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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
本編・暗躍する月の使徒
23/37

飲酒、それは後悔。

「報告は俺が1人でやっておくから、お前たちは部屋に戻っていいぞ。初めての正式任務、お疲れさん」


 ピースポートから帰還したイルシィとシルムは、隊長であるゼラにそう告げられた。2人は初の正式な任務を終え疲労感を感じていたのは事実、ゼラの提案にありがたく礼をいい、隊員寮に向かうことにした。


 その途中、イルシィはシルムにある提案をした。


「ねえねえシルム。わたし達初めての任務を無事終えて、こうして帰ってこれたわけじゃん?」


「そうだね。どうかしたの?」


「お祝い、じゃないけどお互いをねぎらう会でもしない? お酒でも買って。あとお菓子とかも買ってさ」


 シルムはその提案を聞いて、ピタリと足を止めた。彼的には風呂に入ってすぐ寝ようと思っていたところだったが、久しぶりにお酒を楽しむのも悪くないと感じた。


「……いいね、それ。じゃあちょっと寄り道して帰ろっか。イルシィの奢りね」


 当然、という風に言い切ったシルムに、イルシィは不満顔。は? とトーンを低くして文句をつけるが、そんなこと彼は知らんぷり。反対方向にスタスタと歩き出した。


「いやいやいや。割り勘でしょ? そこは」


「だって提案したのはイルシィだし。最近お金使っちゃったから金欠気味なんだよねー。だからお願いな」


「お願いな、じゃないよ! 女の子に払ってもらうとか恥ずかしくないの? 男としての立場とか!」


 イルシィは抗議の言葉を連ねるが、シルムには全く通じない。イルシィに対して遠慮など知らず、頭で考える前に発言しているためモラルのモの時もない。


「イルシィが女の子とか。笑わせんな」


「は!?」


「女の子扱いして欲しいなら、もっと女の子ムーブすればいいんじゃ? 僕の中じゃもうイルシィの性別は分からないよ」


 あまりにも酷い、酷すぎる。ただ、この会話は二人の間でもう数年続いている。イルシィは毎回傷付く傷付くといいながら、同等以上の悪口を食らわすのだ。


「いやいやありえないんですけど。こっちは女神ですよ? 不敬すぎるんだよなあキミはいつも」


「ここで女神はずるいだろ。じゃあなに? これからはずっと敬い続けろとか言うの?」


「毎回そうしてって言ってるよ? なのにそんな見下した態度。いい加減天罰下すよ? 泣かすよ? ボコボコにするよ?」


「別に見下してる訳じゃない。おもろい奴だなーって思ってるだけ」


「それほぼ変わらないから!」


 イルシィは女神ではあるが、本当の神様という訳では無い。はるか昔に神と精霊が子を成し、その子が人族と子を成し、その子孫が彼女だ。大部分が人間であるが、彼女の血には正真正銘本物の神様の血が混ざり、精霊の血も混ざっている。このような様々な高位種族の血が混ざったイルシィは混神族と呼ばれ、人間離れした身体能力や魔法力、ずば抜けた頭脳を持つ。

 傍から見れば、神様と同じような存在であり信仰の対象でもあるが、彼女自身が自らの出生を話していない事もあり、普通の人間として周りも接している。


「というか、僕の知ってる女神様って言ったら、聖女みたいに優しくて包容力があって、謙虚で清楚で親切で、なんでも受け入れてくれる存在だと思うんだけど、違う?」


「いやいや、世の中には沢山女神様がいるんだから全員がそうとは限らないでしょ。シルム夢抱きすぎじゃなーい? 妄想はベットの中だけにしとけよー」


「っ………はぁ」


 腹立つ口調に煽り顔のイルシィに、思わず手が出そうになるがぐっと堪える。ここでゲンコツでもしようもんならこいつはまたうるさくなるのだ。もう嘘泣きからのメンヘラムーブはゴメンだった。


 数分ほど歩いたところで、街中の市場に出た。2人がいつも行く酒屋さんに向かう途中、シルムは何を買うか考えながらイルシィに話しかける。


「お酒はなに買うの? ワインか果実酒か、それとも強いヤツにする?」


「ハチミツ酒がいい」


「お前それ好きすぎるでしょ。たまには別の買おうよ。いい加減飽きた」


 2人とも、お酒が弱い訳では無い。というかむしろ吸血鬼と混神族なので大酒飲みだ。ただ、シルムは何でも美味しく嗜むがイルシィは違う。如何せん彼女は甘いものに目がないのだ。チョコレートやお団子、ビスケットやクッキーなどが大好物だ。なのでお酒も、苦いビールやワインなどもあまり好まず、もっぱらハチミツ酒や果実酒が好み。


