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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
本編・暗躍する月の使徒
30/37

詐欺、それはカス。


「いったたたた………っ」


 真っ暗闇な精神世界の中。ストラズミラージさんがそろそろ起きる時間と言い、さよならを言った直後。真っ黒だった世界に閃光が煌めいた。光の爆発とも言うべきその明かりは、僕を現実の世界に引き摺り戻すと同時に意識を覚醒させた。


「頭、いったいな………」


 ズキズキする頭を擦りながら、地面に横たわっている体をゆっくりと起こす。黒い塊との戦いで流した真っ赤な血は、そんなものはなかったとばかりに綺麗になっていた。


 空は既に暗く、月の輝きが辺りを照らす。空気が澄み渡り、デウス島にいた時よりも綺麗に見えた。


「って、やばっ。イルシィとの集合時間とっくに遅れてる……っ」


 ガバッ、と急いで立ち上がる。その一瞬、立ちくらみが僕を襲った。顔を顰めながらも、膝をつき意識を身体中に集中させる。全身に魔力を渡らせ、無理やり力を増大させ再度立ち上がる。


 その時だった。木々の間から大きな2つの赤い瞳が僕を睨む。その巨体も、明るい光を反射していた。ブラッドバック、名前の通り血走った目をもつクマ型の魔獣だ。


 なるほど、ストラズミラージさんが言ってたのはこいつのことか。確かにブラッドバックは凶暴で肉食、それも空腹ときたもんだ。脅威度はかなり高いことが伺える。


 ──────グガァア!


 大声を上げて突進する黒い光。剣を構え魔力を注ぎ、吸血鬼の能力を付与する。そしてそのまま、横一閃。


 ──────グギャァア!?


 狙ったのは、眉間。

 剣先によって両眼を叩き斬られ、目を潰され視力を失ったブラッドバックは混乱しその場で暴れ回る。しかし、既に光は失われている。その最後の抵抗が僕に当たるわけが無い。


 うんうん、わかるわかるよその痛み。さっき僕も同じ痛みを味わったんだから。いきなり光を失うことは、魔獣とはいえ怖いよね。


 さて、と。

 動きを封じたあとは、例のお試しタイムだ。


「えー、《暗闇を司りし影霊よ、敵を穿て》っ」


 ストラズミラージさんを呼び起こし、地面から無骨で飾り気のない大槍が伸びブラッドバックを穿くイメージを魔力を介して伝える。その瞬間、心の奥底から莫大なエネルギーが溢れたのを感じた。


『そう、その調子よ』


「……っ!?」


 頭の中へ直接、優しい声が聞こえる。体から魔力が吸い取られる感覚と同時に、ブラッドバックが大木の様な槍に穿かれた。


 断末魔を上げながら、槍に串ざされながらもジタバタと暴れるブラッドバック。しかしその槍の威力は凄まじいのか、ものの数秒で全身の力が抜け静かになった。


「すっげー………」


 あまりの衝撃に、そんな平凡な感想しか出てこなかった。そして、自分が同じように串刺しにされるところを想像して小さく震える。


「っと、今度はイノシシか…」


 槍を影の中に戻し、ブラッドバックをどうにかしようとしたところで、今度はイノシシの気配がした。それも2匹、腹を空かせてこちらを眺めている。


 まあ大きな音がしたしね。

 そりゃあ来ちゃうよね、うん。来るんなら早くきて、ほらはやく!


 そんな願いが通じたのか。

 鼻息を荒らげながら突進するイノシシ。これがいわゆる猪突猛進。


「《暗闇を司りし影霊よ、縛り上げろ》っ!」


 先程より早口でストラズミラージさんへ声を伝える。影から伸びた3本のツタが、突進するイノシシに向かって進む。そのまま右前足に絡み付き、音を立てて倒れた。残り2本のツタも体中へまとわりつき、イノシシを締め上げて宙ずりにさせた。


 発動速度は悪くない。というかむしろ、良すぎると言える程だ。通常の魔法や魔術で今の技を再現しようとすれば、大規模な魔法陣をいくつも展開しなければならない。魔法展開が、どちらかと言えば苦手な僕からしたら、本当にストラズミラージさんは幸運だった。


