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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
序章・記憶と思い出。
18/37

狼の王様、前

 イルシィの言っていたカフェに着いた。見るからに小洒落た雰囲気で、陰キャの僕には注文することはおろか入店することさえ躊躇われる。この人から入ってもらおう。


 ━━━━いらっしゃいませーっ!


 ちゃんりちゃりんと入店ベルを鳴らしながらドアを開けると、目に飛び込んできたのは………なんと小洒落たカフェ。こう言っては失礼かもしれないが、思った通り、外見とそのままの印象のカフェだった。

 本屋が隣接されてるだけあって、やはりかなり広くのびのびとした空間であり、客もそこまで多くはいない。


 チラッ、と店員さんを見ると、清潔感のある給仕服を着た亜人、もっと言えば猫人族の女性だった。

 カチューシャの後ろにあるケモ耳がピクピクと動いており、それに連動しているのかもふもふの尻尾もぴょこぴょこしている。


「あっ、イルシィさん! お久しぶりですぅ!」


「久しぶりミーニャ。最近中々来れなくてごめんね?」


 この猫人族の女性はミーニャさんと言うらしい。髪は栗色で猫特有のクリクリの猫目をしている。


「にゃははっ! いえいえー! こうして来てくれるだけでも充分ですから!」


 イルシィはこのミーニャさんとお知り合いなのだろうか。パッと見年齢も近そうだし、幼い頃からの友人ってところか。にしてはミーニャさんだけ敬語でイルシィは常語なのだろうか。違和感が残るばかりである。


 それからイルシィは、「いつもみたいに席取って本選んでから注文するね」とミーニャさんに言った。

 イルシィが選んだのは窓際で角のテーブル席。うん、実に無難なチョイスだ。素晴らしい。


「じゃあ私本持って来るから、マニュアルブック読んでてね。飲み物は何がいい? お菓子とか、いる?」


「んー………」


 カフェにある飲み物なんて、全然詳しくないので何がおいてあるのかサッパリだ。下手なことを言いたくないから、イルシィと同じものでいいだろう。

 というかお菓子ってなんだ? カフェってなんかすげえ高い服着た貴婦人達が優雅にお茶してるのを想像してたんだけど、お菓子食べるの? なんかちょっとだけ興味あるな。


「イルシィと同じものでいいよ。お菓子の方も」


「んふっ、りょーかい」


 その言葉を聞いて、イルシィはにやっと笑ってから僕に背を向けて本棚の方に歩いて行った。

 え、なんだろう、イタズラでもするつもりなのかな。なんの笑いなんだろうか、今のは。


 ソファ側のシートにどっと腰掛け、腰に下げていた剣を持ち物用の籠に入れておく。マニュアルブックをストレージから取り出して、いざ読書開始だ。


◆❖◇◇❖◆


『冒険者ギルドのマニュアル

─────著,グランバルド・リーブル』


『序文。

 まずはじめに、この本を執筆及び造本するにあたり、あまりにも大勢の方々が直接的・間接的問わず様々な形で協力してくれて、またこの仕事に力添えしてくれたこと、心より感謝の意を評したいと思う。全ての助力があったからこそ、私はこの本を執筆し後世に残すことが出来るのである。

 冒険者ギルドの本質は、魔物やモンスターを討伐し民に安心で安全な生活を提供し守っていくことにある。民を守護し、民を救済する存在たりえなければならない。その大きな志のもと、正義感に溢れ、規律を重んじ、勇気と良心を持った猛者達を、私たちは歓迎する。

──────グランバルド・リーブル。


 冒険者ギルドの基礎原則。

⒈冒険者ギルド(以下、ギルドとする)に登録している者(以外、冒険者とする)は、以下の権利と義務を負う。

⒉冒険者は、毎月決められた金額をギルドに納めなければならない。ギルドは、冒険者の身分を保証するギルド証を発行し、その身分を証明・保証する。


 中略。


 ギルドと冒険者について。

⒈ギルドは、存在するどの勢力・国家・団体との関わりを持たず、独立した組織として独自の方針を持つ。

⒉冒険者は、ギルドに依頼されたクエストを受諾し、それを遂行したことを証明することが出来れば、ギルドから報酬金を受け取ることが出来る。

⒊冒険者は、その実力や能力、実績などにより、降順に神話・鉑星・鉑・金剛・金・聖銀・銀・真鍮・銅・青銅・鉛・錫・鋼・隕鉄・鉄・石の階級(以下、ランクとする)に分けられる。

