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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
序章・記憶と思い出。
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損得勘定ですか。

「『これからはちゃんと順番守ろうね?』ぷ、ぷくくくっ」


「うっさいな」


 改めて魚を3匹購入し、イルシィがいる所に戻ると、バカにするような声を出しながら腹を抑えて笑いだした。更に目には涙を溜めている。


「いやぁ、シルムがそんな顔出来るなんてねえ」


「うるっさい。ってかイルシィも大概だよ?」


 あんな猫被った態度や甘ったるく人懐っこい声。人懐っこい声に関しては何時もかもしれないが、初対面の人に対するあの背伸びした態度は間違いなく裏の顔だ。普段の面倒くさがり屋で口が悪い彼女を見ている僕からしたら気持ち悪い。


「のんのん。わたし達くらいの年齢は元気な方が印象いいんだよ。そしたら心証が良くなったりしてサービスして貰えるかもしれないでしょ?」


「うわっ、はらぐろ」


「策士と言ってほしいな!」


 まあ、そんなことだろうとは思っていたが。この子は常に何か色々と考えてるんだから。彼女のいい笑顔や態度はタダではないのだ。


「買い物も終わったし、ちょっとぶらぶらしてから帰ろっか」


「ん。どこ行く?」


「そーだなぁ、とりあえず冒険者ギルドとか? あ、シルムの冒険者登録もしちゃおっか」


「あー、冒険者ギルドか…」


 冒険者ギルドや商人ギルド、魔法使いギルドなどの協会や集団に所属し、籍を置くということは、自分の身分を証明し保障するギルド証が貰えるというメリットがある。これがあることによって、関係施設を優先的に利用出来たり、宿や不動産売買にてサービスを受けることが出来る。

 まあ、ギルド証が貰えるのだから個人情報を控えられる上、業務や責務が発生するため自分の時間が無くなるのだから、プラマイゼロだろう。

 オマケに、犯罪を犯したり違法なことに手を染めてお尋ね者になった場合、憲兵とギルド両方から罰が下されてしまう。過料や罰金も勿論だが、強制労働は人間が耐えられるものでは無いと聞く。ウチらの面に泥を塗んなってことだ。


「登録料は自分で払ってね。確か1万くらいするから」


「あ、うん。それはいいけど……冒険者ギルドって納税とかクエスト義務とか、色々あるんでしょ?」


 折角迷宮都市で自分の実力を上げるチャンスと機会があるのに、そんなことで時間を奪われるのは困る。確かに換金などで融通が利くのはありがたいが、時間が奪われるくらいならこれまで通り列に並ぶだろう。


「あるにはあるよ。っていっても、月に決められた額を納めるってだけだから、迷宮都市を周回したら1日くらいで集まるし。そんなに難しくはないよ」


 そう言われて、軽く相槌を打ってから目を閉じて考える。


 1日周回すれば集まる金額といえば、大体6桁行くか行かないかくらいだろうか。確かにそれくらいならば特に苦労はない。イルシィに色々教えてもらう時間が減ることも無いだろう。換金所で優先的に回されることを考えれば、ここは登録させてもらうのが得策か。

 もし犯罪やらなにやらに加担してしまいでもしたら大変だが、そのような非合法なことに手を染める予定は無いし、するとしても決してバレないよう工夫する。

 加えて、実力がある冒険者から様々なことを吸収する機会が得られるかも知れない。それは、僕の強くなるという不確かな目標により近づける筈だ。損という損はない。


「……うん、確かに登録した方がうま味があるね。納める金額も、そこまで多くないみたいだし」


「うんうんっ! じゃあ行こっか」


 市場は街の中心部にあるのに対して、冒険者ギルド支部は正門に近い所に位置していた。3階建ての、赤レンガ基調の外見。どっしりとしており、何やら堅苦しい印象を受ける。


「そんなに変な人はいないはずだけど、シルムも失礼がないようにね」


「分かってるよ、それくらい」


 公共の場で人様に迷惑をかけないよう努力することは、人間として当たり前のことだ。注意されるまでも無い。


「そう? ならいーんだけど」


 彼女は僕から視線をギルド支部のドアに移した。木製でかなり大きく重量感のあるそれを、思いっきり押し込む。


 中に入ると、沢山の冒険者がいた。剣を腰に差している者や槍を背中に背負う者。騎士のようなフルプレートアーマーを着込む者に、魔法使いのようにローブを羽織って杖を持つ者。頭から獣耳が生えた猫人族や狼人族に、やや小柄だが立派な髭をたくわえたドワーフ族、信じられない美貌に尖った耳を持つエルフ族。他にも様々な人種が入り交じっている。


 と言っても、ぎゅうぎゅうに詰まって密度が極端に高い訳では無い。どうやら外から見たよりかはかなり広いらしく、パーティだと思われる3組はそれぞれワイワイと机を囲っていた。勿論、仕事が終わったらしく討伐部位を提示している人や、掲示板を見て仕事を探している人、魔石やドロップ品を換金している人もいる。


