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36 身の程知らずの恋

 ロベリアとゼラが会場に戻ると、周囲の冷たい視線を再び浴びる二人の元に、心配そうな顔をしたフォセカが駆け寄ってきた。


「ロベリア! 大丈夫!?」

「…………」


 ロベリアは言葉を返すことすら疲れ、黙っていた。するとフォセカが真横につき、小さく呟いた。


「どうやらまだ体が覚えていたようね。ふふ、悪くなかったわよ」


 フンと鼻で笑う。ロベリアは奥歯を噛み締め、憤る気持ちを抑えるべく深く呼吸をした。


「あぁ、ゼラ。ちょっと話があるわ。ついてきなさい」


 フォセカは自身が登場した階段の上にあるソファを見ながらそう話した。その場にゼラも来いというのだろう。王族でない限り、階段の上へはいけない。この会場にいる人間の誰もが羨む場所だった。


「……ここでは問題でも?」

「えぇ、そうね。ロベリア、あんたは向こうでエサでも食べてなさい。さ、行くわよ。エスコートなさい」

「……失礼いたします」


 ゼラはロベリアに目で合図した。気をつけろ、と言いたいのだろう。ロベリアは小さくうなずいた。ゼラはしぶしぶ左腕を出し、フォセカが手を添えて階段へと足を進める。会場からはざわめきの声が上がったが、フォセカは笑顔で小さく手を振り、招待客に愛想を振りまいた。招待客はなぜゼラを連れて行ったのかは分からないが、これもまた慈悲深い王女様として映っているに違いない。


「……ただのフォセカだというのに」

 

 その二人の姿を後ろから眺めるロベリア。胸がきゅっと細い糸でぐるぐると縛り付けられたかのように痛い。相手がフォセカだからという理由だけではない。自分以外の女性がゼラの横にいること、それを見るのが辛かった。


◆◆


「それで、フォセカ様。私に何用でしょうか?」


 フォセカがソファへ座り、ゼラは目の前ですぐさま跪いて質問をする。早く済ませたいのだろう。


「何って、分かっているでしょう?」


 ソファからは会場が一望できる。大半がダンスや食事を楽しんでいるが、一部の人間はこちらを見ている。ロベリアも気にかけているようだが、会場に背を向けているゼラには見えない。


「ロベリアですか」

「それ以外何があるのよ。あなた、命令を覚えている?」

「えぇ、覚えていますが」

「だったらロベリアが悪党に襲われたとき、どうして助けたのかしら?」


 ロベリアがジャミの家から徒歩で帰っていたあの日だ。


「ロベリアを殺していいのは私だけです。育て上げた獲物を横取りされたくないんでね」

「……ふぅん。さすが殺人狂と言われただけはあるわね。でも、もう遅いわ」


 フォセカがパチンと指を鳴らすと、数多くある蝋燭が一度に消え、会場が一瞬にして暗くなる。突然のことに会場にいる者は驚きや焦りを露わにした。


「……何をした!?」


 会場にある蝋燭を一度に消すとなると従者が何十人いても足りない。これはプロキオン家が扱う、魔術の一種だろうとゼラは推測する。プロキオン領主と妻だけでなく、側近も数名、会場内に来ていることから、恐らく事前に打ち合わせがされて演出を用意していたのだろう。これがパーティーを盛り上げるためのただの演出ならば問題ないのだが。


「何を疑っているのかしら。失礼だこと」


 フォセカがもう一度、パチンと指を鳴らす。柱に掛けられた蝋燭から会場の中心に向かって段々と灯されていく。中央天井に飾られた巨大なジャンデリアの蝋燭がついたと同時に陽気な声が会場に響いた。


「レディースアンドジェントルメーン!」


 そのシャンデリアの下には、シルクハットに黒いスーツ、首元には赤い蝶ネクタイを締めた奇術師が立っていた。鼻の下のひげはくるっと左右に外に跳ねている。奇術師は被っていたシルクハットを取ると、中からは白い鳩が五羽飛び出し、開かれた窓へ向かって飛び立った。会場は歓声に包まれ、フォセカとゼラを見ていた人もいつしか奇術師に夢中になっていた。

