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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
本編・暗躍する月の使徒
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暗躍する月の使徒

 ようやっと、本編入りました。


 雨がしとしとと降り始めた。空から零れ落ちる大粒は、彼の髪や服、頬を濡らす。どこまでも広がる青空は、今や薄暗く分厚い雨雲に支配されていた。


 チラッと見渡せば、そこには死体の山。騎士鎧を身につけた剣士や、ローブを纏った魔術師。弓矢使いのエルフ族に、尻尾や獣耳など人ならざる特徴を持つ獣族など。

 みな、死んでいる。出血死した者も、致命傷を受け即死した者も、魔法により生きたまま焼かれた者もいる。皆等しく死んでいた。


 彼以外、もはや誰も生きていないこの空間で、血と鉄の匂いが鼻を刺す。太陽の恩恵を忘れ、陽の光が失われたかのように、この土地は渾沌と陰鬱に包まれていた。


 その男は、呆然と立ち尽くす。クマのような大男が、地に伏してた。腹部が大きく切り裂かれ、臓物を吹きこぼしながら。無念の表情を浮かべているように見える。


 男の手に持つ長剣には、血糊と肉片がこびり付いている。この男が、その大男を殺したのは一目瞭然だった。男の目に後悔はない。その顔にも、感情の変化は見られない。しかし、その眼はドロドロに濁り切っていた。


 やがてその男は、おもむろに長剣を地面に突き立てた。地面に刺さった剣へ体重を預けるように、両膝を着いて蹲る。


 ふわっ。優しい風が男の肌を撫でる。その細腕には、幾つもの切り傷と刺傷。よく見ると、腹部には短剣が刺さったままだった。

 致命傷では無いが、重症には変わりない。直ちに適切な処置を取らなければ、彼の今後の人生に関わるだろう。そんな大怪我を、男は無視する。


 大きな息を吐き、額を刀身に押し当てる。血糊がべっとりと額につき、彼の灰髮を赤く染めた。

 深く目を瞑り、そのまま動かない。


 どれほど時間が経っただろう。男は、ゆっくりと額を離し、腰を上げる。ドロドロに濁っていた瞳は、もはや澄み切っていた。その青い目の先にあるのは、息をしない大男。


 雨の音が、どんどん強くなる。ぱらぱらとしていた雨が、今ではザーザーと音を立てていた。男はフードを被り直し、剣を鞘に戻す。腹に刺さった短剣を、力任せに引っ張り抜く。血は、一滴たりとも溢れない。


 彼は短剣をポイと放り投げると、そのまま反対方向に歩き出す。自らが倒したはずの大男には、一瞥もくれずに。


 雲に覆われた空は、暗黒であった。

 雨音以外聞こえない土砂降りの中、彼は悲しげな笑みを浮かべる。その頬を濡らすのは雨なのか、別の何かなのか。それは、彼にしか分からない。彼にしか、知りようがない。


◆❖◇◇❖◆


 雲ひとつ無い青空のもと。潮風に靡く木々の間を、ガタガタと揺れる馬車が通過する。その中で、小さく頭を抱える少年がいた。

 パールグレイの、ややくすんだ髪を持つ彼は、目をつぶり顔を僅かに顰めながら背もたれに凭れていた。


「どうしたのー? シルム」


 そんな彼を心配してか、隣にいた少女が声をかける。少年の髪色とはある意味対象的な、キラキラと輝く美しい銀髪を持つ彼女。アメジストを連想させる紫の目には、やや疲れた少年の表情が映る。


