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chronos  作者: 天月 琉架
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第二話

閑静な住宅街の外れに佇む、お洒落なレストラン。周囲は瑞々しく緑が広がっていて、と

ても落ち着いた雰囲気をしている。


リストランテ「Fontana di Trevi」は、都内でも知る人ぞ知る隠れた名店だ。

庶民派大学生の斗真は、いつもこの店に来る時少しだけ緊張する。


けれど、エントランスの向こう側から暖かく迎えてくれるマスターの笑顔を見るとすっか

りと我が家のように寛げるのだ。


「いらっしゃいませ」

「マスター、こんにちは。また来ちゃいました」


扉を開けて店内に入ると、マスターがいつものように出迎えてくれた。斗真は久しぶりに

訪れた店の雰囲気が変わらず暖かくて、柔らかく微笑んだ。


「ようこそ、お二方。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

「はい」

マスターは恭しく一礼すると、斗真と悠を見晴らしの良い窓際の席へと案内した。


「ねぇ、斗真。今の誰?」

席に着くと早々に悠が聞いてくる。蓮に言われたからではなく、普段からよく一緒にいる

悠は斗真のクラスメイトだ。少し自己主張が強い印象があるが、可愛らしい顔立ちなのに

男らしさを持っている悠を斗真は気に入っている。


「この店のマスター。さきさんって言って、蓮が昔からお世話になっている人だよ。たしか

歳はまだ若かったと思ったけど…」

「ふーん」


流れるような所作で接客をする様は、まるでワルツでも踊っているかのように美しい。本

物の紳士っていうのは、ああいうことが出来る人だと思っている。


「何か気になるの?」


普段あまり自分から興味を示すことの少ない友の様子に声を掛ける。先ほどからずっとマ

スターを目で追っている悠の視線が厳しい。


「いや、なぁんか裏がありそうだな、ってね」

「はぁ?マスターは優しいよ。あんま失礼なこと言わないでよ」

「はいはい、斗真はすぐ人を信じるんだから…」

「…」


まともに取り合ってくれない悠にむぅっとする。

あんなに優しそうな人なのに、何言ってんだ?


納得がいかないといった表情でメニューを開く。どうせ口では悠に勝てないのだから、知

らないふりをして忘れるのが一番だ。

面倒なことはしない斗真は、何を食べようかと考え始めた。


「ものわかりが良くて助かるよ」

「うっさい。何にするか決めた?」


メニュー越しに口を尖らせて上目遣いをしてくる斗真は、歳の割りに子供っぽく見える。

本人は気付いていないけど、すこしクセのある焦げ茶の髪は少年っぽくハネていて、同じ

焦げ茶色の大きな瞳をより魅力的に見せている。


肌理の細かいぷにぷにの白い肌、幼さを残した無邪気な笑顔。思わずほっこりとしてしま

うような素直さに、老若男女魅了しているのにあまりにも無防備だ。

そんな斗真がついつい心配で、悠は余計な気を常に張らなければならなかった。


(なんでこんなんで北条と付き合ってるんだが不思議でしょうがないよ)


はぁっとため息を吐くと、注文をするべくメニューを手に取った。






「ご注文はお決まりですか?」

ちょうど今まさにオーダーしようと思っていると、オーナーが声を掛けてくれる。ランチ

の時間帯で決して暇ではないのに、いつもこのタイミング。さすがは接客のプロだ。


「僕はカルボナーラ。牡蠣抜きでお願いしますっ」

「は…?牡蠣のカルボなのに牡蠣抜き!?」

「いーのっ。オーナーは優しいからいつもやってくれるんだよ。ですよね?」


牡蠣が嫌いな斗真は、もはや裏メニューどころか斗真専用メニューになっている料理を注

文した。初めてこのお店に来た時に、どうしてもカルボナーラが食べたくて『牡蠣抜き出

来ますか?』と頼んでみたら、オーナーが笑顔であっさり承諾してくれたのだ。


以来、冬から春先の時期にこのお店に来ると、決まって牡蠣抜きのカルボナーラを頼むの

だった。


「はい。かしこまりました」

子供のような無邪気さで注文する斗真を、眩しそうに見つめながらオーダーを取る。


30歳前後だろうか。整った顔立ちは一見すると鋭く切れそうで近寄りがたいが、柔らか

い笑みがそれを緩和している。

それでいて侮れない大人の雰囲気を纏っている崎を見ていると、只者ではないなと悠は思

う。


「そちらのお客様はいかが致しますか?」


ふいに話しかけられた瞬間、はっとした。

まさか自分が話しかけられるとは…と思ったが、客なので当然の質問をされただけなのだ

と言うことに気付く。


何を呆けていたのだろうか、僕は。


斗真じゃあるまいし、自分がぼーっとするのは珍しかった。

急いで適当にメニューを選ぶと、崎は足音をまったく立てずに厨房へと下がっていった。


蓮という男自体、得体が知れない部分が多いが、あの男はさらにその上を行く。お店のオ

ーナーともなるとやはり一筋縄ではいかないのだろうか。


そんなことをぼんやり考えていると、斗真が不思議そうにこちらを見ていた。


「なぁに?僕の顔が綺麗だからって、あんまり見てるとお金取るよ」

ニヤリと悪戯っ子のように笑ってからかう。

すると純情な彼はすぐに照れるくれるのだ。


「んなっ。悠は綺麗っていうより可愛い系だろ。確かに美人だけどさ。っつか自分で言う

なよ、んなこと!」

この自意識過剰!とぷりぷり怒りながらも、自分が見つめてしまっていたことを指摘され

て恥ずかしかったのか、頬が少し赤くなっていた。


「可愛いな、斗真は。ホントに大学生?」

ふふっと妖艶な笑みを浮かべると、つんっとほっぺたを突く。


「うーっ。子供扱いするなぁっ。それと可愛いとか言うなーっ。僕は男だっ」

ぺいっと悠の手を払うと、ぷいと横を向いてしまった。


(そういうところが男心をくすぐってるって分かってるのかな、斗真くん…?)


悠は内心呆れながら斗真を眺めていると、ふいに視線の先に気が付いた。


(ふうん…いくらお子様とはいえ、気になる存在ではあるのかな)


斗真と悠は大学に入学してからすぐに友達になった。なんか面白そうな子がいるなと思っ

て悠から声を掛けたのが始まりだった。


最初は大人しそうな子だなと思っていたが、打ち解けてみると意外にも我が強い。どうや

ら好きなものは好きという自己主張だけははっきりしている性格のようだった。


しかも、同じライ部に所属していたこともあってすぐに仲良くなったのだ。

以来、今ではすっかり一番の親友となっている。


だからこそ、斗真が蓮と仮で付き合うことになったと聞いたときは驚いた。

蓮のほうはどう見ても斗真に執心していたので別になんとも思わなかったが、斗真が蓮を

好きなようには全く見えなかったからだ。


よくよく聞いてみると、どうやら考える隙もなく強引に押し切られた、といったようだ。

それから少しずつではあるが、時折蓮を気にする仕種をするようになったのだから、この

まま行けば蓮の粘り勝ちといったところだろう。


それはそれで面白くない…と若干捻くれた性格の悠は、斗真をからかって遊ぶことにした

のだった。


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