心配、それは友情。
すっかり意気消沈しながら閑散とした街を歩く。まあ詐欺にあったんだし、多少はね? そりゃ落ち込みもするよね? うん。
『貴方の事だから、ガツンと言ってやると思ったわ』
スズミの言葉を聞いて、先程のことを思い返した。
ガツンと、ねえ。エルフの人に色々言われてテンション(?)上がっちゃって何も言えなくなってしまった。とは言えあの高身長イケメンエルフに任せるしか無かっただろうし………。
仲介料銀貨3枚………くそぉ。向こうがバカ儲けじゃねーか。やっぱりエルフの連中は腹黒で心は醜い。顔は整ってるくせに!
『ま、別にいいんじゃない? 貴方ほどの実力があれば、あれくらい簡単に倒せるでしょう。先の戦い方も、私の力を使いこなせていなかったし。ボランティア、無償の愛ということにしておきましょう』
ボランティアねぇ。思わず溜息が漏れる。
あくまでお金稼ぎと身を守る為に狩った魔獣と動物たちだ。いくら人間だからいっても、お客として正当な評価と査定を受け、適切な金銭を受け取る資格がある。
それをフイにされたのだから、溜め息もつきたくなるものだ。
しかしまあ、簡単に倒せるというのはスズミの言う通りだ。さっきのはスズミの能力体験会ということで、サービスしといてやるかぁ。エルフにもエルフの事情があるんだろうし?
あ、許さないよ? 絶対許さないけどね?
『うふふ。貴方って本当に面白いわね』
そう、かな? なんか照れくさいけど。それって僕のギャグのセンスがいいってこと?
『ふふ、いいえ。貴方の思いや感情がダイレクトに伝わってきて、普段とのギャップに笑えるわ。さっきの悪口なんて、久々に声を出して笑ったもの』
どうやらスズミは中々満足してくれたらしい。良かった良かった。つまらない人間と思われるよりはマシだ。
数分ほど歩いて、宿屋が見えてきた。なにやらガヤガヤと騒がしい。窓から、誰かがワイワイ騒いでいるシルエットが見えた。
面倒に巻き込まれないようにしよう、と自身の体に隠密魔法を付与する。そして静かに入口のドアを開けた。
エルフの男たちが肩を組み合って歌っている。みんな笑顔で、楽しそうだ。この空気を邪魔しては悪いと、コソコソ静かに階段へ進み2階へ上がる。しかし、上の階に上がったからといって静かになる訳では無い。廊下は男たちの声が響いていた。
あ。そう言えばスズミ、人間の体として実体化しないの? 魔力が抑えられるなら、むしろ出てきて欲しいんだけど。
イルシィに見せて驚かせてやりたい。精霊が急に現れたらどんな反応するか見ものだ。いや、そもそも精霊か分からなくて単純に人攫いだ、とでも叫ばれるだろうか。
『そうね、そうするわ』
彼女がそう言った途端、僕の影がウヨウヨと蠢いた。先程よりも多めな魔力が身体中から吸い取られ、その影が力を持ったように立体に浮き上がる。やがて人の形に象られ、長く真っ黒な髪がチラッと見えた。
人の形をしたスズミの姿をじっと見ることはなく、ドアノッカーでコンコンと子気味良い音を響かせる。はーい、と言う声が扉越しに聞こえ、入っていいかなと判断しドアノブをギュッと握った。
さあいい声で鳴けよー。そう思いと共に後ろに控えていたスズミの腕を掴み彼女から先に部屋の中に入れた。女性の高い声が聞こえたのは、その後だった。
「ひ、ひぁぁぁあ!?」
期待通りの声!
そう思っていたのだが、聞こえてきた悲鳴は、部屋の中というよりかは僕の近くから聞こえた。慌ててドアを閉め鍵をかける。
部屋を見ると、目の前にはイルシィのギョッとした顔が映った。いきなりの悲鳴に驚いたのか、読んでいた本を落としてしまったらしい。
そしてスズミはといえば、僕の背の後ろに体を隠し袖をきゅっと握っていた。顔を伺えば、何やら目をキラキラさせながらも恐怖している様子。
やっぱりさっきの悲鳴はスズミかららしい。中々の音量で僕の耳がジリジリと痛む。急にどうしたのかな、もしかして知り合い?
「お、おかえりシルム………えと、後ろの方はどちら様かな?」
床に落ちた本を拾い上げ、表紙についたホコリを手で払うイルシィ。栞を本の中に挟み、僅かに困った顔をしながら口を開いた。
「ただいま、イルシィ。彼女は────」
「───わ、わ、わっ………すっごぉ」
スズミの紹介をしようとした所で、後ろに立っていた彼女がそんな声を出しながらさらに縮こまり顔を隠す。なにか怖いものを見ているかのような、恐れているような仕草。
いきなりの行動にイルシィも顔を引き攣らせながらも笑顔をキープする。本当にスズミ、急にどうした?
