第二十話
こんなにも、傍にいるのに。
俺の腕の中で眠る斗真の頭を優しく撫で、繋がったままの身体を抱きしめて口付けを落とした。
誰よりも大切にしたいのに、酷く滅茶苦茶にしてやりたい衝動に駆られる。
心を蝕むようにどす黒い感情が蠢いていた。
口付けた髪から香る、いつもとは違う匂い。
斗真がいつも使っている絞りたてのレモンのような爽やかな香りではなく……男っぽいムスクの香りがした。
いったい、何処で。
抱いている間もずっとそれが気になって、いつもより酷く苛めてしまった。
もっと優しくしてやりたいのに、嫉妬するあまり欲望の赴くままに攻め立てた。
俺じゃない他の誰かと一緒にいたんじゃないか。
それも、髪に匂いが移るほど近くに。
そう考えただけで腸が煮えくり返えそうになった。
どうして。
誰といたんだ。
問い詰めてやりたい気持ちと、知りたくない気持ちがせめぎ合う。
「こんな気持ち……お前には知られたくない…」
斗真を愛するあまり、見境なく抱いてしまいそうだった。
いっそのこと、俺以外を知る前に壊してしまおうか…
誰の目にも触れないようにして。
自分以外、何も考えさせないように閉じ込めて―――
それを実行してしまいそうな己に苦笑する。
そんなことをしてしまったら、斗真の笑顔を失ってしまうかもしれないのに。
好きで、愛しくて、どうしようもないほど欲してやまない。
自分でも持て余してしまうこの感情。
ドクリと湧き上がる欲望の渦に、今にも飲み込まれてしまいそうだった。
暴れだしそうな感情を押さえ込むように、抱きしめた腕に力を込めた。
「ん……」
苦しそうに声を洩らして、ぼんやりと斗真が目を覚ます。
朱に染まったままの素肌と、無垢な表情が俺の欲情を誘った。
「れ…ん…?」
薄っすらと瞳を開けて、眠たそうに瞼を擦る。
俺の顔を確認すると、甘えるように腕を首に巻きつけてきた。
顔をすり寄せて抱きしめてくる様子があまりにも可愛くて、もう一度熱を持った身体を押さえることなど出来るはずもなく、寝ぼけたままの斗真の唇を強引に奪った。
「斗真……好きだ……お前だけを…」
「んんっ…れ、んっ…」
甘い媚薬のような斗真の嬌声が、蓮の心を縛り付けてやまない。
もっともっと聞いていたくて、欲望のままにその甘い唇を塞ぐ。
「俺以外を見るのは…許さない」
「ふっ…んくっ…」
「俺だけを見て…俺だけを感じて…俺だけに、愛されていろ」
熱く上昇していく体温とねだるような甘い声が、黒く澱んだ心を癒していった。
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抱いても抱いても満たされない。
餓えた獣のように、幾度肌を重ねても渇きを潤せないでいた。
あいつを抱けば抱くほど、その甘美な至福に溺れていく。
逃れられない楔のように、甘く…優しく…身体中を浸蝕されている。
心はとうに奪われていて、どうしようもない。
もっと…もっと…
終わりを知らない黒い感情が、俺を蝕んでいた。
人は、欲深い生き物だとはよく言ったものだ。
あいつをもっと知りたいと思った。
あいつに知って欲しいと思った。
あいつの傍にいたいと思った。
あいつに触れてみたいと思った。
そして。
あいつの―――――すべてが欲しいと、願った。
「斗真――――」
どれだけ手に入れても、どれだけ奪っても満たされない。
一分一秒たりとも離れているのが狂おしい。
斗真を知れば知るほど好きになっていく。
時を重ねれば重ねるほど、愛しさが増していく。
どこまで好きになれば、終わりはくるのか。
どれだけ愛せば、満たされるのだろうか。
「くっ……きっと、死ぬまでないだろうな」
俺は自嘲気味に零した。
あいつの傍にいられる限り、ずっとあいつを愛していく。
もし離れることになったら―――この手に掛けてでもあいつの傍にいるだろう。
もう…斗真の存在無しで生きられるほど、俺は強くはなかった。
絶望に打ちひしがれて暗闇で生きるくらいなら、俺は死を選ぶ。
ドロドロに身体中を這いずり回る醜い感情は、最早止めようもなかった。
こんな穢れた俺に愛されてしまった斗真は、可哀相なほど不幸なのだと思う。
何も知らない無垢なあいつは、まるで悪魔に差し出される生贄のよう。
穢されてもなお真っ白なままの斗真が、俺には酷く眩しかった。
「どうしたら……お前を手に入れられるのかな―――」
心も身体も、その存在すべてを。
愛しているから。
だからこそ、己の気持ちを封じ込めるように拳を強く握り締めた。