⒋クエストには、それぞれ推定難易度によりランク分けされ、冒険者は自身のランクの一つ上までのクエストを受諾することができる。

⒌冒険者は、ギルドに届け出ることによってパーティーを組むことが出来る。この場合、パーティー構成員の平均ランクがパーティーのランクとなり、一つ上までのランクのクエストを受諾することができる。

⒍クエストを受諾した冒険者またはパーティーが、そのクエストを遂行する能力がないと判断され、また期日までに達成出来なかった場合、該当クエストの報酬の半分を違約金として支払わなければならない。

⒎冒険者は、己の実力・能力を証明し実績を上げるなどして、ランク昇格試験を受けることが出来る。

⒏冒険者は、この本に定められる規定に違反、または周囲に危険が及ぶ問題を発生させた場合、または軍法会議にて有罪判決を受けた場合、その身分を剥奪され冒険者ギルド司法機関によりその罪を裁かれる。


 中略。


 特殊・緊急クエストについて。

⒈緊急クエストは、そのギルド支部が位置する地域が危険にさらされた場合、また地域住民に危険が及ぶ場合に限り発出される。

⒉特殊クエストは、直ちに対処・討伐しなければならない重大な問題やモンスターが発生した場合に限り発出される。

⒊冒険者は、ギルドから特殊・緊急クエストを発行された際、正当な理由がない場合に限り、必ずそのクエストを受諾しなければならない。


 以下略。

                    ────』


 んまあ、大事なのはこんな所だろうか。一応ペラペラと読み流してみたが、あとは当たり前のこととどうでもいいことが書かれているだけだった。

 冒険者が全力を尽くさなきゃダメとか、民を守らなきゃいけないとかは冒険者ギルドとして当たり前のことだろう。

 冒険者ギルド司法機関とか運営機関とかはぶっちゃけ興味無いし、刑罰やら責任やら連帯やらはそんなに深く確認しなくてもいいだろう。


 大体読み終わったところで、このカフェに入店してから2時間弱が経過していた。思ったよりも集中していたのか、周りを見渡すと入店した時にはいないお客さんが座っていたりしている。


「イルシィ」


「お、読み終わった?」


「うん。読み終わったよ」


 僕の前には飲みかけのカフェラテが1杯あるだけなのに対し、彼女の前には4杯ものカップがあった。どうやらめちゃくちゃ暇してたみたいだ。


「じゃあお金払ってくる。割り勘ね!」


「りょーかい」


 落ち着いた雰囲気のカフェ内だからか、いつもの大声は控えて小声で話す。流 周りの迷惑になるわけにはいかないからね。


 2人合わせて5杯の飲み物代とイルシィが買った本1冊分を割り勘で支払う。よくよく考えたらおかしな話だが、まあついて来てくれたお礼と思い納得した。


「ギルドに戻ろっか。契約書にはもう署名した?」


「うん、したよ」


 さっき店を出る直前、と言うより席を立つ直前にちょちょっと書いておいた。名前と血判を押すだけだ。普通に考えたら迷惑だったかもしれないけど、魔法で風を操って血の匂いは外に追い出してやったから多分セーフである。


「よしっ、じゃあ行こっ!」


 歩きながら空を見れば、燦々と輝く太陽がこの街の人々を照らしている。皆人生に希望を持ち、叶えたい夢を抱き、明日への期待を絶やさずに。

 子供たちは元気よく道を走り回り、親や近所の人達は苦笑いを浮かべる。ご老人は健康のためゆっくりと、しかし確実に地面を踏みしめながら歩を進める。働き盛りの大人達は、家族を養い、この街をより豊かにするため必死で客を集め、鍛冶師は金床に金槌を打ち付け、魔導師は魔石に御守りの効果を付呪する。


 少しの距離を歩いただけでも、自分たちがすべきことを精一杯こなし労働に勤しむ沢山の大人達とすれ違った。大変だなあ、頑張ってらっしゃるなあ、と労いと感謝を一人心の中で浮かべていた……その時。


