狩りは危険だね
翌日。早速レミアに聞きに行ったところ、彼女は懇切丁寧に説明してくれた。
曰く、地下迷宮とは数百年前に実在した魔王の魔力によって生成されたもののようだ。
内部は魔力が高濃度で充満しており、迷い込んだ動物や猛獣が魔力に毒されて魔物になっているようだ。
地下迷宮内の所々で、魔力を含んだ魔導具や魔金属が転がって居る為、一攫千金を目指した冒険者や傭兵が大富豪を目指さんと挑戦している。
更に、迷宮内の最深部にはボスと呼ばれる進化種がおり、倒すと国宝級の魔導具や魔晶石が宝箱として現れるらしい。
夢があるね、地下迷宮。
まあでも、その前に狩猟だ。
一攫千金を目指して危険なリスクを犯すのも悪くないが、僕にはまだ早いと思うし。強くなってから挑戦しよう。
「遅れてすいません、オーガさん」
「おうシルム、やっと来たな」
村の入口でオーガさんは待っていた。手にはいつもの弓を持ち、沢山の矢が入った矢筒を背負っている。
そして僕も、オーガさんがプレゼントしてくれた子供用の弓と小さめの矢を握っている。
「今日は初めての狩猟だな。まずは危険がない草食動物から行く」
この地域に生息している草食動物と言ったら、鹿やウサギ、そして鳥類だろうか。
「危なくないスポットを選ぶつもりだが、野生の獣が出た時なんかは急いで逃げるからな。いつでも気を抜くなよ」
はいっ。と大きく返事をした。オーガさんも、よしと頷くと僕に1本のナイフを渡してきた。
「解体用のナイフだ。血抜きと皮剥、内蔵処理は自分でやって貰うからな」
「やった事ないんですけど……」
本で見て一通りの手順は覚えたが、実際に動物と対面してナイフを翳したことなどない。
「安心しな、丁寧に教えてやるよ」
弓矢の扱いを、ギュッと引いてバッと離す、としか教えられなかった人が何を言うか。
そう文句を言おうとしたが、やっぱりやめておいた。信頼関係を損ねる可能性を危惧した為に。
「この道沿いは比較的大人しくて臆病な動物が多いんだ。熊や猪なんかの野生動物は、火を恐れるからな。村には滅多に来ない」
道すがら、オーガさんは色々なことを教えてくれる。説明が擬音だらけで意味が分からないこの人だが、狩りの知識と弓の腕前は確かなのだ。
「ああそれと、魔法は絶対使うなよ。魔物が呼び寄せられるからな」
「そうなんですか?」
知らなかった。
「そうさ。だから魔導具なんかも本当は良くねえ。まあ、電杓くらいなら大丈夫だけどな」
電杓とは、前腕程の長さの棒の先を魔晶石によって光るせる魔導具だ。地下迷宮で発掘されたものを人工的に再現したものであり、夜間の外出時や洞窟内の探検にて使用される。
この光る魔晶石は、別名光石とも呼ばれ一般家庭にも1つ2つ置かれている。炎よりも優しい光が特徴で、暗い室内を明るく照らす、主婦の味方。
「───いたぞ」
中腰になり、道端へ移動したオーガさん。僕も急いでかがみ、彼の側まで移動する。
「あそこに鹿がいる。水を飲んでるみたいだな、見えるか?」
指を指す方向をじーっと見つめると、そこには水溜まりの水を飲む鹿が1匹いた。まだこちらに気付いている様子はない。
「よし、移動を始める前に仕留めるぞ。鹿の弱点はどこだ?」
「心臓と脊椎です。腹へ射ってはいけません」
腹へ射っていけない理由は簡単。胃袋や腸があるからだ。それらが破れてしまうと肉がめちゃくちゃ臭くなる。食べられなくはないが、めっちゃ臭くなる。
「よし、正解だ。ゆっくり近づけ、そして気配を殺し、息を止めろ。いける、と思えば撃て。狩猟は直感が大切だ」
「はい……」
弓を構え、矢を番える。そして足を音を立てないようゆっくりと歩みだす。 落ち葉を踏まないように、木々に当たらないように、樹葉に触れないように。
