怖いものは怖いんですよ
電笏を片手に持ち暗い道を注意深く進む。イルシィは暗視魔法を使っているため眩しいと文句を言われたが、そんな魔法知らないのでどうしようもない。文句があるなら教えてくれよ。
「ん〜……なんかモンスター多いなぁ」
イルシィがそう呟く。確かに、前ここに来た時より怪物との接敵率が高いように思えたが、勘違いではないようだ。
「まあ、2、3日きてないからね」
「確かにご無沙汰だったもんねえ。っと、キラーアントが4匹。ゴブリンと争ってるみたいだね」
硬い外殻に覆われた蟻型の怪物で、鋭い顎と酸を飛ばすキラーアント。大型犬程の大きさがあり、とても攻撃的な性格をしているため危険度が高い。上位種のデーモンアントはより強力な酸を吐き、大きいものは馬並の体躯を誇る。
「ゴブリンを始末し終えたら、後ろから攻撃するのはどう?」
「うん。漁夫の利を狙うって感じでいこっか」
作戦決定し、ひっそりと物陰に姿を隠す。
ゴブリンたちの持つ棍棒は、キラーアントの外殻など突破できるはずもなく、根元で折れてしまった。
ここぞとばかりにキラーアントは大声で威嚇をし、酸を吐きだす。ゴブリンの皮膚や皮の防具は悪臭を放ちながら溶け落ち、同時にゴブリンの醜い悲鳴が洞窟内に木霊する。
そのまま地面に倒れもがき苦しむゴブリンを、キラーアントは大きな顎で次々と始末し、最後の一体も苦しみながら死んでいった。
キラーアントは雑食であるため、ゴブリンの肉や内臓、体液なども好んで捕食する。ゆったりとした動作でゴブリンの肉を引き裂いていき、啄み始めた。
(な、中々に過激だな…。ああはならないよう注意しないと)
見たところ上位種では無いようだが、酸による攻撃はかなり強力とみた。液体による攻撃だから避けることは可能だろうが、全てを避けきるのは簡単ではない。
「イルシィ、錯乱魔法とか閃光魔法って使える?」
「使えるよ。でもキラーアントは視覚よりも嗅覚に優れてる。怪物だから悪臭には慣れてるだろうし、錯乱系か催眠系がいいと思う」
そう言えばそうだ。昆虫系モンスターは視覚による狩りはあまり行わない。もっぱら嗅覚と聴覚頼りだ。
「そう言えばそうだったね。じゃあ錯乱系魔法で同士討ちを始めた頃に乱入って感じで」
「いいと思う。あと、洞窟内だから攻撃魔法の使用はできるだけ控えて。極力剣で倒そう」
「了解。いつでもいける」
電笏をしまい、剣を抜く。少しの油断もないよう意識を集中させ、全ての感覚を最大まで引き上げる。
「………《錯混濁乱》」
魔法の気配にキラーアントは一瞬驚くも、次の瞬間には頭の中がぐちゃぐちゃになり、隣にいる仲間同士で攻撃が始まった。キラーアント自身も、敵が何なのかを認識していないのか無我夢中で酸を吐きあっている。
数が半分以下になったところで、勢いよく物陰から飛び出す。
仲間を殺しあっているキラーアントに気付かれることなく、近くの1匹を始末した。
丁度そこで錯乱の魔法が解けて我に返ったらしく、殺し合いをやめ周りをキョロキョロと見渡す。
すかさずもう1匹へ斬り掛かる。硬い外殻を避けて柔らかい腹柄節へ。ミスリル製の白銀に輝く長剣は、一切の抵抗を感じさせず大アリを両断した。
やっと状況を理解したキラーアントは、新たな餌を見つけたとばかりにこちらへ群がってくる。が───
「───はぁっ!」
横から青と白二色の光が差し込んだ。それは芸術の如き美しさと雷鳴の鋭さを持って、2匹のキラーアントを巻き込み斬り裂いていく。
その数秒後には、バタバタと地面に倒れ込む音と共にカチッと剣を鞘に戻した音がなった。
「よし、討伐完了っと」
「相変わらず凄いね……」
チラッとキラーアントの断面図を見ると、驚くほど綺麗に切断されていた。2振りの剣が業物であるのも事実だが、それ以上に使い手の力量によるものだ。
「んふっ、ありがと」
