任務、それは責任。
独立魔法技研情報局・モノリス。
台頭する反社会的勢力や魔法技術秘密結社、テロリストらに対抗するため公国により組織された戦略的特殊部隊。次世代兵器や新型魔法を開発、研究する魔法技術開発庁に所属するこのモノリスは、表向き情報収集や諜報活動、技術開発を主とし、戦闘活動を行わない情報局と名乗ってはいるが、その実は公国軍参謀本部の命令により秘密裏に敵性勢力を排除する極秘部隊。その特異性から公国内でも異質なものとなっており、名前はおろか存在すら知られていない。
その存在を知るのは公国軍参謀本部長や宰相、元老院、そして公王に限定される。命令を下す資格を持つのは公王ただ1人であり、モノリス自体が大きな権力を持つ。独立した統制体制を持ち、局長の判断に基づく作戦行動が許可されている。あらゆる意味で特別なこの部隊には、知られてはならない秘密を山ほど抱えていた。
当然の話だが、そのような強力な権力を持つモノリスには、普通の人間などいない。より危険で重大な任務を遂行するために、世界各地から優秀な戦士が集められる。普段は冒険者に偽装している彼らは、人間の限界を凌駕した存在だ。
そして、この秘匿された組織の情報を一欠片でも握ってしまった住民は、当然の如く尾びれを付けて噂話を流した。曰く、空飛ぶ魔法の飛行艇を基地にしているとか、魔界の王と契約し取引しているとか。果てには、大陸を裏から支配しているというのもある。もちろんだが、デマだ。ただ、ひとつだけ本当の噂話があった。
───モノリスに、文字通り人間はいない。エルフに獣人、雪人族、ドワーフ、人狼、混神族、吸血鬼、そして魔族。戦闘員から司令部、使用人に至るまで全員が人外だ。もちろんそれは、ただの使用人やシェフ、掃除員も事務員も………そして、新人にとっても。
◆❖◇◇❖◆
「モノリスだぁ? ありゃ都市伝説だろうが! いい歳こいて喧嘩うってんのか、あぁ!?」
隊長格の海賊は、ゼラの警告をただのイタズラと思い込み、逆に脅した。彼らはモノリスの名前だけは聞いたことがあったが、そんなものただのウワサだろうとタカをくくっていたのだ。
ゼラは、目の前の海賊が警告に応じそうも無いと判断し、僅かに目を細めた。それは哀れみとほんの僅かな同情を含んだ感情であった。
彼が腰に差した刀を手に取り、一息吐いて白い刃を覗かせたとき、船上に佇むモノリスが僅かに光った。
「後悔するなよ、海賊ども」
海賊たちは、その意味を理解したとき、怒りに身を任せて走り出していた。自分たちはこの流域全体を支配している海賊だ、こんなおっさんにコケにされるのは許さない。その一心だった。
「きめぇんだよ、クソジジイ!」
ちなみにゼラは今年で21歳。おっさんでもジジイでもなく、寧ろこれからという青年だ。何故そんな老けて見られているかと言えば、ボサボサの髪に無気力そうな顔、そしてタバコの匂いだった。
サビかけた鉈やジャベリン、ヒビが入った剣で武装した海賊は連携など忘れてゼラに肉薄した。大振りで繰り出される斬撃は、むちゃくちゃな剣筋にも関わらず剛腕からによるもの。その重さ鋭さは馬鹿にならない。
しかし、ゼラにはかすりもしない。剣術の達人でもあり、ベテランのモノリス隊員でもある彼は、このような事態など慣れっこ、日常茶飯事だ。振り下ろされる腕を両断し、膝を着いた所で首を刎ねる。
隊長格が瞬殺されたことに恐れを抱く海賊たち。しかし彼らの目にはまだ怒りの色が見えていた。いや、隊長格が倒されたのだから、更にその感情は刺激されてしまった。
「ああぁあぁあ!?」
ただしその昂りは刹那のもの。後ろから響いた声により、彼らの中の時間が止まった。ここにいる海賊はみな、差はあれどみな屈強な男たちだ。そう簡単に音を上げるとは考えずらい。