鹿まで40メートルを切った。
弓を持つ右手を引く。弦が張る心地よい音が耳に伝わる。左目を瞑り、深く集中。狙いを定め、はやる心を落ち着かせる。
カサっ。
後ろから音がした。落ち葉に何か落ちたような音。僕の後ろには、オーガさんしかいないはず。
鹿が振り返る。
───目が合った。
身の危険を感じたのか、鹿は走り出すため身体をかがめる。逃げられる! そんな直感が働いた。
まずい、動き出されたら仕留められない。こんなチャンスを逃すのはいやだ。
動かないでくれ。なんて叶わない願いは捨てる。冷静に、左手を若干横にずらす。
右手をパッと離す。
射られた矢は音も立てずに飛翔する。矢が射られたのと、鹿が走り始めたのは同時だった。
ガシュッ。そんな音を立てて、矢は鹿に命中した。首の骨、脊椎に矢は刺さっており、鹿は倒れた。
ホッと息を吐き、肩をなでおろした。思わぬハプニングがあったが、初狩猟は成功だ。上手くいったと言って差し支えないだろう。
倒れた鹿の元へ向かう。出血はあまりないようだ。倒れた原因は失血ではなく、脊椎を損傷したことによるものらしい。
解体用のナイフを手に取り、首元の頸動脈を切断した。ムワッと動物臭い匂いが溢れかえり、思わず顔を顰めた。
血が出なくなるのを確認すると、縄で手足を縛り近くの折った枝に括り付ける。そしてそれを、オーガさんに突き付ける。
彼は、申し訳なさそうな顔をしながら、それをそっと受け取った。まあ、今回のことはこれで許してやろう。
帰路に着いたところで、偶然木の枝に止まっている鳥を2匹見つけた。
両方取りたいと思うのは傲慢だろうか。しかし僕は、2匹とも取りたくなった。
矢を右手に1本持った状態で、弓を構える。早打ちの構えだ。やったことは数回、戯れにやってみただけだが、どうだろうか。
指を離す。命中した。すぐ2本目。こちらも、問題なく命中した。両方とも頭蓋を貫かれている。
ささ、急いで血抜きと腸抜きをすませてしまおう。オーガさんも、もちろん協力してくれるはずだ。
もう許しただろうって? いやいやいや、方便という言葉を知らないのかい?
◆❖◇◇❖◆
「お前の息子はすげぇな! ガムレッド!」
オーガさんは、村に戻ってくるなりお父さんを見つけて肩を組んだ。お父さんは暑苦しそうにしているが、彼はいつも僕にそれをやっているのだ。少しはその苦しみ、味わえばいいと思う。
「なんだよ、なんかあったのか? ってかその鹿を早く持っていけよ」
全く同感だ。いくら血抜きしたとはいえ生物であり新鮮なもの。内蔵処理やらをしなければ、鹿に失礼である。
「だはははっ! それもその通りだ! じゃあ夜にな!」
夜に我が家を尋ねてくるつもりらしい。お父さんに僕の自慢がしたいからか、それとも今日取った肉を味わいたいからか。さてどっちだろうか。
日が暮れた。お母さんと一緒に作った鹿肉のステーキとキジのローストをテーブルに運ぶ。
大男2人は、お酒を飲みながら大声で話し込んでいたが、料理を見た瞬間、まるで子供のように目を輝かせてナイフとフォークを握った。
お父さんは兎も角、やっぱりオーガさんも料理目的だったんだね。
「こいつらはお前が取ってきたみてぇじゃねえか、シルム!」
「ま、まあね」
謙遜はしない。だって僕が取ってきたんだもん。僕が仕留めたんだもん。僕の成果を褒められて、悪い気はしない。
「よくやったぞシルム! 処理も完璧だったみたいだし、早速頂こう!」
父の言葉を受け、両手を合わせて動物たちに感謝すると、小さく切られたステーキを口に放り込んだ。
うんめぇぇぇえ!!
オーガさんの罪を暴露しようとしたが、そんなことはとっくに僕の頭から抜け落ちた。