「えー………じゃあ、果実酒がいい」


 ハチミツ酒が飲みたかったのだが、仕方がないとイルシィ。渋々今夜は果実酒を飲むことにした。


「ん。適当なやつを見繕っておくから、そっちは適当にお菓子でも買っといて」


「りょーかい」


 酒屋の中に入った途端、アルコールの香ばしい匂いが漂ってくる。シルムは小さく深呼吸したところで、店主にオススメの果実酒を注文し、店内をぐるりと見渡した。

 棚には無数のボトルが詰められ、色とりどりのキャップが絵画のように華々しく映る。壁には有名どころから年代物のお高いワインも。オシャレなワインラックやボトルホルダーが、見るものをよりワクワクさせる。

 そしてカウンターの後ろには無数のボトルシップのコレクション。可愛らしいものから迫力満点の物まで。戦艦や帆船、果てには宝石が散りばめられた眩く光る沈没船もあった。


「これなんてどうかね? 老人から青年まで、誰でも楽しめる1本だよ。あとはこいつ。甘みがやや控えめで、味に深さがあって面白いお酒だよ」


 初老の店主が持ってきたのは黄色と赤の果実酒。お酒にはそこまで詳しくないシルムでも聞いたことがある銘柄で、前に美味しいと聞いたことがあった。

 迷わず購入し、店主にお礼をする。するとサービスでチーズとハムをくれた。イルシィはこういうの食べたことなさそうだったから、食べさせてやろうとシルムは決めた。


◆❖◇◇❖◆


 翌日。司令部からの出頭命令によりゼラは司令長官室に来ていた。しかし、長官とその秘書は困惑している。今朝呼んだのは3名。その内この部屋に出頭したのが1名だけだったからだ。


「………ゼラ。すまないが……」


「……りょーかい。連れてきますよ」


 やれやれと呆れながらシルムの部屋へ急ぐ。ゼラとしては更に遅れて長官に怒られるのも自分の時間が減るのも勘弁なため、早足で向かった。


「おいシルム、大丈夫か?」


 部屋に着き、ノックをしながら中へ呼びかけるが応答はない。念の為もう一度声量を上げ呼びかけるが、返事が来ることは無かった。

 ゼラは困ったように頭を搔くが、このまま手ぶらで戻ることは出来ない。


 仕方なく、部屋の中へ入った。しかしその中に、本来居るはずの少年は居ない。どこかへ出かけているのか、とも思ったがその可能性は排除する。シルムは朝が苦手だと彼自身が話していたし、これまでこの時間に行動しているのは見た事がない。


 まさかな。ゼラはそんな気持ちと共に、とある部屋を目指し歩き出した。その場所とは、イルシィの部屋。二人の関係性を考えると、最悪の可能性は少ないだろうが、若気の至りや魔が差したりでその恐れがあった。


「イルシィ? 起きてるか?」


 こちらも同じく、返事がない。ノックをしても変わらなかった。焦りの気持ちから、ゼラは断りも入れずバンと目の前のドアを開けた。そこには───


「………なにしてんだ? コイツら」


 ベッドの側面にもたれ掛かりスヤスヤと深く眠るシルムと、彼の足に手を回し抱きついて眠るイルシィがいた。彼らの周りには2本の果実酒と数本のワインボトルにグラス。


「………ったく。バカ飲みして爆睡してるだけじゃねえか。心配して損したぜ…」


 ゼラはとりあえず、このむせ返るような酒の匂いをどうにかしようと窓を全開にし、放ったらかしにしてあるお菓子やおつまみの袋をゴミ箱に捨てる。ワインボトルや酒瓶も机の上に置き直し、改めて2人に向き合った。


「ぐっすり寝てやがる………」


 先程から体勢一つ変えずに気持ちよさそうに眠る2人。イルシィに関してはヨダレが彼のズボンを汚していた。見る限り、何かが起こった痕跡はなく、ゼラは大きく息を吐いた。


「仲悪いんじゃなかったのかよ………?」


 普通ならば、男女が同じ部屋で酒を飲み交わすなど特別な関係でなければありえないだろう。彼らの普段の会話を聞くに、とてもじゃないがお互いを好き合っているとは思えなかった。

