エルフ、それは難関。
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長老の紹介とサービスで、集落唯一の宿屋に泊まらせてくれた。木造で、仄かに木の匂いが漂う古民家と言ったところか。僕は結構こういう雰囲気は好きだ。落ち着くし、リラックスできる。
先程イルシィが受付を済ませた。受付と言っても、店主のおばさんが簡単な案内をしてお金を払っただけなのだが。
1階に料理を出すご飯屋さんがあり、2階が宿泊スペース。下の料理店は繁盛しており、おばさんが作る料理は美味しかった。エルフ料理というものは初めて口にしたが、味付けが優しくて食べて飽きない。それに値段も安いときたら、そりゃ繁盛もするだろうと納得した。
太陽が頂上を過ぎて少しした頃。おばさんの娘2人(従業員)が暇を持て余していたので、お喋りに興じていた。
なんでも、僕たち2人がこの里に来るという話題は里中に広がっており、話題になっていたらしい。
「話題になるってことは、それだけこの里の被害が大きかったってことですか?」
イルシィが尋ねると、2人は苦しい顔をしながらも首を縦に振った。そして小さく口を開ける。
「そうなんです。まず森で狩猟をしていた狩人が2名、犠牲になり1人が重症でした。その方は今も治療を受けていて、目撃情報を提供したのも彼です」
狩人が第1発見者、ということか。狩猟するならば普通、視界が悪い木々の間で行う。竜がそんな狩人を狙うとしたら、魔法か飛び道具か。それとも体躯が小さい種なのか? 冥竜というのだから、特大サイズと思っていた。
「その治療中の狩人は何処にいますか?」
「里の中央療養所です。しかし深い傷を負っていたので、会話が出来る状態か分かりませんが……」
では、後からその療養所に言ってみよう。本人の怪我の状態を確認してから、医者にも所感を聞きたい。
「後で、その療養所を尋ねてみましょう。何か情報が得られるかも知れません」
「………もしかしたら、何も教えてくれないかも知れません」
娘の長女は、小さな声でそう呟く。何故だろう、そう聞くまでもなく、矢継ぎ早に言った。
「このエルフの里は………いえ、私達エルフは部外者を嫌うんです。それもかなり極端に」
その話は聞いたことがあった。
「とても申し上げにくいのですが、今里中が殺気立っています。エルフ族でもない、人間が陣地を彷徨いているのですから。本当に申し訳ないです………」
頭を下げるエルフの娘に、イルシィは焦った声を上げて頭を上げてと言う。この2人は親切だったから忘れかけていたが、エルフは部外者を嫌う排他的な種族だった。
「私と妹は、この店の娘ということもあり沢山の旅人と会話をする機会がありました。ですから、特にそのような考えはありません。ですが他のエルフ、特に守備隊の方達は………」
なるほど、この宿屋にたくさんの人間が泊まるからこの2人は慣れていたわけか。やはりエルフの人間嫌いは、本能的なものではなくそのように教えられただけということだ。
「お医者様も、人間が来ると聞いて激怒していました。我らの神聖な里に足を踏み入れるとは何事だ、と言って」
見た目麗しく美しいのに、その実心の奥底では人間に対し醜い感情を抱いている。
何とも皮肉なものだ。人間がエルフを攫い人身売買を繰り返していたのは過去の話。エルフによる凶悪事件も、一昔前では頻繁に発生していたというのに。
お互いごめんなさいすればそれで済むだろうに。プライドが高いのはエルフも人間も同じだ。
「先程あなた方が里にいらした時も、敵意の視線を向けられませんでしたか?」
長老からはそんな視線は来なかったが、周りの護衛からは怪奇や差別的な目で見られたのは間違いない。別に目線ごとき気にしていないけども。
「気にしてませんよ。ね? シルム」
「はい、気にしていません。冒険者という仕事柄、そんな目で見られることはありますから」
具体的には、魔物を倒したら化け物と陰口を叩かれ、到着が遅ければ能無しと罵倒される。まあ、自分より怖く力を持つ者を恐れるのは当然だろうから、そこら辺は上手く割り切っているけども。
「そうですか………」
「はい、ですからあなたは気にしないで下さい。あなたが悪いわけではありませんから」
話しが終わり外に出ると、15時を回っていた。1時間くらい話していただろうか。有意義な時間を過ごすことが出来た。次やることは、その中央療養所に行ってみることだ。
「療養所は、あっちだよね?」
