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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
序章・記憶と思い出。
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教わるのは難しい

 木刀を貰った翌日。僕とお父さんは早速庭に出て剣の修行を始めた。


「まずは父さんが手本をやってみるから、よく見ておけ」


 剣を正面で構え、一瞬の溜めの後鋭く袈裟斬り。僕に剣は全く分からないが、何となく凄いと言うことはわかった。


「よし。シルム、やってみろ」


「はいっ……!」


 恐る恐る父の隣に立ち、同じ様に剣を構える。

 隣から「ほぅ……中々いいな」と聞こえたが、ちゃんと見ていたので同じ様に構えるくらいできる。


「………ッ!」


 先程のと同じ様に、一瞬の溜めを全て剣に集め振り下ろす。

 全然上手くいかない。剣が予想以上に重たく、体が振り回されてしまうのだ。折角溜めた力が全て逃げてしまっている。


「……力が逃げてしまっているな。剣を握る力はそのままに、肩と肘の力を抜いてみろ。そして、腰の回転を意識するんだ」


 腰の回転……? てことは、こうか?


 ブンッ! 先程よりも鋭い風きり音が聞こえる。どうやら少しだけ上達したらしい。


「よしよし、上出来だ。そうしたら、足さばきと体重移動について教えるぞ」


「足さばき……」


 似せたようにやってみたのだが、やはり全然ダメのようだ。足の長さが違うからか、同じような動きにならない。


「あぁ。大切なのは重心だ。腰を下ろして、出来るだけ低く。脚先だけじゃなくて、下半身全体で体重を支えるんだ」


 そうすることによって、俊敏な動きで澱みなく足を動かすことが出来る、と補足した。


「下半身がまだ十分に鍛えられてないから、重心がブレブレだな。明日から一緒に早朝のランニングに行くぞ」


「は、はいっ」


「よし。ならばもう一度だ。重心の震えを自覚しろ。片方の足が震えてきたら、そちらに体全体が傾いてしまっているんだ」


 お父さんと同じ様に足を肩幅に開き、剣を構える。今から打つぞ、という所で、左足が小さくだが揺れる。


「左足だな。右足の付け根あたりに腰を下ろすイメージだ。そして、自分に合うポジションを見つけろ」


 お父さんの説明な分かりやすく、初心者の僕でも非常に理解しやすかった。僕が直すところを見つけたら、それを見逃さず解決方法を教えてくれるし、気付けなかったことも指摘してくれる。


「よし、様になってきたな。打ってこい! シルム!」


「はいっ! はぁぁッ!」


 重心を低く保ったまま、剣をスムーズに振りかぶる。一瞬で溜めた力を肩、肘に伝える。

 そして、振り下ろすと同時に腰をひねり、同時にアキレス腱と太もものバネの力を足す。


 ゴッ! 木と木がぶつかった音が響く。振り下ろした剣は、父の防御を全く崩せなかった。衝撃が全て腕に帰ってきて、鋭い痛みをもたらす。


「……ふむ、下半身のバネがいいな。流石、広場で走り回っていただけはある」


 昔から走るのや跳ぶのは好きだった。特に走ることに関しては、同世代の友達の中で1番だった気がする。


「い、痛い………」


 しかし痛かった。手に戻ってきた衝撃は、まるで骨を揺らしているかのように内側から痺れる。


「我慢だぞ、我慢。戦いに於いて、痛い痛いと剣を置いても敵は逃してくれないからな」


 そうだ。僕が学ぶものは真剣での殺し合い。そこに遠慮や配慮はない。どちらかが死ぬまで振るい続ける。

 こんなことで、音を吐いてはいられないな。ちゃんと我慢しなければ。


「しかしバネか……シルムは将来、スピードタイプの剣士になるかもな」


 スピードタイプ………戦場を縦横無尽に駆け回り、敵を薙ぎ倒して行く速さを求めた剣士。1対1の対決では、間合いを持ち前の速さで支配し、攻撃は最大の防御と言わんばかりの手数で攻める戦い方。