 初めて見る世界に目をキラキラさせていると、隣から冷静な声が聞こえて来て我に返る。


「受付はあっちだよ。」


「え、あ。わ、わかった。行ってくる」


 若干しどろもどろになりながらも、努めて冷静に指差されている方向を向いて歩みを進める。

 うわぁ、緊張するなあ。

 人見知りな上、初対面の人と話すのは忌避感を覚えるほど苦手で、人が多いところも嫌いなのに。これじゃ数え役満じゃないか。


「こんにちは! 本日は如何しましたか?」


 着いたところで丁度前の人の用が済んだらしく、目の前の受付がひとつ空いた。深呼吸をしながら受付ボックスの前に立つと、やや童顔だが綺麗な受付嬢さんが元気な声で挨拶して用件を聞いた。


「あの………冒険者登録をしたいんですけど、出来ますか……?」


「はいっ、冒険者登録ですね。畏まりました、少々お待ちください」


 澱みなくスラスラと。まるで用意されていたセリフを音読しただけかのように、返事が帰ってきた。

 いや、実際にこんな場面を想定したマニュアルでもあるのだろうか。


 やはり国が支援しているだけはある。きちんと細かい所まで教育が行き届いているようだ。冒険者が集めた魔石は帝国軍に送られるとも聞くし、やはり大切な事業なのだろう。


「お待たせ致しました」


 ポケーっとぼんやり考え事をしていると、いつの間にか戻ってきた受付嬢さんが、カウンターの上に何やら用紙を置いていた。


「あ、いえ。お気になさらず……」


 お気になさらずって、この使い方であってんのか? まあいいや。


「そうですか。では、この用紙に記入事項をお書き下さい。代筆は必要でしょうか?」


「い、いえ。大丈夫です」


 渡されたペンを右手に、質問内容を読み解いて行く。どれも簡単なものばかりだ。必須なのは氏名、種族、年齢、性別、出身、あとはレベル。そして任意記入なのは、得意武器にスキル、そして何らかの実績。


 とりあえず、氏名にシルム・レートグリア、と。種族は人間族で、年齢は13歳。男で、ソーリャ村出身と。この村はもう無くなってしまったけど、大丈夫だろうか。そしてレベルは………覚えてないな、後で聞こう。


 任意記入欄にも、取り敢えず書けるだけ書いておいた。得意武器はバスタードソードに短剣(ナイフ)、スキル欄にはとりあえず剣術Ⅳ、体術Ⅲ、弓術Ⅲ、下位魔法Ⅲ。取り敢えず戦闘術系だけでいいだろう、冒険者ギルドなんだから。


 実績ねぇ。迷宮都市で何かいいの倒したっけな………まあ、1匹だけ倒したデーモンアントでいっか。


「あの、レベルの事なんですけど………」


「はい? どうかしましたか?」


「最近は自分の鑑定を行っていなくて、ですね……。この場合最新の結果が必要ですよね……?」


 というか、もしそうだとしたらスキル欄も書き直さなければならなくなる。紙を1枚無駄にしてしまうことになってしまうかもしれないのだ。申し訳ないな……。


「あ、でしたらですね」


 そう言って受付嬢さんは、カウンターの下に潜り込んでしまった。

 お腹痛いのかな。そう思って心配したところで、何やら水晶のようなものを抱えて戻ってきた。


「よい、しょっと。こちらの鑑定球にお手を置いてください。すぐ測れますから」


 ほぇー、そんなものがあるのか。ならわざわざ鑑定紙に血を垂らす必要あったのかな。と思ったが、一般人が見るからに高級そうなこの玉を買えるわけないか、と思い納得した。


 半透明な鑑定球に左手を乗せると、魔力が吸い取られるような感覚がした。いきなりの刺激に一瞬身構えてしまうも、受付嬢さんはクスクスと口に手を当てて笑っている。


 わぁお、お上品な笑い方。イルシィもこんな綺麗に笑ってくれたらいいのに………物凄く失礼なことを考えてしまった。


 チラッ、とイルシィの方を確認してみると、ガラの悪そうな男たち4人と会話していた。かなり互いの距離が近いことを考えると、顔馴染みなのかな? まあ冗談だけど。どうせ適当にあしらうだろうしほっとこう。


 手を乗せた水晶玉に目を移すと、内部が僕から吸った魔力のお陰で渦を作っているように見えた。幻想的な光景に少しばかり見蕩れていたが、受付嬢の声で顔を上げる。


「はい、もう離していただいて結構ですよ。水晶の内側にレベルやらの情報が映し出されるので、読み取って下さい」


 ふーん、と思い再度水晶の中を覗くと、うずめいていた魔力はやがて文字へと形を変え、ゆっくりと僕の情報を教えてくれた。


『レベル:16


 HP:3002/3002  MP:342/342


 筋力:22  敏捷:41  器用:48


 魔力:38  防御:23  精神:32


 《スキル》

 〇戦闘術

 ・剣術Ⅵ ・双剣術Ⅳ ・体術Ⅳ

 ・弓術Ⅲ ・下位魔法Ⅳ ・中位魔法Ⅲ


 〇職業術

 ・料理Ⅲ ・薬術Ⅲ ・狩猟Ⅱ

 ・筆記Ⅱ ・計算Ⅱ ・掃除Ⅲ


 《称号》

 ・なし

                      』

 