少しだけ照れ臭そうに笑う彼女は、鬼神の様な戦いぶりからは想像もできないくらいに、女の子だった。いつもこれくらいニコニコしてくれると、ありがたいんだけどなあ。
「……さて、じゃあ魔石を回収して先に進もっか」
「そだね。《簡易収集》っと」
対象物を軽く引き寄せる魔法を転がってる魔石に掛け、左手に石ころサイズのそれらが集まる。
あとは収納魔法にそれらを仕舞えば完了だ。実に簡単でバカでも出来る。魔法って偉大。見つけた人に感謝。
「それじゃあ注意して進もう」
「うん」
電笏を持って再び歩き出していく。今日は体のなまりを解すのが目的であり、具体的な目標は定めていないが、どうせイルシィのことだから中間ボスか階層守護者あたりなのだろう。
2、3日ご無沙汰で迷宮内の魔力の流れが活発になりつつあるし、いつどんな敵が現れるか分からない。気を緩めず行こう。
「そう言えばシルム。成長剤を飲んでから今の調子はどう? そんなすぐには大きくならないと思うけど、ひょっとしてもう違和感とかある?」
あらかたモンスターを狩り尽くし、ドロップ品や魔石の整理をしているところ急に質問が来た。
「ん? ん〜……異常はないと思う。違和感も特にはないし。でも、意識したら何となくそんな気がするかも」
「そっか。まあそれなら大丈夫かな。いきなり気持ち悪くなられたら大変だから」
「あ〜……確かに」
苦笑混じりにそう言われ、笑いを堪えながら頷く。確かにそれは面倒な気がするな。背負ってもらうのは気が引けるし。
「このまま順調に成長して行ったら、体格とか手足の長さが変わるから、どうするか考えないとね」
「そうだよね………スタンスはそんなに大きく変わることは無いと思うけど、小さな変化も見逃さないために、これまで以上に集中しないと」
自分の体の成長度合いが一気に高まってる今、自分の状態やら能力はしっかり把握しておきたい。
「うんうんっ! 真面目でよろしい」
何故か嬉しそうにしているイルシィさん。何がそんなに楽しいんだろうか。
「これからは基礎的な訓練だけじゃなくて、もっと深いところの探索とかの実地訓練が多くなりそうだし。いやぁ、燃えてくるねっ!」
「ちょっとちょっと待って待ってよ。そんなに熱くならないで。こっちの身が持たないんだから」
彼女が本気を出した訓練なんて、もはや訓練ではない気がする。どう転んでもただの実戦だ。普通に死ねるだろう。
「なんでよ。わたしはキミのためを思ってやってるのにー」
ぶーぶーと言いながら頬をふくらませ文句を垂れる彼女。
「あー、ハイハイありがとう。ほんとに助かるよーイルシィ」
また始まったよ、と心の中で思う。イルシィのキミのため発言、この数ヶ月で何回聞いたと思ってるんだか。こういうものは軽くスルーするのが吉と学んだのだ。
「ちぇーっ……」
「いや、別にやだとは言ってないよ? ただ、そんなに熱くなられるとこっちがついていけないけどそれでもいいの?」
「だから別に大丈夫だってば! そんなにキツくはならないはずだからっ!」
大丈夫か大丈夫じゃないかを決めるのはこっちだっつーの。この頑固意固地わからず屋貧乳娘が。
「は?」
「なんにも言ってないだろ」
「いや頑固意固地わからず屋貧乳娘って」
「いきなり何言ってんだ?」
「むっ!」
何言ってんだこの小娘は。
訳分からんことを口走っている彼女を置いて、僕はスタスタとさらに奥へと足を進めた。
「まてーっ!」
「はいはい………」
◆❖◇◇❖◆
食料の買い出しのため街にやって来ました。僕は乗り気ではなかったのだが、隣のやつに言いくるめられて仕方なく着いてきた次第だ。
「んーっと、牛乳と卵とベーコンと野菜と………」
手元にあるメモを見ながら買うものを暗唱するイルシィ。
そんな難しいものを買うわけじゃないんだからはやく市場に行こう? どうせ買ったものはストレージにぶち込むんだから順番とか無いって!
