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ハーミット・モノリス 【暗躍する月の使徒】  作者: 五輪亮惟
序章・記憶と思い出。
13/37

才能の塊なんですよ

 ………んーと。

 これは、どうなんだろうか?


 レベル7、MP187、剣術Ⅳ………


 この世界の平均に対して、どれくらい差があるのだろうか。というか、一般の冒険者はどれくらいの内容なんだろうか?


 僕の隣で、同じように羊皮紙を覗き込むイルシィを見てみると………口をあんぐりと開けて呆然としていた。

 その反応から、僕は僅かながら期待を持った。実は、人間にしてはありえないほどに、考えられないほど高く、『1000年に一度の才能だよ』と褒められることを。


「な、何これ………低すぎるんだけど!?」


 しかしまあ、現実は非情である。

 そんなに思い通りに事が進む訳が無いのである。


「ひ、低すぎる……?」


 低すぎるんだけど、と言われても実感がない。比べられる数値がないのだから、当選と言えば当然ではあるのだが。


「うん、すっごく低い。見習いの冒険者や騎士だって、レベルは15くらいで、MPだって300はあるはずなのに………」


「………」


 そんな悲観したような顔されてもな。イルシィにとってはありえないかもしれないけど、僕にとっては何が何だかさっぱりなんだから。


「んー……でも、ちょっと待って……」


 しかししかし。そんな僕の見るに堪えない最低スペックが情け容赦なく写し出されている紙を、彼女は訝しそうに見つめる。


 なんだろうか。もしやとんでもない才能を秘めた技術(スキル)を持っているとかだろうか。だとしたら心が踊るな。


「レベルが1桁台の割には、随分と能力値が高いね……レベル7なんて7、8歳くらいと同じなのに」


「それ褒めてんの?」


「え? まあ褒めてるけど……」


 妙に煽ってるように聞こえるのは気の所為だろうか。いや、おそらく気の所為だろう。目の前の少女は、人を無意味に傷付ける様なことはしないはずだ。………確証はないが。


「うーん………元々の数値が高い人は、伸び率が悪くて頭打ちになることが多いんだよね……」


「そ、そんな……っ!」


 まさかの追い打ちである。

 鬼畜の所業とはこのことである。


「けどま、やってみないと分からないからさ。キミとしては困るかもしれないけど、わたしとしてはそんなに高い能力は求めてない訳だし? まあ気長にいこうよ」


 こっちはそんなのうのうとやっていく訳には行かないんだよ、イルシィくん。困るよ君。


「………はぁ」


 僕は、そんな能天気で楽天家の彼女と、これからの人生について盛大にため息をついた。

 これが俗に言う、前途多難って奴なのかね。こうして目の前に現れてくれると、中々くる物があるなあ。


 …………、はぁ。

 これからどうしよう………?



 とは言ったものの、何もしなければ無駄な時間が淡々と過ぎるだけ。


 出来ることをしなければ始まらないよね。と何の気なしに言った彼女の言葉で、何とかやる気を出せた僕は、必死に能力値を上げよう頑張る。


 彼女特製の鬼筋トレメニューを毎日こなし続け、日が昇っている間は殆どイルシィと一緒に地下迷宮に潜りひたすら魔物と戦っていた。


 剣術・魔術の技術や知識は勿論のこと、地下迷宮や魔物の詳しい情報も頭に叩き込み、弱点や特性など本に書いてある事のほとんど全てを暗記した。

 全ての本を読み終われば、市場に出てまた新たに2、3冊購入した。そして半月後には全て暗記していた。


 おまけに訓練中や勉強中に文句や弱音を吐いたら量が2倍になるという特典付き。

 あまりの理不尽さにマジギレしたときは、筋トレが6倍に膨れ上がったこともあった。まさか基本的な筋トレで1日が終わるとは思わなかった。


 食生活や睡眠時間、生活リズムなど全てに気を遣い、寝る前の柔軟やストレッチなど最大限の体のケアにも努める。お陰で怪我は片手で数え切れるほどしかしていないし、風邪など1度もなかった。


 やがて1人で地下迷宮を探検することが許されると、僕は狂ったように攻略に明け暮れた。

 1週間以上も潜り続け、弱い雑魚敵からちょっと強い敵や小ボスなど、戦ってもいいと言われた魔物には片っ端から挑み続け、屠り続けた。


 そして、とうとう回復薬(ポーション)のストックが無くなり魔力切れを起こして動けなくなった際には、様子を見に来たイルシィに何とか救助され助かった。

 その翌日に大説教+剣術訓練10倍を受けた。流石に死んだなって思ったけど、その時に何やらコツを掴んだようで、かなりの成長を遂げることが出来た。そしてイルシィにちょっとだけ褒められた。嬉しかった。

 

 そして当たり前だが筋トレ中や戦闘中、食事中や排泄中に至るまで、寝る時以外はずーっと魔力を全身の血液に練り込んでいた。


 まあ当然だが、初期の2週間はしょっちゅうぶっ倒れていた。気付かれるのが遅れて半日以上放置されたこともある。


 因みに怪我した内の2回はこの時のものである。頭を打って出血してしまったのと、階段から落ちたものだ。あれは痛かった。全然受身が取れなかったから。


 あの時イルシィに笑われた屈辱は、一生忘れないだろう。まるで悪魔のように笑っていた。


「お、おぉー……っ」


 そして数ヶ月後。

 お陰さまで、という訳ではないが、何とか戦闘中には息が切れないようになった。とは言え流し込む量は相変わらず少量だ。


 しかしそれでも十分に効果は望めるそうので、頑張ってぶっ倒れ続けた甲斐があったというものだ。

 もう二度と経験したくないけども。それくらいキツかった。


 段々と魔力量や体力も増えているような気がするし、段々とイルシィの動きや剣筋が目で追えるようにもなった。

 強くなっている、というのは錯覚や慢心では無いだろう。そう信じたい。


「やっとスタートライン、って感じ?」


 僕がイルシィにそう問うと、彼女は苦笑しながら頷いた。


「そうだね。初めて会った時よりも大分強くなってるよ。そーだなぁ………見習い騎士卒業レベル、かな」


「あんまり嬉しくないなぁ、それ」


 見習い騎士卒業レベルに到達した所で、大して自慢も出来ないだろうし。


 剣術や魔法の実力が初心者卒業というのは、なんか褒められている気がしないのだが、これは僕が捻くれているからだろうか?


