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37 昔も今もあなたを想う

 奇術師が現れる数分前に遡る。


「ゼラ……大丈夫かしら」


 ロベリアは一階からゼラの背後をじっと見上げ、見守っていた。


「ロベリアちゃんっ」


 トンと肩を叩かれた方を振り返るとソニアの眩しい笑顔があった。さすが人気者の王子、普通の令嬢ならば陶酔してしまいそうなほど煌びやで艶やかなオーラが放たれている。


「ソニア様」

「ゼラは……おや、フォセカちゃんのところか。お互い妬けちゃうね」

 

――そういえば、ゼラに近づくなと言われてるんだったわ。でもこの人、本当にフォセカを狙ってるわけ? かつてはローズの許嫁……王女なら誰でもいいのかしら


 ロベリアは、ソニアが妬いているようには一切見えなかった。むしろこの状況を楽しんでいるような気がした。


「……ロベリアちゃん?」

「申し訳ございません。ソニア様のような素敵なお方とお話できるなんて、緊張してしまって」

「ふふ、さっきの威勢のいいロベリアちゃんはどこにいったの?」


 フォセカに放った数々の暴言。当然、ソニアも近くで見ていた。


「あれは……当然のことを言ったまでですわ……」

「王女に向かってあるまじき発言。でもそれが許されている……みんなはフォセカちゃんが優しいからだと思ってるみたいだけど」


 ソニアはロベリアの耳に顔を近づけた。


「何か裏があるんでしょ? 雇われていた、とか?」


 ロベリアはびくんと小さく肩を跳ねらせた。


「ご名答?」

「……違いますわ」

「僕は幼い頃からフォセカちゃんを見てるからね。あの子、そんな優しくないでしょう?」


 ソニアが困ったように笑う。


――やっぱり何か知ってるんだわ……フォセカのことも、ローズのことも


 ソニアはロベリアの手を取り跪いた。その光景は物語に出てくる王子様とお姫様のように、誰が見ても美しいものだった。ロベリアを否定した令嬢たちも、彼女の容姿だけは認めざるをえなかった。


「君とはゆっくり話したい。僕と踊ってくれる?」


――ゼラには近づくなと言われたけれど、何か掴めるかもしれないわね


 ただでさえ自分より身分の高い者を跪かせている。それがレポリス国の第二王子ならば、なおさら誘いを断るわけにはいかない。断ればキファレス家にも汚名がついてしまう。


「喜んで」


 会場に流れる交響楽団の生演奏に合わせ、ゆっくりとステップを踏む。ゼラと一緒に踊ったダンスのレッスンを思い出す。あの時のような胸の高鳴りはなかった。


「……懐かしいな。君と踊るとローズちゃんと踊ったときのことを思い出す」

「ローズ様はどのようなお方だったのですか?」

「とっても可愛らしい子だよ。いつも明るく元気で……物事をハッキリ言う子だ。だから僕とのダンスも大体断られてしまってね」

「まぁ……」


 幼い頃の記憶はないが、なんとなく分かるような気がした。ロベリアは心の中でローズの無礼を謝っておいた。


「でもそこがローズちゃんの魅力かな。僕は好きだったんだけどね。好きな人がいたみたい」

「好きな人ですか……」

「きっと今の君が好きな人を好きだったんじゃないかな」


 そうだとすれば、当てはまるのはただ一人。


「それは身分が違いすぎますわ。それに私はローズ様ではありません」


 腰の添えられたソニアの手に力が入り、二人はより密着した。キスも簡単にできてしまいそうなほどの距離だ。


「もう偽らなくていいんだ。君がローズちゃんだってこと、僕は知っている。実は証拠もあるんだ」

「私がローズではないと申し上げているんです、その証拠は不適切ですわ」

「引っかからなかったか。でも君の力になれるのは保証するよ。キファレス家では調べられないことも、レポリス国ならできる」


 もしゼラが王族であったのであれば、ロベリアを救出するまでに時間はかからなかったのかもしれない。爵位が邪魔をしているのは事実だ。ロベリアは悩んだ。ゼラが「近づくな」と言っていた相手の言葉を信じて良いものなのか。


「返事をしないということは、君がローズで僕の話は悪くないと考えている、ってことでいい?」

「いえ……ただゼラ様がローズ様の行方を探しておりますゆえ、お力になれるのではないかと」


 一曲が終わり、二人はステップをやめた。しかしソニアは手を離さない。ロベリアは階段を見上げると、ゼラはいまだ跪いたままだ。降りてくるような気配もない。


――ゼラ、早く戻ってきなさいよ!


「……君って本当にゼラのことが好きなんだね。一途すぎて……反吐が出そうだ」

「えっ?」


 その瞬間、会場の蝋燭が全て消え真っ暗になった。


「ゼッ……ッ!」


 ロベリアの口にソニアが身に着けていたスカーフが真横に入り込み、両端がぐるりと後頭部に渡りきつく縛られる。ロベリアは口を塞がれ声が出せない。


「ゼラの命が惜しければ大人しく着いてこい」


 ロベリアの頬には短剣の先が当たっている。暗闇で認知はできないが、小さく切れた傷口から自身の血が頬をつたっているのを感じ取った。


――今は大人しく聞いた方が良さそうね


 ロベリアはソニアに連れられ、奇術師の陽気な声を背後に会場を去った。

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