訓練は大変ですよ
真新しい服に身を包み、頼り甲斐がある剣を腰に差し、なにやらよく分からない短剣を後ろ腰に差して地下迷宮を探索に出掛ける。
隣に立つのはイルシィ。
もはや慣れたという様子で、まるでピクニックにでも来たかのようにルンルン気分で歩いている。
彼女の腰には、二振りの片手剣。
鞘に収まっており刀身は見えないが、それでも並大抵ではないオーラを放っていた。
左腰には真っ白で芸術的な装飾が施された剣。右腰には、真っ黒で無骨なデザインの剣。
相反する、正反対の剣を持つ彼女は、どこか神秘的だった。
「これからキミにやってもらうのは、リハビリとテストを兼ねた魔物討伐だよ。ゴブリンやオーク、コボルトなんかを倒してもらうね」
「ゴブリン? それって、人型の……」
「そ。子供くらいの体躯で緑色。木の棒とか石の斧、弓なんかの簡単な武器を扱う知能もあるよ。集団で襲って来たら意外と強いから、気をつけて」
ゴブリン、ねえ。
見たことは無いが、父さんからは弱い魔物だと聞いている。容姿や特徴、習性、性質なども図鑑で調べはしたが、やはり初めて見て、戦うとなると緊張するな。
数分程歩いて、その時は来た。
「……そこ。魔物の気配、分かる?」
彼女が指差した方向をジッと見つめると、何やら魔力が蠢くような不気味な感覚がする。なるほど、あれが魔物の気配か。
静かにミスリルの剣を抜き、何時でも戦えるように構えをとる。その時は、思ったより早く訪れた。
壁から、魔力の塊が染み出てくるようにドロドロと垂れてくる。
それは、数秒にして人型に形作られ、一瞬にして緑色のゴブリンになった。手には、そこらに落ちていた木の棒。
そうか。地下迷宮内の魔物はこのように生成されるのか。地下迷宮全体に魔力がめぐらされており、侵入者を検知するとそれを追い出すかのように近場に集めて魔物を生成する……と。
「じゃ、ちゃちゃっと倒しちゃって」
「わ、分かった……っ」
地面を蹴る右足に少しだけ魔力を練り込み、ゴブリンへ肉薄する。
そして、すれ違いざまに半円を描くようにして剣を振る。ゴブリンは、木の棒で防ぐ間もなく首が飛び、地面に倒れた。
ふぅ……と一息つくと、倒れたゴブリンは段々と色が薄れていき、しまいには灰となって消えた。倒れていた場所には、薄く紫色に輝く魔石。
「この魔石は、地下迷宮内の魔物を倒した時に現れるものでね。彼らの活動の源なんだ。人間で言う心臓に近いかな」
なるほど……。
要するに、体を形作られた魔力の余剰分を集めて身体を動かす為のエネルギーとして消費してるって訳か。なら、生成された直後の魔物の方が大きい魔石が取れるな。
イルシィは、その魔石を右手で拾うとそのまま僕に放り投げた。慌てて両手でキャッチし、彼女を見る。
「魔石なんかのドロップ品は、倒した人の物ってことにしよっか。それで、街に戻った時にお互い別で換金するの。それなら、いざこざとかトラブルとか起きにくくない?」
「よく分からんけど、それでいい」
2人とも共有した方がお金も貯まりやすいと思うけど、そこは口に出さないでおく。確かに、お金の使い道とかで揉めそうだ。
両手にもつその魔石を、丁寧にズボンのポケットに入れる。余り入らないけど、手に持つよりはマシだ。
彼女はそんな僕は不思議そうに眺めていたが、やがて納得したかのように頷いた。
「じゃ、先進もっか」
うん。と頷き、彼女を先頭にして更に進んで行く。途中で、単体のゴブリンやオーク、コボルトなんかがいたが問題なく対処した。
「……っ。分かる?」
