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 ──鬼畜剣士 ゼラ・キファレス(2)

「お前はすでに、ロベリアと赤の他人だ。それでもまだ養子と言うのであれば、縁組を剣で切らせてもらう」


 ロベリアを連れ戻すのであれば血祭りにする、とゼラは脅迫にも似た行動をとった。


「ちょっと待ちなさい。縁組を切るのは構わないわ。ただ、私はあなたの家に行きたくない」


 義父が命を落とすかもしれないこの瞬間にも、ロベリアは何一つ怯まなかった。ローラスや使用人の顔はみるみる血の気が引いていく。


「ロベリア! 育てた恩を忘れないでちょうだい!」


 ランジの後ろで傍観していたローラスが声をあげる。どうやら彼女もロベリアを、いや、金ヅルとなる道具を取り戻し、ゼラの元へ嫁がせたいらしい。


「ほお……。ローラス、俺の話を聞いてたか?」


 ゼラはランジの首筋へとさらに剣を近づける。ここでロベリアを養女に戻すというのなら、ランジの息の根も止めると言わんばかりにゼラは無言の圧力をかけた。ローラスは使用人に耳打ちをし、荷物を取りに行かせた。


「ロベリア、おまえが来なかったらここでランジは息絶える。構わないか?」


 そう聞かれて、瞬時に出た答えは「構わない」だった。養女を金を生み出す道具として扱う養父なんて消えてくれるなら本望だ。それに生き残っても死んでも、ロベリアはこの家にはいられない。生きるも死ぬも好きにすればいい、と無情な思いしか抱かなかった。


──自分が明日からどうなるかなんて分からない……けれど、こんな家はもう結構。

──生き抜いてみせるわ。私は運命なんかに屈しない


「えぇ。もう他人なんでしょう? 構わないわ」


 未練も何もない淡々とした返答に、死人が出るかもしれない状況下で堂々とした態度。取り巻き役で培った根性が少しは役に立っているのかもしれない。


「ロベリア……ッ!」


 ランジが睨みつける。いつもなら、ローラスの平手打ちが飛んできてもおかしくないのだが、彼女もゼラが恐ろしくて声を上げることもできない。死にさらされている主人も助けようとせず、ただただ傍観するだけだ。結局、この家の者は自分が一番可愛くて仕方がないのだ。


「……ふ、威勢のいい奴は嫌いじゃねぇ。ランジ、元娘に感謝するんだな」


 ゼラは、そっと剣を下ろし鞘に納めた。ランジは息が詰まっていたのか、ゼェゼェと息を荒くしている。


「っは、はぁっ……み、みみみ、水を、水をもってこい……! はや、く!」


 使用人が慌てて水を用意する。震えが止まらない手で受け取ったコップからは水が零れた。そんなランジをよそ目に、ゼラはロベリアに近づき、彼女をひょいっと左肩に担いだ。


「ちょっと! 何するのよ!」


 急に担がれいつもより視界が少し高くなる。ゼラの背中を叩き、足をばたつかせ離れようと足掻いても、ビクともしない。二人の姿はまるで猟師と捕獲された野生動物のようだ。


「ロベリアの荷物は?」


 応接間のドア付近構えていた使用人に声をかける。先ほどロベリアがベッドシーツでまとめた荷物を渡す。使用人の手も、恐怖のあまり震えていた。


「こ、ここ、こちらでっ……ございますっ……」

「……どーも」


 令嬢の鞄とは思えない汚れた荷物入れに少し驚いたのであろうか、ゼラは瞳孔を少し開かせた。ロベリアを抱えていない右手でそれを受け取る。


「ちょっと! 構わないって言ったじゃない! あなたの家に行く選択肢は選ばなかったはずよ!?」


 背中で騒ぐ声を無視し、応接間から速やかに立ち去る。


「では、みなさん。お達者で」


 ランジへ振り向いたゼラの顔は、見下したように笑っていた。彼が応接間から出ていくと、皆が腰を抜かしその場に座り込んだ。安堵と恐怖に苛まれた自身を守るのが精一杯だった。

 一方、腰を抜かずに怯むことなく、あれやこれやと喚きを止めないのは養子であったロベリアのみ。


「離して! 人攫い! 領主がこんなことしていいと思っているわけ!?」

「…………」

「聞いてるの!? ねぇ! ねぇってば!! 離しなさい!! 私はあんたの婚約者になんかならないわよ!!」


 殴られ蹴られ、耳元では大声で叫ばれているというのに、ゼラはお構いなしにスタスタと馬車へ向かう。


「待たせたな、ゲンテ。馬車を出してくれ。こいつが逃げないよう高速で」

「はい、ゼラ様」

 

 ゲンテと呼ばれる中年の従者は、その物腰の柔らかそうな姿とは裏腹に、暴走車のごとく馬を走らせた。


◆◆


 その頃、ゼラに命令を下した当人、フォセカは大量の砂糖が入ったミルクティを片手に、アルニタク宮殿のベランダで今日の出来事を思い返していた。


「あの失望した顔……最高だったわ!!」


 嘲笑した声が深まる闇夜に響き渡る。

 

「私に感謝しなさい? あなたみたいな虫螻(むしけら)に近づく者なんか誰も……誰もいないのよ」


 隠れていた満月が顔を出し辺りを照らす。金色に輝くその色は、フォセカが憎むロベリアの髪を彷彿させた。フォセカが一番妬み、一番欲したその色。


「醜い醜い醜い! 醜いのよ! あなたのその姿! 吐き気がするわ!」


 宝飾された上級品なティーカップが、地面に叩きつけられ粉々に割れる。光沢がかったシルク素材のネグリジェにはミルクティが飛び散ったが、フォセカにとってはどちらも消耗品だ。彼女は遠くに小さく見える隣国の宮殿を睨んだ。アルニタク宮殿よりも壮大で絢爛華麗(けんらんかれい)な佇まいは、誰もが目を引き、諸国の宮殿を霞ませていた。


「許さない……、絶対許さないわあの女……。何もかも奪ってやる……絶対あんたを、隣国の王女になんかに戻させないわ……!!」


 フォセカは満月に背を向け、部屋へと戻る。アーチ状になっている大きな硝子扉を乱暴に閉め、最高級のカーテンで月光を切り裂いた。


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