「よし、じゃあどんどん打ってこい。遠慮はいらないぜ、父さんを倒すつもりでくるんだ」


 お父さんの目に何やら光が煌めく。何か楽しいものを見つけたような、少年のような目の輝き。

 お父さんは、僕を見てそんな目をしてくれている。その事が、たまらなく嬉しかった。


 剣を握り、先程教えてもらったことを全て出し切る。防御に徹するのかと思ったら、攻撃と攻撃の合間や少し油断した所で斬撃を放ってきた。


 大きな横薙ぎ。それをバックステップで回避すると、まだ構えに戻らぬ内に速攻を仕掛ける。溜めを最小まで短くして、心臓めがけた突きを放つ。

 お父さんは、迫り来る剣の横っ腹を叩くように弾いた。剣先の軌道が大きくズレる。父は、仕切り直しと思っただろう。


 僕は、弾かれた勢いを利用して一回転し、側面へ移動する。重心を下に集めた淀みのないスムーズな足運び。


 お父さんの目にやや焦りが生まれる。彼の剣は今、横っ腹を叩いた影響で僕とは逆の方を向いているのだから。

 溜めの短い切り上げを放つ。速度、鋭さともに今の僕からすると申し分のない。足腰のバネと回転を加えた斬撃だ。


 お父さんは、無理やり剣を横に払う。僕の体では到底出せない速度、鋭さ、重さ。


 お父さんの体に剣先が届くまで後5cm。一見短く思えるその距離が、僕からすると相当に遠く感じた。


 避けきれない。そう判断して、歯を食いしばるり数瞬後、左頬に激しい衝撃。左側頭部が揺れるような強い揺れが、お父さんの持つ木刀から伝わる。


「す、すまない! やりすぎてしまった……本当にすまない」


 それはこの痛みに対する謝罪だろうか、先程のカウンターに対する謝罪だろうか。

 まあ、両方か。


「い、いえ………訓練ですし、事故は付き物ですよね?」


「あ、あぁ………そうなんだが、本当にすまなかった。痛かっただろう?」


「ええ、まあ」


 そう言って、あはははと笑う。お父さんも笑ってくれたみたいだろうが、何故だろう? 頬が引き攣っている。なにか気になることでも?