 しかしそうは言っても、成長は成長だ。ここはまあ、素直に喜ぼう。


 因みにだが。成長率が1番高かったのは掃除と料理、野営の技術である。

 よく考えたらおかしな話ではあるのだが、雑用係としてはかなり優れた能力と経験を得たと自負している。


「それじゃあシルム! 明日からは本格的に鍛えて行くからね!」


「本格的、……って?」


「これまでは簡単な魔物を相手にしてばかりだったでしょ? だから明日からは、わたしと模擬戦をしたり中ボスなんかに挑戦しようかな、って。もちろんキミ1人でね」


 あっけらかんとそう言う彼女に、僕は目をぱちくりとさせ呆然とする。


 しかし彼女は、僕のそんな態度気にもとめないで、さらに言葉を紡ぐ。


「今までは結構楽な訓練だったけど、シルムが意外と根性あることに気付いたからね。これからは、ちゃんとわたしも本気でキミを育てるよっ!」


 気合十分、自信満々といった様子でそう言い切る彼女を見て、僕はこれから行われる拷問を想像し、無意識に天を仰いだ。そして、大きな大きなため息をついた。


◆❖◇◇❖◆


『どうやら彼女は剣術に恋をしてしまったらしい』


 一月が経ち、そう言い切れるくらいにイルシィの剣術指南は激烈そのものだった。

 分かりやすい説明に聞き取りやすい言葉遣い、話し方。この人は最高の指導者だ──────。


 なんて思ってたのも、最初の1時間だけであった。

 一体この世界の何処に、5時間ぶっ通しで模擬戦を続けるクソ教師がいるのか。いいや、居ないだろう。居てたまるか。


 確かに、強くはなるだろう。というか強くならない訳が無い。技術は身に付くし、知識は覚わるし、心も強くなる。

 しかしこれはあまりにも強引で、無理矢理で、荒療治なのでは無いか?

 こんな訓練ばかり続けていたら、いつか死んでしまう。冗談ではなく、真剣にそう思った。


「休憩も終わったことだし、これから速攻練習ね。7分の速攻と3分の休憩、これをセットにして3セットやろっか」


 速攻、というのは僕が一番嫌いな訓練の1つだ。内容は至極簡単、体力を温存すること無く全力で斬り掛かる。一日分の体力をほぼ全て使って戦うので、終わればもうヘロヘロだ。


「も、もう休憩終わり……?」


「……? 何言ってるの、もう10分も休んだでしょ? ちゃんと《休養法》使ってる?」


「そりゃ使ってるけどさ……。だってあれ、肉体的な疲労は取れても精神的な疲労感は抜けないじゃん」


「精神的なものなんてただの思い込みだってば。それにいつか慣れるって」


 ………と、いつもこのような暴論を振りかざしてパワハラ紛いなことをしているのだ。

 僕が訓練で疲れているというのに、この少女は汗ひとつかいていない。涼しい顔をしながら、地面に寝そべる僕を見下ろして苦笑いだ。


 男女差別をするつもりは無いが、僕と同じような年齢の上僕と同じような体型をしている彼女の、何処にそのような体力が眠っているのだろうか。

 単純に魔力量の差、だけでは片付けられないような気もしないでもないが………。

 

「早く立って、シャキッとする! 男の子でしょ、シルム!」


「僕は君を女の子なのか疑いたくなるよ……」


 腕を掴み、僕を起き上げようと引っ張りあげる彼女を見て、ついそう零した。そして、言い終わってすぐに後悔した。


「───はぁ!? どう見ても女の子でしょーが! こんなに可愛くてスタイルがいい男の子なんている!? 寧ろ淑女の代表例でしょ!」


「自分で自分のこと可愛いとか」


 思わずフッと失笑が漏れてしまった。

 しかしそれで、彼女は更に怒りを大きくしてしまったらしく、顔を真っ赤にしてキッと僕を睨みつける。


「なに!? なにか文句でも!?」


「いや? ただ、イルシィの言う淑女ってのはお淑やかで品位のある女性だと思うけど?」


 それに沸点が低すぎる。

 まるでエタノールのようだ。


「なにをぉ!? わたしめちゃくちゃ品位あるじゃん! それにとってもお淑やか! 完璧なれでぃーだよ!」


 れでぃー。なんて言うあまりにも言い慣れていない言葉を無理やり言った彼女に、再度失笑し「完璧なれでぃーの沸点はアルコール以下だね」と皮肉で返した。


「あーもームカツク! なんでそんな事言うのかなシルムは! …………顔は自信あったのに」


 最後にポツリと呟いた言葉。近くにいる人にしか聞こえないようなその言葉を聞いた瞬間、反射で鼻が反応した。


「……ハッ」


「ムキーッ!」


 そしてイルシィは、子供のように憤慨して僕を下から睨みつけた。ってか実際にムキーッって言う人いるんだね。



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