「いや……なんか、急に頭痛がしてさ……なんか痛いんだよ…」


 頭をさすり困ったような顔をするシルムを見て、少女……イルシィは、イタズラを思いついた様な小生意気な顔で、シルムに言った。


「それは大変だね。じゃあひざ枕でもしてあげよーか?」


 にひひ、と笑うイルシィを見て、シルムは思わずため息をついた。こうして懲りなく僕を揶揄う彼女の癖はもう一生治らないらしい。


「……や、遠慮しとく。耳に指でも突っ込まれそうで落ち着きやしないよ」


「なんでよー。キミからの信頼はそんななの? わたしそんな事しないよー」


「いやいや一昨日やったじゃんか。危うく鼓膜破れるところだったよ」


「だからあれはごめんって言ったじゃん」


「全然反省してないでしょ、イルシィ」


 そう言うと、彼女はまた明るい声でアハハ、と笑った。少年をからかうのがそんなに面白いのか。何が彼女を笑わせているのが彼はサッパリ分かっていないが、このやり取りは何故かずーっと続いている。



 少年、シルム・レートグリアがイルシィと出会ったのは彼が13歳の時。両親を戦争で無くし、戦災孤児となった彼をイルシィが救ったのだ。

 イルシィも幼い頃に親をなくし、そこから1人で生計を立てなければならなかった。そこで彼女が選んだ道は、剣だった。戦う術を習得し、それを自らの武器に、そして生きる手段とした。


 彼女はその才覚と努力をもって、瞬く間に力を身につけ、あっという間に仕事を得た。傭兵家業だ。雇い主に沿う形で依頼を達成し、時には死線をもくぐり抜け、金銭を稼いだ。弱冠12歳で大の大人顔負けの仕事ぶりであった。


 そんな彼女が、シルム少年を知ったのは、ある大雨の降る夜。彼女が日課にしていた酒場での夕食を終えて家に帰る途中であった。


 孤児院から抜け出し、ボロボロの服を身につけ、全身をびしょびしょに濡らしながら裏路地に座り込み俯く彼を見つけたのは、ある意味必然だった。


 イルシィはその時、直感的に感じた。彼はとんでもない逸材、自分と同等の戦士になるのにそう時間はかからない、と。それは殆ど確信に近い予想であった。


 そしてその予想は寸分違わず的中。僅か1年と半年間の鍛錬によって彼女に並ぶ程の実力を手に入れた。何故そんな短時間でイルシィと同等の力を手に入れたのか。それは彼の剣の性質あった。


 イルシィの丁寧で水流のような美しい剣術に対して、シルムの剣術は猛獣のような、明確な殺意を具現化したようなもの。故に、相手を殺傷することに重きを置いた彼の剣術は、戦闘に関して絶大な力を発揮した。


 彼がそんな戦い方を学び、会得したその背景には、両親を戦争で無くした過去があった。もう近しい人を無くすことがないように、そして今の弱い自分が嫌で、そんな自分を乗り越えるために。たくさんの思いが、彼の剣を作り上げた。


 さて。優しく大人しい性格とは裏腹に荒々しい戦い方を好むシルムは、イルシィのことを恩人と思い尊敬こそすれ、最近は段々と扱いが雑になっている節があった。

 彼ら2人の関係に、師匠と弟子、という色は見られない。年齢が近く2人とも若いというのもあるが、イルシィがそんな関係を嫌がり、友達のような仲になったいう経緯がある。今では、最早親友といっても過言ではない。


「ホントに悪いと思ってるってばー。あの時のキミの驚きよう………ぷくくっ、思い出しただけで笑っちゃうよ」


 2日前に起こったこの耳穴ほじくり事件の概要だが、単純に彼女が昼寝中に僕の耳に指を入れただけだ。普通に僕がマジギレした以外、特に何も無かった。


「……イルシィ、最初はそんな性格じゃなかったはずなんだけど」


 ジト目でイルシィを射止めると、痛いところを突かれたのか苦しい声を上げて目を逸らした。どうやらイルシィの中でもやはりその自覚はあったらしい。


「で、でもっ、もう出会ってから2年以上経ってるんだよ? そりゃ少しは変わるでしょ」


「少しじゃなくて、かなりでしょ。最初の頃の話し方、教えてあげよっか?」


 出会った初期は、『大丈夫? 凄い傷を負ってるね……安心して、いま治療してあげるから。他に痛いところはない? 少しの間だけなら、私の家で休んでもいいから……大丈夫だよ』こんな感じ。声真似も意識しながら声に出すと、「全然似てないから! あとそんなこと言ってない!」と怒った表情で足を蹴られた。