 精霊に対してはあまりいいイメージは持っていなかったけれど、これを機に考えを改めなくては。

 そう思いつつも、2体目のイノシシに向き合った。


「《影よ》!」


『ちょっと! 略さないでちょうだいっ!』


 しかし、いくらストラズミラージさんの力が強かろうと、《暗闇を司りし影霊よ、》というのは長すぎる。要は言葉に魔力を乗せて僕の魂に住むストラズミラージさんに伝わればいいのだから、名前を呼ぶでももっと略してもいいはずだ。


 そう考え、思い切ってバッサリとカットした詠唱文を唱える。《影よ》の部分でストラズミラージさんを呼び、同時にその《影よ》の中に簡単なイメージを持たせた魔力を込める。

 こうすれば、あらビックリ。たった3語で意思疎通が出来るのだ。当の本人はご立腹の様子だが。


 しかし影のツタはしっかりと思い通りに動いている。今回指定したのは、先ほどの吊り上げとは真逆のこと。ツタで体に巻き付き、そのまま地面に引っ張り付ける。こうすれば、何もせずともやがて窒息死して流血を防いで倒すことが出来る。もちろん、その分時間はかかる。


 中々すごいですね、ストラズミラージさん。流石です。


『えぇ、ありがとう。でも略すのはやめて───』


 ───さーてと。

 イノシシ2匹も捕まえられたことだし、帰りますかなっと。時間はとっくに7時を回っているし、イルシィを待たせてるしな。出来るだけ早く帰らなければ。


『………もういいわよ、好きに呼んで』


 いいんですか?それじゃあ、ん〜…………と、スズミさん、で。よろしくお願いしますね。


『はいはい。もう敬語もいらないわ。どうせ何時かやめるんだから、今の方がいいでしょう』


 おー素晴らしい、これが友達作りってやつですよ皆さん。敬語いらないよ、というのは『あなたとは対等な立場でいたい』という意思表示。詳しく知らないです。

 因みに僕は、敬語やめていいって言われたら馴れ馴れしくなるタイプです。友達だもんね、許されるよね、うん。


 そして、ストラズミラージ略してスズミ。ちなみにイントネーションはスズミ(↘ ↘ ↗)ではなくスズミ(↗ ↗ ↘)だ。ここ大切だから間違えないように。


『でも、スズミね………』


 ストラズミラージ、から一転随分女の子らしい名前になったなあ。まあ、この方の性別なんて知らないんだけど。というか精霊に性別とかあるのか?


『あるわよ! メ───じょ、女性よ! 失礼ね、まったくっ』


 あははっ。

 しかし性別あるんだなあ。じゃあもし人間の姿に実体化するってことは、女性的な見た目で実体化するってこと?


『そう。私の知り合いの姿を借りるのよ』


 知り合い? でもその姿が実在する人物なら、後々面倒なことにならない? 例えば、犯罪やトラブルに巻き込まれたときとかさ。それに、その女性側も……。


『いえ。知り合いと言っても、彼女はもう数十年前に亡くなっているわ。それに彼女、私と親友でね。姿を借りるのも二つ返事で快諾してくれたわ』


 ほーん。

 まあ問題ないならなんでもいいや。取り敢えずクマとイノシシ2匹を影の中に入れるよ。触れてればいいんだよね?


 このような死んだ野生動物は持ち帰るのが望ましいとされている。理由は幾つかあるが、中でも大きいのが死臭に釣られて他の動物やモンスター、魔物が寄ってくるからだ。それを防ぐ為にも、冒険者ギルドや狩猟ギルドでは動物の死体を買い取ってくれる。それも意外と高く。


『ええ、そうよ。貴方が触れている物だったら影の中にしまえるわ』


 ふんふん、因みにその容量は? それから、生きた動物や人間はしまえる?