「シルム。みて、あそこ」


 ん? という言葉を発するより速く視線を指差された方向に向ける。居たのは、8歳か9歳の女の子。困った様子で、目を周囲にキョロキョロと漂わせていた。


 彼女のお人好し故か、イルシィは迷わずその女の子の傍までより、中腰になって目線を同じ高さに持ってくる。

 ため息をつく暇もなく走り出した彼女の後を追いかける。追いつくと、目線を合わせ微笑みを浮かべ、警戒されないようにする。


「きみ、そんな悲しい顔してどうしたの?」


 イルシィは首を傾げて丁寧に聞いた。女の子は少しまた少し困った様子だが、危険はないと判断したのかゆっくりと話し出す。


「あ、あの、ね………」


「うん。ゆっくりでいいよ」


「う、うん……ママが……ママが……っ」


 ママが、と言いかけたところで女の子はいきなり泣き出してしまった。これにはイルシィも少し動揺したようだが、すぐに落ち着きを取り戻して、一旦道の端にあるベンチに手を引いて誘導する。


「大丈夫、大丈夫だよ。落ち着いて」


 安心させ落ち着かせるため、両手で手を優しく握り込む。この女の子に何があったか知らないが、その手を握られる姿を見るとちょっと前の自分を思い出させる。

 思い出してちょっと恥ずかしくなってしまい、小さく頭を抱えた。


「あのね……ママがね……食べられちゃったの……っ!」


「食べられちゃった?」


 ここで下手に深追いし追い込むのは悪手。それをイルシィは分かってか、小さく復唱するだけ。


「うん……食べられちゃった……」


 女の子は小さくそう言うと、泣き垂らしてぐちゃぐちゃになった顔を更に赤くして、絶望を示した。自然と涙は止まり、もう全て諦めた様に声を枯らす。


「死んじゃった……パパも、ママも………全員、いなくなっちゃった………っ」


 わんわんと大きな声で泣き喚く女の子を、イルシィはその身で受け止め、胸に抱きしめた。そのまま頭を撫でて、女の子を何とか落ち着かせる。


 流石に周りの迷惑だと判断し、不自然にならない程度の消音魔法をイルシィと女の子の周りに展開する。既に周りからシロジロと見世物にされてるから、手遅れといえば手遅れだが。


「辛いよね、苦しいよね………沢山泣いていいからね。大丈夫だからね」


 女の子は堤防が決壊したかのように涙を止めどなく溢れさせた。同じく両親や妹を無くした身からしたら、気持ちは大いに理解できる。今は沢山泣いて、悲しい気持ちを思う存分吐き出せばいいと思った。


 イルシィは数分間ずーっと頭を優しく撫で続け、やっと女の子は泣き止んだ。しかし悲しさは吹っ切れた訳でもなく、両親を失ってできた心の穴は埋まってないようだ。


「大丈夫?」


「うん………。ありがと、お姉ちゃん」


「んふふっ、いいんだよ」


 お姉ちゃんと言われて嬉しそうにするイルシィ。どちらかと言えばママみがあった気がしたが、女の子にとってはお姉ちゃんみがあったらしい。


「それで………君はどうしたいかな」


「……え?」


 どうしたいか。そんなアバウトで広義的な質問に、女の子は首を傾げる。しかしそんな彼女を尻目に、イルシィは話を続けた。


「悲しいし辛いよね、家族を失って………わたし達なら、君の手助けが出来る」


「て、手助け……」


 その質問が意味すること。彼女の性格からして、そんなものは明らかだった。


「わたし達が、両親の敵を討つ。君の無念を、わたし達が晴らす」


 相手がなんなのかなど関係ない。肉食動物なのか、山賊なのか、暗殺ギルドなのか。そんなものはどうでも良く、ただ目の前の女の子を救いたい。イルシィには、そんな思いがあった。


「ほ、ホントに………? パパとママの、カタキ………あの恐い狼を、倒してくれるの……?」


「任せてよ。わたし達は冒険者なんだ。困ってる人を助けるのが仕事だよ」


 得意げに語る彼女には、並々ならぬ思いが垣間見えた。他人のことを考えられる彼女だからこそ、女の子にと同じくらい、彼女よりも悔しいのだろう。


「あ、ありがとう……本当にありがとう…っ! お姉ちゃん!」


 女の子はまた涙を流した。優しくイルシィは頭を撫で、包み込む。慈しむように細めたその目には、熱い闘志が宿っていた。


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