本当はこんなキノコじゃ全然足りないのよ、なのに心優しい私はこれで我慢すると言っているの。泣いて喜ぶべきではなくて?」


 こんなキノコ、なんて言う割には1株のキノコを興味深そうにと見つめているね。野次馬のエルフなんて、「あれって伝説の……!?」なんて言ってるぞ。


「いい加減失せなさい、人間たち。これ以上業務の邪魔をするなら警吏を呼ぶわよ」


 もう完全に僕達への興味を失ったようだ。満足そうにキノコを見つめ、やがて白衣の内ポケットへキノコの袋をしまった。その顔には、にやけたような笑みが浮かんでいる。


「………失礼しました」


 普通、あんな高い価値があるものを見せれば狩人を1目くらい見せてくれるはずだろうに。普通というものは通じないのか、契約を反故にされキノコもぶんどられた。


 何か進展が得られると思ったのに、結局何もなしか。自分たちで探せってことかね。この里のエルフ達を守るために態々遠いところから来たってのに。


「首は痛くないですか? どこか痺れや倦怠感、打ち身も」


「あ、いえ………大丈夫、です。ありがとうございます、態々……」


 イルシィは倒れたエルフの傍でしゃがみこみ、心配そうに見つめている。見た目からあまり大きな怪我にはならないだろうと思っていたが、大丈夫そうだ。


 それより、受付のエルフはイルシィが駆け寄って心配してくれたことに驚いているようだった。ゆっくりと差し出された彼女の手を握って立ち上がる。そしてその手を、左手でそっと撫でた。


「もし何か異常を感じたら、休んでくださいね。巻き込むようなことをしてしまって、すみませんでした」


 イルシィは僕の隣に戻り、小さく彼女へ頭を下げた。困惑する彼女を尻目に、僕は診療所のドアに手をかける。一瞬だけ店内を見回した。


 軽蔑の色を宿した蔑視を向ける大勢のエルフ達と、その後ろで右手を見つめる受付服を纏った女エルフ。例の女医は、もういなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