 何なら、お互い隙あらば悪口を言い合うような仲だ。特に最近のイルシィの態度は傍から見ても酷いものがある。いい加減注意しようとしていたところだ。


「おい、起きろ2人とも」


 シルムの頬を軽く叩き、イルシィの肩を揺する。しかし2人とも、イヤイヤと言いながら寝続けようとする。ゼラはふとある考えが浮かんだ。ニヤニヤの顔を隠しきれずに、シルムだけ強めに顔を揺さぶった。


「ん、んぁ………だ、れすか…?」


 シルムがある程度意識を取り戻したところで、ゼラは急いで物陰に隠れる。シルムのイルシィに対するリアクションが、楽しみでならなかった。


「あたま、いった………ん、んん?」


 どうやら気付いたようだ。自らの足に絡まるイルシィに。さてどういう反応だろうか。


「え、ちょ……え? え、ええ……え?」


(え、しか言わんやん。バコーンってやれよシルム)


 物陰に隠れながら、ゼラはシルムの大きなリアクションを期待して、笑ってやろうと思っていただけに、何か物足りない感があった。しかし、まだネタばらしはしない。


「な、え? ちょっ……え? え、ええ………イルシィ、イルシィだよね? え? な、これ……え? えぇ?」


 あまりの困惑にしっかりとした言葉も出ないシルム。そして、そんな中でもスヤスヤと寝続けているイルシィ。彼はどうしたらいいか分からず、ただ焦っていた。


「なにこれ、ちょっと……とりあえず、起こすか……」


 大きな深呼吸の後、ひとまず落ち着いたシルムはそう決意してイルシィを優しく揺すった。いつもならガンガンと揺するであろう彼も、流石にイルシィを傷付けないよう丁寧に扱う。


「んぁぁぁ………えっ」


 やっと目が覚めたイルシィは、何かに抱きついていた手を解く。顔を上げるとそこには、真っ赤に茹で上がったシルムがいた。ちょっ!? という声とともに慌てて離れる彼女だが、その瞳には羞恥と困惑とが入り交じっていた。


「シルム!? 昨日帰ったんじゃなかったの!? お酒飲んだら帰るって……!」


「ち、ちがっ! 僕も帰ったつもりだったんだよ! でも、何も思い出せなくて……」


「わ、わたしに何もしてないよね!? もし手出してたら本気で殴るよ!」


「してないよ! そんなのお前が1番わかるでしょ!? 何にもしてないって!」


 ゼラは、大声で怒鳴り合う二人の会話を盗み見ながら、1人笑いを堪えていた。気持ち良さそうに寝ていたのに、起きたらこの変わりっぷり。本当は信頼してるくせに、中々素直になれない2人の関係と子供っぽさに、喜劇じみた面白さを感じた。


「……ま、まあわたし何にも覚えてないから気にしないけど………本当に、何にもしてないんだよね?」


「してないよ! …………多分」


 シルムもイルシィも、乾杯してからの記憶がまるで無いために、ただ2人で仲良く寝ていたという事実しか残らず、そのあまりの恥ずかしさに悶々としていた。そろそろショーも終わりか、というところでゼラが物陰からスっと現れる。


「よぉお二人さん。中々指令室に来ないから様子を見に来たんだが、随分と仲良くやってたみてえだな」


 ヘラヘラとからかい口調でそう言うと、2人ともさらに赤くなり黙ってしまった。てっきり言い返して来るだろうと思っていたゼラもこれには困惑し、数瞬間だけ虚無が室内を支配する。


「……ま、まあ何も無かったみてぇだし、あんまり飲みすぎんなよ」


「は、はい。すいません……」


 何とか言葉を絞り出したシルムに対し、イルシィは恥ずかしさに耐えるているのか服の袖をギュッと握り、目を逸らしていた。そんなに恥ずかしかったのか? ゼラはその事を聞こうと思ったが、流石にやめておこうと踏みとどまった。


「まあなんにせよ、お前らには指令室への出頭命令が出てるから、出来るだけ早く行けよ。ちゃんとした服に着替えてな」


 チラッとシルムのズボンを見てみると、何かをこぼしたかのようなシミがある。2人ともその存在に気付いてないようなのであえて言うことは無いが、もしそれがイルシィのヨダレだと知ったら、2人はどんな反応をするのだろうか。ゼラは再度、笑いをこらえるために口をつむいだ。


