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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
序章・記憶と思い出。
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第二時成長期だよ

 目が覚めると、見たことがない天井だった。背中の感触から察するに、ここはベッドだろう。


 何やらいい匂いがする。さっき飲み込んだ成長剤とは真逆の甘くて上品で優しい匂い。しかし何故だろう、いつもより鼻が鈍い気がする。


 もしや、先程の薬剤で嗅覚がイカれてしまったのか? いや、その可能性は大いにある。何せ味がするほどの臭いだ。鼻がおかしくなっても、なんら疑問はない。


 となると、味覚の方は大丈夫だろうか? あんな劇物口にしたのは初めてだから、詳しい味はハッキリと覚えていない。ただ不味かったのは事実だ。死ぬほど不味かった。そしてキモかった。グロい味がした。


 グッバイ、僕の嗅毛&味蕾。君たちのことは忘れないよ、マイハニー。…………キモイな。


「…………キモい」


「……起きて早々いきなり悪口?」


 声のした方向へ首を傾けると、そこにはお盆を手に持ったイルシィが立っていた。

 そして、僕のキモい発言を聞いていたのか頬を膨らまして怒りをアピールしている。


「………あぁ、さっきの成長剤だよ」


 正確には、自らの心中の話だが、どうせ突っ込まれるんだろうから適当に濁しておく。


「……まあ、そんな事だろうとは思ったけど。体調はどう? 頭痛くない? お腹は平気?」


 手に持つお盆をベッド脇のサイドテーブルに下ろすイルシィ。僕の顔を覗いて心配してくれた。


 その時、ふわっといい匂いが鼻腔をくすぐる。ベッドから香るのは何の匂いだろうと思ったら、イルシィの匂いだったわけか。ってことは、ここは彼女の私室か。


「うん、平気。ありがとう運んでくれて」


「うぅん、問題ないよ。それよりも、体が無事で良かったって安心してる。あれホントに臭かったから」


 アハハ……と苦笑いを浮かべる彼女に釣られて、僕も空笑いを零す。今ではこうして笑えるからいいものの、実際飲み込む時は全然笑えなかった。そんな余裕などなくて、恐怖で背中が汗でびっしょりだった。


「あ、そうそう。ついでに発達増進魔法も掛けておいたから。これからは2.5倍の速さで成長が進むはずだから、そのつもりでね」


「う、うん………分かった」


 しかし返事をしたものの、具体的になにを気にすればいいのか分からない。いくら2.5倍と言っても、急に身長が5cmも10cmも伸びる訳では無いだろうし。


 他のことで言えば、変声期がきたり体毛が濃くなったり、エロガキ化が進むとかか?


「ん。じゃあこれ飲んで、今日はもう休んで。明日からは前までの鍛錬は出来ないけど、それでもビシバシ行くからね!」


 彼女が手渡してきたのは、透明な液体が入ったマグカップ。可愛らしい熊の絵が入っている。


 成長剤のトラウマか、匂いを必要以上に警戒してしまった僕は、手で仰ぐようにしてその液体の匂いを嗅ぐ。完全な無臭だ。濁りもない。

 なんだろうこれ、やはりただの水だろうか。


「それはわたし達が初めて会った時に飲ませて上げた例の魔力入りの水だよ。最高に美味しいから、ささっ」


 あぁ、あの清水(仮)か。今回は哺乳瓶じゃないんだね。あれ、普通に楽しかったんだが………機会があればまた今度試してみよう。


「…………ふぅ」


 マグカップにゆっくりの口をつけ、静かに中の水を啜る。それはあの時と同じく、優しい味がした。飲み終えると、自然と満足気な吐息が漏れる。


 カップを彼女に返した時には、ウトウトと穏やかな睡魔が襲ってきた。この水の包容力と温かさが、僕に安心感を抱かせたのだろう。


「……ゆっくりおやすみ」


 彼女はいつもの柄にもなく、聖母のような微笑みを浮かべながら慈しむように優しく額を撫でた。


 それには流石の僕も、ニヤニヤが止まらなかったが、何時しかそれは、心地よい感覚をもたらしていた。完全に弛緩しきった僕は、全てを彼女に預けるように、それを享受した。



 さて次の日。目を覚ました僕は、嗅ぎなれない甘い匂いがする毛布を押し退けて、強ばったからだを伸ばす。ここ2日寝てばかりだった体は、パキパキパキと悲鳴を上げていた。


 しかし何故だろうか、いつもより寝起きがいい気がする。気分も爽やかだし、眠たくもない。


 なんでだろうと考えてみると、それはこのベッドの寝心地が最高だからだという結論に至った。この硬すぎす柔らかすぎずのマットレスに、フカフカでモフモフの掛け布団。首に負担をかけない枕。最高の一言に尽きるだろう。


 決して、いい匂いがするから落ち着く、という訳では無い。なのでそこらへんは誤解しないで頂きたい。あくまで寝心地の問題だ。いつまでも嗅いでいたいこの馥郁とした香りでは無いのだ。………くんくんくん。