振り向くとそこには、大男の腹を切り裂き返り血をたっぷりと浴びた小さな悪魔。手に持つ剣には血糊がベッタリと貼り付き、禍々しくも幼い雰囲気が漂う。
シルムは小さく息を吐き、再度近くの賊に襲いかかった。怯えながら横薙ぎされた槍を弾き飛ばし、縦横の斬撃を放つ。15の少年からのものとは思えないその剣術は、獣のような鋭さで、男の命を奪った。間欠泉のように吹き出す深紅の血は、彼の顔を赤く染める。
皆の視線が1人の少年に集まり、恐怖と絶望を与えられたとき、もう1人の悪魔が現れた。返り血をほとんど浴びることなく、その銀の髪をなびかせながら二本の美しい剣で男共を薙ぎ倒す彼女。イルシィは、まるで流れる水のように鮮やかであった。
「最後の警告だ。武器を下ろし、手を頭の上で乗せろ。これ以上は容赦しないぞ」
ゼラの低い声が響く。男たちは、血の海になった木の甲板を一瞥した。恐ろしい光景が広がるこの船の上、自分たちの勝ち目はないと悟った。しかし、彼らにも誇りと矜恃がある。簡単に投げ捨てることはもはや出来なかった。
「ふ……ふざ、ふざけんなぁぁあ!!」
自らが感じる恐怖という感情を怒りに変え、力いっぱいジャベリンをゼラへ投げつける。しかし彼は、避けようとしなかった。身体を突き刺す寸前、目前に現れた魔法による紫の障壁がそれを弾いた。彼は剣術の達人である上に、魔法の心得まであったのだ。
「どけっ! 俺らがでる!」
戦闘において相手が魔法をつかった場合、こちらも魔法を使うのが定石。海賊の中にいた3名の魔法使いが、ゼラの前に立ち塞がった。
3人はそれぞれ利き手をゼラに向け、ニヤリと薄ら笑いを浮かべる。
「しねぇぇえ!!」
手のひらに集められた魔力は魔法陣と共に大きな火炎の弾丸に変換され、勢いよく射出される。普通の人間ならば、そんな弾丸を3発も浴びればただでは済まないだろう。しかし、彼らは普通でもなければ人間でもない。
「なんだとっ!? そんなバカな!」
回転しながら突き進むその赤い弾丸は、忽然と姿を消した。あたかも最初から幻だったかのように。目の前で急に、自分が放った魔法が消滅したことに、魔法使いたちは驚きを隠せなかった。
(イルシィ……態々そんなパフォーマンスしなくても……)
シルムは、ひと目でイルシィの仕業だとわかった。そしてジト目を彼女に向けると、視線に気付いたイルシィは自慢のドヤ顔を披露した。脳天気な彼女に呆れながらも、地面に倒れる海賊のトドメを刺す。
「クソっ! どうなってやがんだよ!」
「だから言っただろ、最後の警告だって……」
若干ヤレヤレといったふうな雰囲気を漂わせながら、ゼラは言った。そして、シルムとイルシィに指示を出す。『本気でやっていいぞ』と。
途端、2人の目の色が変わった。待ってました、そう言わんばかりのイルシィは、目にも止まらぬ速さで男の心臓を貫くと、両方の剣に魔力を練り込み、そのまま隣の賊に袈裟斬りを放つ。溶断されたかのように、その男の体は二つになった。そのまま流れるように斬撃を繋いでいく。魔力により紫色の光を放つ彼女の剣は、まるで芸術かのように舞い踊っていた。
もちろんシルムも本気を出す。全身に魔力を纏い、手に持つ剣にも呪文を付与した。その呪文とは、《吸血》。シルム・レートグリアは、吸血鬼族であった。
瞳の色が海の青色から血液の赤に変わる。僅かな微笑みを浮かべる表情はそのままに、溢れ出るオーラが数十倍にも膨れ上がった。吸血鬼の力により強化された身体能力をフルに使い、周りの大人を斬り裂いていく。
しかし、先程とは違った景色だった。血が一滴も垂れないのだ。倒れている男たちは、みな四肢や首、体のどこかの部位を欠損しているにも関わらず、血液が一滴も漏れていなかった。否、傷跡をよく見てみると、斬られた筋に向かって血液が抜き取られたかのようになっている。
