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39 再会

「あ゙あ゙あ゙あぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!!」


 生暖かい血は、ロベリアの腕を伝って水路に流されていく。


「……ゼラッ!!!」


 間一髪、ゼラがロベリアに勢いよく飛びつき、盾になったことでロベリアの死は免れた。しかしゼラの背中は右肩から左腰にかけて、一直線に酷く抉られ、血飛沫が舞っていた。


「っ……無事か、ロベリア」

「私は無事だから! なんで剣を抜かないのよ!」

「そんな余裕は……なか……ぅた」


 血は止まることなく、ロベリアの腕に絡みつく。スイセンは剣をぶんっと空打ちし付着した血を飛ばしたまま、立ち止まっている。その後ろでソニアが大きく手を叩いて笑っていた。


「おぉ、これは滑稽だね。剣士が背中に傷をつけるなんて、僕が剣士なら恥ずかしいね」

「生憎、俺には美学ってもんがないんでね」


 青ざめた顔をしながらも、相変わらずの返答だ。


「もう喋らないで!」


――せめて血を止めなきゃ……でもどうやって……早くしないとゼラが、ゼラが


――ゼラが、死ぬ……?


 ロベリアはゼラが負けているところなど想像したことがなかった。あれだけ狂人と恐れられているのだ、そんなことは頭をよぎるはずもない。たが、今はゼラの死が安易に想像できてしまう。


――嫌よ、そんなの絶対させない!


 しかし、王子の護衛を任されているほどの技術を持つスイセンに対抗できるわけがない。ロベリアは自身の無能さに嫌気が差し、ギリッと唇を噛んだ。


「スイセン、構わん。仲良く二人ともお見舞いしてやれ」

「……かしこまりました」


 スイセンが剣を振りかざす。ゼラは負傷した右手で剣を抜き、瞬時に左手へ持ち返してスイセンの攻撃を防御する。しかし防御がやっとだ。それもあと一回耐えられるかどうか──


「ゼラ! やめて!」


 ロベリアの瞳にゼラの背中が焼付く。残酷に斬られた傷口に息が詰まり、吐き気すら感じるものの、目を反らさなかった。


「っ……はぁ……見せもんじゃねーぞ……」


 ロベリアの視線を感じ取ったのか、ゼラが呟いた。


「……ほお。その傷を受けながら、まだ戦えるのか」


 ソニアがつまらなさそうに二人を見ている。


――私は……どうしたらいいの……そうだわ、ゲンテが近くに!


 ゼラはがくんと片膝をつく。剣を地面に刺し身体を支えているが、その剣を握る腕も震え、息も荒くしている。


「ゼラ!」


 ロベリアはゼラの左手に手を添える。


――ダメだわ、ゲンテを呼びに行くまでにゼラが……!


「……おまえは逃げろ」


 意識が朦朧としていながらも、ロベリアを助けることを止めない。

 

「嫌よ! ソニア、あんたの狙いは私のはずよ。私だけを狙いなさい」

「……そうだな」


 ソニアは顎に手をかけ、余裕の表情でロベリアをじっと見つめて口端を上げた。


「だったら尚更、横にいる剣士君を狙わないとね。どう? 愛する人が横で苦しむ姿。自分が死ぬより屈辱的だよね」

「やめて! お願い、お願いだから……」

「お願い? 無理だね。君たちが僕たちの願いを聞き入れなかったように。……スイセン」

「はっ」


 ソニアが手を上げて合図をする。主人のサインを確認したスイセンは、ゼラを狙うべく剣を振りかざした。


――せめてゼラだけでも


 ロベリアはゼラから剣を奪い、ゼラの前に立つ。

 挫いた足の痛みなど、ゼラに対する悲痛な思いで上書きされてしまった。


――私、ゼラに助けてもらってばかりだったわね


「ごめんね、ゼラ」


――きっと剣もすぐに弾かれてしまうけれど。


「やめろ……ロ、ベリ……ア!」


 キィインと金属音が響く。剣戦に慣れていないロベリアは、目を瞑ってしまっていた。しかしロベリアは痛みもなく、腕に振動すら感じなかった。鳴り響いた金属音は、ロベリアの持つ剣が重なったものではなかったのだ。

 恐る恐る目を開けると、そこには――

 銀色の短髪に、少しだけ土の匂いがするオリーブ色のサロペット。怒りに満ちたその目は、牙を向ける相手と同じ緋色の瞳を宿していた。


「……リト!」


 リトはスイセンの剣を押し返し、再び構える。


「リト……だと?」


 ソニアは驚いた顔でリトの顔をまじまじと見る。スイセンの肩を叩き、剣を降ろさせた。


「ソニア、久しぶりだね」


 色褪せた思い出を語るには相応しくない場所で二人は再会した。

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