イルシィが指を指す。そうだよ、と答え歩みを進める。重症の狩人、まだ生きているといいのだが。最悪死体を見せてもらうしかないな。
(あー………めっちゃ見られる。こっちは仕事で来てるってのに、見世物じゃないよ……)
チラリと周りを見渡せば、僕達2人を睨みつけてコソコソと陰口を叩くエルフ達。少し目が合えば、何も無かったかのように視線を切る。なんなんだろうか、とてつもなく居心地が悪い。出て行って欲しいならばそう言ってくれればいいのに。
里の中央には、立派な木造の建物が立っている。大きく看板で、『中央療養所』と書かれてあり、誰がどう見ても中央療養所だ。早速中にお邪魔しよう。
「失礼しまーす………」
薬草やアルコールなどが混ざり合った、独特な匂いが鼻を刺激する。思わず傷口に消毒薬が染みるような痛い想像を頭の中で描いてしまい、1人顔を顰める。
「はい、本日はどういっ……た………」
受付をしていた麗しいエルフは、僕達2人を見にした途端先程までの笑顔は何処へやら。ゴミを見つめるような顔で、次なる言葉を放った。
「人間、ですか。こんな場所に何の用ですか?」
キッ、という音がするほど睨みつけて怒りを貯めるエルフ。その対応だけでどれだけ僕らが憎まれてるか理解出来た。
というか、僕達2人とも人間じゃないんだけどね。あ、でも吸血鬼ですなんて言ったらもっと嫌われそうだ。何ならエルフ全員で刺し違ええでも命を狙われそうだ。
「実は、いま療養所に入院している狩人に用があるんです。通して頂くことは出来ませんか?」
穏やかな口調を意識する。ここは大人な対応をすべきだ。声を荒らげても意味が無い。冷静になって事を運ぼう。
「何言ってるんですか、人間。そんなこと出来るわけないでしょうが。ここは里の中でも神聖な場所、人間ごときが居てはいけないのです」
ブチ切れ1歩手前。
なんだこの温度差は。こっちは怒りを沈めようとしてるのに、油注ぎやがって。帰って欲しいならそう言えよ。
「最近噂されてる、助っ人の人間とやらですか。期待されているとか勘違いされてるかもしれないですが、あなた達が私達エルフからどれだけ嫌われてるか理解しているのですか? 分かったのなら早く消えて下さい。迷惑ですから」
一旦、大きく息を吐く。
この調子じゃ、どうやら狩人の元には辿り着けないな。会話を成立させようとする意志を感じられない。無駄足だった様だ。
「何を騒いでいるのですか、フィルファ」
帰ろうと受付に背を向けたところで、奥の扉から女性の綺麗な声が聞こえた。受付の感じが悪い女、フィルファというのか。
「あ、クラリネさん。そこの人間2人が、中に入れてくれと騒いでいるのですよ」
指をさされた気がして、振り向くと2名のエルフがこちらを見詰める。白衣を見に纏ったエルフだ。見た感じ、宿屋の娘が言っていた医者か? こちらの方が年齢を重ねているように見える。
「まあまあ、貴方達が例の人間ですか。噂はかねがね伺っております。本日はどんな御用でしょうか?」
受付よりも対応がいいとはこれ如何に。柔らかな笑みを浮かべる白衣のエルフは小さくウインク。件の受付エルフは先程よりも更に顔を歪ませ、目から血でも流れそうだ。
「最近、何者かに襲われ重症を負った狩人がこの療養所に入院したと聞いたもので。知っての通り襲った正体を探している者として、狩人の様子を見たいのです」
宿屋の娘が言っていた内容からすれば、例の医者の方が人間嫌いらしい。本当だとすれば受付より面倒だ。けれど、狩人の傷の様子は是が非でも見ておきたい。
「なるほど………いいでしょう、狩人の見舞いということで、入院部屋に案内します」
あらら、意外だ。
「ちょっ! クラリネさん!?」
「落ち着いてフィルファ。相手が人間だとしても、お客様には変わりないのよ。いくら貴方が嫌いな人間だとしても、ね。分かって頂戴」
聞いてた話とかなり違うみたいだが、どちらが嘘をついているのだろうか。人間嫌いに関しては全然構わないのだが、何か隠されたままであるというのかどうにも居心地が悪い。
「ありがとうございます、クラリネさん」
「どういたしまして、挨拶が遅れてしまったわね。私はクラリネルツィア・ベル・フォンデバルド。この療養所で医者をやっているわ。宜しくね、冒険者たち」
薄く輝いている様に見える綺麗な金髪に、翡翠色をした瞳のエルフ。身長は僕やイルシィよりも高く、やや見下ろされる具合だ。長い耳にスラットした体型、そして美しい顔の造形も相まってエルフの理想像という風貌。