「ん? シルム何ソワソワしてんの? トイレ行きたくなっちゃった?」
「違うよはやくしてよおそいよ」
早口でそう捲し立てるも、イルシィはヘラヘラと笑ったままルンルン気分で歩いている。その足取りは軽く、楽しみにしていたおもちゃが手に入った子供のよう。しかし足は遅い。
彼女のペースに付き合いながら、何とか大規模な露店市場に辿り着いた。買い物をしている主婦や冒険者、ちょっと高い服を来ている位の高い貴族など、様々な人々が入り交じっている。
「おじさん! トマトとキュウリにレタス、あとトウモロコシください!」
最初に目に付いたのは、大柄で恰幅のよい男性が店主の八百屋さん。色とりどりの旬の野菜がずらーっと並べられていて、それぞれの状態もすごくいい。艶やかで瑞々しく、虫に食われた痕など全く見当たらない。
「はいよ! お嬢ちゃん見ねえ顔だが、最近引っ越して来たんか?」
「あははっ。いえ、この街から少し離れたところに住んでるんです。この街の市場は凄いって聞いて、どうしても行きたいって思ったんです!」
「ガハハッ! そうだろうそうだろう? いやあウチらの市場が褒められるのは嬉しいねぇ! サービスしてやるよ! じょーちゃん!」
「ホントですか!? ありがとうございますっ!」
大柄な男性は、たっぷりと笑顔を浮かべながら袋に沢山の野菜を詰めてくれる。これも彼女のプロ顔負けの演技とお芝居のお陰。イルシィが演技派とは知らなかった。
「これ代金ですっ。わざわざサービスまでして下さってありがとうございますっ!」
「ガハハッ、いいってことよ。それより次は肉や魚を見てくんだろ? ならそこを真っ直ぐ行って右にある精肉店と鮮魚店がオススメだぜ」
「分かりましたっ! 行ってきます!」
「おう! これからもご贔屓になー! そっちのボウズもな!」
ブンブンと音が鳴りそうなほどに腕を振られて、僕達は小さく振り返す。なんか元気な人だったなあ。
「見てみて! こんなに貰っちゃったよ!」
嬉しいに手元の袋の口を開けて見てみると、先程頼んだ以上の種類の野菜が所狭しと埋められていた。かなりぎゅうぎゅうで重そうなのだか、汗ひとつかかずに涼しい顔で持ち上げるイルシィ。ヤダ男前。
「良かったね、沢山もらえて」
「うんうんっ! 頼んだ1.5倍くらいあるよ………」
そんなに大盤振る舞いして経営は大丈夫なのだろうか。あそこのおじさんはいい人そうだったし、今度立ち寄ったら潰れてないか見ていこう。
「収納魔法っと」
沢山の野菜たちは、魔法陣に飲み込まれストレージの中に消えた。そこは真空状態なのか生物でも腐らない。今回のような保存にはもってこいだ。
なら冷蔵庫なんていらねえじゃん、って思ったそこのきみ。それはよくある間違いなんですねえ。
この収納魔法は体内の総魔力量を削りながら保っているので、沢山入れれば入れるほど使える魔力が減少してしまう訳です。なんで冒険者や魔法使いは、戦闘が発生する恐れのある、いわゆる仕事中はストレージの中をほぼ空にしているんですよ。ってことで間違えた罰としてその場でスクワット10回して下さい。
………何言ってんだ、僕は。
「えーっと、ここを右で………あ、あそこじゃない?」
イルシィが指差す方向に目を凝らして見ると、大きく『ブロード精肉店』と『グランド鮮魚店』と書いてある旗が見えた。先程のおじさんが言ってたのはあそこみたいだな。
「うん、あそこみたいだね」
ふたつの店は隣同士のようで、店主自らが大声を張り上げて客引きを行っているようだ。そして肉屋と魚屋と決して相容れない性質上、客が選ぶのはふたつにひとつ。壮絶なお客の奪い合いが起こっているらしい。そして、客が奪われると店主は奪った店主を睨み付け怒号を飛ばしている。
