第四話
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ご拝読いただきありがとうございます。
今回はかなり甘めです。
『いい?今夜、蓮のバイトが終わったら―――』
悪魔のような甘美な声で、悠が囁いた。
「困ったなぁ…」
うーんうーん、と唸りながら斗真はそわそわしながら夜の公園で呻いていた。
蓮のバイトの時間に合わせて、この公園で待ち合わせをする。それは、付き合い始める前
からの習慣だった。
ちょうど斗真の自宅と、蓮のバイト先であるレストランとの間にこの公園がある。
蓮はオーナーの家に居候しているので、ここからあまり遠くない。
授業以外では中々時間を合わすことは難しいので、どちらからともなく呼び出していた。
近いから別に面倒ではなかったし、蓮と話すことは楽しかったから。
「うう〜、困ったよぉー…僕にいったいどうしろと?」
正直ホントに困った。
斗真自身、未だにはっきりと自覚しているわけではなかったから。
(蓮のことは…たぶん、好き…なんだと、思う…けどっ、でもでも)
ココロの中で一人ごちただけなのに、自然と頬が朱に染まる。
元々友人として、一人の人間として好きだったし、それは今でも変わらない。
付き合う前も、付き合い始めてからも、彼はいつだって自分に優しかったし、しょっちゅ
うからかってはくるけれど、本気で嫌がることは決してしなかった。
いつも僕が怒る前に自然と違う方へ話を変えてくる。そのタイミングが絶妙すぎて、逆に
ムカツク時もあるけど。
それ以上に、彼を大切には想っているのは真実だった。
その意味はまだ、理解していないけれど。
「はぁ…なんだか面倒になってきた」
中途半端な自分の気持ちに。
「こうなったら―――やるしかない、よな」
ぐだぐだしているのは性に合わない。
そんなコトしてるくらいなら、何もしない方を選んでのんびり寝てるほうがよっぽど有意
義だと思った。
「斗真。何呆けてんだ?」
「…蓮」
どうやら考え事をしているうちに、約束の時間になっていたようだった。
いつの間にか、自分の目の前に蓮が立っていた。
蓮は一度家に帰って風呂でも入ったのか、昼間とは違う格好をしていた。
漆黒の髪がしっとりと濡れていて、春風に優しく吹かれている。
薄手の黒い長袖TシャツにGパンを履いていて、至って普通の格好だ。
なのに、この無駄に長い足と鍛えられた身体をしている彼が着ていると、どれも高級そう
に見えるから不思議だ。
(絶対こいつ日本人じゃないよな)
じとーっと恨みがましくもう一度眺めてみる。
うん、こいつやっぱ日本人じゃない!だって足短いのは日本人の証明!そういう民族なの!
いつ見てもやっぱりムカツク。
斗真だって170cmと小柄な方ではあるが、至って平均水準だと自分では思っている。
うむうむ、と一人納得していると、蓮は少し呆れたようにこちらを見つめていた。
「で、どうだった?」
「?何が?」
「今日、店に来ただろ」
「うん。すごく、美味しかったよ」
ランチに食べたカルボナーラは本当に美味しかった。あんなに美味しいものなら毎日でも
食べたいくらいだ。
思い出したら思わず笑顔になっていた。
「僕、あれ大好きなんだよねー」
「そうか」
僕が自慢げに美味しさを語ると、蓮は嬉しそうに少し笑ってくれた。
やっぱり、自分の働いているお店を褒められると嬉しいのかな?
僕はもっとお店の良さを話そうと思って口にした。
「オーナーの崎さんも優しくて素敵な人だよねー」
それをいった瞬間、サーッと空気が一気に冷えた気がした。
あれ、僕なんか変なこと言ったっけ?
眼前にいる男は、先ほどの嬉しそうな顔など何もなかったかのように冷たい表情をしてい
た。
「れ…蓮?」
なんだか様子がおかしい。
呼びかけても何も反応がない。
ただ黙って、感情を失くした顔でこちらを静かに見ている。
どうしてそんな顔をしているのか?
