新種、それは奇妙。
◆❖◇◇❖◆
さて。宿屋に戻り装備を身につけ、近くの森にやって来た。キノコ狩り用の袋とスコップもちゃんと持っている。いざという場合や緊急時なんかに役立つかと思い持ってきたんだけど、なんとキノコ狩り本来の役割を果たしてくれるとは思わなかった。
「キノコ狩り、楽しみだなあ!」
「んね。食べれるキノコとか沢山採れるかも」
クラリネルツィアから頼まれた薬草と漢方薬の材料の採取だが、初めての採取作業ということもあり2人ともワクワクしていた。特に気になるのがキノコ狩り。食べれるキノコが採れるのでは? と楽しみにしていた。
キノコ大好き。
前にイルシィが作ってくれたキノコシチューが好きだ。濃厚なクリームシチューに肉厚でジューシーなキノコ。奇跡的相性ってやつだろう。
ウキウキ気分の中、森の中に入る。よく見ると、人が踏み入った跡があった。それも複数人で何回も。しかし道という程ではなく、草木で覆われていた。
「薬草は沢山見つかるね。指定された分なら、すぐに全部集められるかも」
イルシィは腰を下ろし、たくさん自生している薬草を1本ずつ丁寧に引っこ抜く。根につく土を綺麗に払い、腰に下げた袋に入れた。
ざっと見ただけでも、10本くらいは生えている。指定された分は50本、たしかにすぐ見つかるだろう。
薬草といえば、その字が示すように魔力を含んだ薬となる草だ。食うもよし塗るもよし煎じるもよし。ポーションの材料にもなる。この薬草より更に魔力が含まれている草は、より強力なハイポーションやマジックポーションの原料になる。
僕は直接口にしたことは無いから何とも言えないが、かなり苦いらしい。綺麗に洗って殺菌すれば生のまま食べられるし、日持ちもする。
今度イルシィに食べさせてやろう。それで意外とイけるのなら、僕も食べてみる。何事にも味見は大事だよね、うん。毒味じゃないよ、味見だよ。
「よい、しょっ………と」
粗方採り終えたところで、ババ臭く腰を上げるイルシィ。気のせいだろうか、先程見たときよりも顔がゲンナリしていた。まさかこれだけで飽きたとか言わないよな?
「あぁ………ねえシルムー」
「なに? ここら辺にキノコは無いみたいだからもっと奥に進むよ」
「わたしさー………もう疲れちゃったぁ」
………はぁ。思わずため息が漏れる。コイツの顔見てみてよ、ババアみたいな顔してる。
まぁ、そんなところだろうと思ったけど。外面が良くても面倒くさがりで、嫌なことは僕にやらせてきたこいつの事だから。なんなら最初から着いてこないとまで思っていた。
「さっきはあれほどやる気あったのに」
「いやだってさぁ………なんかここ薄気味悪いし、虫とかでそうなんだもん。わたし虫嫌いだし」
「そう言えば陽の光が好きだったね、イルシィ。でも虫なんてそこら中にいるよ。ほら、あの葉っぱ見て」
指差した先にある葉っぱの上には、トゲトゲを沢山もつ毛虫が。イルシィはその虫の存在に気が付くと、ひっ! という声を上げて目を閉じ後退る。5メートルくらい先なのに怖いんだなぁ。
「もぉー! なんでそんな事言うの! あんなに離れてるなら別に言わなくていいのにっ!」
怒りの表情を微かに浮かべながら手を振り回して抗議する彼女。
「ホントに虫嫌いなのか疑ってたけど、ホントみたいだね」
「だからそう言ってるでしょうが! 今度そんなこと言ったら蹴るからね!」
「そんなこと? あぁ、肩にデカいバッタが乗ってること?」
いやぁぁぁあ!!