◆❖◇◇❖◆


「出頭が遅れてしまい、大変申し訳ありません」


「彼女と同じく、遅れてしまい申し訳ありませんでした」


 数分で着替えを済ませた2人は急いで指令室に走った。シルムは自室に戻るのにある程度時間がかかるため、彼が部屋に入室した時にはすでにイルシィが頭を下げていた。シルムも、彼女の謝罪に合わせ頭を下げる。


「………まあ、今後気を付けてくれればいい。初の正式任務の翌朝、ということは我々も考慮している」


 司令長官の男は、ヤレヤレというふうな感情を隠しきれずに、怒るつもりは無いと伝えた。その言葉を聞き顔を上げる2人。怒ってはいないが、真剣な顔には変わりなかった。


 ウィレナムズ・バレックス長官は、歴戦の勇士だ。過去の帝・王戦争での英雄的な活躍に、天才的な戦略家でもあり、土地経営にも才がある。キャラメル色の焦げた肌色に、威圧的なオーラを放つスキンヘッド。顔に描かれた傷模様は、彼がいかに勇敢で恐れ知らずであったかを表していた。


「2人とも、昨日の活躍はゼラから聞き及んでいる。見事な手際だったらしいな、大きな事故もなく大変満足している」


 真正面から、真っ直ぐにお褒めの言葉を受け取ったことに、2人はやや照れながらも感謝の言葉を返す。しかし、長官はこのことだけを言うために呼んだわけではあるまいと、気を緩めることは無かった。


「さて、本題に入らせてもらおう」


 室内の雰囲気が、一瞬にして固く緊張する。ピリピリとした空気の中で、シルムはゴクリと固唾を飲んだ。


「君達に、また新たな任務を受けてもらう。内容は冥竜の討伐だ。北西の『霊王の大森林』に赴き、更なる被害が出る前に駆除してもらう」


 冥竜といえば、まあ厄災の代表格だろう。魔力渦や異常繁殖などで生み出される彼らは、人里を襲うこともあれば誰にも危害を与えずひっそりと暮らすこともある。その戦闘力は全生物中トップクラスであり、魔力波動や重撃砲、魔法を使ったり口から火を吐いたり、さらには飛んだりもする。すっごいトカゲだ。


 今回冥竜の討伐命令が彼らに下ったということは、どこかでこの竜が人を襲ったのだろう。


「了解しました」


「あぁ、今回は君達2人だけで行う任務だ。君達2人が力を合わせれば、必ずや達成出来ると信じている」


 力を合わせる、という言葉にシルムとイルシィはピクリと反応する。長官はそれに気が付くが、特に気にはとめなかった。そして彼らの後ろに控えていたゼラは、またいつもの事かとため息をついた。


「それと、2人に渡しておくものがある」


 長官はそう言って隣の秘書に目伏せをすると、秘書は持っていたクリップボードから2枚の紙を取りだし、2人にそれぞれ渡した。


「その紙は、君達に認可した事柄を記してある。詳しくはその紙を見て欲しいが、簡単に言えば使用人の登用や自由行動などだ。正式隊員になったのだから、これは私達からの期待だと思ってもらいたい。今までのような申請は必要なくなる。報告義務は変わらずあるがね」


 ほほう。声に出しそうになるのを押え、シルムは紙に目を通す。そこには丁寧な文字で詳しく使用人登用規則や自由行動規定、傭兵任務についてなど、事細かに書いてあった。それも裏面にもビッシリと。


「さて、冥竜討伐の件だが、討伐方法に指定はない。ただ、討伐証明になりうる部位は持ち帰ってくれ。素材や魔石の扱いに関しては、その紙にあるように、諸君らに委ねよう」


 言葉を一旦切って、長官は大きく息を吐いた。そして2人の目を見つめ、零すように言った。


「君達が失敗するとは思っていないが…………死ぬなよ」


 2人はその言葉に深く頷き、長官室を後にした。


 世界大事典:聖フレンシャール著

 世界地図編。


 デウス島からオケノス川を渡った南東には、かの伝説的な隠者シルム・レートグリアやイルシィリア・シャルローゼの出身国であるモレス帝国の支配域が広がる。肥沃な大地と清流が流れるこの土地は、古来より果実や野菜の名産地として名高く、また鉄や魔晶石が豊富な洞窟、渓谷、地下都市がある為、その軍事力は三国中最大と呼ばれる。

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