『容量は、そうね………あまり大きい物を沢山は入れられないけど、小さいものなら結構入るわ。けど貴方、異空間収納(ストレージ)魔法も使えるのでしょう?』


 ストレージ魔法はあまり多用しないようにしてるんだよ。いざって時に魔力が足りなくなるのはいやだし、突然荷物がバババッて降りてきたら困るから。


『そう………あ、動物に関してだけど。動く生物は入れられないわ。眠っている人間や死体なら問題ない。けど、あまり入らないから要注意ね』


 ん、りょーかい。

 ならとりあえずこの3匹を回収しようかね。ホイホイっと血抜き処理をして、と。


「《影よ》」


 取り敢えず最初にブラッドバックからだ。毛皮に触れながら魔力を少量だけ送り、スズミに回収を頼む。しかし、先程と違い一瞬の抵抗があった。


『うわ、くっさ! 何よコレ!』


 何とか渋々、といった様子でブラッドバックが影に包まれ地面に飲み込まれて行ったが、その後に大声での文句が聞こえた。

 しかし匂いもわかるものなのか、じゃああまりに臭いもの入れれないな。


『そう、入れちゃダメよ! というか入れさせないから!』


 いや我慢してよ。長い間森に住んでたんなら匂いなんて慣れっこでしょう。そんなお姫様じゃあるまいし。


『慣れてるには慣れてるけど、イヤなのは変わりないわよ! あぁもう、ホントにばっちい』


◆❖◇◇❖◆


 例の3匹はどうするのかを移動しながら考えていたが、結局狩猟ギルドに持っていくことにした。


 既に日が落ちて街中は松明の灯りで照らされている。こんな時間に行っても開いてないんじゃないかと思わないでもないが、そこは狩猟ギルドクオリティ。狩猟が深夜に行われることもあることから、夜中でも元気なままだ。何なら受付や鑑定員は夜の方が多いまである。


「よ、いしょ〜………っ」


 いきなり影の中からそこそこ大きい動物が現れたら騒ぎになると思い、森を出る直前に影から出してロープでくくり付け、引き摺りながら街に戻る。


 スズミは悪臭の原因が無くなったと満足げだが、僕からしてみればこれは中々重労働だ。単純に考えて人間4人分。

 台車か何かを借りてこれば良かったかな、なんて思っても後の祭りだ。仕方なく、薄暗い町中をのしのしと歩き続けた。


「失礼、しまーす……」


 狩猟ギルドの建物の入口に立ったところで、その大きな木製の扉を空け、中の様子を伺う。特に変わったところはない、普通の狩猟ギルドだ。中にいる全員がエルフであること以外。


「人間、ですか。こんな所になんの用です? あなたはここにいるべき存在ではありません、回れ右をして消えて下さい」


 僕のことが目に付いた瞬間、1番近い位置の受付に座っていたエルフは、様々な感情を宿していた瞳から色という色が消えてなくなった。氷のような冷たい印象を与える表情。怒りでも同情でもなく、感情を失った事務的な口調だった。


 うわーお、こりゃ中々。

 今朝の療養所もそうだが、この里の受付嬢は厳しいエルフが多いな。もう少し優しい対応を、してくれませんかね?


 表情を変えない僕に、今度を腹を立てたのか怒りを宿した目で言った。


「邪魔です、人間。はやく消えてください。聞こえないんですか?」


「いえ、あの………動物の鑑定と買取をお願いしたいんですけど………」


 こわい、こわいよ。あまりの怖さにしどろもどろになりながら要件を伝える。しかしエルフは、呆れたような顔で僕の顔を見た。


「何を勘違いされたのかは分かりませんが、この施設は、エルフ、専用の、狩猟ギルド、です。この意味がわかりますか、人間」


 なぬ? エルフ専用だと?

 いやしかし、そんな表記は看板にも入口の掲示板にもなかったぞ。そんなはずは、


「エルフ、専用………?」


 口から漏れたその言葉が耳に届いたのか、勝ち誇った顔でエルフは声を荒らげた。


「そう、エルフ専用っ。つまりあなたは、ここにいる資格のない存在です。本来なら警備隊に突き出してやりたいところですが、私の器量に免じて見逃してあげますよ。ですから早く失せなさい……っ!」


 つまり、暗黙の了解というもの? ならばそうと教えてくれればいいのに。だから僕みたいな間違える人がいるんだよ。頼むからそう書いといてくれ。


「まあまあ、レンちゃん。そんなキツいこと言わなくてもいいじゃないか」


 若干しょぼくれてる時に、隣から男の声が聞こえた。双剣を腰に下げ、見るからに高そうな装備をまとうエルフだ。うわめっちゃイケメーン……しかもせぇ高ぇよな。おい、見下ろすんじゃねえ、おい。


 高身長イケメンエルフは、受付嬢と一言二言交わすと僕の目の前にやってきた。うわ、なんかいい匂いするんですけど、え? イケメンって汗の匂いもバラの香りってこと? え、そんなことあるぅ?