しかし客はそんなこと気にしてないかのように、というか逆に笑いながらそのやり取りを微笑ましく見ているようだ。なるほど、あれはあれで商売が成立しているらしい。
「んー、並んでる人多いな。シルム、悪いんだけど魚屋さんの方並んでくれないかな? お金は後で渡すから」
「ん、りょーかい」
この道が比較的広いということもあり、長蛇とは行かないまでも5、6人が並んでいる。折角2人できたのだから協力するべき、と判断してお魚屋さんの列の最後尾に並んだ。
「おーいグランド! 今の客さん俺の方見てただろうが! 俺の客さんだっただろ!」
「っるせーバカ野郎! てめーこそウチの大事な客さんとったじゃねえーか! もう何度目だよおい!」
前のお客さんは店主2人の言い争いなど慣れてると言わんばかりに、欲しいお魚を2匹とって、テーブルに代金を置いた。正確な値段だ、ズルはしないらしい。
前のお客さんが静かに会釈して戻っていったので、僕の番がきた。どのようなお魚が置いてあるのか吟味しようと顔を近づけたそのとき。
「おじさんおじさん! このおっきいさかなちょうだい!」
8歳くらいの元気な男の子に、物の見事に割り込まれたではないか。
その男の子は僕のことなど知らん顔。氷の上に冷やされているでっかな魚屋を指差して目をキラキラさせていた。そしてテーブルの上に置かれたのは、銅硬貨4枚。
悲報13歳年下の子供に割り込まれる。
流石に怒るつもりはないが、せめて先に買っていいか聞いて欲しかった。ま、8歳なんて知らない人はジャガイモくらいにしか認識してないだろうし、許すけどね。
「ジョニー! 順番は守らなきゃダメだろうが!」
うわぉびっくりした。なんだなんだどうした。
「え? な、なんのこと?」
少年は訳分からないといった様子だったが、振り返ってかなり近い位置に僕がいたことを知って、自分が横入りをしたことに気づいた。
先程まで言い争っていたはずの店主さんが、目の前の少年を叱りつけていた。それもかなり大きな声で。
「いまこのにーちゃんが買い物してただろうが! 他の人の邪魔しちゃいけないっていつも言ってるだろっ!」
「そうだぞジョニー。わんぱくなのはいい事だが、ルールは守るんだ」
僕の後ろの人もそう言う。この少年はこの街では有名な小僧なのか?
というかいきなり指差されて被害者にされた。いや、僕は気にしてないんですけど……。怒ってないんで早くして貰えますかね?
「ほらっ、にーちゃんに謝るんだ! 良くないことをしたんだから、ごめんなさいするんだ!」
身を乗り出さん勢いで、ジョニー君に迫るスキンヘッドの店主さん。またムキムキな人だ。最近流行ってんのか?
そんか店主の気迫に押されてか、少年は泣き出してしまった。まあ無理もない、多分僕もこんな怖い人に大声出されたら泣いちゃうから気にすんな。
「ジョニー! 泣くんじゃない! 男なら泣くんじゃない!」
まさかの隣の鮮魚店の店主も参戦。そしてこの人もまたムキムキで筋肉が隆起している。威圧感が凄いんだけど。
「うっ………っ」
しかしジョニーくんは僕の方を見ても泣きながら目をかいてばかり。隙間から顔が見えたが、涙袋が赤くなっていた。流石にそんな泣かんで?
「ほらジョニー! 謝るんだっ!」
「う、うぅ……ひっく……ごべん、なざい……」
そうして、強面でスキンヘッドでムッキムキのおじさんに叱られてボロボロと泣きながら謝るジョニー君の図になった。
な、なんだこれ。何が起きているんだ? ただお魚を買いに来ただけなのになんでこんなことになってるんだ? と、とりあえず何か言わなければ。
「う、ううん。大丈夫だよジョニー君。でも、これからはちゃんと順番守ろうね?」
「う、うんっ!」
出来るだけ刺激せず、怖い印象を持たれないよう優しい声で言葉をかけた。ジョニー君はすっかり反省したのか申し訳なさそうに頭を縦に振っている。
…………なんだこれ。




