23 甘い刑罰
ロベリアがバスルームから出ると、ゲンテが待ち伏せていた。先に言っておくが覗きではない。
「あら? ゲンテ、こんなところでどうしたの?」
「ロベリア様……、いや、ローズ様!」
ゲンテはすぐさま跪き、ロベリアに謝罪する。
「先程、ゼラ様がロベリア様に全てをお話したとお聞きしました。今まで黙っていたこと、そして王女様と分かっていながらの不敬な言動、大変申し訳ございません!」
ゲンテも王女と分かっていながらロベリアを攫った。王女に対してあるまじき行動だ。これがフォセカ相手ならば、首を跳ねられる、もしくは永年玩具にされるか。そんなところだろう。
「ちょっと、ゲンテ! 顔を上げてちょうだい」
ロベリアは膝を曲げ、ゲンテと同じ高さに目線に合わせた。
「いいのよ、そんなことは。……感謝しかないわ。ずっと想って待っていてくれたんでしょう? ゼラもゲンテも」
「もちろんでございます! ですが、なかなかお迎えにあがれなかった未熟さ、私はどのような処罰も受ける覚悟でございます」
ゲンテはもう一度頭を下げた。自身の不甲斐なさから、ロベリアに合わせる顔がないのだろう。
「そうね……。なら、美味しい紅茶とほっぺたが落ちるほどの最高なデザートをいただけるかしら?」
ゲンテに下されたのは「ロベリアに最高のデザートを出す刑」だ。なんて甘い刑罰なのだろうか。
「いや、そんなことでは!」
「そんなことがいいのよ、ゲンテ。私には過去の記憶がないけれど、きっと小さかった私もあなたの作るお菓子が大好きだったはずよ。だって……今もそうだもの」
昔を彷彿させるようなロベリアの笑みに、彼は涙を浮かべた。
「ローズ様……」
「これからも今まで通りにしてちょうだい。ロベリアでいいわ。ローズは……今はまだ呼ばれている気がしないの」
ロベリアは、フォセカに付けられた名前を今すぐにでも剥がしてしまいたいとも思っていた。だが、王女でいる自信もなかった。
「かしこまりました。明日、とびっきりのデザートをご用意いたします!」
「えぇ。楽しみにしているわ」
部屋に着いたロベリアは、ベッドへ飛び込み天井を見上げた。
「今日は目まぐるしい日だったわ……。ジャミと会っていたのが昨日のことのように思えてしまうわね……」
ごろんと横になると、クマのぬいぐるみと目が合い、そっと話しかける。
「……私王女だったのよ? ローズ・ピスキウム、なんですって。なんだか他人事のようだわ。……あぁ、でもあなたは知っているのよね。私がローズだってこと」
当然、ぬいぐるみが言葉を返すはずもないのだが、今は誰かに聞いてもらいたい気分だった。
「隣国へ戻ったら、私は女王になるのよ……。私が国民を守るなんて……無理な話だわ。だって何も……何も知らないんですもの……何も…………」
ロベリアとクマの会話が途切れた。すぅと小さく寝息をたて、眠りへと落ちた。
◆◆
翌日。今日からまたアスタによる授業が始まる。
「あ〜ん、ロベリア様! 素敵ですわ!」
アスタは両手を頬にあて、うっとりした目でロベリアを見つめていた。本日の授業は、社交界で行われるダンスレッスンだ。キファレス邸の大広間でそれは行われていた。そしてロベリアの相手役を務めるのは、この男。
「なんで俺がこんなことに……」
「しょうがないじゃない。ゲンテにやらせるわけにはいかないもの」
一度ゲンテを誘ってみたが、ゲンテは「膝が痛いのです……」と、以前と同じような嘘くさい返答をされてしまった。ちなみに今は元気にキッチンでデザートを作っている。庭仕事をしていたリトにも声をかけたが、彼はダンスに慣れていない。「ゼラくんは?」と無邪気に聞かれ、ロベリアは仕方がなく残ったゼラを選ぶしかなかったのだった。
「それなら、アスタでいいじゃねぇか」
「それじゃあ、私の動きが見られないでしょう?」
ステップを踏み、ゼラにエスコートされながら踊るロベリア。フロアにはリズミカルな足音と、時折激しい鞭の音が鳴る。それも床にヒビが入ってしまいそうなほどの威力だ。
「お二人とも、口を閉ざして! ロベリア様、背筋が曲がっていらっしゃいますわ!」
「はいぃぃ」
ロベリアは言われた通りに背筋を伸ばし、口を閉ざす。
「……ふっ」
ゼラが馬鹿にするように鼻で笑った。ロベリアは声を出さずに睨みつけると、再びバチィイン!とフロアに鞭が打たれ、大きく響き渡った。
「ロベリア様ぁあ〜? 笑顔が足りていませんことよ! ほら、口角を上げて、ゼラ様を愛しく思う瞳で見つめてくださいませ!」
「なっ……!」
しかしここでやらなければアスタの鞭が再び打たれ、このダンスレッスンも終わらないだろう。ロベリアは深く一呼吸。そして口を上げ、ゼラをじっと見つめた。余裕綽々のゼラは目を細め、甘く微笑み返した。
──なんでゼラったらこんなに余裕なのかしら……!
負けじとロベリアも冷静を保ち、微笑みをやめなかったが、本当は胸の高鳴りがうるさくそれどころじゃない。ぎこちなさを見せぬよう、軽やかにステップを踏むことに集中してなんとか一曲を終えた。アスタが大きく拍手をしながら二人へ近く。
「お二人ともとてもお美しかったですわ!」
「……アスタ、後は頼む」
一言呟くと、ゼラはふいっと外へ出てしまった。
「ちょっとゼラ! 逃げるんじゃないわよ!」
「ふふ、ゼラ様は照れていらっしゃるのね」
「そんなはずは……」
そうだとすれば、少しだけ嬉しい。そう思ってしまう自分がいることににロベリアは驚く。
──何を考えているのロベリア! それに、ゼラに限ってそんなことは絶対ないわ。ただのスカし野郎よ! それに、私は……
ロベリアは小さく首を振り雑念を飛ばし、顔をペチペチと叩いて火照った頬を冷やした。
「さて、少しだけ休憩にしましょうか。ロベリア様のためのデザートがお待ちのようですわよ」
アスタが何か企んでいるかのように、ニヤついた顔でロベリアを見ていた。
「え、えぇ……」
アスタの笑顔ほど怖いものはない、そう思うロベリアなのであった。




