29 レポリス国第二王子 ソニア・レポリス
一方、送り主のフォセカ。
ロベリアとゼラへ招待状を送る数時間前に遡る。
「ソニア様、ようこそおいで下さいました」
「フォセカちゃん、久しぶり」
彼の名は、ソニア・レポリス。レポリス王国の第二王子だ。
金貨のように輝くクセ毛交じりのゴールド色の髪。刈り上げられた襟足は、中性的な顔に男らしさを加えている。
「いいえ、ソニア様でしたらいつでも大歓迎ですわ。でも朝早くにどうしたのですか?」
「それは二人きりになってから。今日も可愛いね」
ソニアのリップサービスに、うっとりするフォセカ。平坦な茶目を輝かせ、ソニアの緋色の瞳をじっと見つめる。右目の下にある涙ぼくろは彼の色気をさらに際立たせている。
「……ソ、ソニア様ったら……っ」
ソニアを一目見た令嬢は皆、彼の美貌と甘い言葉に虜になる。裏を返せば、女ったらしの王子とも言えよう。ソニアは従者を外に追いやり、フォセカと二人きりの空間にした。
「えっ、ソニア様!?」
「今日はフォセカちゃんとゆっくり話したいと思ってるんだ」
――もしかして婚約のお話かしら……!? ソニア様なら……
フォセカは身体をくねらせ、照れながらソニアの方をチラチラと見る。
「なんでしょう……? 私はどんなお話でも喜んでお受けいたしますわ」
一瞬、ソニアの口角があがり目つきも鋭くなったが、恋に盲目となっているフォセカは気づかなかった。
「そうかい? それは嬉しいな」
「もう……もったいぶらないで教えてくださいませ」
「僕気づいてしまったんだ……」
フォセカの心臓が高鳴る。
――早く言ってくださいませ! 答えはもちろん「はい」ですわ!
「キファレス家にいる女の子、ピスキウム国のローズちゃんだよね?」
「はい! ……はい?」
呆気にとられ、ソニアの言葉を脳内で繰り返すフォセカ。憎んでいるローズの名前が突如出されて、虫唾が走った。
――ローズですって? ソニア様の口からローズの名前が出ることすら許せないわ!
「ソニア様、ローズが亡くなったのはご存知でしょう……?」
「亡くなってはいないだろ? 失踪して行方不明のままだ。死亡届は出されていないはずだ」
――ソニア様までも、ローズを気にかけるというの!?
「キファレス領にいるのは、アークリィ家の養女、ロベリアですわ。言われてみれば、髪色も似ていますし、ローズが成長すればあのようになるかもしれませんが……」
フォセカは扇を口にあて、真実を隠した。適当な口実が見つからなかったのだ。
「フォセカちゃん、嘘はつかなくていい。彼女がキファレス領に行ったと聞いて、ローズちゃんだと確信した」
「確信? なぜですの?」
ソニアが登場した時に見せた乙女なフォセカは消えていたが、傲慢で我儘な本当の姿はまだ隠している。冷静を保ち、丁寧に会話を進めている。
「かつてキファレス領が燃えたとき、領主ゼラはピスキウム家に保護された」
「えぇ、それは知っていますわ。でもそれがどうして結びつくんですの?」
「彼がいつもローズの傍で仕えていたことは知っているかい?」
「なんですって……!?」
両親を失ったゼラが一時的にラークスに助けられ、保護されたことはフォセカも風の便りで聞いていた。だがそれ以上の想像はしていなかった。宮殿ですれ違うことはあるかもしれないが、傍で仕えるには身分が違いすぎる。
「やっぱり知らなかったか。まぁそれも当然だろうけどね。国王一家から寵愛を受けているなんて、他の領主への示しもつかないだろうから」
国王であるラークスは、ゼラの存在を宮殿内部の人間と信頼のおけるごく一部の領主に留めていた。無論、ゼラには知らせておらず、彼は何不自由なく過ごしていたのだが。
「どうしてソニア様が知っているんですの? あなたが同盟国だったから?」
「僕、ローズちゃんの許嫁だったからね」
「何ですって!?」
フォセカは扇を強く握りしめ、爆発しそうな感情をぐっと堪えた。相手がソニアでなかったら、その扇で相手を叩いているだろう。
「でもローズちゃんは一向に僕に振り向かない。会うたびにゼラの話ばかりするんだ」
「……」
「それにゼラと一緒にいるローズちゃんの姿を見かけたことがあったんだ。幼かったけれど、二人とも惹かれあっているとすぐに分かった」
――ソニア様を差し置いて、領主ごときに恋ですって……!? 弄ぶのもいい加減になさい!!
