22 嫉妬に狂う
「遅い! 遅すぎるわ!」
悪党に襲われたロベリアが無事に家へ着いた頃。アルニタク宮殿では、持ち前のヒステリーを発揮したフォセカが部屋で暴れていた。
「玩具で遊ぼうと思っていたのに、なんで来ないのよ!」
玩具、つまりロベリアのことである。彼女を襲った悪党は、やはりフォセカが仕組んだものだった。フォセカが痺れを切らし、ティーカップを床に叩きつけようとした瞬間、コンコンとフォセカの部屋がノックされた。ティーカップは乱暴に机に置かれたが、割れることは免れた。
「フォセカ様」
「いいわ、入りなさい」
右腕から血を流し、負傷した一人の従者がやってきた。
「……その腕はどうしたのかしら? あなたには悪党共の見張りだけを命じていたはずよ?」
フォセカの顔が暗くなり、右腕の傷をさらに抉るような鋭い視線を飛ばした。
「キファレス家の老執事にやられました。遠くから見張りをしていたのですが、気づかれてしまったようで……申し訳ございません。執事も急いでいたようで追撃されず、私はなんとか一命を取り留めました」
「あなたのことはどうでもいいわ。それで、ロベリアは?」
フォセカは、従者の傷の治療などするつもりはない。彼女にとって従者など捨て駒にしか過ぎない。壊れた玩具は直さずに捨て、新しい物を手に入れる。ただそれだけだ。
「悪党共がゼラ・キファレスによって殺害されました。よってロベリアは助けられて……」
「助けられたですって……?」
フォセカの重々しい殺気を感じ取った従者は、慌てて床に額をこすりつけ懺悔した。
「お許しください、フォセカ様! 大変、大変申し訳ございません!! どうか命だけは、命だけは!!」
「ふふ、命?」
フォセカは従者の頭を踏み潰した。
「命は生き物にあるの。駒のあなたに最初から命なんて存在しないわ」
フォセカは靴のヒール部分で、従者の頭が蜂の巣になってしまいそうな程、何度も何度も突き刺した。
「ふん。ケイジュ、来なさい」
フォセカが呼んだ瞬間、扉の向こうにサッと一人の男が姿を現した。
「…………」
ケイジュと呼ばれる男は、フォセカの元へ無言で近寄った。足音も一切立てない。全身が闇に溶けてしまいそうなほど真っ黒の執事服。藍鼠色をした髪は、高い位置で一つ結びにされ、腰まで長く伸びている。
「はぁ……相川らず無口ね。返事ぐらいしなさい?」
フォセカにそう言われても、無口のままコクリと頷いた。言動が一致しない。
「まぁいいわ、コレ要らないの。捨ててちょうだい」
「…………」
ケイジュは跪いた従者の髪を引っ張り、顔を上げさせる。
「ケイジュ、おまえ……仲間だろ……!?」
髪色と同じ藍鼠色の瞳を宿したケイジュの瞳孔がカッと開いた。
「……なか、ま……?」
「なんだ、おまえ喋れるのか!? そうだ、同じ従者だろう!?」
「……仲間……なんて……いらない……」
ケイジュは胸ポケットから小剣を素早く取り出し男の首筋に当てる。
「ケイジュ待ちなさい! あなたここで殺るつもり? やめてちょうだい、気味が悪いわ」
「…………」
ならばどこで殺せばいいのかと、藍鼠色の瞳でフォセカに問いかける。
「……何よ? 宮殿以外ならどこでもいいわよ! ケイジュ、あなたも気味が悪いわ! ソレを連れてとっとと部屋から出て行きなさい!」
「…………」
ケイジュは扉から出ることなく、従者を引きずったままベランダから飛び降りた。ベランダの柵に頭を打ち付けようともおかまいなしに、引きずり続ける。従者はケイジュの動きに耐えられず呻き声を上げている。この先は森だ。恐らく従者はそこで殺され、生きたことすら抹消される。
「……本当使えない人間ばかりだこと。ケイジュも……お掃除係としてはちょうどいいわね」
騒がしかった森も一瞬にして静まりかえった。腕のいい暗殺者というのは、相手に叫ばす余地も与えず、一瞬にして息の根を止める。
「……にしても、ゼラ・キファレス……! 居合わせたのなら、罪を悪党に擦り付けてロベリアを殺す絶好の機会でもあったはずよ!! なのにどうして助けたのかしら!?」
フォセカは、自分が下した命令を果たさないゼラに痺れを切らしてきていた。
「……! まさか、あのゼラ・キファレスまでもロベリアに魅了されて……」
かつてロベリアが王女だった頃。容姿端麗な美貌だけでなく勉学も話術も達者、そして天真爛漫で陽気姿に誰もが彼女に魅了されていた。諸国の王子も、貴族も、そしてアルニタクに仕える者でさえも彼女を贔屓にする者すら現れた。同じ王女でありながら、フォセカのことは誰一人見向きもしなかった。
フォセカがロベリアを虐げる理由、それは狂いに狂った嫉妬だ。
「いいえ、あの女のどこがいいのかしら……! 醜いだけが取り柄の女よ! 絶対に絶対に許さない……私が世界で一番可愛いの……私以外いらないわ……王女として輝くのは私よ!!!」
──ローズ、次はないわよ。そう、ゼラ・キファレスの命も。