それは当たり前だった。シルムは吸血鬼として、本能的に血を欲してる。剣に付与された吸血の呪文を介して男たちの血を吸い取り、自らの魔力へと変換しているのだ。
「はぁぁあぁ!」
その剣筋は、先程よりも速い。賊共の血を吸い取り魔力を得ているということは、血を吸えば吸うほど魔力を沢山得れることが出来る。得た魔力をそのまま身体能力の底上げに使い、殺せば殺すほど強くなっている彼は、もはや止められなかった。
踊り狂うかのように剣を振り回す小さな鬼。そして周りの男の悲鳴がまた別の悲鳴にかき消される。ただし血が溢れることはなく、ただ屍の上にまた屍が被さるだけ。地獄の底のような光景が、彼を周りでは起こっていた。
「う、うぁぁぁあああ!!!」
阿鼻叫喚が溢れるこの船の上で、3体の人外による蹂躙だけが、一方的に行われていた。海賊も必死に抵抗するが、力の差は歴然であった。いくら武器で受け止めようが、魔法を放とうが、海に飛び込もうが、例外なく抹殺されていた。
「おいおいおい! んだこれはよお」
しかしここで、彼らの親玉登場だ。立派な顎髭を伸ばしタバコを咥えているその男は、まるで岩のような身体で、身長は2メートルを越えている。大きな野太刀を肩に担ぎ、ギロリとシルムを睨みつけた。
「そこのクソガキ、俺らの船でなにしてやがんだ? んなことしてタダで済むと思ってんのか?」
シルムがゼラにチラリと目線を送ると、『お前がやれ』と帰ってきた。心の中で大きなため息をつきながらも、その大男に意識をやった。
「……公国魔法技術開発庁所属、モノリスです。貴方の船に違法武装や禁止薬物の存在が確認されたので自分たちが───」
「───あーあーうっせぇな、ガキが。んなこたぁ聞いてねえんだよ」
シルムは凛とした態度で対応しているように見えるが、内心はいつ怒鳴られるのかとビクビクしているところだ。証拠に左足が少しだけ震えていた。それに気付いたイルシィがプッと吹き出す。
「俺らの部下を散々やりやがったな、お前。そのツケは今払ってもらうぜ」
大男はそう言って、音を切り裂く音と共に野太刀を振り下ろした。交渉やらに応じるつもりは無いらしい。咥えられていたタバコが落下し、身体中から殺意が溢れ出した。その隠しきれないオーラは、シルムを更に気圧させた。
「………ッ!!!」
「ふっ!」
シルムは震える両脚に喝を入れ、魔力を多量に練り込む。その爆発的なエネルギーをもって親玉男に肉薄した。その勢いを維持したまま力の限り剣を振りぬいた。
しかし男は容易く受け止め、クリンチに持ち込む。体格と体重的に圧倒的に不利なシルムは簡単に押し込められ、体勢が崩れたところで顔面に蹴りが飛んできた。
シルムは1枚の隠しカードを切ることにした。異空間収納から取り出した両刃のダガーを左手に持ち、男の靴を受け止めいなす。間髪入れずに斬撃を放つが、大男は野太刀の腹を盾のように使い全てを軽く防ぐ。
「おいおいそんなもんか? 本当の斬撃ってのはなぁ………こういうのをいうんだよ!」
長い野太刀を両手で握り、ブォンという音と共にスイングする。シルムは、受け止めるのは危険だと判断し身をかがめて避けるが、それでも大男の攻撃は止まらない。何とか間合いの外に逃げようとするが、大男はそれを許さなかった。
「クソガキが! 逃げてんじゃねえ、てめえにはその命で責任とって貰わなきゃなんねえんだよ」
そんなことを言われてもシルムは困ってしまうだけだった。しかし大男の攻撃と口撃は止まず、白兵戦において防御が一番得意なシルムが負けるはずもなく、完全な膠着状態に陥ってしまった。