受付台からこちらを睨みつけるフィルファという女エルフも、同じく麗しい見た目だが件の女医には敵わない。
「冒険者のシルム・レートグリアです」
「同じく冒険者のイルシィリア・シャルローゼです」
軽く頭を下げ挨拶を交わす。そのまま僕達がクラリネさんと共に奥の扉へ進もうとしたとこ、ちょっと待ってと呼び止められた。
「狩人の容態を見せてあげる代わり、と言ってはなんだけど貴方達2人にお願いがあるの」
「お願い? それは………」
時間がかかるものですか? そう聞こうとしたところ、「いいえ」と首を横に振り否定した。
「難しいものでもないわ。簡単なおつかいみたいなもの。近くの森に自生してる薬草と漢方薬の原料を取ってきて欲しいのよ。丁度無くなってしまいそうだから」
つまり交換条件といったところか。どうやらそれら諸々を取ってこないと入れてくれなさそうだ。選択肢はないらしい。
「はい、分かりました。その薬草と漢方薬の材料、採取してきます。詳細のリストなどはありますか?」
「ええ、これよ。なるべく早くお願いね。例の狩人にも使うものなんだから」
手渡されたメモ紙を見てみると、ビッシリと書き込まれた文字。かなり手の込んだ作りだ。そこで目の前のエルフの思惑を理解した。
(………なるほど、最初からこれが目的か。薬草はまだしもこのキノコ類はなんだ? 全部レア級以上だぞ。この量を普通に集めるのじゃ3日かかる。ドクケシダケなんて金額5枚するんだぞ。ホントに生えてるのか?)
錬金術(薬品やポーション、漢方薬を作り出す学問)においては、材料さえあればいくらでも薬品を作り出せることから希少な、良質なキノコや鉱物はかなり重要視される。質のいい材料を混ぜ込むことで効能が増加しよりより効果が期待出来るからだ。
しかし、選択肢がないにしても依頼を受けてしまった手前、断ることは出来ない。メモ紙をイルシィに渡し、再度女医師に目を向ける。
「時間がかかるかもしれないですが、出来るだけ早くとってきます。では」
「えぇ。お願いするわ」
そのまま背を向けて療養所を後にする。さて、一旦宿に戻って必要なものを持っていこう。寝る時間は遅くなりそうだ。流石に明日まで伸ばすのは避けたいところ。もしもキノコ類やらが採り尽くされていたら………まあ、それはその時考えよう。
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「クラリネさん………」
「大丈夫よフィルファ。人間と会うのは初めてではないもの。それに、いくら私が人間嫌いだからといって、お客様はお客様。追い出す訳にはいかなかったのよ」
「それは、分かってるんですけど………。もう私、顔も見たくないんですよ。あいつらの顔、見ましたか? 信じられないほどに醜い。何かブヒブヒ騒いでましたが、全然聞き取れませんでしたよ」
「あらあら、お言葉遣いが悪いわよ、フィルファ。それに、ガキの方はまだしも女性の方は中々美しかったわ。貴女もそう思うでしょ?」
「………えぇ、まあ。イルシィリアとか言いましたっけ。ですけど、私達エルフには全く敵いませんでしたけどね」
「うふふ、そうね。数日後にどれだけ傷だらけで帰ってくるのか、見物だわ。もしかしたら、帰ってこないかもしれないのだけど」
「やはり、そうなのですか? クラリネさんともあろうお方が、簡単なおつかい1つで神聖な場所に入れさせる訳が無いと思っていたんです」
「当然よ。薬草が足りないのは本当だけれど、キノコ類はどうでもいいの。それに、ドクケシダケやカンロダケなんてあの森には生えていないわ。とっくに採り尽くしているもの」
「な、なるほど………」
「あの醜い人間どもに、この床を踏まれただけでも反吐がでる。その上入院部屋に入れさせろですって? どうな害虫に侵されているかも分からないカス共を、二つ返事で入れさせる訳がないのよ。大金でも積まないと話にならないわ」
「その為のカンロダケですか………」
「えぇ、そうよ。一株金貨10枚。1年遊んで暮らせるわ。しかもそれを10株。貴女にも、一株譲ってあげましょう」
「本当ですか!? いえ、でも………」
「あら、どうしたの? 受け取れないというの? もしそうなら私が…」
「あ、いえ喜んで受け取らせて頂きます! 私が思っていたのは、あの2人でそんな高価なもの採れる訳ないだろうなと思いまして」
「うふ、うふふふっ。確かにその通りだわ。私としたことが、ついうっかりしてしまったわ。人間、それも子供2人に採ってこれるわけが無い。うふふっ、当たり前の事なのに忘れていたわ」