そう問おうとして口を開こうとした瞬間、グイっと右腕を掴まれた。
「え…?」
何が起こったの、と思う前に唇を塞がれた。
「んんっ」
蓮の薄い唇が強引に斗真のそれを貪ってくる。
蓮は右手で斗真の顎を捕らえ、逃れられないようにガッチリ押さえている。
斗真の右腕を掴んでいたもう片方の手は腰に回されて、気が付けば抱きしめられていた。
突然のことに驚きが先行して思考が上手く回らない。
斗真は息苦しさを覚えて呻き声を零した。
「ふ……んぅ」
呼吸の仕方が分からない。
執拗に続く口づけが苦しくて、斗真は眉根を寄せた。
「はっ…ぁ」
「斗真…」
優しく自分の名を呼ぶ声。
こんなに強引に唇を奪っているのに。
けれど愛おしげに見つめられると、何も反論出来なくなった。
「好きだ…斗真」
もっと呼んで。その声で、自分の名を呼んで欲しい。
そう唐突に思った斗真は、驚きのあまり下に下がったままの腕をゆっくりと伸ばして彼の
胸に縋った。
「れ…ん」
軽く唇を合わせた状態で、なんとか彼の名を口にする。薄く開いた唇からは吐息が零れ、
すうっと空気を吸った。
「あ…」
胸の高鳴りが止まらない。熱っぽい眼差しで自分を見ている蓮からは、強烈な大人の色気
が溢れていた。
(ドキドキしすぎて…もう意味わかんな…)
抱きしめられたままぼーっと放心状態に陥った。
ファーストキス。
夢の中でも蓮にキスされたけれど、こんなに激しくはなかった。やっぱり、夢は所詮夢で
しかないことを身に沁みて感じる。
(キス…しちゃったんだ、蓮と)
蓮の逞しい胸に抱きしめられたまま、ようやくその事に気が付いた。
かぁっと耳まで赤くなる。
(は、恥ずかしい…)
しかもこの体勢。
いくら夜の公園とはいえ、公共の場だ。いつ誰が通るかもわからない。
夜。
公園。
男2人。
抱き合っている…。
(変質者以外の何者でもないじゃんーーっっ)
今更ながらに己の行為を思い知る。
いろんなことを考えすぎてついつい忘れてしまうが、自分達は男同士なのだ。
(ってかそんな一番基本的なこと、すっかり忘れてた…)
なんて言うかもう、日々焦って慌てて怒って笑って―――それだけでいっぱいいっぱいで、
周りの目を気にするってことはあんまりなかった気がする。
(あれ?)
斗真はふいに胸に何かが引っかかるのを感じた。
(それって…女の子と付き合ってるのとなんも変わりないんじゃ…)
先ほどされたキス以外は。
一緒にいることに安らぎを覚えるのなら、それは相手が誰であっても同じ―――
そんな、当たり前なことに何を悩んでいたのだろうと逡巡する。
「斗真…こんな状況で考え事とは、余裕だな?」
「…っ!」
顔のすぐ横でずっと斗真の様子を見つめていた蓮は、苛立ったように耳元で囁いた。
その瞳の奥は鋭く熱を持っていることに斗真は気付かない。
「俺といる時に他のことを考えるのは許さない」
「え」
そう宣言すると、戸惑う斗真などお構いなしにもう一度唇を奪う。
今度は荒々しく、激情をぶつけるような口付けだった。
「ふ…んっ…ぁ」
息苦しさに唇を薄く開けると、ぬるりとしたものが滑りこんでくる。
歯列をなぞり、上顎をくすぐって舌を絡めとってキツく吸われた。
「は…ぁ」
(ばか、お前のことばっか考えてるのに…っ)
抗議をしようにも頭はしっかりとホールドされ、身体は逃がさないというかの様な力でき
つく抱きしめられている。
(もう無理、酸欠で死ぬ…)
グッグッと胸を押して抵抗してみるが、まったく微動だにしない。抗おうとすればするほ
ど、より強く腕に力が入った。
「斗真…斗真……俺を好きになれ」
低くて甘いトーンの声が、切なげに告げる。
顔の至るところにキスの雨を降らし、逃げようとする力を奪っていく。
(な…んで、こいつは僕のこと好きなんだろう?)
惜しみなく囁かれる告白。
こんなに想われたことは未だかつてなかった。
今まで付き合ってきた女の子はみんな控えめで、斗真に告白を乞うものもいなかった。
だからいつも何も言わず、関係も進展しない。
相手がそれに耐え切れず振られることが多かった。斗真自身も特に好きだった訳でもなか
ったので、それでも良かった。
だけど今は。
いつもの傲慢な顔は何処にも見当たらず、ただただ斗真の心を欲している。
付き合い始めてから特にそれを望まれることはなかったけれど、本当はずっと願っていた
ことなのだと今更になって思い知った。
何がキッカケかはわからないけれど、想いが強くなりすぎてこんな行動を取ったのかと思
うと嬉しくなった。
「蓮…僕――――」