「ふぁっ、おふぁふぉー。ひふんふぁほぉー?」


 顔を洗おうと洗面所に行くと、既に先客がいた。鏡を見ながら歯磨きをしているイルシィだ。

 口いっぱいに歯ブラシを咥えていて、歯磨き粉の泡が若干口からこぼれ落ちている。


「あっ、おはよー。気分はどー?」


「んっんっ!」


 一応発音を確認すると、ブンブンと首を縦に振った。別に歯磨きが終わってから言えばいいのに。


「悪くないよ。寝起きも良いし………ベッドを貸してくれてありがとう」


「いいふぉ〜。ふぁっ、ふぉうふぉっふぉまっふぇふぇ」


「あー、うん。待ってる待ってる」


 この人、人と話してる最中もずっとシャカシャカしてる。別に悪いとは思わないし文句はないけど………なんて言うか、肝っ玉座ってるなぁ。


 歯磨きをし終えた彼女は、水を掬って口の中を濯ぐ。口内がスッキリとした彼女は満足気な表情を浮かべて、僕に向き直った。


「ごめん、待たせちゃって。じゃあ朝ご飯作ってくるから、本でも読んで時間潰しといて」


「りょーかい」


 軽く返事をして、僕も鏡を見る。特に外見の変化は無しみたいだ。まあ、いくら成長が早まると言っても数倍程度。一日ふつかで変わるわけないか。


 ちゃちゃっとシャワーを浴びて、体に着いた水気をタオルで拭う。朝にシャワーを浴びるのはモーニングルーティン化されている。いつもの習慣と言えるだろう。


 さっぱりした気分で歯磨きをして、顔を洗い、髪を簡単に整える。イルシィはセットなんかもするそうだが、僕は面倒くさそうだからパス。どうせ顔を合わせるのはイルシィか魔物だけだし、問題ない。


 脱いだパジャマを洗濯カゴに放り込み、自室のタンスから服を取り出す。白のインナーシャツに灰白色のシャツ。暗灰色のズボン。時々街に出ても灰色系のものしか買わないのは、僕が自分が地味だと自負しているからだ。


 リビングのソファに腰掛け、大きく息を吐く。

 あの激臭クソ苦ゲロ不味の薬を飲んだ後と考えれば、嘘みたいに体は軽やかだ。これもそれもイルシィのお陰である。


 チラッと見やると、鼻歌を歌いながらノリノリで朝食を作っている。彼女が朝食作りを面倒に感じているなら、居候の身としては是非とも作る気でいるが、そこまで苦ではないらしいので、こうして任せてしまっている。いつかは交代制とか当番制に出来たらなと思っているところだ。


 本棚から適当に本を見繕い、またソファへ。選んだのは【魔法戦闘術の極意:上級編】。既に初級、中級は読み終えているので、これを読み終えばコンプリートだ。


 本を読むだけで強くなる訳ない、と考える人もいるかもしれないが、当然それを実行に移すのが大切だ。あくまで本から吸収出来るのは知識であり、戦術だけ。それを体に馴染ませ、実際に身に付けるためには、やはり鍛錬しかないだろう。


 地道な反復練習が、やがて大きな成果に繋がる。イルシィ先生も言ってた。


「ご飯出来たよ〜っ!」


 いい匂いがリビングを満たす。

 卵を使ったスクランブルエッグや、優しい味がするコーンスープ。氷晶石を用いた冷蔵庫で冷やされた牛乳など。簡単料理だよ、と言いつつも美味しい料理たち。


「いただきます」


 僕は元から少食で、特に朝から沢山食べる方ではない。それは成長が促進された今でも同じなようで、そこまでお腹は空いていなかった。

 しかし、やはりこの色とりどりの見事なものたちを見ると、自然と腹の虫が踊り出す。不思議なもんだ。



 ご飯を食べ終え、流しに皿を持っていく。ついでに彼女が食べたものも。ここ2日何もしていなかったとだから、これくらいはね。


 汚れを洗い流して網に乗せておく。本当は水分を拭き取って棚に戻すのだが、それはめんどくさい。取り敢えずはこの状態で放置だ。数時間後の僕がやるだろうから。


「それで、今日は何するの?」


 タオルで手を拭きながら話しかける、彼女はソファにどかーんと深く腰を下ろし、肘掛けにもたれ掛かっていた。


「んー? ん〜………」


 昨日一昨日と寝たきりだったのだから、まずはカンを取り戻すのが先決だろう。それから、簡単なトレーニングをこなしたい、と考えている。


「まあ取り敢えず、感覚を取り戻すのが最初かな。2人で地下迷宮(ダンジョン)を周回しよっか」


 それが妥当だろう。

 勘を鈍らせない為にも、まずは実戦だ。そこから筋肉を付けるためのトレーニング、という流れ。


「わかった。じゃあ着替えてくる」


 自室に戻り、クローゼットを開ける。

 久しぶりに戦闘服に袖を通すのは、やけに新鮮だ。ここに来てからほとんど毎日着ていたのだから当然といえば当然かもしれないが。


 ぴょんぴょんと跳ねたり屈伸をして、服に異常がないか確かめる。問題なし、いつもと変わらないな。身長が伸びてこの服のサイズが合わなくなってしまうことを考えると、少し残念に思う。


 長剣と短剣を腰に差し、緊急時用のポーションなんかの準備。あとは水や食料をストレージ(収納)魔法に入れれば完了だ。今回はあくまで地下迷宮、つまり狭い場所での戦闘のため、嵩張って邪魔な弓は持っていかない。


 用意が出来たため、リビングに戻ってきた。そこにはいつもの装備を装着したイルシィが。なんか早くね? 僕が遅いのか?


「おまたせ」


「ううんっ。じゃあ行こっか?」


「ん」



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