 あまりの不平等さに内心舌打ちする。改めてエルフの顔を見上げれば、爽やかそうな笑顔を浮かべていた。すごい綺麗なスマイルだね。


「どうかな? 人間くん」


「……ん?」


 ん、んん?

 やべ、なんも聞いとらんかった。

 やべやべ、いまなんつった?ごめんなさいもう1回言ったくださる? あたしったらごめんなさいね。


 ふんふん、なるほどなるほど。

 目の前の高身長イケメンエルフは、僕の代わりに引き摺ってる3匹の動物を受付に渡してくれるそうだ。それで、そのお金を僕に返してくれるそう。怪しい匂いしかしないけど、僕は迷わず「わかりました、お願いします」といってロープを渡した。


 そのロープを受けとる時も、「信用してくれてありがとう」とエルフは言った。いや、信用している訳ではなく選択肢が無かったからですよ、とは言わないでおく。そこはイケメーンに免じて許してやるよ。オラッ、もってけどろぼー。


 高身長イケメンエルフはロープをもってそのレンさんの前に。レンさんは席をたち虫眼鏡とメモ帳を持って動物の横に移動した。


 おぉ、綺麗なおみ足だこと。エルフの女性はみんなスレンダーな体型で、頭が小さく全身スラッとしている。ロングソックスとミニスカートの間の絶対領域。くっ、眩しく前が見えないっ!


「えー………血抜きと後処理が甘いですね。それから傷口の状態も悪く、全体的に低品質です。オマケに土や泥で汚れている。食用の部分にも傷が入っており、全く食べられなくなっていますねぇ」


 は?

 おいおい、まじか。査定だけはちゃんとしてると信じてたのに。そこまでデタラメな査定あるか?


「…………っ」


 いや、声には出さないですけどね? だって怖いじゃん、みんな。睨まれたら今度こそ涙目になりそう。絶対に口は開かないよ?


「こちらのブラッドバックも酷い状態ですね。まるで素人が見よう見まねで作業した物のようです。これでは、買取なんてとても出来ませんねぇ」


 このクソアマが、〇ね!

 どう見てもキチンとやってあるだろうが! どこ見てんだくそエルフが! この作業普通に時間かけて丁寧にやったんだぞ! 傷口の状態だって!? 態々魔力で固めて見栄えよくしてやったじゃねぇか! 汚れが気になるだ? 水で洗えば10秒で終わりだろうが! 全く食べれないだと!? イノシシの全身に魔力を通して殺菌済みだわ! なんなら寄生虫も全部駆除した後だわ! ちゃんと見ろやゴミが! てめぇこそ仕事してねぇじゃねえかクソ野郎が! それが客に対する態度かよクソが! カスエルフが! お前らお友達と仲良くションベンしてろやゴミムシがよ! 〇ね!


 おほん、失礼。


「これでは、3匹とも買取料をお渡しすることは出来かねます。討伐手当のみの支払いになるますがよろしいでしょうか?」


 あ、ちょっ───


「はい、お願いします」


 ちょぉぉぉお!!

 何してくれちゃってんの!? いいわけないだろ! 買取料なしだって!? 買取Aランクもらえるはずなのに!


「ではこちらを、ブラッドバック1匹にイノシシ2匹。合わせて銀貨5枚でございます」


 え、やす。え?

 ちょ、ちょっとま───


「───どうぞ、少年くん。あ、仲介料として銀貨3枚、頂くね」


「は、はぃ………ありがと、ご、ざいましたぁ………」


 仲介料で銀貨3枚?

 あれ、僕の手元には銀貨2枚しかないよ? あれ、あれあれ? 銀貨5枚の内3枚取られた、だって? 何パーセント持ってかれたんだ? ん?


『………まあ、そんなこともあるわよ』


 …………。

 ……帰るか、うん。

 はやく帰ろう、もう寝たい。


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