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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
本編・暗躍する月の使徒
25/37

道半、それは事故。


 本拠に戻った2人は、最後の準備を手早くこなして馬小屋前に集合する。いつもの制式戦衣を纏い、腰にはそれぞれの武器が佩かれている。そして、シルムだけは防寒用の小さなマントを首に巻き付けていた。そういえば彼は、寒いのが嫌いである。


「そのマント、邪魔じゃない?」


「んー、ちょっと邪魔かも。でも首元が寒いのが1番嫌だから仕方なく」


「ほぉーん……」


 シルムは1度巻き付けられたマントを引っ張るように緩めるが、小さく吹いている風が彼の首を撫で、シルムは急いでまた締め直す。


 その様子をみてクスクスと笑うイルシィだが、そんな2人に中年頃のおじさんから声がかけられた。


「2人とも、馬の準備が終わりましたよ」


 その声を聞いて振り返る2人。やや緊張気味な面持ちで、おじさんに返事をして馬にまたがった。やや興奮する馬を宥め、前に進ませる。


「では、行ってきます」


「行ってきます、おじさん」


「はい、行ってらっしゃい。気をつけていくんだよ」


 そう言って柔らかな笑みを浮かべるおじさん。いつも馬の世話をしているこの人は、挨拶することはあれど雑談なとしたことは無い。今度ご飯にでも誘ってみようか。そんなことを2人は考えていた。


◆❖◇◇❖◆


 今回の目的の場所は『霊王の大森林』のさらに奥、アイテル山脈の中腹辺りだ。冥竜が確認されたのは数日前、麓のエルフ族の集落を襲撃したらしい。


 道程はかなり長い。3時間ほどでオケノス川の大橋に到着する。そこで数分の小休止を挟んでから、再度山脈に向けて馬を進めた。


 ここからエルフの里まで約1日ほどかかる。時折馬の休憩を挟みながら、太陽が2人の真上を通り過ぎ、紅に染まり始めた頃。


「冥竜っていったら、魔法もさることながらパワーもある種だよね? 勝算とかあるの?」


 イルシィがシルムに問うた。

 ぶっちゃけて言うとこの2人、作戦や戦略などは何一つ考えておらず、なんとかなるだろ精神で今ここにいるのだ。


「んーどうだろ。僕達2人じゃ連携なんて出来ないから、行き当たりばったりって感じかな」


「行き当たりばったりって………」


 大丈夫なのか、それは。そう言いたげな彼女だが、イルシィも何か思いついた訳ではない。

 冥竜がどれほどの実力なのか分からない以上、安全マージンはしっかり確保しているだろうから、文句もなかった。


「でももし危なくなったら、協力してもらうからね」


 2人が一緒に戦闘する場合、連携やコンビネーションなんてものはハナから捨て、完全に独立し個別の行動をすることがほとんどだ。というか連携など意識したこともないのだから、やれと言われても無理なもの。


 それが今回、シルムの口から協力してなんて言葉が出てきたのだ。イルシィはハッと彼の顔を伺うが、目が合うことは無い。


「協力……?」


「………んまぁ、出来るかなんてわかんないけど。お互いに力を合わせる努力はしようって話」


 シルムは、少なくとも隣にいる少女との仲は悪くは無いと考えている。かれこれ数年間共に行動してきた。思い返せば、雨の中イルシィに拾われた時からずっと一緒にいる。


 相性は、最悪だ。

 すぐに喧嘩するし、お互いがお互いに喧嘩を売り合う。自慢し合うし、マウントを取り合うし、不平不満罵詈雑言なんてしょっちゅうだ。


「………いいよ、わかった」


 吸血鬼と神様。

 消して相容れぬ種族。


「………よろしく」


 しかし、確かな絆がある。

 その形は何であれ、固く結ばれた友情があるのは確かだ。


(いきなりどうしちゃったのシルム。今までツンツンしてきたクセに……)


 僅かな恥ずかしさから、顔を逸らすイルシィ。髪の毛をクイクイと弄りながら、心の中で小さく呟く。初めて、ちょっとだけの信頼を口にされたのが嬉しかった。


 これだけで口元が綻んでしまうとは、我ながらチョロいとイルシィは思う。いつ頃だろうか、シルムにキツく当たり始めたのは。しかし同時に、彼の態度が段々と大きくなったのも事実。


 2人は覚えていないだろうが、お酒を一緒に飲んで仲良く寝ていたのだ。客観的に考えてみれば、仲が悪くないどころか良すぎるところ。それでも頑なに認めようとしないのは、2人ともお互いを意識している証拠。それは恋人や友人としてでは無く、好敵手(ライバル)として。


 圧倒的な強さを誇るイルシィに、何とか追い付き追い抜きたいシルム。その思いは今でも薄れることなく、寧ろモノリスに所属してからより大きく燃え上がった。


 勝ちたい、負けたくない。

 二人の間にある、2人を繋ぎ結び止める感情。最初はただの対抗心だったのが、今では沢山の想いが入り混じる。


「………はぁ」


 イルシィは、ひとつ大きなため息をついた。これ以上考えるのはやめにする。余計に分からなくなってしまいそうだから。


(………なんだこいつ、急にため息なんてついて)