「えーっと……。わたしは、イルシィリア・シャルローゼっていうの。あなたは───」
「───きれい………っ!」
困惑するイルシィが簡潔に自己紹介をしたのを他所に、スズミは小さく独り言のようにそう言った。僕の耳は僅かに聞こえたが、イルシィもしっかりと聞き取ったらしい。
「え、えぇっ……!?」
驚きの声を上げるイルシィ。初対面の人に急に言われたんだから、そりゃビックリもするだろうけど、如何せんスズミは白い肌を真っ赤に染めて今にも泣きそうな勢いだ。
スズミは自己紹介出来なさそうだし、彼女の代わりにやってあげることにした。
「あー………彼女はストラズミラージ、影の精霊さんだよ。色々仲良くなって一緒に来てくれることになったんだ。スズミって呼んであげて」
「あ、うん分かった………えと、スズミ、さん?」
影の精霊って部分にも驚かず、ただスズミをじっと見つめるイルシィ。でもまあそっか、神様だもんね、精霊なんて見なれてるのかな。
「ひぅっ!」
ガン見され続けているスズミは、もはやキャラ崩壊していることもいとわず怯える声を上げた。
「わたしのことは気軽にイルシィって呼んでね、よろしくっ」
しかしそんなスズミの対応なんて気にしない、そう言いたげににへっと笑いながら手を差し出したイルシィ。
そんか彼女に対し、スズミは未だビクビクといった様子。差し出された手を握ることはなく、僕の服の裾を握る力がさらに強くなった。
というかお前さっきと違いすぎるだろ。
「よ、よろ…し、く……」
「ありゃりゃ………怖がられちゃったかなぁ」
そう言って視線を僕の方に向けて来たが、首を振って知らないと伝える。さっきまでは元気だったのに、イルシィを見て急にこんな調子だ。
「スズミ、急にどうしたの? もしかしてコイツを見てなんかやなことでも思い出したとか?」
「ちょっと!?」
まあ神様だしね。
オーラやらなんやらで嫌なものを思い出したかもしれない。だとしたらなんか申し訳ない。
「ね、ねえ少年……?」
おっかなびっくりと言った感じなスズミは、僕に小さく耳打ちする。耳元に冷たい空気があたり、驚いて体がビクッと跳ねた。そして、内容はと言えば。
ふむふむふむ、む? イルシィが綺麗すぎて直視出来ない?
………………。
…………は? え、んん?
なんだ、ボケたのか? ボケて笑いを取ろうとしたのか? の割には随分つまらないぞスズミ。
スズミの話す内容を疑いつつも、ありのままをそのままイルシィに伝える。
「なんか、イルシィが綺麗すぎて直視出来ないんだと。なんか知ってる?」
「え!? それホン───コホン。当たり前でしょ、神様なんだから。精霊はオーラみたいなのを気にするんだよ」
一瞬本気で喜んだ様な素ぶりの後、冷静に戻り自らと精霊のことについて分析するイルシィ。
彼女が言うことが本当なら、実際にイルシィが直視出来ないほど綺麗で美しい訳では無い? スズミのただの勘違いってこと? いや、寧ろそうであれ。
「つまり実際にイルシィが美人で可愛い訳では無いと?」
そう言ったら、バシッという音と共に脛を蹴られた。かなり痛い、ヒリヒリする。急に蹴るとかお前やばいなイルシィ。いや、やばいのは僕も一緒だけどっ。
「ち、ちがうっ。ホントに美しい顔………。こんな綺麗な人、初めて見たっ!」
どこか恍惚とした、うっとりとした表情を浮かべるスズミ。美術品を見つめるように顔を緩ませ、はぁと息を吐く。
「……………」
思わず言葉を失い、唖然とする。それはイルシィも同じなのか、照れるような恥ずかしいような、そんな顔をして僕を見やる。
ふむ………美しい顔、ねぇ。
もう何年も一緒にいたから、そんな感想はもう出ない、と思っていたけど。確かに綺麗な顔だ。顔は、綺麗。あと声も。
「こ、こほんっ! とりあえずシルム、持ってきたキノコを出して。わたしのはそこに置いてあるから」
指さした先には、机に敷かれたタオルとその上に載せられている沢山のキノコ。ざっと見ただけでも僕の持ってきた分の倍はあった。
「あぁ、うん。かなり沢山とってきたね」
色とりどりのキノコが丁寧に並べられている。空いたスペースに自分がとってきたキノコを並べ、ポケットに入っていた羊皮紙を取り出した。
「えー………あ、全部揃ってる。しかも数までピッタリだよ。傷も特には見られないし。明日の朝に療養所へ届けにいこう」
土も丁寧に拭かれて清潔だ。このまま提出しても文句は言われないはずだし、薬草も多過ぎるくらいとってきたから、依頼は達成したと見ていいだろう。
必要な分が全て揃ったことから、今から追加のキノコを取りに行くこともない。今日やるべき事は全て終わったので、着替えようと腰に下げた剣を壁に立てかけた。
「シルム、シルム」
「ん? 今から着替えるから後にして欲しいんだけど。というかなんでお前はもう着替えてるんだよ」