「こんなんだったよ?」


「ぜんっぜんちがう! そんなこと言ってないもん!」


「正確には覚えてないけど、口調はこんな感じだったよ? あの頃は優しかったのになあ。それが今じゃ………はあ」


 彼女の口調やシルムへの対応の遍歴を思い返した時、彼は思わずため息をもらした。あの頃は清楚でお淑やかだったのに。今じゃとんだ暴れ馬だ。


「なんでため息!? そんなこと言ったらシルムだって変わったじゃん! 最初は恭しく敬語使ってくれたのに。なんか最近わたしの扱い雑じゃん!」


「敬語やめてって言ったのイルシィからじゃん」


「ち、違うよ! 君が怒ったときからだよ! しかもその時から段々対応が適当になってるよ!」


「いやぁ、イルシィだしもういいかなって」


「なにそれ!?」


 正直シルムは、もうイルシィに対して丁寧語を使うとか失礼がないようにするとか、そんなこと欠片も考えていない。それだけ築き上げられた信頼関係があるのは事実だが、面倒になったというのが本音だ。


「おーおーお二人さん。毎度毎度話題が尽きねえなぁ」


 シルムとイルシィのどうしようもない言い争いの中、間に割って入ったのは2人の上官兼保護者であるゼラルド・バースドルフ。


「ゼラさん! 聞きましたか今の!? イルシィだしもういっかですって! あまりにも酷くないですか!?」


 ややボサボサした深い茶色をした髪に、ダルそうにしている目元。トレードマークである葉巻を左手に持ち、足を組んで彼ら二人の反対側に腰掛けている。


「いや、知らねぇよ………」


「ゼラさんも言ってやって下さいよ! わたしを大事に扱えって!」


 シルムはなにも、いつもこのような対応をしている訳では無い。ただ、最近増えてきためんどくさい絡み方に対してそこまで丁寧に相手する必要はないのでは、と思っただけだ。


「仲良いんだなお前ら……」


「そうなんですよ。僕が仲良くしようとしてるのにイルシィは文句ばっかり……」


「ちょっと! 違うでしょ!」


 イルシィもイルシィだが、シルムもシルムだ。彼はいつも一言多い。これは相手がイルシィに限る話たが、何故かお互いに挑発し合い腹を立て合う。信頼関係の元に成り立つものではあるが、相性がいいのかは甚だ疑問である。


「やっぱお前ら変わってんなあ」


 ゼラも2人の言い合いを見て苦笑が滲む。彼自身も、心に決めたパートナーがいるが2人のように本心をむき出しにしての言い合いなど出来ない。そのことを思えば、羨ましいような気持ちにもなった。


「………さて、見えてきたぞ」


 馬車から窓をのぞけば、そろそろ目的の場所が近づいてきた。ダルそうにしながらも、真剣味な表情に変わるゼラ。シルムとイルシィの2人も、会話を一旦切りやめて集中した表情を見せる。


「今日はお前ら2人が正式にウチらに入隊してからの初仕事だな」


 先程のダルそうな声はもはや姿も見せず、張り詰めた緊張感が馬車の中を支配していた。その中でゼラは、ゆっくりと話し始める。


「消して焦るなよ、今まで通りやればいい。ただし生命第一だ。やばいと思ったらすぐ退け。任務遂行はその次だ、いいな?」


 ゼラのチームに配属された新人の戦死率は、異常なまでに低い。それは何故か、ゼラが人命に人一倍気を配り、生命第一を徹底しているからだ。


「え? しかし任務では───」


「───いいかイルシィ。何度も言っているが、死んだら終わりなんだよ俺達は。組織的な戦力の低下は勿論だが、気持ちの問題もな。それに秘密がバレる訳にはいかない。生命第一は命令だ。わかるか? イルシィ」