「うん……数匹いる」
潜り始めてから30分程だろうか。大きな道に出たと思ったら、両側の壁から別々の魔力の流動を感じた。
どちらに剣を向けていいのか分からず、取り敢えず真っ直ぐ剣を向けていたが、やがて彼らは姿を現した。
コボルトが左壁から3匹。右壁からゴブリン3匹とオーク2匹。計8匹が、僕の前に立ちはだかる。
集団戦……苦手だ。
スピードタイプカウンター型の僕の剣術は、一対多に滅法弱い。当たり前だ、カウンターなんて、一騎打ちでしか使わないのだから。
受け流したりパリィするくらいなら何とかなるが、如何せん数が多い。
チラッとイルシィを見ても、知らんぷりといった表情で壁にもたれかかっている。正直、文句のひとつでも言いたかった。
「……短剣、使ったら?」
しかし、と言うべきか。
彼女は、僕の後ろ腰に差してある彼女が送った短剣を指差した。
二刀流? いや、それこそ経験が無いし、考えたこともなかった。
しかし、集団戦……それも、一対多の場合は一撃の攻撃力と同等以上に手数の多さが必要だ。初めての二刀流だが……理にはかなってる。
僕はゆっくり息を吐きながら左手で短剣の柄を握り、引き抜いた。鈍く煌めく薄黒色。左右の手のバランスが乱れやや右側に傾くも、両足に力を入れて踏ん張る。
(……よし、いくぞ……っ!)
手始め、とばかりに1番近くにいたコボルトに襲いかかる。犬のような顔をした全身フサフサの魔物だ。
鋭く息を吐いて、剣を素早く振る。軽量さと扱いやすさにものを言わせた乱暴な剣術。
軽く長剣にも魔力を注ぎ、近くにいたコボルトの首も跳ねていく。しかし、最後の1匹のナイフによる攻撃が、僕の腕を掠る。
パリッ! という、ガラスにヒビでも入ったような音。戦闘が始まる前に、予め魔力による防膜を張っていたので、怪我とかの問題はなかった。
僕が臆病で慎重な性格で良かったな、とつくづく思う。
ナイフが通らなかったことに驚いたコボルトの眉間を、ミスリルの長剣が貫通する。そのまま、絶命したコボルトをオークの方へ投げつけた。
運良くそれは命中し、数匹が地面に転げ落ちる。このままサクッと倒したかったが、そうは問屋が卸さない。
これまで傍観していたゴブリンが、陣形を組んで近づいてきた。みな石の斧を持っており、目は殺意で満ち溢れている。
左右の2匹が僕の横を同時に通り、後ろに回る。これで三角形の形に囲まれてしまった。僕が考える暇もなく、彼らは全くの同時に斧を振り上げた。
大した連携プレーだ。下手な兵士よりはよっぽど上手い。そして賢い。
かくいう僕も、どうすればいいか分からない。森で魔狼や大猪を狩ったとき、彼らは必ずと言っていいほど1匹ずつ攻撃してきたのだ。
3方向からの同時攻撃など、受けたことも見たこともなかった。
腹を括り、正面にいるゴブリンへ接近する。彼は一瞬だけギョッと驚いた様子だったが、すぐに立ち直り手の力を強める。
自分の姿を思い描く。右手に持った長剣で石斧の柄を両断し、流れるような動作で左手に持つ短剣を首に走らせる姿を。
そして、そのイメージ通りに、体を動かす。すっかり元気になった身体は、僕の考えにしっかりと着いてくる。
長剣が、斧の柄に触れた。一瞬の抵抗の後、それはあまりにも綺麗に刃が通った。
そのまま、流れるように、自然に、吸い込まれるように左手の短剣を首に。それは、寸分の抵抗もなく首を切り離した。
音がする、風きり音だ。
後ろを振り返らなくても分かる。自分の頭に何か鋭く重たいものが迫ってきていることに。