 しかしシルムはといえば、彼女の考えなど知る由もなく、呑気に馬での移動をたのしんでいた。信頼うんぬんかんぬんなど、微塵も考えずに。



 数時間が経っただろうか。太陽はすっかり姿を隠し、月の明かりが世を照らす。体内時計では19時をまわったところ。

 2人はそろそろ野宿する場所を決めようとしていた。その時だった。


「………むっ」


 舗装された道を馬車で塞ぎ、得物を構えて薄ら笑いを浮かべる6人の山賊。刺青が入ったいかにも怖そうな人たちが目の前に立っていた。


「………」


「あ、あの………」


 シルムは無表情で馬から降りようとしないのに対し、イルシィはやや困り顔を見せながら地面に足をつけた。


「わたし達、この道の奥に用があるんです。通ってもよろしいですか………?」


 これは演技だな───

 シルムは簡単に見破り、内心で笑いを堪える。外面がいい彼女が時折みせるか弱いムーブ。イルシィという女、演技派であった。


「どうしても行かなければならないんです。通してはもらえませんか?」


 ハッキリと分かるほどに声を震わせて、怖いですアピール。シルムも、ここは息を合わせようかと馬から降りようとした。


「そうはいかねえんだよなあ、嬢ちゃんよぉ」


 ナタを持って先頭に立つ山賊は、大声を出して1歩近づく。彼がお頭だろうか、見るからにヤンヤン系だ。


「そのでかい袋、中々良いもんがはいってそうじゃねぇか。有り金全部とその剣、持ち物全部を置いてったら通してやるぜ」


「そ、そんな………。これはとても大切なものなんです、お願いですから通してくださいっ!」


 若干涙目になりながら、懇願するかのように腰を折る。しかし山賊たちの顔色は変わらず。下卑た視線を彼女に向けながら、ヘラヘラと笑った。


「………じゃあ、その体で払ってもらうぜ。胸はちぃせえが、中々の別嬪みてえだからよぉ」


 胸はちぃせえが、と言ったところでイルシィの体が一瞬ピクリと震えたのを彼は見逃さなかった。彼女の内心を察するに、ブチ切れ1歩手前くらいだろうか? 以前シルムがその胸をからかったところ、殺す気満々の刃が帰ってきたのだから。


 男は舐め回すようにイルシィの体を見つめる。それでも足りないのか他の数人も1歩足を踏み出したところで、シルムが乗った馬が鳴き声を上げた。


「ぁ?」


 ───しまった。

 そう思うも、時すでに遅し。思い出したかように山賊たちは彼に目を向けた。まるで恋人かのように並んで馬を走らせていた男。それも何食わぬ顔でこちらを見つめている。その顔が不気味で、憎かった。殺してやろうと決めた。


「男は殺す。女は………オレたちが満足したら、解放してやる」


 睨みつけるようにしてシルムへ告げる。明確な敵意と嫉妬を含んだその声を聞いて、イルシィの声が再度響いた。


「そ、そんな! やめてください! 彼に乱暴しないで………っ!」


「ちょ……っ!」


 わざと山賊達を煽るような文句を選んだことに、焦りの言葉を発すると同時に内心で舌打ちをした。


「………殺す、殺してやる。おいお前ら、その女を捕まえろ。オレはコイツを捌いてやる」


 チラッと、イルシィがシルムに向けて顔を向けた。ドヤ顔を浮かべていた。シルムはどすどす向かってくる山賊よりも、隣の少女を先に殴りたくなってしまった。


 仕方ない、と息を吐きながら馬を降りる。男は、ナタを握り締めながら殺意剥き出しの目でシルムを捉えていた。


(そんなに僕が気に入らないかね? お前ら騙されてんだよ………)