 食い下がったイルシィに、ゼラはやや声色を変えて忠告する。有無を言わせぬその言葉に、イルシィは頷くしか無かった。


「……っはい、分かりました」


 イルシィの言葉を聞いて、ゼラはふっと小さく笑い、満足気に息を吐いた。分かってくれたらいい。そう言って、厳かな緊張を解いた。


 程なくして、馬車が目的地に到着した。そこは小さなちいさな港町。漁をするための小舟が並び、長閑な雰囲気が溢れていた。波が音を立てて揺らいでいる。


「………見えたぞ、あの船だ」


 しかしそんな平和な風景に、1つのおおきな邪魔があった。海岸から少し離れた所に停泊している、武装したフリゲート………海賊船だ。遠くから見ても、舷側砲が物凄い迫力でとんでもない威圧感を発している。


「今回の任務は、このピースポートに停泊している海賊船の調査及び違法品の破壊だ。調査によれば、あの船は海戦条約で禁じられている違法な炸裂榴弾砲と高濃度魔式重撃弾で武装しているらしい」


 その2つの物騒な名前なら聞いたことがある。新たな兵器開発の一環として作られた軍艦搭載型の次世代版重大砲だが、事故や危険性の高さから製造は中止になった。廃棄された設計図や試作品を海賊共が強奪したとかそこらだろうな。扱うには火薬の知識が必要なのだが、しっかりと責任者と保安員はいるのだろうか。


「そしてもう1つ。あの船、甲板の下に大量のブルーギルが積まれているそうだ。推定積載量は約1トン。その価値は大体900億。上の連中が、麻薬密売ルートを調べ上げて漸く尻尾を掴んだらしい」


「ブルーギルねえ〜……」


 イルシィはそう小さく呟く。かれこれ違法薬物の密売ルートを探り摘発、壊滅されるのは3回目だが、毎回毎回イルシィは臭いくさいと文句を言っていた。勿論シルムも同感だ。


「手順はいつもと変わらない。フリゲートの中心を座標に《モノリス(月の石版)》を設置し、投降勧告、応じなければ武力制圧だ。しっかりと頭に入れておけよ」


 一連の流れは今まで通りだった。船の中心に設置する《モノリス(月の石版)》も、先日新しく改良を加えたものを仕上げてある。なにぶん久しぶりの任務なのだ。シルムもイルシィも、気張るなという方が無理だろう。


 3人は歪曲迷彩と認識阻害、消音緩衝、水上歩行、そして魔力隠蔽魔法を用いて船に近寄る。船縁の出っ張りを掴んでよじ登り、ゼラは船首に、シルムとイルシィは船尾の装甲板にしがみつきぶら下がっていた。


 パシュッ。船の上空に1発の花火が打ち上げられた。ほんの小さな花火は、船員でも数人ほどしか気が付かない。しかし、2人は何の気なしに打ち上げられたその意味を理解した。


『月魔法:《モノリス(月の石版)》発動』


 3人は全く同一のタイミングで、海賊船の中央に1本の一枚岩を発現させた。三本の一枚岩は融合するようにひとつになり、やがておおきな存在感を放つ光り輝くモノリスとなった。


 突然のことに慌てふためき、言葉を失う海賊たち。突然の事で、何がなんだからわからず状況が飲み込めないでいた、その時だ。


 長方体をしたモノリスの上底から、月光色の魔力の奔流が迸る。それは溜め込まれたものを吐き出すように上へ上へと舞い上がり、三本のマストの高さを軽々と超えた時、船全体を囲うようにして半円の円球を作り出した。絶対不可侵を体現するかのような外界とを遮る光のバリアは、あっという間に船と世界を切り離し、別の世界に飛ばされたと錯覚させられる。

 モノリスの発動が行われたとき、ようやく事態を理解した海賊たちは己の武器を手に取り大声を出して威嚇するが、次の一言によってそれはかき消された。


「独立魔法技研情報局・モノリスだ。お前たちには禁止薬剤の密売と違法装備品武装の容疑がかけられている。武器を捨て、手を頭の上で組め。これは脅しではない、いますぐ投降しろ!」



 誤字報告ありがとうございました。

これからもよろしくおねがいします。

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