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32 君と同じ立場に

「退屈だわ……」

「まだプロキオンに入ったばかりだぞ」


 アルニタク宮殿へは、ジャミの家が支配するプロキオン領地を通過して到着する。キファレス家からプロキオン領までも距離があり、プロキオン領を出て王都に入ったとて宮殿までの一本道も長い。ゲンテの操縦術ならば時間を短縮できるのだが、今日は爆走する理由もないため通常運転だ。パーティーが開始される十分前に到着予定である。


「遠すぎるのよ。それにしても久々の宮殿ね……」

「……やっぱり嫌か?」


 いつもしかめっ面のゼラが少しだけ眉を下げ、ロベリアの気持ちに寄り添った。


「もう大丈夫よ。ただ宮殿の人たちやそれに媚び諂う人たちが気持ち悪いだけよ」

「……ほんと逞しい令嬢だな」


 ははっと歯を小さく見せて優しく笑う。車内に差す夕日がゼラの顔をより優しく輝かせた。


――何なのよ、今日のゼラは……! あんな風に笑う人間だったかしら!?


「なぁ、王女の周りを取り巻いている時はどんな感じだったんだ? 周りの奴らには、慈悲深い王女に見せるために、おまえが敵になっていたんだろ?」

「そうね……」


 ロベリアは両腕を組み、斜め上に顔を上げ、ゼラを見下しながら再現してみせた。


「『チヤホヤされちゃって、勘違いもいいところだわ。あなたに近づく男なんて、みーんなお金目当てですわよ、フォセカ様?』とか……」


 腕を外し顔をゼラに近づける。そして人差し指で彼の顎をクイッと持ち上げ、嘲笑う。


「『フォセカ様ったらそんなこともできないのかしら? まぁそうね、最近までオシメが取れませんでしたものね? ふふふっ』……とかかしらね」


 演劇女優も顔負けの迫力のある名演技だ。ゼラはきょとんと目を丸くするも、外で運転しているゲンテに聞こえるほど大きく笑った。


「こんなの取り巻きって言わねぇだろ……! 悪人と一緒じゃねぇか。くくっ……」

「知らないわよ、これが私の役目だもの。調教されてきたの。これを言わされているのに、肥溜め小屋に閉じ込められたり、人目のつかないところでフォセカに殴られたりもしたわ。たまったもんじゃないわね」


 その瞬間、ゼラの笑い声がすっと消えた。


「……悪い。笑い事じゃないよな。嫌なこと思い出させてしまったな」

「あ、謝らないでよ! むしろ笑ってもらわなきゃ恥ずかしすぎるわよ!」

「もうそんなことさせねーから」


 ロベリアの手に触れ、ゆっくりと指を絡めるゼラ。


「こっちの方が恥ずかしいわよ!」

「何があっても俺から離れるんじゃねーぞ」

「わ、分かったから!」


 手をほどき、ゼラが正面に来ないように少しだけ横ずれて椅子に座り直した。


「ね、ねぇ。ずっと気になってたんだけど」

「どうした?」

「フォセカはどうして私を選んだのかしら? 隣国の王女って理由だけではないわよね?」


 そうロベリアが問いかけたとき、馬車から見える景色が変わった。無機質な建物が並ぶプロキオンの街並みは去り、王都の入口に入った。宮殿周辺ほどの煌びやかさはまだないものの、身分の違いが一瞬で分かるほどの豪勢な家や、雨漏りなど経験したことのなさそうな立派な商店が並ぶ。


「同じ王女という同じ立場でありながら、貴族や王子が話しかけるのはローズ様ばかり。それが嫌だったんだろ」

「……それだけ?」

「強いていうなら、ピスキウム国・アルニタク国・レポリス国の中で、暗黙の内に優劣はあったみたいだな」


 横に位置する三国の中、経済力や軍事力、土地の面積など何もかもにおいて優位を取っていたのがピスキウム国だ。かつて同盟関係を結んでいたレポリス国はさておき、アルニタク国は当然ながらピスキウム国が憎い。

 

「一番権力のあるピスキウム国の王女に、人が集まるのも無理はないわね……」


 ロベリアは客観的に判断した。それも間違いではないのだがフォセカに至っては違う。


「ただそれは国王同士の話だ。王女からすれば、王政よりも自分がどうあるか、だな」

「じゃあ、本当にフォセカは人気のあった私に嫉妬しただけ?」

「恐らくな。父である国王とも利害が一致したんだろう。それで国王がピスキウム国を狙った後、ロベリアだけはフォセカ王女の命令で攫われた……と俺は推理している。まぁ国王からすれば、ロベリアは排除しても構わなかったんだろうが。戦争で勝利すれば、敗戦国の武器も戦利品として手に入るからな。そんな感覚だろう」


 たったそれだけの理由で家族を殺され、記憶を奪われ、虐げられ、今もなお狙われている。


「許せない……そんな自己愛のためだけに私たちを……家族を……」


 かつて取り巻き役としておこなってきた日々が、脳裏に駆け巡る。事情も知らされず、ただひたすら玩具として操られていたことに憤りを覚え、そして従うしかできなかった自分自身にさえ嫌気を感じてしまう。

 ロベリアは俯き、ドレスをぎゅっと掴んだ。憤りから涙が出そうだったが、パーティ前に化粧を崩すわけにもいかない。必死にこらえた。


「……ロベリア」


 ゼラはロベリアの右横に移動し、そっと肩を寄せ左手で頭を撫でた。


「……ゼラ!?」


 ロベリアは驚きゼラを見上げるも、彼は次第に煌びやかさを増していく風景を窓から眺め、ロベリアの方に顔を向けなかった。


「……二つ訂正しておいてやる」


 話し始めてもなお、顔は窓に向けられたままだ。


「一つ、おまえに人が集まったのは権力だけじゃない。おまえの天真爛漫な性格が人々を引きつけた。小さい頃は可愛かった」

「一言余計なのよ」


 たとえ幼い頃だとしても素直に褒められるとなんだかこそばゆい。ロベリアはどうして良いか分からず、いつものように強気に言い返した。


「二つ。……嫉妬してたのはフォセカ王女だけじゃない」

「まだ誰かいるの!?」

「……ローズ様の世話係だった小さな領主も言っていた」

「……そう」


 空では一番星が顔を出したというのに、馬車内はまだ夕日が差し込んでいるかのように二人の顔は赤く染まっていた。


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