 顔がいいのは否定しないが、何事も内なる真実を見なければならない。このキモい男も、外見に騙されたクチだ。今みたいに平気で仲間を売るんだぞ? どうかしている。


 シルムは、目の前の哀れな山賊と隣の性悪な女にため息を漏らした。しっかりと伝わるように。


「舐め、やがって………っ!!」


 大振りで振り上げられたナタが、そこそこのスピードで振り下ろされる。山賊なんて素人に毛が生えた程度。彼の敵ではなかった。


 腰に下げた剣を抜き、冷静に『吸血』の呪文を付与する。瞳が妖しく輝き、纏う雰囲気が変わった。その小さい体に、大きな何かが取り憑いているみたいに。


「………っ」


 パキンッ。

 そんな音と共に、ナタが反対方向へ弾かれる。驚きを浮かべた男を他所に、シルムは心臓へ剣を突き刺す。

 途端。何かが体を支配する感覚と同時に、大切なものが抜き取られたような感覚。相反する2つの感覚が、男のなかでドロドロに溶け合わさった。


「あ、あぁ…………あっ」


 そのまま、自らを保てなくなり地面に倒れる。既に焦点は定まらず、体の末端は冷えかかっていた。


 呪いと吸血。

 野獣のような戦法を好むシルムにとって、この2つは最高の武器であった。今回のように一撃で始末する場合は別だが、強敵相手にジワジワと攻め崩す場合とても有利になる。


 剣を胸から抜き取り、イルシィの方を見れば、こちらも既に地面に伏せた男が5人。やはり、相手にもならなかった。


「この近くに、たしか宿屋があったよね? そこで今日は泊まろうよ」


「ん、そうだね」


 6個の遺体を馬車に詰め込み、魔力で強化した腕で道の端に寄せる。額を僅かに湿らせる汗を裾で拭い、また馬に跨る。


「あと数分くらいだっけ。ちょっと急ごっか」


「そーだね。もう暗いし、もう山賊はごめんだよ」


「あははっ、さっきはごめんね〜」


 軽いんだよなあ。

 不満そうにシルムがため息をつけば、それを見てまた面白そうに笑うイルシィ。正直何がおかしいのかさっぱり分からなかったが、もういいかと諦めた。この暴れ馬を飼い慣らすことは不可能なのだ。



 翌日の昼前。

 朝の5時頃に出発した甲斐あってか、目標より随分と早くエルフの集落に到達することが出来た。それもそのはず、なんて5時から休み無しのぶっ続けで走り続けたのだから。この馬は相当すごい馬だ。


 そして現在はといえば、イルシィが現地のエルフ達に事情を説明しているところであった。


 しかし、『モノリス』という名前は使わない。あくまで有志の冒険者2名だ。話がややこしくなるのと、『モノリス』の機密性を守るためでもある。


 正直なんで隠しているのか分からないが、ダメなものはダメだと言われたので2人とも大人しく従っている。


「では、本当に『冥竜』を討伐して下さるのですね?」


「はい、そのつもりです長老」


 白金に輝く立派な髭と長い耳をもつ長老のおじいさんエルフ。エルフの寿命は知らないが、6・700歳くらいなのだろうか。杖をつく様はヨボヨボの爺さんだが、長老としての責務はしっかりと果たしているらしい。


「ありがとうございます。あの竜には我らも煩わしく思っていた故………して、報酬のほうですが」


「何も受け取らない、という訳にはいきませんが、特別高価な物ではなくても大丈夫ですよ。金貨を50枚ほど受け取れれば、それで満足です」


 金貨50枚といえば、4・5年は何もせず暮らせるだろう。これは安いとみるか高いと見るかは人それぞれだろうが、長老にとっては安すぎた様だ。


 補足であるが、金貨1枚は銀貨10枚。銀貨1枚は銅貨10枚。銅貨1枚は鉄貨10枚。鉄貨1枚は石貨10枚だ。因みに金貨より上の鉑貨というものもある。これは石貨1億枚、金貨10,000枚分だ。鉑貨というのは、基本的には国家予算規模でしか使わないが。


「我が里には先祖代々続く財宝の中に、鉑貨が数枚御座います。その1枚ではどうでしょう?」


「は、鉑貨!?」


 鉑貨があれば、一生何もせずとも、むしろ豪遊しても使い切れないほどだ。規模が大きいギルドの総資金くらいはある。


 シルムも生粋のお金大好き好き君だが、鉑貨というのは遠い存在だと思っていた。流石に、たかが竜退治では受け取れない。


「そんな、受け取れません!」


 恐れ多いのはイルシィも同じであった。首をブンブンと振って、そんなものは貰えないと言うが、長老は頑なだった。


「我々エルフはあの『冥竜』に本当に困らされているのです! 実を言えば、今朝も狩人たちが殺されました!」


 初耳なのだが。


「し、しかしそんな大金。長老やエルフの人達の生活もあるのではないですか? そんな大切なものを、一介の冒険者なんかに………」


 イルシィの謙遜モード発動。

 こういう時の彼女は意外と本当にそう思っている。下心はない時限定に発動する、スペシャルモードである。


「そう自らを卑下しないで頂きたい! これは我らの感謝の気持ちなのです! それに、竜の討伐の難しさは我々も理解しております、その報酬としては、寧ろ妥当なほうではないですか!?」


 そんな鬼気迫る怒涛の説得に、イルシィもついに諦めた。渋々首を縦に降り、長老と固い握手を結ぶ。その後ろで、シルムは大きなため息を漏らした。


 世界大辞典:聖フレンシャール著

 世界種族編。


 エルフ族と言えば、その見た目麗しい外見と高貴な心を持ち合わせた、崇高な種族というイメージが強い。彼らは『霊王の大森林』の中に集落を作り、他の種族とは線を引いた生活を送る。農耕技術を手に入れ、自然を生かした牧畜や美しい川に住む魚を捕まえ生活を営む。

 狩猟民族でもある彼らの射撃能力は高く、そして何より恐ろしいのは精霊だ。精霊と契りを結び、その力を得る。より精霊に近づいたエルフはハイエルフと呼ばれ、魔族をも凌ぐ強大な魔法力を持つ。仲間意識が特段高い彼らは、連携した攻撃と優れた戦略で敵を葬る。

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