「……そ、そうでしたのね」
引きつる顔を再び扇で隠す。ミシミシと扇が軋む音がだんだんと大きくなる。
「でも、今では鬼畜と噂されているゼラが、ローズちゃんに似ているからという理由でロベリアちゃんと婚約するとも考えられない。なにせローズちゃんが生きているかもしれないからね」
――ソニア様、なんか鋭いわね……
ソニアは笑顔を絶やさないまま、鋭い考察を話し続ける。
「フォセカちゃんが事情を知っていて、彼女をキファレス家に嫁がせたとも考えたけれど……君は知らないようだったからね? まぁそうだよね。王女と知っていれば、いくらロベリアちゃんが記憶喪失だとしても、そもそも取り巻きになんてさせないし」
「え、えぇ……」
成績を偽装していたフォセカの頭ではソニアの推理に追いつかず、動揺していた。
「つまりフォセカちゃんは、鬼畜領主の元へ嫌がらせとして嫁がせたって意味になるんだけど分かる?」
ソニアの腹黒い顔が垣間見えた。フォセカは全身に鳥肌が立つのが分かった。
「……! い、いやですわ、ソニア様! 私がそんなことするとでも? ロベリアは記憶喪失でなかなか大変な思いをしておりますの。だからこそ、この国一番の領主の元へ嫁がせあげようと……」
「ふふ、そんな怯えないでよ。僕はフォセカちゃんの味方だから」
「えっ?」
――ここまで責め立てておいて味方ですって?
「でもソニア様はローズの許嫁だったのでしょう? もし私が嫌がらせをしていたとするなら、私のことは憎いはずでは?」
「許嫁だなんて昔の話。戦争とともに同盟は破綻したし……今じゃ……」
誰もが虜になるソニアの甘い顔は一瞬で消え失せ、額に青筋を張り獰猛な顔つきになった。
「憎くて憎くてたまらないよ……レポリスのワインを奪ったキファレス家も、レポリスを敗北へと追いやったピスキウム国も……」
ソニアの瞳孔は開き、八重歯はむき出しになるほどにまで怒りを露わにしていた。まるで血に飢えたヴァンパイアような形相だった。
「僕に見向きもしなかったローズも……ぐちゃぐちゃに壊してやる」
フォセカはソニアの豹変ぶりに驚くも、動揺はなくなっていた。自分と同じく、ローズとゼラを憎む同志だと分かったからだ。淑やかに揃えられていた両足を崩し、女王様のように足を組んだ。
「あら、ソニア様……ふふ、素敵だわ」
フォセカは残酷で傲慢な本性をむき出しにした。その姿にソニアは驚くこともせず、分かっていたかのようにニヤリと口端を上げた。
「思った通りで安心したよ、フォセカちゃん?」
「ふふ、ソニア様には敵いませんわね。私、昨夜ちょうどローズを取り損ねてムシャクシャしていましたの」
「取り損ねた?」
殺された悪党はゲンテが素早く処理をしたことで、事件は広まらず内々で収まったようだ。
「えぇ……最近なんだかつまんなくって。ゼラも一向に殺さないものだから、最後に玩具遊ぼうと思っていたのですわ。でもローズを捕らえるはずの悪党は所詮ドブネズミ。役立たずでしたの」
「なるほどね。悪党どもが失敗し、さらにゼラはローズを助けたと」
「あら……ソニア様ったらお話が早くて助かるわ」
フォセカはソニアとの間にある机の上に乗り出し、ソニアの顔をそっと撫でる。
「私たち気が合いませんこと? こんな素の姿見せたのはソニア様が初めてですわ……」
うっとりとした目でソニアを誘惑する。
「私と一緒になってくだされば、次期アルニタク国王も夢じゃなくってよ……?」
「ふふ、そうだね。じゃあフォセカちゃん……僕と楽しいことをしようか」