「お前、今の凄かったな………油断しちまったぜ、あそこで諦めてねえとは」


「そ、そうですか? なんか、チャンスだなって、思ったんです」


 届いてもいい一撃だった。しかし、お父さんの体に纏われた肉体によって、強引に覆されてしまった。

 今の僕では、父に力比べでは敵わない。だから、筋力よりも剣技で上回らなくては。


 普通なら、歴戦の猛者であるお父さんに勝つことなど不可能だと思うだろう。僕も少しは思う。

 けど、目指すよ。いつか父に剣を当てて、参ったと言わせる日を。


◆❖◇◇❖◆


 2年が経った。10歳の頃と比べると、身長は伸びて筋肉も付き、特に足腰周りが逞しくなったと言われるようになった。


 毎朝のお父さんとのランニングは欠かしたことがない。濃い雲が出てる時も、大雨の時も、嵐が来た時も。1日も欠かさず走り続けていた。


 毎日の修行も、段々と過酷になっていった。


 最初の頃は僕が一方的に打ち込むだけの掛かり稽古だったが、半年後には試合形式になった。


 現在ももちろん、お父さんは木刀を持って僕と戦っている。


 激しい剣戟の音が木霊する。木と木を打ち合っているだけなのに、巻き起こる風は真剣での争いのようだ。


 ───踏ん張る土が僅かに抉れ、ほんの一瞬だけ僕の手が止まる。


 父は、この一瞬を待ってたかのように、ここぞとばかりに速度を上げた。僕も何とかついて行くが、対応し切れず体を掠るのがいくつか。


 お父さんに教えられたのは、僕は防御主体のカウンター型だということ。甘く入った剣を弾く、もしくははね上げ、致命的な隙を生じさせる。

 そして、足腰を生かした鋭い斬撃。一撃必殺の素早い攻撃により、隙を見逃さない高速剣技。


 大切なのは間合いだ。適切な間合いを、最適な間合いを確保して維持する。踏み込みすぎてもダメだし、離れすぎても対応出来ない。

 この心理的な駆け引きが、剣術が最高たる所以。僕はそんな剣の魅力にたっぷり魅了された。


「ゼヤァッ!」


 耐える。耐え続ける。1年と半年をかけて学んだ防御と打ち合いの技術は、父にすら認められ引けを取らないほど。

 ひたすらに我慢する。我慢して我慢して我慢する。


 父は、もちろん中々切り崩せない僕に心を乱す。何回何十回何百回やったって、ほんの少しだけ心を乱して、つい深追いしてしまう。

 強者ゆえの傲慢。強さから来る怠慢。人はそれを本能と呼ぶ。


 ────きた。


「はぁぁッ!!」


 剣を崩そうとした、やや大股な踏み込みと強烈な袈裟斬り。そう、これを待っていた。


 振り下ろされる袈裟斬りを、手首を返し剣の腹で滑らすようにして受ける。お父さんは、しまった、と言った顔をするがもう遅い。


 剣先が、地面に突き刺さり土を巻き上げた。視界が遮られる中、僕は丁寧でいて素早い足運びで背後に回る。


 隙だらけ大きな背中を捉え、最小の動きで切り上げを放つ。思わず口がニヤけてるしまう。しかしもうこれで────。


「───まだだ!」


 お父さんは、さらに土煙を上げながら無理やり剣を引き抜き、勢いそのまま大きな横薙ぎ。このまま行けば、当たる。


 ───そう来ると思ったよ、お父さん。


「………なにっ!?」


 迫り来る剣を後目に、切り上げる剣を一瞬だけ遅らせる。

 そしてそのまま、僕の腹へ吸い込まれるように向かってくる剣先を、思い切り打ち上げた。


 思わぬパリィに、父は大きく仰け反る。両足のつま先が、地面から離れる。


 剣を振り抜く。お父さんの脇腹に当たる。苦悶の声が頭上から聞こえた。


 そして木刀が、嫌な音を立てた。


(これで83勝126分83敗、ならんだぞ)


 思えば、最初の頃は負けまくったっけな。あまりにも負けが続くもんだから、ついカッとなって木刀を地面に叩きつけた。

 誰も見ていなかったから良かったものの、それからは酷く後悔した。それ以来、僕はこの木刀を大切に扱っていた。


 まあ、2年も使ってりゃ折れるだろう。納得はしたが、寂しいなと思う気持ちは別だった。


 僕たちは剣を地面に置いて近くの切り株に腰かける。

 瓢箪で出来た水筒の水をお父さんが先に飲み、僕に渡したのでゆっくりと傾ける。


 ………全部飲みやがったな。


「………にしても凄いな、シルム。まさか2年にして並ばれてしまうとは。お前は強くなった、誇ってもいい」


 お父さんは、空の瓢箪を渡したことなど気にしてないかのように言葉を紡いだ。


 しかしそれは、相性の問題だろう。スピードタイプの剣士は、お父さんのようなパワータイプの剣士に相性がいいのだ。言い方は悪いが、お父さんは相手が悪かった。


 同じ相手と約400試合やった所で、客観的な実力など誰にも分からないのだ。


「さて、シルム………お前は確か、魔法や弓術の心得もあったよな」


「はい」


 魔法は薬草師とお母さんに、弓術は狩人のオーガさんに師事している。2人とも……いや、お母さんは丁寧に教えてくれるので、魔法の習得が早かった。


 オーガさんは………まあ、うん。

 何とか習得出来た。という感じだ。ギュッて引いてバッて離す。これだけの情報しか彼から得られなかった。


「なら、狩りに行くことを許可しよう。まずは簡単な動物で、次に猛獣、最後に魔物だ。それらを討伐出来るようになれば、地下迷宮(ダンジョン)に行くことも許してやる」


 おぉ! ついに狩猟解禁か! これまでは動かない的が相手だったから、楽しみだ。


 あと、ダンジョンってなんだろう。この後レミアにでも聞いてみよう。彼女は最近忙しいみたいだけど……まあいいでしょ、多分。


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