そんな状態が数十秒続いたか、大男がほんの少しだけ疲れた様子を見せ、速度が落ちたところで、シルムはチャンスと思い両腕に魔力を込めた。長剣とダガーで十時を作り野太刀をパリィすると、ガラ空きになった大男のもとに接近した。
得物が長い武器を使っている大男は、差し込まれ後ろに下がるしかなくなってしまった。左足を後ろに戻したところで、シルムは剣で横薙ぎ。腹を斬られた大男だが、出血はもちろんない。代わりに、立っていられないほどの倦怠感に襲われた。
「ぐ、ぐぁぁあぁぁあ! んだこれはぁぁァ!」
血液を奪われたのだから、大男は倦怠感に襲われるのは当然だ。血を抜き取られたことにより強制的に目眩や倦怠感を伴う貧血状態に陥る。正直この状態で立っていられる方が化け物だが、シルムは油断していなかった。
「クソが! クソがァァァ!!」
魔力も弱い男が気合いだけで剣を振り回していることに驚きながらも、シルムは先程より強く、打ち込まれる斬撃を弾いていく。大男は、すでに意識がほぼ無くなぜ自分が剣を振っているのか分からなかった。
「……っはぁ!」
もはや先程の半分以下の力になった時、シルムは一気に攻勢に転じた。魔力を右腕に練り込み長剣で野太刀を跳ね上げさせ、ダガーを腹部に突き刺した。
「ぐ、あぁぁぁあ……!」
力無く両膝を地面につき、全身から力が抜けたとき、シルムは長剣に左手も添え、風音も聞こえぬ速さで振り下ろした。ザクッ。肉と骨を切断する響きとともに、大男の生首は船上に転がった。
「親玉……親だまぁぁぁあ!」
涙とヨダレでぐちゃぐちゃになった賊の気配が、背後から感じた。回し蹴りによって賊の喉元に靴底を突きつけ、倒れた男の心臓に剣を突き立てる。周りを見渡せば、親玉が死んだ事への驚きと化け物を見る目で見る賊共が映っていた。
長剣はヒビが入り鍔と柄の接続が緩んで外れかかっていたため、もう使えないと判断した。
倒れた男の持っていた剣を掴み、再度周りを見回す。先程までシルムを畏怖の目で見ていた男は、もう倒されていた。
「……ふぅ、これで海賊の始末は完了だ。後は船長室の調査とブルーギルの確認、サンプルの回収、この船の破壊だけだ。手早く終わらすぞ」
ゼラの言葉にシルムとイルシィは返事をし、手分けして船長室と貨物室を調査することになった。シルムとイルシィで船長室、ゼラが貨物室という具合だ。3人で数分ほど調査し、めぼしいものを探す。船長室では、航海図や親玉の手記、取引記録などの資料を物色した。
「よし、もういいだろう。爆薬をありったけ仕掛けてきたから、はやく脱出するぞ。巻き込まれてはたまらないからな」
ゼラはモノリスに触れ、その機能に時限的に停止する効果を追加させる。このモノリスが発する魔法のベールには、防音や不可視、忌避領域などの効果があり、作戦活動中は民間人が立ち寄らないようにするための措置だ。他にももう1つ、重要な効果があるがその話はまたおいおい。
3人は、来た時と同じく水上歩行と歪曲迷彩の魔法を展開し海賊船を後にした。その数秒後、威圧するオーラを放つフリゲート艦は、モノリスのベールに包まれ世界から隔離されたまま、ひっそりとこの世から永遠に姿を消した。それは、違法薬物の売買を取り仕切るアンダーグラウンドにおいて、大きな出来事として刻まれ、後に多大な影響を残しながら。
世界大事典:聖フレンシャール著
世界地図編。
地図を見てまず目がいくのは、広いレブンズ海に佇む巨大大陸だろう。そしてその巨大大陸、ヘデス大陸を見れば、ちょうど中央にぽっかりと空いた大穴と、そこに浮かぶデウス島。はるか昔、隕石の衝突によって抉られたとされるこの大穴に、神々が作り出したと言われるこの島は、現在大陸の中で最も発達し様々な種族が共に暮らしている。この巨大島は、偉大なるデウス公が代々統治するデウス中央公国がおかれ、他の三国の緩衝役を果たしている。