もしかしたらこれからキノコを追加で採りにいく可能性だってあったのに。
「まあまあまあ。それより、スズミさんは精霊なんだよね? 出会った時に襲われたりしてない?」
鋭いな。
「まあね。着替えながらでもいい?」
もしダメって言われても着替えるけど。
冒険者風な装備をササッと脱いでハンガーに掛け、パンイチになる。そして濡れたタオルで体中の汗を拭い、予め用意していた部屋着に袖を通した。
そしてハンガーに掛けた冒険者風装備へ向けて洗滌魔法を発動しゴミやチリを落とす。降ってきたゴミやチリは全て風魔法で窓の外へ。あくまでこの装備は借り物だから丁寧に扱って、この任務が終われば装備室に返却せねばならない。
「んで、なに?」
律儀に待ってくれていたイルシィに改めて向き合う。イルシィは扉の前で正座して顔を伏せたままのスズミを見ていた。
「影霊、なんだよね? スズミさん。やっぱり襲われた? 吸血鬼なら」
「鋭いね、イルシィ。木に生えたキノコをとろうとしたら襲われちゃってね。戦ってるうちに仲良くなっちゃって。紆余曲折あって僕の魂に住み着いた」
かなり端折っての説明だが、まあ大体あってるから問題ないな。イルシィならこれくらいでも理解してくれるだろう。
そして、例の左目を見せるために彼女に1歩近づき、指で優しくまぶたを広げる。
「ほら、見てよこれ」
「んんー?」
イルシィは僕の肩を掴んでぐっと引き寄せた。それにより、彼女の息がかかるほど顔と顔が近づく。髪の毛がフワッと跳ね、甘い香りが鼻腔をくすぐる。僕を見つめるその紫色の瞳に僕の顔が映った。その綺麗な瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
「目、どうしたの? 魔眼になっちゃってるけど。あ、もしかしてスズミさん?」
「あ、ああ。そうそう」
彼女の手を優しく払って1歩下がり、コホンと小さく咳払いを挟む。そして、目を潰された簡単な経緯と対応、そしてスズミの能力を伝えた。
「影を操る、なんて能力を貰ったんだけどあんまり使いこなせてないんだ。だから『冥竜』討伐には使わない方がいいかもしれない」
魔力消費も、決して多い訳では無いがどこか分からない・見えないところに何かしらの負担がかかるかもしれない。
「うーん、確かにまだ能力の詳細が分からないもんね。変なリスクは背負わない方がいいかもしれない」
それに、スズミ側の負荷も未知数だ。能力の使用回数やインターバル、何かしらの代償を求められるかもしれない。
「きみの場合は吸血鬼ってこともあって、大きすぎる魔力がかえって邪魔になってしまうかもしれない。吸血鬼としての力も含めてね」
吸血鬼は普通の人間や生物とは違う。魔力を喰ったり血を吸うこともある生物だ。魂の中に閉じ込められているとはいえ、スズミに何かしらの影響がでる恐れがある。影響がでてからでは遅いのだ。
「でも、わたしは思うの!」
ぐっと手を握り、目をキラキラさせながら期待の眼差しを向けるイルシィ。僕にとっては明るすぎる、眩しすぎる笑顔だ。
そして彼女は、未だドアの前で正座を続けるスズミの側まで駆け寄り、優しく手を差し出した。
「いつまでそこにいるの? スズミさん。こっちで一緒にしゃべろうよ」
にぱっと笑うイルシィ。その笑顔に見蕩れて思わず赤面するスズミは、その手をゆっくりと握った。勢いよく引っ張られ、「わわわっ」と声を上げるスズミ。
「わたしは、スズミさんの力とシルムの吸血鬼の力を組み合わせればもっと強力になると思うんだよねぇ!」
組み合わせる?
僕と同じように困惑して首を傾げるスズミに、イルシィは彼女の手を取ってブンブンと縦に振る。
「ただスズミさんの能力を使うんじゃなくて、吸血鬼の能力と並行して使うとか。工夫次第だと思うの!」
むーん、確かにその通りだけど。特に何かアイデアがある訳でもないし。お互いの能力についても完璧に理解できている訳でもないし。
「ま、一朝一夕で出来ることじゃないしね。まずはお互いのことを知ってから、だね」
イルシィはそう言ってスズミへニコッと笑顔を向けた。スズミはふいっと顔を逸らして僕へ縋るような目を送る。
「手を離してやってよ、イルシィ。スズミが困ってる」
「やーん、だってスズミさん可愛いんだもーんっ。髪の毛ツヤツヤだし!」
「え、えぇ………っ!」
ぷるぷると震えながら目をキュッと閉じるスズミ。さながらオオカミに襲われている仔犬だな。
「シルムみて! この黒髪!」
スズミの後ろに回り、綺麗で真っ直ぐな黒髪を手ぐしで梳くように撫でるイルシィ。くせ毛気味な銀髪を左側面だけ小さく結んだイルシィは、スズミとは対照的に、また美しい。
スズミの琥珀色の眼が、もう諦めたみたいに遠い目をする。その後ろでは、子供のようにはしゃいで細められた紫の眼が光った。