そんな大きい声が響き渡った。おおよそ顔の可愛さからは想像出来ない汚い声だ。バッタを振り払おうとして、ツタに躓いて転んだ。彼女の背中に、バッタが3匹止まった。その光景に、思わずぷっと吹き出す。
「う、うぅ………いたいよぉ…」
涙目になりながら、地面に手を着いて立ち上がる。残念ながら、バッタは飛んでいってしまった。彼女は服に着いた土をパッパと手で落とし、キッと僕を睨みつけた。
「さっき、笑ったでしょ!」
「笑ってないって」
「ううん! 絶対笑った! だって聞こえたんだもん! ぷって!」
どうせ空耳でしょ? そう軽くあしらい奥へと進む。イルシィはまだ言いたいことがあるのかギャーギャー言っているが、無視無視。いつものことだ。
「はいはい、もう行くよ」
◆❖◇◇❖◆
「キノコ、全然見つからないね」
キノコ狩りを始めて2時間ほど経ったが、一株も集まらない。一応地面に意識を向けて集中して探していたため、見落としはないなずだ。
「んー。魔法が使えないのがいたいねぇ……」
そう、魔法が使えないのだ。この森は精霊の影響で魔力に溢れ返っており、下手に魔法を行使すると魔力が暴走する可能性があり、ごく稀に【厄災】が起こる。それは魔物やモンスターの大侵攻・大発生、大きな魔力爆発など。今回の冥竜も【厄災】のひとつだ。
これ以上何かしらの被害を出さないためにも、そして可能性を少しでも下げるために魔法は出来るだけ行使しないつもりでいた。
「まさかこんなにも見つけられないとは……」
恐るべし、キノコ狩り。
少し前のいちご狩りなら、楽しんで過ごせたのに。もっとポンポン採れるものだと思っていた。
自然に包まれ、木々に囲まれているこの深い森の中では、視界がとても狭い。暗視魔法も使えない以上、魔物や精霊にも気を配りながら慎重に進む必要があった。
足元には、僅かながらに残る足跡。数年以上前のものだが、僕の目にはしっかりと届いていた。やはり嵌められていたな、僕たちは。そんな気はしていたが。
「うーん………っ」
唸るように首を傾げる。
数時間ほど歩いて1株も集まらないこのペースを考えると、ダラダラやると冗談抜きで1週間ほど掛かってしまいそうだ。
仕方ない、と腹を括る。
「イルシィ、二手に分かれよう。そして捜索魔法に対精霊魔法を重ね掛けして精霊を欺く」
「あ、うん…………って、あれ? 対精霊魔法、完成してたの?」
対精霊魔法、僕が過去に使われていた魔法陣と精霊魔法を組み合わせてつくった魔法だ。形はできたものの未だ試験運用状態で、これから細かいところを詰めていく予定だった。しかし、もうそんなことは言っていられない。
「ううん、完成はしてない。けど形はできてる」
そう言ってイルシィに手渡したのは、細かい魔法陣が描き込まれた羊皮紙。そして赤子のこぶしほどの大きさの魔石。
「紙に描いてあるのが魔法陣。剣に付与したら精霊に刃が通るようになる。魔石の方は精霊爆石、精霊が嫌がる音と光を発するようになってるから、いざって時に使って」
精霊とは、大自然が生み出した意味を持つ魔力の集まりだ。意味を持つ、というのは様々な属性・性質を含む、という意味で、精霊一体一体に意志が宿る。魔力によって成り立っているため通常肉体的な制約を持たず、超自然的な存在。そのため体や剣が当たるはずもなく、しかしその逆の精霊による攻撃は当たるという、反則的な種族。
普段は温厚で穏やかな種族だが、縄張り意識や仲間意識も強く戦闘力も高い。ただ、普通の動物や魔物・モンスターと違い意志を持つため個人差が大きく特性、特色も異なる。
信仰の対象になることもしばしばあるが、目に見えない存在であり魔法が使える(魔力を扱える)者ですら触れず、生息域が深い森奥なこともあり伝説的な種族となった。
「この対精霊魔法で精霊を欺くってどうやるの? 忌避領域とか?」
「そう、さっきも言った精霊が嫌がる音と光、あと匂いもね。それらを発生させて近寄れないようにするんだ」
早速、腰を落として左手を地面に付ける。先に捜索魔法の魔法陣を展開し、その上に例の対精霊魔法陣を重ね掛け。いわゆるダブルレイニングという展開方法だ。
2つの魔法陣に魔力を注入し発動させると、先に上に載っかる対精霊魔法が発動し、その次に下の捜索魔法が正常に発動された。
これで精霊はこの付近には近寄れないはずだ。設定範囲は半径5キロ。時間はおよそ1時間と言ったところ。
「よし、できた。イルシィに捜索魔法を共有した。反応がおこるのはエルフから受け取った紙にあったドケクシダケ、カンロダケ、クレナイダケ、カエルモドキ、二セグロキノコの半径5メートルに入った時。先の5つが僅かに魔力を放つようになったから、すぐ分かると思う」
「うん。1時間くらいたったら、同じように展開すればいいんだよね?」
「そう。一旦夜になったら宿屋に戻ろう、その後に足りないキノコを集める。今日中に全て集めておきたいからね」