 ゼラが背後を振り向くと、ロベリアの姿がなかった。


「ロベリア!?」

「あら、随分過保護だこと。ロベリアならソニア様に連れていかれたわ。尻軽な女ね」


 ゼラが会場へ戻ろうとすると、フォセカがゼラのスーツジャケットの裾を掴んだ。


「……何です?」


 激昂した気持ちを極限まで隠しフォセカに対応しているつもりなのだろうが、瞳孔はカッと開き、眉間にシワが寄っている。


「私との話はまだ終わっていないわよ」

「……あなた……ロベリアをどうするおつもりですか……!」

「どうって……さっきから話してるじゃない」


――ロベリアが殺される


 ゼラはジャケットを脱ぎ捨てその場を去ろうとするも、いつの間にかフォセカの近くに来ていた二人の剣士に行先を封じ込まれる。会場にいる皆は奇術師に夢中で、剣を向けられているゼラに気付いた者は誰一人いない。


「剣をしまえ。さもないと斬る」


 ゼラは自身の剣に手を添え、戦闘態勢をとる。二人の剣士は黙ったまま動かない。


「あぁそうだわ……ゼラ。あなた、かつてピスキウム家にいたんですって?」

「……それが何か。周辺諸国なら知っていることでしょう」

「えぇ。でもローズと仲睦まじかったみたいね? ……あなた、ローズに恋をしているのかしら」

「……剣士が王女様に恋心を抱くなど、身の程知らずでしょう」

「そう。愛する人間をその手で殺すなんて、とっても楽しいシナリオになると思ったのだけれど残念ね」


 フォセカはくくくっと笑い、ゼラの反応を面白がっている。


「……フォセカ様」


 野獣が呻くような低い声。獲物を逃がさまいと威嚇する全身から放たれる殺気。開かれた瞳孔は獲物の心臓を突き刺すかのよう鋭く冷たい。

 その姿にフォセカは鳥肌が立ち、足をバタつかせる。逃げたいのだが、腰が引けてしまい体が思ったように動かないのであろう。王国の厳しい訓練を受けている剣士二人も手を震わせ、カタカタと剣が震えている。


「以前、私は申しましたよね。『私は何時でも何処でも、目の前のモノを殺せるんですよ。……叫ぶ余裕すら与えずに』って」


 ゼラは素早く剣を抜き、瞬く間にして剣士を気絶させた。ドサッと剣士が床に倒れ込む。


「フォセカ様、あなたでさえも」

「……お、おおお、王女に向かってその口の聞き方、許されると思って!?」


 ゼラがフォセカに剣を向ける。国家反逆罪にも問われるだろう。もう後戻りはできない。だが、もうこの女に敬意を払わなくてもいい。ゼラは冷酷非道の殺人狂という通り名に相応しい話し方でフォセカに話し始める。


「ふん、生憎皆は奇術師に夢中だ。その声は届かないだろうよ。ロベリアを攫うための策とみたが、裏目に出たな? 誰もあんたを助けに来ない」

「や、やめなさい! さ、叫ぶふぁよ!」


 恐怖のあまりか、フォセカは声が裏返る。叫ぶことができるのが先か、叫びを与えられずに終わるのが先か。


「ロベリアはどこだ」

「……し、知らないわ! ぜ、全部ソニア様の策略よ! そそそ、その剣しまいなさい!」


 殺すことなどいとも簡単にできるが、これ以上大事になっても困る。それにフォセカから聞き出すよりも、自分の足を使った方が早いだろう。ゼラは剣をしまい、フォセカにこう告げた。


「あぁ、最後に一つ教えてやる。俺は身の程知らずの剣士だ」


 ゼラは急いで階段を降り会場を後にした。


「……ふ、ふん、今行ったところで無駄よ。ローズは殺され、あなたも人生を終えるの。一緒に地獄へ行けて良かったじゃない!」


 ゼラに怯えている自身を認めたくないのか虚勢を張り続けているが、フォセカはソファから動けなかった。ガタガタと震える奥歯を噛み締め、じっとその場で固まっていた。


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