 なんということでしょう。初めて鑑定した時よりも、倍近く成長しているではありませんか。


 イルシィに散々バカにされていたレベル7は、とうとう見習いレベルである15を突破。更に、戦闘系のスキルは中堅冒険者にも引けを取らない値になっています。

 そしてなんといっても料理Ⅲと掃除Ⅲ。イルシィがまるでボロ雑巾が如く雑用を押し付けた結果、周りに自慢出来るほどになってしまいました。これもひとえに、彼女の裏ではちょっと面倒くさがり屋さんなおかげでしょう。


 受付嬢さんに、スキル欄の所を間違えてしまったと話し新しい用紙をもらった。ホントに申し訳ないっす。


 今度は間違えないようにと、目の前の水晶に映し出されている情報を正確に書き写していく。流石に3枚目はいただけないだろうからね。


「出来ました。確認をお願いします」


 書き終わったら見直しを2回して、絶対に誤字脱字や写し間違いが無いかを確認したのだが、念には念を。ここで無用なトラブルを起こすのは避けたかったからだ。


「……はい、お間違えありませんね。では、このマニュアルブックをお読み下さい。読み終わりましたら、こちらにサインをお願いします。その際、ギルド登録料及び手数料として9900ケラン頂きます」


 そう言って渡されたのは、表紙に大きく『冒険者ギルドのマニュアル』と書かれた何の変哲もない本だった。ペラペラと捲ってみても、特におかしなところは見当たらない。


「それらに、ギルドでの規定や規則、ルールやマナー、権利に義務などあらゆることが載っています。この契約書にサインすることは、そのマニュアルに書かれてあること全てに同意した、ということになりますので、全て読むことをおすすめしますよ」


「あ、あぁ………分かりました、ではまた後ほどお邪魔しますね」


 ここで読む訳には行かないから、何処か落ち着ける場所を探すとしよう。その時に改めてこの契約書を出せばいいだけだ。


「はい、分かりました。そのマニュアルブックには記載されていますけど、契約書の提出後には返却いただきますので、くれぐれも汚損破損紛失されることの無いようお願いします」


「は、はい……っ」


 言葉遣いは優しいが、その瞳の奥に僅かなトゲを感じた。前に誰かが破り捨てでもしたんだろうか。中々高かっただろうに、勿体ない。


 契約書とマニュアルブックをストレージの中に収納し、イルシィの元に戻る。あの男の人たちはいなくなっていた。もう撃退し終えたようだ。


「背の高い男性と話してなかった? 知り合い?」


「うぅん。なんか『嬢ちゃんキレイだねぇ、俺らと楽しい事しねえか?』って言われてさ。キモかったしウザかったからやめてくださいって言ったら強引に引っ張られてさぁ」


 粗方予想通りだった。イルシィの言葉が思ったより悪かったくらいだ、外したのは。どうせ彼女の事だし抵抗して解決したんだろうけど、全然気付かなかった。


「どうやって解決したの? 全然音とかしなかったけど」


「その男組3人に催眠魔法を掛けただけだよ。外の道路でグースカ寝てるはず。もう起きてるかもしれないけどね」


 いたずらに成功したみたいに笑うイルシィだが、まあまあキツいことをしている自覚はあるのだろうか。


「っと、そんなことより登録は終わった? 意外と時間かかってたけど」


「いや、なんかマニュアルブックを渡されてさ。読んでこいって言われたから」


 マニュアルブック、という言葉に反応したのか彼女は分かりやすく顔を顰める。こういう堅苦しいのはあまり得意では無いらしい。


「えぇー、それ全部読むの? 結構長くて内容ずっしりしたものだったと思うけど………」


「まあそうだろうけど、そんな全部読むつもりはないよ。要点が掴めればそれでいいし」


 1文字1文字丁寧に読んでいたらそれこそ日が暮れてしまう。大切な所だけ探して読めばいいのだし、わかんないところがあれば目の前の人に聞けば教えてくれるはずだ。


「そっか。じゃあ喫茶店でも行く?」


「そうだね。でもイルシィは他のところでもいいんだよ? 雑貨店とか服屋さんとか………」


 元々僕のマニュアルブックを落ち着いて読む時間が欲しいだけだから、彼女は別のところで後で合流すれば済む話だ。一々付き合わせるつもりはなかった。


「んーん、別にいいよ。あ、でも本屋さんが併設されてる所がいいかな。いい場所を知ってるんだ。そこでもい?」


「もちろん」


 彼女も本が読みたい気分なんだろうか。イルシィも何だかんだ言って読書が好きなので、丁度いい暇潰しになるだろう。僕は本屋さんと喫茶店が一緒にあるようなオシャンティーな場所は知らないが、彼女はどうやらよく知ってるご様子。妙に女子力が高いやつだ。


「じゃ、行こっか」



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