振り向きざま、短剣を力一杯跳ね上げた。その道すがら、それは一振の斧に当たり、それを弾き飛ばした。
大きく仰け反るゴブリン。長剣は、意志を持ってるかのように魔石部へ突き進む。これを砕けば活動が停止する、とイルシィが教えてくれた。
脆い何かを砕いた音。ゴブリンは、魂を失ったかのように大口を開けたまま地面に伏せた。
もう1匹は、そんなの気にしないとばかりに石斧を横に薙ぐ。質量に差がある短剣で、それを弾いた。父さんとの鍛錬で、パリィと受け流しは得意になった。
驚くゴブリンを後目に、長剣で袈裟斬り。頭部を斜めに切り落とされた彼は、静かに倒れた。
あとはオーク達だけだ。
立ち上がって、足に魔力を込め彼らに近ずき剣を振りかぶる。
しかし、彼らのうち1匹は武器を落としてしまったのか腰を落として地面に手をつきながら探していた。
取り敢えず、1匹を切り伏せる。豚の顔に人体がくっついたような異様な魔物は、プギャーッ! という断末魔を上げて絶命した。
武器を探しているもう1匹だが、とうとう見つからなかったらしく、素手で構えた。徒手空拳の心得でもあるのだろうか。
とは言え、リーチが全く違い勝負にならない。左手によって繰り出されたジャブを長剣で切り付け切断すると、甲高い悲鳴のような鳴き声を出す。うるさいなぁと思いながら、首に向け短剣を振る。その軌道上に黒い光を残しながら、それは肉を斬り断った。
(……ふぅ、疲れた)
長剣と短剣を鞘に戻し、僅かに額に浮かんだ汗を拭う。初めての集団戦は、学ぶことが多かった。
「お疲れ様。どうだった?」
イルシィはそう言って、先程僕が倒した魔石を回収して僕に投げる。手渡しして欲しいな。
「思ったより疲れた。それに、学ぶことも多かったかな」
7個あるのを確認して、ポケットに突っ込む。皮膚をグリグリと押し込んでちょっと痛いが、我慢だ。
「そっか。でもシルム、よく出来てたよ」
「そう?」
「うん。初めてにしては、だけど」
そう言ってクスッと笑う彼女。
少しだけイラつくが……少なからず事実を含んでいたので、反論出来なかった。あと、可愛くて声を掛けられなかった、という理由もある。
彼女の小言にため息をついていると、また前方に魔力の動き。数は………先程よりも多い。
「……シルム、よく見ててね」
長剣に手をかけようとしたその時、イルシィが待ったをかけた。
その言葉の意味を反芻しながら、背後にいる彼女を見る。
自信たっぷり、と言うような顔で白く輝く柄に手を掛けたイルシィ。どうやら、右腰の真っ黒い剣は使わないらしい。
オーク5、ゴブリン4、コボルト5。計14匹もいる。僕が相手をするなら嫌な顔して弓を構える数だ。とてもじゃないが、剣2本では相手にしたくない。
彼女は、臆することなく近づいていく。その足取りは軽く、緊張など微塵も感じさせず、ただ地面を踏み締めて。
白色の刀身を持つ美しい剣は、未だに構えていない。彼女の髪か、それよりも綺麗な白銀のそれは、まるで儀式用の厳粛な宝剣だ。
魔物たちが、どんどんと近づいてくる彼女に釘付けになる。まるで彼女の一挙手一投足を見逃さぬ様にと、目が飛び出るくらいに凝視する。
そしてそれは、僕も同じ。
初めてにしては。そう言った彼女の実力が、知りたい。とても気になるし、興味があった。
流れるよう清水のように、不自然な程に洗練された動きで、剣を構える。それは、一見して巫山戯ているようにも見える。
当然だ。剣を正面に構えず、脱力した様子で地面を向いているのだから。
鼻で笑おうとした───その時。
彼女は、消えた。