大まかな予定を手早く決め、イルシィが走った反対方向にむけ足を進める。獣道、なんて生易しいものではなく、本当に人が踏み入ったことがないようなところだ。人の足跡が先程の場所まで続いていたことから、そこら一帯は全て取り尽くされていると判断し、取り敢えず場所を移す。
っと、早速ひとつ見つけた。これはクレナイダケか、真っ赤で大きなキノコだ。皮膚の病や怪我に効く、治療用のもの。クレナイダケより一回り小さいベニキノコも皮膚治療用だが、効能が薄い。その分お安いのだが。
お、また近くに反応が2つも。えー………カエルモドキか。大ガエルに似た歪な傘を持つキノコだ。香辛料として使うキノコだが、かなり価値が高い。2個も見つかるなんてラッキーだ。
およ、隣にダイオウキキノコが。食べると美味しいキノコだ。エルフには依頼されていないが、お腹が空いているのでとっておこう。今夜はキノコ料理だな。
数十分程だろうか。キノコは合計8つも集まった。やはり魔法は偉大なり。その凄さヤバさに感動しながら木々の間を走り抜ける。その姿は野生動物さながらで、枝を掴み飛び跳ね岩を飛び越えまた枝を掴み。アクロバティックな動作で深い森の中をぐんぐん進んでいく。あ、もう一本みっけ。
さて、次は………っと。おお、木にくっついて自生してるみたいだ。しかも随分と高いところに。見た感じ登れそうだが、どうしようか。………いや、はやく登ろう、そうしよう。
「よい、しょ………っと」
脚に魔力を練り込み、大きな垂直跳びをかます。手頃な枝にヒョイっとぶら下がり、左手一本で数本のキノコを採取する。意外と高いなぁ……下は見ないようにしよっと。
「よし。これと、これと……あとこれもか」
キノコの吸着力は強いらしく中々採れない。グッと力を入れて引っ張らなければならない。右手で掴む枝をギュッと握りしめたところで……、
───ピキッ
枝から嫌な音が響いた。
───パキパキパキッ
やばいやばいやばい。
おちちゃうおちちゃう。
7メートルもあるのに、落下したら大きな音がでてしまう。変な動物が音に呼び寄せられて集まってこられては堪らない。
───バキッ
……………。
あ、やばっ。
───ババババッ
……………。
お、落ちてるおちてる、やばいっ、いたいのはいやだっ。だれか、だれかきてくれっ……!
───。
……………。
………ん?
あれ、ん? なんだ?
いたくないぞ? ん? というか、え? なんだ、地面が。あれ、浮いてる……?
恐る恐る目を開く。
2メートルほどの地点でぶら下がっていた。だけど、なんか奇妙な感覚だ。吊し上げあれている圧迫感が無い。ホントに浮いているみたいだ。
なんだ、この状況は。
困惑しながら周りを見渡すと、僕の足元に何やら黒いモヤモヤが集まりだした。
そのモヤモヤはどんどん大きくなり、やがて存在感がましてきた。透明感があったモヤモヤから、光を通さない真っ黒な塊へと。僕と同じようにふかふかと浮遊している。
なんだろう、あれ。精霊にしては大きすぎるし存在感がありすぎる。魔物か? だとしたら新種だ、見た事がない。
冷静に観察、分析してみると意外と分かることがあるな。モヤモヤの集まりと言うことは、最小単位一つ一つに意思があるということだろうか。本当はこの大きな塊が真の姿で、モヤモヤ状態は狩りなどで獲物を探していた? もしそれが本当だとして、じゃあ今僕は………。
と、どうこう考えているうちにゆっくりと僕の体が降ろされ始めた。真下には、なにやらゾワゾワと蠢く黒い塊。
やっぱり、そういうこと? 今から僕、食べられちゃう? なんか触手みたいなものが伸びてきて、そのまま体を引きちぎられて食べられちゃうの? 美味しく捕食されちゃうの?
……………。
や、やめておいたほうがいいと思う! だって僕吸血鬼だし! 血は相当まずいと思うし! なんか変な味がすると思うんだ?
……いや、まて。もし目下の新種が魔力を持つ魔物の類だとしたら、魔物には魔力を飲み込み吸収する習性があったはずだ。そして僕は吸血鬼、人間に比べたら圧倒的な魔力総量を誇る。
………いや、これは単なる推測だ。正しいと決まった訳では無い。結論を急ぐな、まだ何も始まっていない。
落ち着け、落ち着くんだシルム・レートグリア。お前はなんだかんだ言って有能な筈。何かできることを考えろ………。
うーん………どうすっぺ。
魔物、まもの、まもの…………はっ! 大きな魔力で威嚇するか? いや、そうなれば他の魔物がよってくる。それは1番避けたいしな………うーん。
って、やばいやばいやばい。
なんだ、これ!? なんか触手みたいなのが伸びてきたんですけど!? 何、やっぱり精霊!? それとも変な───っ。
精霊、精霊だ。今顔の前にある触手、その中を流れる魔力が精霊のそれと一致してる。初めて見たな、精霊。こんな気持ち悪い見た目してるんだ……。
いやー、目の前の触手のお陰で助かった。触手ってキモイ約立たずのスケベモノを想像してたけど、意外と役に立つじゃーん。
───相手が精霊となれば、話は変わってくる。




